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第4話
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ルーポが十三で故郷を離れ王都にやってきて驚いたことの一つに、人々が洒落て洗練されている、ということだった。
そのときは単純に「すごいなぁ」と思うだけで、日々の生活や薬局の薬師見習いになるための試験勉強で精一杯だった。
試験には無事に合格し、薬局に出入りするようになり、そこで初めて「鏡」を見た。
自分の姿を初めて、はっきりと見たのだった。
故郷には鏡はなく、たまに水に姿を映す「水鏡」でぼんやりと自分の姿を確認するだけだった。
初めて見た鏡の中にはぎょろりとした薄いくすんだ青い目をし、顔にはいっぱい斑点が散らばり、髪は短くはあったが絡まりぼさぼさとした、幸薄そうな少年が着古した服を着て映っていた。
こんな容姿をしているとは知らず、ショックを受けて立ちすくむルーポに遠くからキースと仲良くしている薬師見習いの少年少女たちが口々に何か言っているのが聞こえた。
「おや、初めて鏡を見たのかな」
「里には鏡がないのかしら」
「やっと気がついたかな、あのそばかす」
「気持ち悪い」
そう言ってげらげら笑い、通り過ぎていった。
ルーポは慌てて薬局内の図書室に行き、「そばかす」という言葉を調べた。
そして自分の顔にある斑点が「そばかす」であることを知った。
それを「気持ち悪い」と言われた。
そう言った彼らの顔には斑点は一つもなかった。
それから見習いの少年少女たちはすれ違いざまにぼそりと「そばかす」とからかうことが増えていった。
これ以降、ルーポは髪を切るのを止めた。
髪で顔を隠せばいいと思った。
見せなければいいと思った。
ところが「気持ち悪い」と言われることが増えた。
もじゃもじゃの鳥の巣頭で表情も見えないルーポは得体が知れず、気味が悪かった。
ちょっと関わりを持てば、素晴らしいひらめきと根気強さとで研究を進める心優しい努力家の少年だということはすぐにわかるのに、挨拶をするのさえためらわれる姿になっていった。
薬局長イリヤたちが遊学に出かけたあと、キースたちのいじめは加速し、人との関わりがますます薄れていき、自分ですら自分の顔を長い間見ていなかったので、すっかり忘れていたのだ。
窮地に立たされたルーポを助けてやると現れたカヤとアルベルトに親切にされ、身体を清潔にし、空腹も睡眠も満たされいい気分になっていた。
昨日からずっと、この顔を晒していたのだと思うと身震いしてしまう。
調子に乗って鏡の前の椅子に座ってしまったのだ。
二度と見ないと決めた鏡の中の自分を再び見てしまった。
「子ひつじのルーポ、顔を上げろ」
突然、産毛まで逆立つような殺気に襲われ、ルーポは自分をくるむ腕にしがみついてしまった。
「さっさとしろ」
ピリピリとした殺気が強まった。
ルーポは恐怖で言われたとおりにかすかに震えながら顔を上げた。
くっと顎を手でとらえ、顔を近づけてきたのはヴェルミオンだった。
美しい顔が怒りに満ちていてただでさえ迫力があるのに、至近距離でラズベリー色のまつ毛で縁取られた紫の冷たい目で見られると身動きができないほどだった。
「誰が醜いって?」
低く地の底から響いてきそうな怖ろしい声にルーポは思わず半泣きになった。
「おまえのそばかすのことを言っているのか?」
怖くて目を閉じてうなずいた途端、ぽろりと涙がこぼれた。
「馬鹿か」
言葉の鋭さに身を縮めた。
「ヴェルミオン、やり過ぎだ。
誰がこんな子ども相手に殺気を出せと言った?」
深く温かい声がした。
「だってぇ」
殺気が消え、すねて甘えた声がした。
「だって、じゃねぇだろ。
そんなだから『死神女神』って言われるんだ」
「それ、やだ。
センスが全然ないし。
かと言って、豹や熊もいやよねぇ」
「おい、ルーポ、しっかりしろ。
大丈夫か?」
カヤが腕の中のルーポを乱暴にゆする。
ルーポは魂が半分抜けた様子だったがうなずいた。
「そばかすなんて気にしてたのかよ。
それよりおまえにはヤピリの空色の目があるじゃないか。
俺はこれが好きだな」
「なんて、とはなによ!
