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第36話
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寝不足と精神的疲労から、翌朝、ルーポはよろめきながら部屋を出た。
マーガスとどんな顔をして会えばいいのか、気まずさに押しつぶされそうになりながらも、起きないわけにはいかないのでそろりとテーブルのある部屋を覗いた。
「おう、起きたか。
おはよう」
「……おはようございます」
マーガスは気が抜けるほどいつも通りだったので、ルーポはほっとして顔を洗いに行き戻ってきた。
その間に山盛りのパン、数種類のチーズ、切ったトマト、茹で卵、梨がテーブルの上に用意されていた。
ルーポが席に着くと、マーガスがハーブティーと絞ったばかりのオレンジジュースを出してくれた。
そしてマーガスも席に着き、向かい合って座った。
ルーポがオレンジジュースに口をつけたとき、マーガスが言った。
「昨日は驚かせたな」
「ぶっふっ」
「おまえも子どもじゃないし、セックスもしたことあるみたいだったし……
大丈夫か?」
「あ、いや」
ルーポは口元を拭いながら言った。
「驚きましたけど、あの、僕、マーガスとアキトが恋人同士だとは気づかなくて。
僕がここにいたらお邪魔じゃないですか?」
「はははははは、俺とアキトはそんなんじゃねぇよ」
「え、でも」
「恋人じゃなくてもセックスはするだろが」
「そうなんですか?」
「できるだろ」
「は、はぁ」
マーガスはパンとチーズを交互に食べながら言った。
「まぁ、話しておくか。
昔話だよ、忘れてくれていい」
「はい」
「俺とアキトは若い時、同じ人を好きになったんだ」
ルーポは視線で相槌を打つ。
「もう一人、その人を好きになったヤツがいてな。
最初に振られたのは、俺。
アキトも断られたみたいだったけど、あいつは最後の最後まで諦めなかった。
諦めきれなかったんだとさ。
あいつはなぁ」
マーガスが言葉を切って、ちょっと切なそうな目をした。
「俺にはさっぱりわからないんだが、あいつの元々いた世界では死んでも『生まれ変わる』んだってさ。
同じ魂を持って新しく生まれてくるらしい。
アキトは妖狐だが、ただの狐じゃない。
ひとりのマスターを決めて使役される狐だそうだ。
初めて最初のマスターに会ったのは、もう千年以上も前だ、とあいつは言う」
「千年」
「普通はマスターに忠実に仕えるだけなのに、アキトはころりと惚れてしまって告白したが断られた。
諦めればよかったのに、アキトは諦めきれずに妖狐より寿命が短いマスターが生まれ変わるたびに訪れ仕え告白し断られているのを繰り返している」
ルーポの手が止まる。
「今回は前回から200年間くらい空いたとかで、とにかく必死で強引なこともしたけれど、一時的にはいいところまでいったらしい。
だが、マスターは今回も別の男を選んだ」
マーガスは大きく溜息をついた。
「振られてずたぼろになっているアキトを拾ってちょっと世話をしたのが、今まで続いているだけだ。
振られた者同士、古傷を嘗め合っているだけかもしれないな」
ルーポは違う、と思った。
昨日見たアキトの違和感の正体はわかった気がした。
アキトはマーガスに抱かれながら、他の男に抱かれていた。
一緒に夜空を駆けたルーポには間近で感じられた、どれだけ自分が想っていても伝わらない、あるいは受け入れてもらえないもどかしく狂おしい想い。
その熱く苦しい想いをマスターに向けたまま、アキトはマーガスを貪っていた。
そんなアキトを抱くマーガスは、違っていた。
しっかりとアキトを見、優しく包み、顎をとらえ強引にキスをしたときでさえ慈しみ深かった。
「妖狐は精力を吸って生きる」
「せいりょく?」
「生命力みたいなものらしい」
「はぁ」
「アキトは古くて力の大きい妖狐だから、相当な精力がいる。
