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第一話
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隣町の米問屋の山城屋の娘が未亡人になって戻ってきた、という話はあっという間に広まっていた。
『現世小町』と呼ばれるほどの美貌の深窓の令嬢で、何人もの求婚者を押しのけて親が縁を結んだのは、廻船問屋の竹田屋の一人息子であった。
こちらも美男で愛想もよく、父について仕事にも熱心だった。
二人の婚儀が決まると、街の男ども女どもの多くは泣いたりわめいたり、やけ酒を飲んだり、胸がつぶれそうになって川に飛び込むものまで出た。
豪商同士の祝言なのでそれはそれは贅沢を尽くし、また出席した者は、雛人形のような花婿と花嫁に見とれてしまったという。
仲睦まじいと言われていたが、それから一年も経たずに流行り病で息子が急死し、娘は子がいないことから離縁され、山城屋に戻されたという。
まだ冷え込む春、ちょうど桜が散る重い曇天の中で葬儀が営まれた。
病が他に移ってはならない、と死に顔を見ることは叶わなかったが、大勢の弔問客が訪れた。
竹田屋の両親と共に座っていた娘は、喪服に身を包み、始終俯き加減で言葉少なに挨拶をしていた。
青ざめた疲れの浮かんだ顔に、ほつれ毛が額やうなじにかかり、なんとも不安そうな様子は、こういう場所ながら、いやこういう場所だからこそ、見る者の劣情を掻き立てた。
どうして人のものはこんなに良さそうに見えてしまうのだろう。
「薄幸の未亡人」であり、禁欲的な黒の喪服、悲しみに暮れる中からにじみ出る人妻の色香、風のいたずらではらりはらりと肩や膝の腕に舞い落ちる桜の花びらがより一層、背徳感と弱者への征服欲が煽られた。
派手に祝言を挙げ、鼻につくほどの自慢をしていた山城屋の両親は扱いに困ってしまい、敷地の奥の離れに娘を閉じ込めてしまった。
まだ戻ってきてから間もないというのに、下劣な輩が娘を後妻や側妻として寄越せとの申し出が後を絶たなかったからだ。
とにかく敷地内には娘がいるとわかると庭に忍び込んで強行手段に出ようとする乱暴な輩もおり、山城屋の両親はほとほと困っていた。
ある蒸し暑い夏の夜のことだった。
寝苦しくてどうしようもなかった一人の若い男が、涼を求めてふらり、外を歩き始めた。
物騒ではあるが月明かりも煌々としており、顔を隠すために手ぬぐいをさっと頭に載せるとそのまま合わせを緩めながら気ままに歩を進めた。
ふと立派ななまこ塀にぶち当たった。
こちら側は日が当たらずあまり手入れもされていないのか、緑に苔むしていた。
一角に何本もの朝顔がこんもりと繁っていた。
男は、もしや、と思った。
そして辺りに人がいないのを確認すると、しゃがみ込みそのまま繁みの裏へと潜っていった。
やはりな、と男はにやりとした。
昼間に外で遊ぶ子どもたちが、どのあたりかはわからないが、大きななまこ塀に朝顔が繁り、その裏には穴が開いていてそこからどこかの大屋敷に敷地に入れるのだ、と声高に話しているのが聞こえた。
男は小さく身を縮こませ、小さな穴に身をねじ込んでみた。
息ができなくなるかと思ったが、一瞬のことだあった。
中腰でそっと塀の中をそっと見回すと、手入れの行き届いた立派な庭と大きな屋敷、そしてみすぼらしい離れが目に入った。
この屋敷は確か……
男が考えを巡らしていると、離れの御簾が揺れ、中から白い人が出てきた。
強い月明かりに照らされ、美しい瓜実顔がはっきりと見て取れた。
山城屋の未亡人!
