空と傷

Kyrie

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第35話

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あの満月の後、しばらく姿を見せなかったアキトがふらりと小屋に現れた。
マーガスと同居しているのかと思えば、随分気ままで、ふらりと消えふらりと現れる。
そんなアキトにルーポは最初、戸惑っていたが「あいつは妖狐だからなぁ」というマーガスの言葉に納得し、不意に消えたり現れたりしてもひどく心配したり驚かなくなった。

しかし、今回ばかりは少し気になった。


アキトはルーポを見ても、何事もなかったように振る舞っていた。
そこに特別な感情はないようで、ルーポも何も言わなかった。



ルーポの初めての軟膏づくりは、二枚貝5つ分が仕上がった。
マーガスがまず2つを選び、薬草屋に持っていくように言った。
そうすると店主は1つだけを選び、店頭に置く、と言った。
仕上がりが硬すぎたりゆるすぎたりすること、薬草やそこから抽出したエキスの微妙な混ぜ具合の調整が課題だと言われたが、「筋はいい。また作ってくるか?」と言われたので、ルーポは二つ返事をし、マーガスの作業部屋に出入りする生活をしていた。

アキトが戻ってきたときは集中力が切れ、小屋に戻ってハーブティーを淹れて一人で飲んでいたときだった。
マーガスは街へ石けんを納めに行っていた。

気がつくと、アキトが頬が触れるほどの距離にいてルーポは驚いた。

「あれから何か言われましたか」

「この間の満月のことですか」

アキトはうなずく。

「はい。
命の危険もあるのでもうしてはいけない、と。
でも」

ルーポの空色が濃くなった。

「あんなに自分の感情を外に出したのは初めてでした」

にやりとルーポは笑った。
ルーポは子狼に変身して夜空を力の限り駆け回りながら、心の赴くままに叫んだあの夜の快感を思い出していた。
自分にこんな荒々しい感情があったのを初めて知った。
そしてそれを表に出すことの解放感も。

これまでルーポは自分の感情を強く出す必要がなかった。
そこまで激怒することもなかったし、薬局やくきょくでのひどい扱いについては薬局長のイリヤが戻れば解消されると思っていた。
目立たずに静かに生きてきたいと思い、黙々と作業をし、実際にひっそりと生きてきたつもりだった。

「あれは愉快でしたね」

アキトはなにかを思い出したのか、喉の奥のほうでくっくっくっと笑った。

「そなたは狼なのですね」

「僕は人間ですが、ルーポというのはオオカミという意味です」

「やっぱり狼だ。
あのときのルーポは生き生きとしていました」

「こんなことを言ったらダイロス様やマーガスから叱られますが、とても楽しかったです」

「そう」

アキトの漆黒の闇の瞳が深い底なし穴になった。

「また、一緒に駆けますか」

「え……っと」

ダイロスやマーガスに「もう二度とやってはいけない」ときつく言われていた。
あのあとの酷い吐き気とめまい、不味い薬湯、そして日常生活に戻るまでの日数。
下手をすれば命を落とすこと。
実際にあの数日でルーポはげっそりと痩せてしまった。
マーガスが驚き、躍起になって料理を作ってくれたのも知っている。

だが。
ルーポはまた空を駆けてみたい、と思ってもいた。
はまってしまえば、生命が尽きるまで駆け回ってしまうだろう。
そんな危険なにおいも十分に嗅いではいたが、それでも感情を露わにする快感をまた味わいたいと思ってしまっていた。

「機会があれば、是非に」

あ、とルーポが声を上げる間もなく、アキトはするりと紅い唇でルーポの唇を奪うと靄のように消えていった。
ルーポは固まってしまった。
あまりに突然で、あまりに自然で。
掠めたようにさらりとしていたのに、アキトの唇の感触は妙にしっかりと残っていた。
思わず、感触を再確認するように唇に指を当て滑らせた。







その夜は新月だった。

マーガスが街から帰ってくるとすぐに「おまえ、獣臭いな。アキトになにかされてねぇか」と迫られ、ルーポはどぎまぎしながらアキトが戻ってきたことは伝えた。

「いいか、本当に命を落としてしまうことがあるからな。
悪いヤツでもないが、いいヤツでもない。
子羊ちゃんのようなおまえなんて一口で丸呑みぺろりだぞ。
本当に気をつけろよ、ルーポ」