気になるときには気になっちゃうんだから!」
「ヴェルミオン、言ってることが矛盾してるぞ」
「だってそうなんだもん。
でもね」
今度は優しい目でヴェルミオンがルーポを見た。
紫の瞳に吸い込まれそうになる。
「自分で自分を醜い、って思っちゃいけないの。
自分のことは大事だいじ。
客観的に見てもあんたは素敵なコよ。
私が保証するわ。
このそばかすはとってもチャーミング。
それにね、あんたのその髪」
ヴェルミオンがルーポの髪の一房をすくい上げる。
「フェアリーヘアと呼ばれる、憧れの髪の毛なのよ」
「え」
「やっと話が聞けるようになったわね。
昨日アルベルトから聞いてあんたのこと、思い出したわ、薬師見習いのルーポ」
これまでとは違う声のトーンにルーポはますますヴェルミオンの瞳に取り込まれていく。
「あんたの薬とリハビリのおかげで、私たち騎士がどれだけ助けられているか、わかる?
いくら感謝しても足りないわ。
戦う者は怪我とは切っても切れない。
私だって幾つも傷跡があるわよ、見る?」
首を振るルーポ。
しかし、自分の役目を思い出し言ってみた。
「まだ痛みますか?」
「いいえ、幸いつらい思いはしなくてすんでる。
でも腕や足を失う者もいるし、身体が不自由になる者もいる。
本人を目の前にして言うのもなんだけど、怪我の痛みがいつまでも残る者もいるし、それが原因で騎士を辞めざるを得ない者もいるわ」
ヴェルミオンは大きく息を吐いた。
「悲惨なものよ。
すっかり気位が高くなってしまった騎士が、怪我で騎士を辞めたら。
痛みや身体が自由に動かない苛立ちを周囲にぶつけたり、過去の自慢話ばかりしたり、すっかり自信をなくし失望して自殺したり。
だからね、ルーポ。
あんたのお陰で痛みやつらさが軽減される者もいるの。
自殺せずにすんだ者も何人か知ってるし、騎士とは別の道でこれまでの自分の経験を役立てようと前向きになる者もいるわ」
自分は裏で薬を調合したり、人体の筋肉や筋の勉強をしたりしていただけなので、実際にどれくらい人の役に立っているのを知らなかった。
ただ、父親を楽にしたい、という気持ちを強く持っていた。
「そんなあんたが困ってる、っていうのを聞いて休みも替わってもらったの。
あんたに恩返しがしたいし、もっともっと上に行くべき人よ。
王の受勲式なんて大したことじゃない。
もっと上を目指すのよ。
より多くの人にあんたの薬とリハビリが届くようにしなきゃ」
最後は泣き出しそうな目になったヴェルミオンにルーポは何もすることができなかった。
ルーポを包んでいたカヤが静かに言った。
「俺が今以上に苦しまずに済んでいるのは、おまえのお陰だよ。
まずはおまえの存在とおまえがやってきたことを身近な奴から見せつけてやろうじゃないか。
堂々と王の前に立つといい。
さあ、その準備をしよう」
言い終わるとカヤは立ち上がり、ルーポの腕を引っ張って立ち上がらせた。
そのとき、突然「ああーーー!!」とルーポが叫んだ。
またなにかあったのかとカヤとヴェルミオンは慌ててルーポを抱きしめた。
「『死神女神』って、あの第三騎士団の?!」
「やっだー、そんなに大声で叫ばないでよー!」
ヴェルミオンが顔をしかめる。
「だって、『女神のように美しいのに必ず命を取って行く死神のような騎士様』だと有名で……」
「あんた、意外と噂好きなの?」
ルーポの言葉にヴェルミオンがからかう。
「第三騎士団所属のヴェルミオンよ、よろしくね。
ちなみにここはうちの団長のクラディウスの屋敷の敷地内よ」
「ええ?!
