かごの鳥と魔女の落とし子

ふじゆう

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第二章 雪幻の光路

2-7

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 アカデミーの廊下の陰に身を潜めているホルンは、両手で口を押えている。廊下を走った代償である激しい呼吸を押し殺す為だ。教師の存在に気が付いて、隠れたホルンは、教師が通り過ぎるのを待っている。教師が通り過ぎ、一息ついたホルンは、顔を突き出し廊下を確認する。誰もいない事が分かると、また廊下を走り出した。廊下に差し込む光が弱々しくなっている。アカデミーから家に辿り着くまでの時間を計算すると、もうギリギリだ。少しでも、時間を食ってしまうと、完全にアウトだ。外出届けなど出していないし、出したとしても『友達を探す為』など、シールドの検閲から逃れられる理由ではない。そもそも、ホルンには、外出届を出す方法が分からない。どちらにしても、今からでは間に合わない。ホルンに残された選択は、全力疾走の一択であった。
 本来なら、今日は諦めて明日の朝にでもビッシュに尋ねれば済む話だ。その事を理解しているホルンは、小さく笑った。
 ビッシュの好奇心が移ってしまったのかもしれない。
 今、この瞬間に確認しなければ気が済まないし、夜も眠れない。居ても立っても居られない。ホルンは、極力足音を消して、廊下を走った。
 息を切らせたホルンは、シーフの個室へと辿り着いた。息を整え唾を飲み込んだホルンは、拳を振り上げた。そして、扉を軽くノックした。周囲に響かないように気を配っている。何度も何度もノックしたが、部屋の中からの返事がない。ドアノブを握ると、扉が静かに開いた。ホルンは、空いた隙間に顔を突っ込んだ。
「ビッシュいるの?」
 真っ暗な部屋の中は、何も見えない。奥の窓には、黒いカーテンがかかっている為、弱い光では室内を照らす事はできない。ホルンは、手探りで壁を触り、電気のスイッチに触れた。その瞬間に動きを止めたホルンは、逡巡し電気をつける事を止めた。部屋の電気がついていたら、誰かが不審に思いやってくるかもしれない。シーフに見つかってしまったら、怒られてしまう可能性がある。怒られてしまえば、今後部屋への立ち入りを禁止されてしまうかもしれないし、信用を失ってビッシュの事を教えてくれなくなるかもしれない。シーフを敵に回さない方が良い。ホルンはそう考え、暗い室内を手探りで探した。室内の記憶は残っているので、どこに何があるのかは、だいたい分かる。部屋の周囲に本棚があって、真ん中にソファとローテーブル。一番奥の窓の前に、机と椅子がある。簡素的な部屋だから、視界が悪くてもなんとかなるはずだ。ホルンは、自分に言い聞かせて、本棚や壁を触っていく。
 正直、ホルン自身も半信半疑であった。しかし、ノアが言っていた『隠し扉』という言葉が、異常に気になっていた。その怪しげで不穏な雰囲気に惹かれた。とにかく、確かめなければ気が済まなかった。先生の部屋にそんなものがある訳がない。しかし、それ以外にビッシュが部屋からいなくなった理由が分からない。ホルンは部屋の奥へと進み、カーテンの中に潜り込んだ。そして、窓を引くがびくともしなかった。施錠はされている。
 ホルンは、部屋の中の至る所を触れた。形跡が残らないように、取り出した物は、元の位置に戻した。本棚に触れ、壁に触れ、本棚から分厚い本を取り出した。しかし、特に変わったところはなかった。試しに四つん這いになって、床に触れ叩いたりもした。だが、何も発見できなかった。やはり、隠し扉なんかある訳がない。何もないという事が確認できた。これ以上、時間をかけてしまう訳にはいかない。ホルンは、溜息を吐いて諦めた。
 ビッシュはどこへ行ってしまったのだろうか?
 やはり、僕の見間違いだったのだろうか?