あいつが本気になってみろ、一晩に何人もの人間がカラカラに干からびてしまうほど吸い尽くす」
「え」
「あいつは本当に危ないんだ。
気をつけろよ」
「は…い」
「ルーポも知っているが、俺は黒魔術師だ。
本気になればエトコリアの街は軽く消滅させられるくらいの力がある、らしい」
「……」
「だからアキトに枯れるほど注いでも、干からびないんだとさ」
「!」
「ったく、手加減してほしいぜ。
昨日も散々搾り取られた」
ちょっと生々しい表現が、ルーポには刺激が強かったのか、顔が真っ赤になってしまった。
と、気配がした。
そこにはマーガスの白いシャツを羽織っただけのアキトがゆらゆらと立っていた。
それも前のボタンは一つも留めていないので、肌が随分露出していた。
もちろん、まだ濡れてぬらぬらしている股間も。
思わずルーポは目を逸らしたが、シャツの隙間から見えたアキトの白い肌には赤い痕が無数についていた。
「マーガス、髪洗って」
アキトは三角の耳をちょっと下に向けて、甘えたように言った。
「こらこら、ルーポがいるんだ。
少しは配慮しろ」
マーガスはやれやれと席を立ち、ひょいとアキトを横抱きにした。
股間は見えなくなったが、臀部から白いねっとりとした液体がぽたりぽたりと落ちるのが見えた。
「ルーポ、オレはこいつをなんとかしてくるから、おまえは片づけしてもらっていいか?」
「はい。
あの、食事は」
「もういい。
早めに昼をがっつり食べるよ」
「マーガス」
腕の中でアキトが急かす。
「はいはい。
ったく、ひでーな。
こんなに髪をぼさぼさにしやがって。
せっかくオレが毎回つやつやにしてるのに」
マーガスはアキトを抱いて温泉に向かったあと、ケモノとオスのにおいが残っていた。
それからも何度かルーポは深夜にアキトの切なそうな喘ぎ声を聞いた。
もう様子を見にいくことはなかったが、自分の身体も興奮してきてたまらなかった。
いつも深く響く声で自分の名前を呼ぶのが聞こえている気がした。
それが熱く自分を求めているように思え、あのときのことを思い出しながら、ルーポも自分を慰める手を緩めなかった。
そしてあれだけきつく言われていたのに、満月の夜、アキトにまた腰を取られ宙に浮くとルーポは子狼となり、空を駆けた。
マーガスは旧友と会うのだとその夜は留守をしていた。
それでも胸騒ぎがすると急いで小屋に戻ってみると、小さい呼吸しかしていないルーポが青黒い顔をして戸口の前に倒れていた。
「んの、ばかがっ!!!」
とりあえずマーガスは自分の持てるありったけの白魔法を施し、少し状況を安定させてから薬湯を作り飲ませた。
ルーポはマーガスとダイロスにまた、しこたま怒られた。
3人の奇妙な生活に変化が訪れた。
ばらばらに過ごすことが多かったのに、なぜか3人で過ごすときが増えた。
ある夜は煮炊きする暖炉のそばに3人が分厚いラグを敷き、枕を持ち、ブランケットも傍らに置いて、ワインをちびちび飲みながら一晩中語り合った。
酔ったルーポは面白かった。
「おまえ、酒に弱いんだな。
面白い、もっと飲め」
「え、いいんですか?
僕、カヤ様には飲むな、って止められたんだけど」
「いいっていいって。
どうせここにはその男はいない」
マーガスがルーポのグラスにワインを注いでやる。
真っ赤に火照った顔をしたルーポは新しいワインを舐めて、にこっと笑う。
「こんなに飲んだこと、ありません」
「飲まないと自分の限界はわからないからな」
アキトは顔色一つ変えず、くぅくぅとグラスをあおっている。
「身を持って知らないといけないこともあるし、酒の加減は知っておけば失態も減る。
カヤという男はルーポに随分甘いんだな」
「そう、なんですかねぇ」
「お話してみたらいかがですか。
私はどのような方なのか、よく存じ上げないし」
「え、ちょっと恥ずかしいです」
「とても素敵な殿方なのでしょうね」
「そうなんです!