百合の黒豹クラディウス様?
ヴェルミオン様?」
街の誰もが知る騎士の名前が並び、ルーポは驚く。
「もう一つ教えてあげれば、私と非番を替わってくれたのは、『あの』ジュリアスよ」
「スラークの赤熊……」
今から十数年前、南の大国メリニャが北の大国スラークを落とした。
その時に捕虜として連れてこられたのが「スラークの赤熊」と言われていた無骨な騎士ジュリアスだった。
その後、メリニャ国内に混乱が生じ、クラディウスがその能力を見込んで、敵国の騎士だったジュリアスを自分の騎士団に入れたのも有名な話だった。
「やだー、ほんとに噂好きなのね、ルーポって。
それにカヤもそこそこ名前は知られているわよね。
なんだっけ、あんたの二つ名?
いかづちがなんとか、だっけ?」
「そんな昔のことは忘れた」
「ルーポ、あんたの後ろには第三騎士団がついてるわ。
安心して。
まったく薬局はなにしてるのかしら。
医局ならわかるかな。
ルーに聞いてみようかしら」
「ああ、そうしてみてくれ。
こっちもできる範囲で調べているから、少しでも情報がほしい」
「わかったわ」
ヴェルミオンはカヤの頼みにうなずくと、「ルーっていうのは私の旦那よ。医局で見習いやってるの」と教えてくれた。
改めてルーポは鏡の前の椅子に座った。
さっきと何一つ変わっていなかった。
ぼさぼさの髪。
ぎょろりとした目。
瘦せぎすの身体。
そばかすだらけの顔。
しかし自分がやるべきことがはっきりと見えた気がした。
自分が思っていた以上に、自分がやってきたことが多くの人の役に立っていることを知った。
そして自分の研究がまだまだなのは、知っている。
もっといい薬を。
もっといいリハビリを。
美醜より大切なものがあるんだ、とルーポは思った。
後ろにヴェルミオンが立ち、髪にさわる。
「さて、どうしようかな」
「短く。
短く切ってください」
ルーポが力強く言った。
「あんたねぇ…
さっきも言ったけど、あんたの髪の毛はフェアリーヘアと言ってとても細くて絡まりやすいけど、繊細で美しいものなのよ。
どれだけの人がこのふわふわの柔らかい髪に憧れていると思っているの。
もったいないわぁ」
「いえ、僕には後がないんです。
自分で手入れがしやすいくらい、短くしてください」
きっぱりと言うルーポにヴェルミオンが笑って言った。
「もう顔を隠すんじゃないわよ。
上に行かなくちゃならないんだから。
じゃあ、いくわよ」
ルーポがうなずくと、ヴェルミオンは迷いなくルーポの鳥の巣にハサミを入れていった。
「さ、できたわ。
見てやって」
ソファでうたたねしていたカヤをヴェルミオンが揺さぶり起こすと、ルーポをカヤの前に立たせた。
そこにはサイドと後ろはすっきりと短く、前髪が少し長めに残され美しいカールができていた。
淡い青色の瞳がよく見えるようになり、少し大人っぽく見えるようにもなった。
「ど、どうでしょうか」
「やあ、いいなぁ」
カヤは嬉しそうに言った。
「やっぱりおまえは目が綺麗だ」
「ね、いいでしょ」
「ああ、ヴェルミオンに頼んでよかったよ」
ヴェルミオンも満足そうに笑った。
「ほんとにキュートだし、セクシーにもなったわ」
「そ、そうですか…?」
照れながらルーポは少しうつむいた。
「さ、生まれ変わったルーポにぴったりの受勲式の服を作るからね!」
「え?」
「こいつの見立てなら、いいのができるよ。
任せておきな」
「さぁ、採寸するわよ。
カヤ、今から言うことを書いてちょうだい」
「はいはい」
ヴェルミオンは嬉しそうにメジャーを取り出した。
そのときは単純に「すごいなぁ」と思うだけで、日々の生活や薬局の薬師見習いになるための試験勉強で精一杯だった。