男の胸は高鳴った。
噂の主は見られているとも知らず、単の白い肌襦袢だけを身に着け、しどけない姿を晒していた。
縁側に縁に立ち、暑苦しいのか、胸元を少し広げ少しでも涼しい風を身に当てようとしている。
その無防備な姿と艶めかしさに、男の血は一気に頭に上った。
足音を消し素早く近づき、一気に縁側に飛び上がると、驚く離れの主の口を手でふさぎ、下駄を蹴るように脱ぎ捨て中へ押し入り、部屋の壁に身体を押し付け割った裾の間に身体を入れ、両手首を左手で掴み、今度は手の代わりに唇で口を塞ぐと空いた右手を相手の袂に入れ、胸をまさぐった。
一瞬のことで主はなにが起こっているのか、わからなかった。
目を白黒させ、自分の身が危険なのだとわかり、身を捻ろうとした。
男は袂から手を抜くと、今度は相手の股間に手を伸ばし握り込んでいた。
暴れようとしていた主は驚き、身を硬くした。
男の手の中にはふにゃふにゃで使い物なりそうにないが、しっかりとしたものが収まっていた。
男は唇を少しだけ離し、言った。
「静かにしろ。
騒いだら、このままおまえを犯す。
そして殺す」
男の手際のよさはよくわかった。
きっと主が騒ぎ、叫んでいる間に突っ込まれ生命を奪われているだろう。
主は諦め、怯えながら静かにうなずいた。
男はそっと唇を離し、主の顔を間近で見た。
御簾の隙間から漏れ入る月明かりでしか見えなかったが、それでも十分美しい女顔の若い男だとわかった。
「おまえは山城屋の未亡人か」
男の問いに主は身体をびくりと震わせ、少し身を捩ったので、男は手の中のものを握り込んだ。
主は声にならない声を上げ、本当に逃げられないと観念したのか、うなずいて返事をした。
「現世小町がどうして男なんだ?」
主は困った表情をして、視線を下に投げた。
乱れた髪が首に絡みついているのがよく見えるだけだった。
「話さないと、どうなるのか」
男は荒い鼻息を主の首筋に吹きかけながら、唇を這わせようとした。
「お、お待ちください。
お話します」
震えた声を初めて聞いた。
高い声だったが、どうやっても男のものだった。
「お話しますから、あの、手をどけていただけませんか」
男はまだ、主の股間を握っていた。
主を見ると顔を赤くしていた。
もう一度念を押し、男は手と身体を離した。
主は背中を壁にすりつけたまま、ずるずるとしゃがみ込んでいったので、男も裾をからげ胡座をかいて座った。
『現世小町』と呼ばれるほどの美貌の深窓の令嬢で、何人もの求婚者を押しのけて親が縁を結んだのは、廻船問屋の竹田屋の一人息子であった。
こちらも美男で愛想もよく、父について仕事にも熱心だった。
二人の婚儀が決まると、街の男ども女どもの多くは泣いたりわめいたり、やけ酒を飲んだり、胸がつぶれそうになって川に飛び込むものまで出た。
豪商同士の祝言なのでそれはそれは贅沢を尽くし、また出席した者は、雛人形のような花婿と花嫁に見とれてしまったという。
仲睦まじいと言われていたが、それから一年も経たずに流行り病で息子が急死し、娘は子がいないことから離縁され、山城屋に戻されたという。
まだ冷え込む春、ちょうど桜が散る重い曇天の中で葬儀が営まれた。
病が他に移ってはならない、と死に顔を見ることは叶わなかったが、大勢の弔問客が訪れた。
竹田屋の両親と共に座っていた娘は、喪服に身を包み、始終俯き加減で言葉少なに挨拶をしていた。
青ざめた疲れの浮かんだ顔に、ほつれ毛が額やうなじにかかり、なんとも不安そうな様子は、こういう場所ながら、いやこういう場所だからこそ、見る者の劣情を掻き立てた。
どうして人のものはこんなに良さそうに見えてしまうのだろう。
「薄幸の未亡人」であり、禁欲的な黒の喪服、悲しみに暮れる中からにじみ出る人妻の色香、風のいたずらではらりはらりと肩や膝の腕に舞い落ちる桜の花びらがより一層、背徳感と弱者への征服欲が煽られた。
派手に祝言を挙げ、鼻につくほどの自慢をしていた山城屋の両親は扱いに困ってしまい、敷地の奥の離れに娘を閉じ込めてしまった。
まだ戻ってきてから間もないというのに、下劣な輩が娘を後妻や側妻として寄越せとの申し出が後を絶たなかったからだ。