カヤ様は……」
ワインのせいか、ルーポの口は滑らかにカヤについて語り出す。
アキトが言葉巧みに聞き出し、マーガスは黙ってそれを聞いていた。
一通り、ルーポは自分が困っているときにカヤに出会い、助けられたことを話した。
そしてカヤの古い傷の痛みを取り除きたくてエトコリアに来たことも。
「よっぽどカヤのことが好きなんだな」
マーガスは茶化すことなく言った。
「そう……なんでしょうか?」
「なんだよ、どうしてそこで情けない声を出す?」
「だって、僕はカヤ様から……好き、と言われていなくて……」
「ばーか、おまえは好きと言われなきゃ好きにならないのか?」
「そんなことはありません」
「じゃあ、ルーポはカヤに好きだと言ったのかよ」
「……あ」
「あーあ」
マーガスはわざと大きな声を出して、グラスに残っていたワインをぐいっと飲み干し新しいワインを注いだ。
「言わなくても伝わる術をそなたは持っているのですか?」
「……いえ……」
「言えばよかったのによー」
「言う?
僕が?」
ルーポは空色の大きな目を見開いてマーガスを見た。
「なに驚いてるんだよ。
そうだよ、言えばよかったんだよ。
それともなにか、言ったらカヤがカエルになる呪いがかけられていたのか?」
ルーポは首を大きく振った。
「言ったらご迷惑かと……」
「どうして?
そなたはカヤが好きなのであろう?」
「カヤ様は……他の女性との結婚を望まれていて……。
僕がそんなことを言ったら……」
「はぁっ?!
カヤは他の女と結婚したいのにおまえを抱いたのか?」
「違います。
カヤ様の周りの方が、そう望んで」
「カヤはどうだったんだよ」
「………さぁ」
今度はアキトがむっとしてグラスをあおり、空にしてマーガスに差し出す。
マーガスは黙ってワインを注いでやった。
「自分で勝手にだめだと思って言わなかったのですか」
アキトのきつい口調にルーポがしゅんとすると思っていた。
が、違った。
「言ってもよかったの?」
「そうですよ。
誰にも邪魔されることはありません。
ただ告げればいいんです」
「………そうか。
僕、カヤ様を好きだって言ってもよかったんだ」
ちびりちびりとワインを舐めながら、マーガスはルーポを見た。
ルーポの顔は高揚してふんわりと金の粉をまぶしたように輝いていた。
「そうか。
そうなんだ……」
マーガスがルーポの手からグラスを抜き取った。
アキトが柔らかくルーポの身体を抱き寄せる。
ほこほこと身体が温かくなったルーポはすぅっと寝入ってしまった。
くすくすと笑いながら、アキトはルーポの繊細な髪をなでてやる。
「おまえがマスター以外の世話をするなんて珍しいな」
マーガスの言葉をアキトは穏やかな風のようにかわすと、やがて自分もマーガスに寄りかかり眠ってしまった。
「やれやれ」とマーガスは呟き、ルーポとアキトにブランケットをかけてやった。
しばらく火を見ながらひとりでワインを飲み、自分の中で区切りがついたのか、まずはルーポを抱き上げベッドに寝かせた。
そしてアキトを抱いて自分の部屋に消えていった。
魔法宮に通い、ハーブを育て、軟膏や石けんを作り、エトコリアの薬草とハーブを学び。
3人で語り、食べ、飲み、眠り。
こうしてルーポは3回目の空駆ける満月の夜を過ごした。
今度はアキトに奪われるように空に昇るのではなく、自らが駆け出し宙を行くアキトに手を伸ばした。
アキトがそれを取り引っ張ってやるとするするとルーポは小さな狼の姿になった。
そして思いの丈を叫ぶように吠え、へとへとになるまで空を駆けた。