試験には無事に合格し、薬局に出入りするようになり、そこで初めて「鏡」を見た。
自分の姿を初めて、はっきりと見たのだった。
故郷には鏡はなく、たまに水に姿を映す「水鏡」でぼんやりと自分の姿を確認するだけだった。
初めて見た鏡の中にはぎょろりとした薄いくすんだ青い目をし、顔にはいっぱい斑点が散らばり、髪は短くはあったが絡まりぼさぼさとした、幸薄そうな少年が着古した服を着て映っていた。
こんな容姿をしているとは知らず、ショックを受けて立ちすくむルーポに遠くからキースと仲良くしている薬師見習いの少年少女たちが口々に何か言っているのが聞こえた。
「おや、初めて鏡を見たのかな」
「里には鏡がないのかしら」
「やっと気がついたかな、あのそばかす」
「気持ち悪い」
そう言ってげらげら笑い、通り過ぎていった。
ルーポは慌てて薬局内の図書室に行き、「そばかす」という言葉を調べた。
そして自分の顔にある斑点が「そばかす」であることを知った。
それを「気持ち悪い」と言われた。
そう言った彼らの顔には斑点は一つもなかった。
それから見習いの少年少女たちはすれ違いざまにぼそりと「そばかす」とからかうことが増えていった。
これ以降、ルーポは髪を切るのを止めた。
髪で顔を隠せばいいと思った。
見せなければいいと思った。
ところが「気持ち悪い」と言われることが増えた。
もじゃもじゃの鳥の巣頭で表情も見えないルーポは得体が知れず、気味が悪かった。
ちょっと関わりを持てば、素晴らしいひらめきと根気強さとで研究を進める心優しい努力家の少年だということはすぐにわかるのに、挨拶をするのさえためらわれる姿になっていった。
薬局長イリヤたちが遊学に出かけたあと、キースたちのいじめは加速し、人との関わりがますます薄れていき、自分ですら自分の顔を長い間見ていなかったので、すっかり忘れていたのだ。
窮地に立たされたルーポを助けてやると現れたカヤとアルベルトに親切にされ、身体を清潔にし、空腹も睡眠も満たされいい気分になっていた。
昨日からずっと、この顔を晒していたのだと思うと身震いしてしまう。
調子に乗って鏡の前の椅子に座ってしまったのだ。
二度と見ないと決めた鏡の中の自分を再び見てしまった。
「子ひつじのルーポ、顔を上げろ」
突然、産毛まで逆立つような殺気に襲われ、ルーポは自分をくるむ腕にしがみついてしまった。
「さっさとしろ」
ピリピリとした殺気が強まった。
ルーポは恐怖で言われたとおりにかすかに震えながら顔を上げた。
くっと顎を手でとらえ、顔を近づけてきたのはヴェルミオンだった。
美しい顔が怒りに満ちていてただでさえ迫力があるのに、至近距離でラズベリー色のまつ毛で縁取られた紫の冷たい目で見られると身動きができないほどだった。
「誰が醜いって?」
低く地の底から響いてきそうな怖ろしい声にルーポは思わず半泣きになった。
「おまえのそばかすのことを言っているのか?」
怖くて目を閉じてうなずいた途端、ぽろりと涙がこぼれた。
「馬鹿か」
言葉の鋭さに身を縮めた。
「ヴェルミオン、やり過ぎだ。
誰がこんな子ども相手に殺気を出せと言った?」
深く温かい声がした。
「だってぇ」
殺気が消え、すねて甘えた声がした。
「だって、じゃねぇだろ。
そんなだから『死神女神』って言われるんだ」
「それ、やだ。
センスが全然ないし。
かと言って、豹や熊もいやよねぇ」
「おい、ルーポ、しっかりしろ。
大丈夫か?」
カヤが腕の中のルーポを乱暴にゆする。
ルーポは魂が半分抜けた様子だったがうなずいた。
「そばかすなんて気にしてたのかよ。
それよりおまえにはヤピリの空色の目があるじゃないか。
俺はこれが好きだな」
「なんて、とはなによ!