 釈然としないホルンであったが、納得せざるを得ないと肩を落とした。ホルンは、もう一度、部屋の奥へと歩んだ。黒いカーテンを開けて、窓に触れた。やはり、鍵がかかっていて、開かない。ホルンは呆然と窓の外を眺めた。綺麗に整えられた地面の奥には、高い壁がある。アカデミーの敷地を示す壁だ。もう既に光は届いておらず、辺りは暗くなっていた。いよいよ、時間切れだ。急いで帰らないと、家族が心配するし、シールドに見つかってしまえば、迷惑をかけてしまう。こんなご時世だから、変な疑いをかけられてしまうのも困る。
 こんな事になるなら、シーフにお願いするべきだった。シーフの言い分も分かるけれど、一緒に勉強したいと頼み込むべきだった。必死でお願いしたら、シーフなら分かってもらえたのではないだろうか。ホルンは、大きく息を吐いた。今更後悔しても始まらない。ホルンは、もう一度溜息をついて、カーテンを潜ろうとした時であった。
 廊下から足音が近づいてきていた。ホルンは慌ててカーテンから飛び出し、部屋を出ようとした。しかし、焦りのあまり、ローテーブルで膝を強打してしまった。床にうずくまったホルンは、顔をゆがめて膝を押さえている。どうして、狭いソファとローテーブルの間を通り抜けようとしたのか、ホルンは自分の行動が不思議でならなかった。焦っていたにもほどがある。しかし、そのことで、ホルンは冷静さを取り戻した。
 足音は、部屋の前、扉の向こう側で止まった。もう、部屋を出る事はできない。このままでは、確実に見つかってしまう。ホルンは、急いで回れ右をして、窓の前にある机の下に潜り込んだ。その瞬間に扉は開かれ、部屋の電気が点灯した。ホルンは、小さな体を殊更小さくして、息を殺した。
「鍵をかけていないのかね? 不用心なものだな」
「ええ、今日は先客がいましたので。それに、基本的には、生徒達は教師の部屋には来たがりません。だいたい、呼ばれた時は、お説教をされますからね」
 若い男に、シーフはにこやかに返した。ホルンは、両手で口を押えながら、首を捻った。シーフは誰と話しているのか分からない。聞いた事がない声だ。それにしても、シーフはビッシュの勉強を見ると言っていた。それなのに、ビッシュは部屋におらず、シーフは遅れて知らない男とやってきた。いったいどういう事なのか、ホルンは訳が分からなくなっていた。
 ビッシュとシーフは結託して、ホルンを騙していた。そんな図式が完成してしまっている。ホルンは小さく小刻みに顔を左右に振った。きっと、予定が変更したのだ。顔を覗かせた被害妄想を、力づくでかき消そうとする。
「リリー様。こちらのソファにおかけ下さい」
「安っぽいソファだな。そんな事よりも、カルドナ。シャンパンはないのかね?」
「さすがに、アカデミーにアルコールはありませんよ。我慢して下さい」
「俺様に対してそんな口を聞くのは、お前くらいなもんだ。なあ、カルドナ。まあ、俺様とお前の仲だ、不問にしてやる。そんなお前と前祝いにシャンパンが飲みたかったんだよ。ありがたく思え」
「ええ、とても光栄です。明日にでも、お供いたします」
 フン、と鼻を鳴らし、リリーはソファにドカッと腰を下ろした。
 リリー・・・リリー・・・リリー・・・。ホルンは、頭の中で反芻した。そして、ハッとして、声が漏れそうになり、懸命に口を押えた。リリーという名前で、教師であるカルドナに対して、呼び捨てで偉そうな態度を取る人物は一人しか知らない。
 リリー=スノード。スノード家は、四大貴族の一つであり、このウィント地区を統治している貴族だ。そして、スノード家の当主は、シールドのウィント地区部隊の指令を行っている。リリーは、スノード家の次男だ。あまり良い噂を聞かない、評判の悪い男だ。そんな男とシーフがなぜ一緒にいるのか、ホルンは嫌な予感しかせず、背筋に寒気が走った。こんなところで潜んでいる事が見つかってしまえば、ただでは済まない。
ホルンの中で、危険を示すサイレンが高らかに鳴っていた。
「いよいよ、今夜決行か。長かったな」
「ええ、準備は万端。後は、時の経過を待つのみです」
 リリーは膝を叩き、高らかに笑い声を上げた。そして、前かがみになり体の前で力強く手を組んだ。ゆっくりと顔を上げたリリーは、シーフを睨みつけ口角を上げた。
「シュガーホープを、王座から引きずり下ろしてやる」
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