今回はマーガスも予想していたようで、駆け出していくルーポの後ろ姿を見て「あーあ」と声を上げ、ランプを持って作業部屋に向かった。
そして一晩中駆け回りくたくたになって戻り、子狼からルーポの姿に戻るやいなや鼻をつままれマーガスに薬湯を口に注がれた。
ルーポは「うげーっ!うげーっ!」と声をあげながらそれを懸命に飲み干した。
そして小屋の戸口前でうつ伏せに倒れたまま、くすくすと、やがてげらげらと笑い出した。
マーガスはそれを大きな溜息をつきながら、見ていた。
「マーガス、ありがとう」
「やるとは思ってたがなぁ」
「もう、しません」
「なんだ?」
「もう、気が済みました」
そう言いながらも、ルーポは気持ち悪さに顔を青くした。
「楽しかったぁ。
こんなに、気持ち悪くなるの、わかってるのに、楽しかったぁ」
それだけ言うとルーポは3回目となる不快感に襲われ一言も声を発しなくなった。
今回はマーガスが薬湯を早めに飲ませてくれたせいか、治りが少し早かった。
それからのルーポは大きな声を出し、軽快に笑うようになった。
よくしゃべりもし、服屋の女性2人ともよく話をするようになった。
軟膏は5つ作れば5つとも店頭に並ぶようになった。
魔法宮に通っていたマーガスが白魔法だけをルーポに注いでやれるようになった。
そして、ルーポは自分の中を駆け巡る魔力を掴むことができるようになった。
初めてそれが上手くいったときは、マーガスとアキトの前でだった。
3人は驚き、歓声を上げ、抱き合って喜んだ。
ルーポがエトコリアにやってきて1年が過ぎようとしていた。
マーガスとどんな顔をして会えばいいのか、気まずさに押しつぶされそうになりながらも、起きないわけにはいかないのでそろりとテーブルのある部屋を覗いた。
「おう、起きたか。
おはよう」
「……おはようございます」
マーガスは気が抜けるほどいつも通りだったので、ルーポはほっとして顔を洗いに行き戻ってきた。
その間に山盛りのパン、数種類のチーズ、切ったトマト、茹で卵、梨がテーブルの上に用意されていた。
ルーポが席に着くと、マーガスがハーブティーと絞ったばかりのオレンジジュースを出してくれた。
そしてマーガスも席に着き、向かい合って座った。
ルーポがオレンジジュースに口をつけたとき、マーガスが言った。
「昨日は驚かせたな」
「ぶっふっ」
「おまえも子どもじゃないし、セックスもしたことあるみたいだったし……
大丈夫か?」
「あ、いや」
ルーポは口元を拭いながら言った。
「驚きましたけど、あの、僕、マーガスとアキトが恋人同士だとは気づかなくて。
僕がここにいたらお邪魔じゃないですか?」
「はははははは、俺とアキトはそんなんじゃねぇよ」
「え、でも」
「恋人じゃなくてもセックスはするだろが」
「そうなんですか?」
「できるだろ」
「は、はぁ」
マーガスはパンとチーズを交互に食べながら言った。
「まぁ、話しておくか。
昔話だよ、忘れてくれていい」
「はい」
「俺とアキトは若い時、同じ人を好きになったんだ」
ルーポは視線で相槌を打つ。
「もう一人、その人を好きになったヤツがいてな。
最初に振られたのは、俺。
アキトも断られたみたいだったけど、あいつは最後の最後まで諦めなかった。
諦めきれなかったんだとさ。
あいつはなぁ」
マーガスが言葉を切って、ちょっと切なそうな目をした。
「俺にはさっぱりわからないんだが、あいつの元々いた世界では死んでも『生まれ変わる』んだってさ。
同じ魂を持って新しく生まれてくるらしい。