気になるときには気になっちゃうんだから!」
「ヴェルミオン、言ってることが矛盾してるぞ」
「だってそうなんだもん。
でもね」
今度は優しい目でヴェルミオンがルーポを見た。
紫の瞳に吸い込まれそうになる。
「自分で自分を醜い、って思っちゃいけないの。
自分のことは大事だいじ。
客観的に見てもあんたは素敵なコよ。
私が保証するわ。
このそばかすはとってもチャーミング。
それにね、あんたのその髪」
ヴェルミオンがルーポの髪の一房をすくい上げる。
「フェアリーヘアと呼ばれる、憧れの髪の毛なのよ」
「え」
「やっと話が聞けるようになったわね。
昨日アルベルトから聞いてあんたのこと、思い出したわ、薬師見習いのルーポ」
これまでとは違う声のトーンにルーポはますますヴェルミオンの瞳に取り込まれていく。
「あんたの薬とリハビリのおかげで、私たち騎士がどれだけ助けられているか、わかる?
いくら感謝しても足りないわ。
戦う者は怪我とは切っても切れない。
私だって幾つも傷跡があるわよ、見る?」
首を振るルーポ。
しかし、自分の役目を思い出し言ってみた。
「まだ痛みますか?」
「いいえ、幸いつらい思いはしなくてすんでる。
でも腕や足を失う者もいるし、身体が不自由になる者もいる。
本人を目の前にして言うのもなんだけど、怪我の痛みがいつまでも残る者もいるし、それが原因で騎士を辞めざるを得ない者もいるわ」
ヴェルミオンは大きく息を吐いた。
「悲惨なものよ。
すっかり気位が高くなってしまった騎士が、怪我で騎士を辞めたら。
痛みや身体が自由に動かない苛立ちを周囲にぶつけたり、過去の自慢話ばかりしたり、すっかり自信をなくし失望して自殺したり。
だからね、ルーポ。
あんたのお陰で痛みやつらさが軽減される者もいるの。
自殺せずにすんだ者も何人か知ってるし、騎士とは別の道でこれまでの自分の経験を役立てようと前向きになる者もいるわ」
自分は裏で薬を調合したり、人体の筋肉や筋の勉強をしたりしていただけなので、実際にどれくらい人の役に立っているのを知らなかった。
ただ、父親を楽にしたい、という気持ちを強く持っていた。
「そんなあんたが困ってる、っていうのを聞いて休みも替わってもらったの。
あんたに恩返しがしたいし、もっともっと上に行くべき人よ。
王の受勲式なんて大したことじゃない。
もっと上を目指すのよ。
より多くの人にあんたの薬とリハビリが届くようにしなきゃ」
最後は泣き出しそうな目になったヴェルミオンにルーポは何もすることができなかった。
ルーポを包んでいたカヤが静かに言った。
「俺が今以上に苦しまずに済んでいるのは、おまえのお陰だよ。
まずはおまえの存在とおまえがやってきたことを身近な奴から見せつけてやろうじゃないか。
堂々と王の前に立つといい。
さあ、その準備をしよう」
言い終わるとカヤは立ち上がり、ルーポの腕を引っ張って立ち上がらせた。
そのとき、突然「ああーーー!!」とルーポが叫んだ。
またなにかあったのかとカヤとヴェルミオンは慌ててルーポを抱きしめた。
「『死神女神』って、あの第三騎士団の?!」
「やっだー、そんなに大声で叫ばないでよー!」
ヴェルミオンが顔をしかめる。
「だって、『女神のように美しいのに必ず命を取って行く死神のような騎士様』だと有名で……」
「あんた、意外と噂好きなの?」
ルーポの言葉にヴェルミオンがからかう。
「第三騎士団所属のヴェルミオンよ、よろしくね。
ちなみにここはうちの団長のクラディウスの屋敷の敷地内よ」
「ええ?!
