かごの鳥と魔女の落とし子

ふじゆう

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第一章 魔女の落とし子

1-8

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 ビッシュの安否を確認し、『魔女の落とし子』の疑いがかけられた事を知った日から、数週間が経過した。あれから、毎日のように登下校中に、イングウェイ家を訪れているが、ビッシュは帰ってきていなかった。日に日にやつれていくビッシュの母親の顔が、事の重大さを物語っていた。ビッシュの母親の弱り切った顔と、崩れ落ちそうなやせ細った体に、現実を突きつけられた。正直、ビッシュの母親に顔を合わせるのが辛い。しかし、行かずにはいられない。ビッシュの事が心配で心配で、気が気ではないホルンは、ため息交じりでイングウェイ家へと歩いていく。まるで、両手足に足枷をつけられ、重いリュックを背負わされているような感覚だ。
 視界の先にイングウェイ家を捉えると、憂鬱な気持ちが膨らんだ。溜息を吐いた直後、鎖が切られたように、ホルンは走り出した。イングウェイ家の玄関扉が開いたのを確認すると、ビッシュが家から出てきた。家から出てきた人物がビッシュであると、認識する前に勝手に足が動いていた。
「ビッシュ!!」
 ホルンは、大声で叫び大きく手を振った。しかし、ビッシュは、聞こえていないように歩いていく。何度も何度も、ビッシュの背に向かって声を発するホルンであったが、一向に立ち止まるそぶりを見せない。
「ビッシュ! 帰ってきていたんだね!? ああ、良かったあ! 大丈夫なの?」
 ホルンは、ビッシュの隣に駆け寄り、肩に腕を回した。数秒間、時が止まったかのような錯覚を覚えたホルンは、呆然とビッシュを眺めていた。ゆっくりと顔をホルンの方へと向けたビッシュは、数秒間ホルンを見つめ、緩やかに口角を上げた。
「・・・ああ、ホルンか。おはよう」
「え? あ、うん。おはよう」
「・・・」
 ビッシュは、ホルンの腕からスルリと抜けて、歩いていく。
「ビッシュ、大丈夫なの? なんだか、元気ないみたいだけど」
「ん? そうか? 俺はいたっていつも通りだけど?」
「そ、そうか! そうだね! ごめん。全然帰ってこないから、心配したよ。体調は問題ないの?」
「ああ、問題ない。心配かけて、悪かったな」
 ビッシュは、笑みを浮かべる。確かに見た目は、以前のビッシュと変わらない。顔色も良さそうだし、どこか怪我をしているようにも見えない。
「それで、あの・・・この数週間、いったい何があったの?」
「・・・」
「・・・ビッシュ?」
「ああ、悪い。それが、あまり覚えてないんだよ」
 ビッシュの優しい笑みに、ホルンは胸を撫で下ろした。色々気になる事もあるし、沢山聞きたい事もある。でも、目の前にビッシュがいて、笑みを見せてくれる。靄のかかった頭が晴れて、体が軽く感じたホルンは、笑みを返した。
 ビッシュがここにいてくれる。それだけで、十分じゃないか。
 しかし、アカデミーに到着し、それだけでは済まない事を思い知らされた。ホルンの目算で、だいたい半分くらいだ。いつも通りにビッシュに話しかける生徒と、遠巻きから眺め内緒話をしている生徒。できる事なら、ビッシュの事をそっとしてあげて欲しいホルンであったが、興味本位でも彼に話しかける生徒達の方が気が楽であった。遠巻きで眺めている生徒達も、やはりビッシュの事が気になるみたいであった。が、彼らはビッシュに話しかけず、ホルンに話しかけてきた。
「ねえ、ビッシュって、『魔女の落とし子』になったんでしょ?」「ホルンもビッシュに関わるのは、止めなよ。母ちゃんが言ってたよ」
「ビッシュと話してたら、お前も目を付けられるぞ」