アキトは妖狐だが、ただの狐じゃない。
ひとりのマスターを決めて使役される狐だそうだ。
初めて最初のマスターに会ったのは、もう千年以上も前だ、とあいつは言う」
「千年」
「普通はマスターに忠実に仕えるだけなのに、アキトはころりと惚れてしまって告白したが断られた。
諦めればよかったのに、アキトは諦めきれずに妖狐より寿命が短いマスターが生まれ変わるたびに訪れ仕え告白し断られているのを繰り返している」
ルーポの手が止まる。
「今回は前回から200年間くらい空いたとかで、とにかく必死で強引なこともしたけれど、一時的にはいいところまでいったらしい。
だが、マスターは今回も別の男を選んだ」
マーガスは大きく溜息をついた。
「振られてずたぼろになっているアキトを拾ってちょっと世話をしたのが、今まで続いているだけだ。
振られた者同士、古傷を嘗め合っているだけかもしれないな」
ルーポは違う、と思った。
昨日見たアキトの違和感の正体はわかった気がした。
アキトはマーガスに抱かれながら、他の男に抱かれていた。
一緒に夜空を駆けたルーポには間近で感じられた、どれだけ自分が想っていても伝わらない、あるいは受け入れてもらえないもどかしく狂おしい想い。
その熱く苦しい想いをマスターに向けたまま、アキトはマーガスを貪っていた。
そんなアキトを抱くマーガスは、違っていた。
しっかりとアキトを見、優しく包み、顎をとらえ強引にキスをしたときでさえ慈しみ深かった。
「妖狐は精力を吸って生きる」
「せいりょく?」
「生命力みたいなものらしい」
「はぁ」
「アキトは古くて力の大きい妖狐だから、相当な精力がいる。
あいつが本気になってみろ、一晩に何人もの人間がカラカラに干からびてしまうほど吸い尽くす」
「え」
「あいつは本当に危ないんだ。
気をつけろよ」
「は…い」
「ルーポも知っているが、俺は黒魔術師だ。
本気になればエトコリアの街は軽く消滅させられるくらいの力がある、らしい」
「……」
「だからアキトに枯れるほど注いでも、干からびないんだとさ」
「!」
「ったく、手加減してほしいぜ。
昨日も散々搾り取られた」
ちょっと生々しい表現が、ルーポには刺激が強かったのか、顔が真っ赤になってしまった。
と、気配がした。
そこにはマーガスの白いシャツを羽織っただけのアキトがゆらゆらと立っていた。
それも前のボタンは一つも留めていないので、肌が随分露出していた。
もちろん、まだ濡れてぬらぬらしている股間も。
思わずルーポは目を逸らしたが、シャツの隙間から見えたアキトの白い肌には赤い痕が無数についていた。
「マーガス、髪洗って」
アキトは三角の耳をちょっと下に向けて、甘えたように言った。
「こらこら、ルーポがいるんだ。
少しは配慮しろ」
マーガスはやれやれと席を立ち、ひょいとアキトを横抱きにした。
股間は見えなくなったが、臀部から白いねっとりとした液体がぽたりぽたりと落ちるのが見えた。
「ルーポ、オレはこいつをなんとかしてくるから、おまえは片づけしてもらっていいか?」
「はい。
あの、食事は」
「もういい。
早めに昼をがっつり食べるよ」
「マーガス」
腕の中でアキトが急かす。
「はいはい。
ったく、ひでーな。
こんなに髪をぼさぼさにしやがって。
せっかくオレが毎回つやつやにしてるのに」
マーガスはアキトを抱いて温泉に向かったあと、ケモノとオスのにおいが残っていた。
それからも何度かルーポは深夜にアキトの切なそうな喘ぎ声を聞いた。