百合の黒豹クラディウス様?
ヴェルミオン様?」
街の誰もが知る騎士の名前が並び、ルーポは驚く。
「もう一つ教えてあげれば、私と非番を替わってくれたのは、『あの』ジュリアスよ」
「スラークの赤熊……」
今から十数年前、南の大国メリニャが北の大国スラークを落とした。
その時に捕虜として連れてこられたのが「スラークの赤熊」と言われていた無骨な騎士ジュリアスだった。
その後、メリニャ国内に混乱が生じ、クラディウスがその能力を見込んで、敵国の騎士だったジュリアスを自分の騎士団に入れたのも有名な話だった。
「やだー、ほんとに噂好きなのね、ルーポって。
それにカヤもそこそこ名前は知られているわよね。
なんだっけ、あんたの二つ名?
いかづちがなんとか、だっけ?」
「そんな昔のことは忘れた」
「ルーポ、あんたの後ろには第三騎士団がついてるわ。
安心して。
まったく薬局はなにしてるのかしら。
医局ならわかるかな。
ルーに聞いてみようかしら」
「ああ、そうしてみてくれ。
こっちもできる範囲で調べているから、少しでも情報がほしい」
「わかったわ」
ヴェルミオンはカヤの頼みにうなずくと、「ルーっていうのは私の旦那よ。医局で見習いやってるの」と教えてくれた。
改めてルーポは鏡の前の椅子に座った。
さっきと何一つ変わっていなかった。
ぼさぼさの髪。
ぎょろりとした目。
瘦せぎすの身体。
そばかすだらけの顔。
しかし自分がやるべきことがはっきりと見えた気がした。
自分が思っていた以上に、自分がやってきたことが多くの人の役に立っていることを知った。
そして自分の研究がまだまだなのは、知っている。
もっといい薬を。
もっといいリハビリを。
美醜より大切なものがあるんだ、とルーポは思った。
後ろにヴェルミオンが立ち、髪にさわる。
「さて、どうしようかな」
「短く。
短く切ってください」
ルーポが力強く言った。
「あんたねぇ…
さっきも言ったけど、あんたの髪の毛はフェアリーヘアと言ってとても細くて絡まりやすいけど、繊細で美しいものなのよ。
どれだけの人がこのふわふわの柔らかい髪に憧れていると思っているの。
もったいないわぁ」
「いえ、僕には後がないんです。
自分で手入れがしやすいくらい、短くしてください」
きっぱりと言うルーポにヴェルミオンが笑って言った。
「もう顔を隠すんじゃないわよ。
上に行かなくちゃならないんだから。
じゃあ、いくわよ」
ルーポがうなずくと、ヴェルミオンは迷いなくルーポの鳥の巣にハサミを入れていった。
「さ、できたわ。
見てやって」
ソファでうたたねしていたカヤをヴェルミオンが揺さぶり起こすと、ルーポをカヤの前に立たせた。
そこにはサイドと後ろはすっきりと短く、前髪が少し長めに残され美しいカールができていた。
淡い青色の瞳がよく見えるようになり、少し大人っぽく見えるようにもなった。
「ど、どうでしょうか」
「やあ、いいなぁ」
カヤは嬉しそうに言った。
「やっぱりおまえは目が綺麗だ」
「ね、いいでしょ」
「ああ、ヴェルミオンに頼んでよかったよ」
ヴェルミオンも満足そうに笑った。
「ほんとにキュートだし、セクシーにもなったわ」
「そ、そうですか…?」
照れながらルーポは少しうつむいた。
「さ、生まれ変わったルーポにぴったりの受勲式の服を作るからね!」
「え?」
「こいつの見立てなら、いいのができるよ。
任せておきな」
「さぁ、採寸するわよ。
カヤ、今から言うことを書いてちょうだい」
「はいはい」
ヴェルミオンは嬉しそうにメジャーを取り出した。
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