「すみません、マーガス様」

「ぁん?」

マーガスが不愉快そうな声を上げる。

「すみません、マーガス」

「おうよ。
自分の中の魔力をしっかり感じ取れている重要な時期なんだからな。
無茶はするなよ」

敬称をつけて呼ばれるのがとても苦手なマーガスはそう言って、ルーポの肩をぽんと叩き、「よーし、旨いもの作ってやるからいいコにしてろよー」と台所に消えていった。

薬草を扱っているときに、特にルーポは自分の指先が温かくなっているのを感じていた。
が、意識を魔力に向けると途端にそれが消えてしまう。
すると集中力を欠き、調合もできなくなる、ということが続いていた。

あと、ちょっと。

焦りは感じていたが、それでも半歩でも進んだ気がして、ルーポはなんとか気分転換をして、やり過ごしている。

マーガスが作った豚の香草焼きを食べ、月のない暗い夜、ルーポは早々とベッドに入った。








一旦、眠りに落ちていたが、ふわりと意識が上がってきて、ルーポは目を覚ました。
辺りは真っ暗で、起きるにはまだ早すぎるのは明確だった。
再び寝ようと、ルーポは体勢を整え、目を閉じた。
しかし、どうしたことか目が冴えてしまい、どうやっても眠ることができない。
横を向き、寝返りを打ち、枕を抱きかかえ、うつ伏せになり、ともぞもぞと動いて「眠れるところ」を探すがまったく落ち着かなかった。

そして、微かな声を聞いた。
とても小さいのに甲高く響く。
どうやっても気になり、ルーポはするっとベッドから抜け出し、真っ暗で手探りをしながら音を立てぬように歩き始めた。

部屋を出て、食事をする部屋になんとかたどり着くと、マーガスの部屋から青白い不思議な光が漏れていた。
声はそこから聞こえた。
用心深く近づくと、ドアが少し開いていた。
ひょいと中を覗き込む。


「ふぅっ……、ああっ、や、もうっ、もうっ」

「もう、なんだ?」

「……んっ、も…っとっ」

「こうか」

「そう……ふぁっ、……イ…シロ……」



ルーポの目に入ったのはベッドの上に座る全裸のマーガスの後ろ姿だった。
あぐらをかき、膝の上にはひどく白いものをのせている。
それはアキトだった。
闇に浮かぶアキトの白い裸体はぼんやりと光を放っていた。
マーガスと向かい合わせになり、両腕をマーガスの首に巻きつけ、大きく足を開き、下から突き上げられ揺さぶられている。
2人の下半身からはぐちゃりぐちゃりという音が、緩急をつけながら鳴っていた。

ルーポはすぐにその場から立ち去らなくてはならない、と思った。
しかし、目は全裸の2人をとらえ、離さない。

マーガスの肩越しにアキトの顔がちらりと見えた。
長い黒髪が乱れ、頬に張りつき、目は紅く染まっていた。
そしてマーガスの突き上げに切なそうに眉を寄せ、喘ぐ。

ルーポなど目に入っていないように激しく乱れているのに、アキトの左目はしっかりとルーポをとらえ離さない。

ルーポは身動きができなくなり、2人を凝視していた。


「こぉら、どこ見てる」

アキトの小さな尻を揉みしだきながら突き上げていたマーガスが左手を離し、アキトの顎をとらえる。

「ほら、こっちを見ろ」

「んっ」

強引に顎を引き寄せ、マーガスがアキトにキスをする。
くちゃくちゃという舌遣いと唾液の音とぱちゅんぱちゅんというマーガスが出入りする音が強くなる。
アキトはくぐもっていたが、喘ぎ声を大きくした。
そしてマーガスにもっとねだるように腰を振った。


アキトの関心がルーポから外れた。
するとルーポは動けるようになった。
ルーポは慌ててその場から立ち去った。
とにかく音を立てないようにして這うように部屋に戻ると、ドアをしっかり閉めた。
何度もそれを確認し、ベッドに潜り込み手足を縮こまらせ丸くなる。


心臓がずくんずくんと音を立てている。
全身が熱く、特に顔が火照っていた。

あれはなんだったんだろう。

答えの出ない問いをずっと自分にし続ける。

もちろん、ルーポの股間も反応している。
が、ここで自慰をするわけにもいかない。

目を閉じても、アキトの滑らかな肢体に黒髪が流れるようにうねっているのが浮かぶ。
切なそうな目。
妖しい紅い唇。
のけぞったときに見えた細い首。
豊かな長髪から見え隠れする華奢な肩。
艶やかな嬌声。

時折、苦しそうにしながらつぶやく異国の響き。

マーガスに甘えているようなのに、どうしてあんなに悲しそうな顔をするのか。
マーガスに抱かれながら、全然マーガスを見ていないのはなぜか。


ルーポは眠れるはずもなかった。

明け方、うつうつとしたときには、自分がアキトを膝にのせ、下から突き上げている夢を見た。
夢の中のアキトは泣きそうな顔をしていた。





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