もう様子を見にいくことはなかったが、自分の身体も興奮してきてたまらなかった。
いつも深く響く声で自分の名前を呼ぶのが聞こえている気がした。
それが熱く自分を求めているように思え、あのときのことを思い出しながら、ルーポも自分を慰める手を緩めなかった。
そしてあれだけきつく言われていたのに、満月の夜、アキトにまた腰を取られ宙に浮くとルーポは子狼となり、空を駆けた。
マーガスは旧友と会うのだとその夜は留守をしていた。
それでも胸騒ぎがすると急いで小屋に戻ってみると、小さい呼吸しかしていないルーポが青黒い顔をして戸口の前に倒れていた。
「んの、ばかがっ!!!」
とりあえずマーガスは自分の持てるありったけの白魔法を施し、少し状況を安定させてから薬湯を作り飲ませた。
ルーポはマーガスとダイロスにまた、しこたま怒られた。
3人の奇妙な生活に変化が訪れた。
ばらばらに過ごすことが多かったのに、なぜか3人で過ごすときが増えた。
ある夜は煮炊きする暖炉のそばに3人が分厚いラグを敷き、枕を持ち、ブランケットも傍らに置いて、ワインをちびちび飲みながら一晩中語り合った。
酔ったルーポは面白かった。
「おまえ、酒に弱いんだな。
面白い、もっと飲め」
「え、いいんですか?
僕、カヤ様には飲むな、って止められたんだけど」
「いいっていいって。
どうせここにはその男はいない」
マーガスがルーポのグラスにワインを注いでやる。
真っ赤に火照った顔をしたルーポは新しいワインを舐めて、にこっと笑う。
「こんなに飲んだこと、ありません」
「飲まないと自分の限界はわからないからな」
アキトは顔色一つ変えず、くぅくぅとグラスをあおっている。
「身を持って知らないといけないこともあるし、酒の加減は知っておけば失態も減る。
カヤという男はルーポに随分甘いんだな」
「そう、なんですかねぇ」
「お話してみたらいかがですか。
私はどのような方なのか、よく存じ上げないし」
「え、ちょっと恥ずかしいです」
「とても素敵な殿方なのでしょうね」
「そうなんです!
カヤ様は……」
ワインのせいか、ルーポの口は滑らかにカヤについて語り出す。
アキトが言葉巧みに聞き出し、マーガスは黙ってそれを聞いていた。
一通り、ルーポは自分が困っているときにカヤに出会い、助けられたことを話した。
そしてカヤの古い傷の痛みを取り除きたくてエトコリアに来たことも。
「よっぽどカヤのことが好きなんだな」
マーガスは茶化すことなく言った。
「そう……なんでしょうか?」
「なんだよ、どうしてそこで情けない声を出す?」
「だって、僕はカヤ様から……好き、と言われていなくて……」
「ばーか、おまえは好きと言われなきゃ好きにならないのか?」
「そんなことはありません」
「じゃあ、ルーポはカヤに好きだと言ったのかよ」
「……あ」
「あーあ」
マーガスはわざと大きな声を出して、グラスに残っていたワインをぐいっと飲み干し新しいワインを注いだ。
「言わなくても伝わる術をそなたは持っているのですか?」
「……いえ……」
「言えばよかったのによー」
「言う?
僕が?」
ルーポは空色の大きな目を見開いてマーガスを見た。
「なに驚いてるんだよ。
そうだよ、言えばよかったんだよ。
それともなにか、言ったらカヤがカエルになる呪いがかけられていたのか?」
ルーポは首を大きく振った。
「言ったらご迷惑かと……」
「どうして?
そなたはカヤが好きなのであろう?」
「カヤ様は……他の女性との結婚を望まれていて……。
僕がそんなことを言ったら……」
「はぁっ?!