とにかく敷地内には娘がいるとわかると庭に忍び込んで強行手段に出ようとする乱暴な輩もおり、山城屋の両親はほとほと困っていた。
ある蒸し暑い夏の夜のことだった。
寝苦しくてどうしようもなかった一人の若い男が、涼を求めてふらり、外を歩き始めた。
物騒ではあるが月明かりも煌々としており、顔を隠すために手ぬぐいをさっと頭に載せるとそのまま合わせを緩めながら気ままに歩を進めた。
ふと立派ななまこ塀にぶち当たった。
こちら側は日が当たらずあまり手入れもされていないのか、緑に苔むしていた。
一角に何本もの朝顔がこんもりと繁っていた。
男は、もしや、と思った。
そして辺りに人がいないのを確認すると、しゃがみ込みそのまま繁みの裏へと潜っていった。
やはりな、と男はにやりとした。
昼間に外で遊ぶ子どもたちが、どのあたりかはわからないが、大きななまこ塀に朝顔が繁り、その裏には穴が開いていてそこからどこかの大屋敷に敷地に入れるのだ、と声高に話しているのが聞こえた。
男は小さく身を縮こませ、小さな穴に身をねじ込んでみた。
息ができなくなるかと思ったが、一瞬のことだあった。
中腰でそっと塀の中をそっと見回すと、手入れの行き届いた立派な庭と大きな屋敷、そしてみすぼらしい離れが目に入った。
この屋敷は確か……
男が考えを巡らしていると、離れの御簾が揺れ、中から白い人が出てきた。
強い月明かりに照らされ、美しい瓜実顔がはっきりと見て取れた。
山城屋の未亡人!
男の胸は高鳴った。
噂の主は見られているとも知らず、単の白い肌襦袢だけを身に着け、しどけない姿を晒していた。
縁側に縁に立ち、暑苦しいのか、胸元を少し広げ少しでも涼しい風を身に当てようとしている。
その無防備な姿と艶めかしさに、男の血は一気に頭に上った。
足音を消し素早く近づき、一気に縁側に飛び上がると、驚く離れの主の口を手でふさぎ、下駄を蹴るように脱ぎ捨て中へ押し入り、部屋の壁に身体を押し付け割った裾の間に身体を入れ、両手首を左手で掴み、今度は手の代わりに唇で口を塞ぐと空いた右手を相手の袂に入れ、胸をまさぐった。
一瞬のことで主はなにが起こっているのか、わからなかった。
目を白黒させ、自分の身が危険なのだとわかり、身を捻ろうとした。
男は袂から手を抜くと、今度は相手の股間に手を伸ばし握り込んでいた。
暴れようとしていた主は驚き、身を硬くした。
男の手の中にはふにゃふにゃで使い物なりそうにないが、しっかりとしたものが収まっていた。
男は唇を少しだけ離し、言った。
「静かにしろ。
騒いだら、このままおまえを犯す。
そして殺す」
男の手際のよさはよくわかった。
きっと主が騒ぎ、叫んでいる間に突っ込まれ生命を奪われているだろう。
主は諦め、怯えながら静かにうなずいた。
男はそっと唇を離し、主の顔を間近で見た。
御簾の隙間から漏れ入る月明かりでしか見えなかったが、それでも十分美しい女顔の若い男だとわかった。
「おまえは山城屋の未亡人か」
男の問いに主は身体をびくりと震わせ、少し身を捩ったので、男は手の中のものを握り込んだ。
主は声にならない声を上げ、本当に逃げられないと観念したのか、うなずいて返事をした。
「現世小町がどうして男なんだ?」
主は困った表情をして、視線を下に投げた。
乱れた髪が首に絡みついているのがよく見えるだけだった。
「話さないと、どうなるのか」
男は荒い鼻息を主の首筋に吹きかけながら、唇を這わせようとした。
「お、お待ちください。
お話します」
震えた声を初めて聞いた。
高い声だったが、どうやっても男のものだった。
「お話しますから、あの、手をどけていただけませんか」
男はまだ、主の股間を握っていた。
主を見ると顔を赤くしていた。
もう一度念を押し、男は手と身体を離した。
主は背中を壁にすりつけたまま、ずるずるとしゃがみ込んでいったので、男も裾をからげ胡座をかいて座った。
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