 きっと、彼らに悪気はなく、善意での助言なのだろう。しかし、ホルンの胸中は穏やかではない。腫れ物に触る以前に、臭い物には蓋をしているようだ。現在最も話題性のある『魔女の落とし子』が、こんなにも近場に存在している。好奇心と奇異の目に、ビッシュが晒されている。『魔女の落とし子』という犯罪者に向けられる視線は、これほどまでに冷たいのかと、ホルンは憤りを感じていた。ビッシュがここにいる事が証拠だと叫びだしたい気分だ。もしも、犯罪者であったなら、解放される訳がない。どうして、皆はその事に気が付かないのだろう。なによりも、『魔女の落とし子』が、なぜ犯罪者として扱われているのか、皆は知っているのだろうか? ホルンには、分からない。噂話に振り回されているような気がする。どうして、ビッシュが無事に帰ってきた事を、素直に喜んでくれないのだろう。ホルンの怒りは爆発寸前だ。しかし、寸でのところで思い留まっている理由は、ビッシュが何食わぬ顔をしているからだ。何を聞かれても『覚えてないんだ』と、笑っている。冷たい視線にも、あっけらかんとしている。
 ホルンには、ビッシュの胸中を、まるで理解できなかった。心配になったホルンが、ビッシュに尋ねてみたが、『言いたい奴には、言わせておけばいいんじゃないか?』と、まるで他人事だ。ビッシュの言う通りなのは分かるけど、なんだかやりきれない気持ちだ。遠巻きからビッシュを眺めて内緒話している生徒も、ホルンに根拠のない正義感から助言をしてくる生徒も、ビッシュには直接関わろうとはしていない。理由は簡単で、ビッシュは喧嘩が強く、人気者だからだ。弾が当たらない距離感を保ちたいのだ。そんな連中とビッシュとを天秤にかけた時、どちらに傾くのかなど考えるまでもない。ホルンが鋭い視線を向けると、『君の為に言ってやっているんだ』と、手垢のついた捨て台詞に、嘆息が零れた。
「ねえ、ビッシュ! 遊びに行かない?」
 アカデミーが終わり、ホルンはビッシュの肩に触れた。ビッシュは、窓の外を眺めていた。ビッシュがホルンの顔に視線を移し、教室内を見渡した。
「あ、ああ・・・ごめん。ちょっと、用事があるから、またな」
 ビッシュは、授業が終了していた事に、気が付いていなかった様子であった。座席から立ち上がったビッシュは、ホルンの肩を軽く叩いて、教室を出て行った。ホルンは、ビッシュの背中を見ながら、廊下を歩く。ホルンは、ビッシュの肩越しから見える人影に、露骨に顔を歪めた。
「おう、犯罪者! いったいどの面下げて、アカデミーに来ているんだ?」
 ホルンは、ビッシュの隣で立ち止まり、目前の巨漢を見上げている。毎度毎度、飽きずに懲りずにケチをつけてくるベンに、ホルンは関心さえ覚えていた。そうとう暇なのだろう。力でねじ伏せた子分はいても、心を許し合える友達はいない。そう考えると、ホルンには哀れみすら生まれていた。
「おう、なんとか言ってみろよ! 犯罪者!」
 ベンの顔がいつも以上に歪んでいる。直視する事が不快に感じるほどだ。ホルンは、顔を隣に向けると、ビッシュは無表情のままベンを見上げていた。そして、音を立てず、歩き出した。瞬間的にベンはファイティングポーズをとったが、腰が引けていた。
「や、やるのか!? 俺に指一本でも触れてみろ! 『魔女の落とし子』に暴力を振るわれたって、父ちゃんに言いつけるからな! 今度こそ間違いなく、監獄行きだぜ!」
 ベンの声は震えていた。ビッシュの冷たい視線を受けて、臆している。それならどうして、突っかかってくるのだろう。ホルンは不思議で仕方がなかった。もうすでに勝負がついている。ビッシュはベンの前まで歩を進めると、スッと彼を避け歩いていく。ホルンもビッシュに続いた。何も起こらない事は、ホルンには分かっていた。完全にビビっているベンは手を出さないし、ビッシュは自分の事では怒らない。ビッシュの逆鱗に触れるのは、友人特にホルンが危害を加えられた時だけだ。
「へっ!? なんだ格好だけかよ!? ビビッてんじゃねえよ!」
 背後から聞こえるベンの声が、一層痛々しく聞こえた。アカデミーから出ると、ビッシュはいつもとは逆方向へと歩いていく。ホルンは、小さくなっていくビッシュの姿を、見えなくなるまで眺めていた。
 ビッシュの用事とは、なんだろうか?
 家の仕事の手伝いでもするのだろうか?
 折角、久しぶりに会えたのだから、もっと色々話がしたかった。ホルンは肩を落として帰路に就いた。
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