カヤは他の女と結婚したいのにおまえを抱いたのか?」
「違います。
カヤ様の周りの方が、そう望んで」
「カヤはどうだったんだよ」
「………さぁ」
今度はアキトがむっとしてグラスをあおり、空にしてマーガスに差し出す。
マーガスは黙ってワインを注いでやった。
「自分で勝手にだめだと思って言わなかったのですか」
アキトのきつい口調にルーポがしゅんとすると思っていた。
が、違った。
「言ってもよかったの?」
「そうですよ。
誰にも邪魔されることはありません。
ただ告げればいいんです」
「………そうか。
僕、カヤ様を好きだって言ってもよかったんだ」
ちびりちびりとワインを舐めながら、マーガスはルーポを見た。
ルーポの顔は高揚してふんわりと金の粉をまぶしたように輝いていた。
「そうか。
そうなんだ……」
マーガスがルーポの手からグラスを抜き取った。
アキトが柔らかくルーポの身体を抱き寄せる。
ほこほこと身体が温かくなったルーポはすぅっと寝入ってしまった。
くすくすと笑いながら、アキトはルーポの繊細な髪をなでてやる。
「おまえがマスター以外の世話をするなんて珍しいな」
マーガスの言葉をアキトは穏やかな風のようにかわすと、やがて自分もマーガスに寄りかかり眠ってしまった。
「やれやれ」とマーガスは呟き、ルーポとアキトにブランケットをかけてやった。
しばらく火を見ながらひとりでワインを飲み、自分の中で区切りがついたのか、まずはルーポを抱き上げベッドに寝かせた。
そしてアキトを抱いて自分の部屋に消えていった。
魔法宮に通い、ハーブを育て、軟膏や石けんを作り、エトコリアの薬草とハーブを学び。
3人で語り、食べ、飲み、眠り。
こうしてルーポは3回目の空駆ける満月の夜を過ごした。
今度はアキトに奪われるように空に昇るのではなく、自らが駆け出し宙を行くアキトに手を伸ばした。
アキトがそれを取り引っ張ってやるとするするとルーポは小さな狼の姿になった。
そして思いの丈を叫ぶように吠え、へとへとになるまで空を駆けた。
今回はマーガスも予想していたようで、駆け出していくルーポの後ろ姿を見て「あーあ」と声を上げ、ランプを持って作業部屋に向かった。
そして一晩中駆け回りくたくたになって戻り、子狼からルーポの姿に戻るやいなや鼻をつままれマーガスに薬湯を口に注がれた。
ルーポは「うげーっ!うげーっ!」と声をあげながらそれを懸命に飲み干した。
そして小屋の戸口前でうつ伏せに倒れたまま、くすくすと、やがてげらげらと笑い出した。
マーガスはそれを大きな溜息をつきながら、見ていた。
「マーガス、ありがとう」
「やるとは思ってたがなぁ」
「もう、しません」
「なんだ?」
「もう、気が済みました」
そう言いながらも、ルーポは気持ち悪さに顔を青くした。
「楽しかったぁ。
こんなに、気持ち悪くなるの、わかってるのに、楽しかったぁ」
それだけ言うとルーポは3回目となる不快感に襲われ一言も声を発しなくなった。
今回はマーガスが薬湯を早めに飲ませてくれたせいか、治りが少し早かった。
それからのルーポは大きな声を出し、軽快に笑うようになった。
よくしゃべりもし、服屋の女性2人ともよく話をするようになった。
軟膏は5つ作れば5つとも店頭に並ぶようになった。
魔法宮に通っていたマーガスが白魔法だけをルーポに注いでやれるようになった。
そして、ルーポは自分の中を駆け巡る魔力を掴むことができるようになった。
初めてそれが上手くいったときは、マーガスとアキトの前でだった。
3人は驚き、歓声を上げ、抱き合って喜んだ。
ルーポがエトコリアにやってきて1年が過ぎようとしていた。
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風見鶏ーKazamidoriー
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秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
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