かごの鳥と魔女の落とし子

ふじゆう

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第二章 雪幻の光路

2-6

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 上下左右を固い土がむき出しになった地下道が、存在している。成人者が歩行すると、縦も横も手を伸ばせば土に触れられるほどの狭さだ。薄暗い地下道は、直線的に視線が通らないように、曲がりくねっている。人為的に掘り出したような凹凸が激しい壁には、弱々しい明かりが灯っていて、少し離れてしまうと、顔の認識ができない。明かりの燃料には、夏鉱石が使用されている。幾つにも枝分かれした狭い地下道を通り抜けると、重厚な木製扉が出現する。
 ダンダンダンッ!
 扉に取り付けられた円形の金具で扉を叩くと、重低音が鳴り響く。
『光の路は』
 扉の向こう側から、男の低音が聞こえる。
「雪幻と共に」
 男は、返した。
『アルプ=ウィント様の』
「ご加護が、あらん事を」
「『我ら『雪幻の光路』なり』」
 最後は、内側と外側で、同時に声を発した。すると、扉の上部に設置されている横長の小窓が開き、ギョロっとした二つの瞳が現れた。視線がぶつかると、瞳は細められた。
『これはこれは、総帥様。お疲れ様でございます」
 ガコンッ! と、解錠された音が鳴り、扉は開かれていく。
「はい、お疲れ様です。皆は、揃っていますか?」
「ええ、この通り」
 扉を開けた男は、半身になって内部に手をかざした。扉の内部は、天井までの高さが通路の倍ほどある広い空間になっている。広場には、老若男女様々は人が、瞳を輝かせていた。総帥と呼ばれた男が、広場に足を踏み入れ扉が閉められると、一斉に歓声が上がった。総帥の名は、サンチュ=カール、背が低く色白で小太りな男だ。サンチュはニコニコと片手を上げ、周囲の歓声に応えながら歩を進める。
 広場には、百名ほどの民が集まっている。広場の奥には、一段高くなった祭壇が設置されている。祭壇の手前までやってきたサンチュは立ち止まり、深々と頭を下げた。顔を上げたサンチュは、祭壇に設置されている女性を模した真っ白な石造を見つめた。石造の台座には、アルプ=ウィントと刻まれている。この世界の創造主の一人という伝説の氷雪の女神だ。現在では、冬の魔女と呼ばれている。
 サンチュは、短い脚を上げ、祭壇に上った。そして、くるりと一八〇度回転し、大勢の民と対面すると、一際大きな歓声が上がった。サンチュは右側から左側へと、ゆっくりと顔を動かし、皆の顔を眺めている。そして、小さく手を上げると、歓声はピタリと止んだ。
「皆様方、本日もお集り頂き、誠に光栄でございます。昨今では、夜間の外出禁止令が出され、密室・密集・密接の禁止と、非常に息苦しい生活を強いられている事に、心を痛めております。ここまで来るのも一苦労だったでしょう。シールドが常に目を光らせております」
 眉を下げ悲痛な面持ちで、穏やかな口調でサンチュが語りかける。集まった民も、サンチュの写し鏡のように、悲壮感を漂わせていた。サンチュは、ゆっくりと顔を動かし、民の表情を確認し、大きく溜息を吐いた。
「嘆かわしいものです。幸福への飽くなき探求や知的好奇心は、我々人類の発展に必要不可欠な要素であり、人としての尊厳そのものであります。しかし、シールドは・・・いや、シュガーホープは、それらを許そうとはせず、あまつさえ奪おうとしております。シュガーホープは、こう言っています。『家畜のように生きろ』と」
 眉間に皺を寄せたサンチュは、唇を噛みしめた。サンチュの姿に同調した民が、各々に怒りを含めた怒声を上げる。サンチュが片手を上げると、広場は一瞬で静まり返った。
「何も知らない多くの民は、この小さな世界が・・・この巨大な山脈に囲まれた牢獄を世界の全てだと信じて疑いもしない。いや、考えもしない。しかし、知らない事が罪ではありません。シュガーホープが代々、知られないように統制をとっていたのだから、仕方のない事です。しかし、我々は知った。この世界が全てではないと。この小さな世界の外側には、更に広い世界が広がっているのだと、教えて頂きました」
 サンチュは、大きく息を吸い、たっぷりと時間をかけて、息を吐きだした。
「氷雪の女神様、アルプ=ウィント様との出会いが、我々の世界を一変させました。我々は、知っています。まだ見ぬ、外の世界には、大きな幸福があります。大きな富があります」
「総帥様! 我々は、本当に外の世界に出られるのですか!? それは、いったいいつになりますか!?」
「勿論です。これまでに、何人もの同志達が、外の世界へと旅立ちました。しかし、それは容易な事ではありません。多くの資金と時間が必要になってきます。シールドの目を掻い潜るのは、困難を極めます。皆様の焦りや不安は、十分理解できます。不本意ながら、我々は犯罪者と位置づけされております。『魔女の落とし子』などと、侮辱され蔑まれております。皆様の怒りや悲しみは、痛いほど分かります」
 胸を押さえて、悲痛な面持ちのサンチュに、周囲の民は息を飲んだ。ところどころから、すすり泣く声が漏れだした。
「どうか泣かないで下さい。あなたは、一人ではありません。周りを御覧なさい。皆、あなたの味方であり、家族です。『情報を知っている』というだけで、犯罪者扱いを受けるのです。いついかなる時でも、ばれてしまわないか不安だったでしょう。不用意は発言、寝言でもそうです。それだけで、人として扱われないのです。怖かったでしょう。そして、それは多大なるストレスとなった事でしょう。命に関わる秘密を抱える事は、心身共に負担となります」
 サンチュを最前列で見つめていた若い女が、膝から崩れ落ちて、泣き声を上げた。サンチュは、祭壇から降り、女の隣で膝をついた。そして、女の肩に手を置く。
「ここでは、大いに語り合いましょう。夢を希望を。外の世界に想いを馳せましょう。今は、それくらいしかさせてあげられない、無力な私を許して下さい」
「そんな事はありません! 総帥様がいて下さったおかげで、私は・・・私の家族は救われました。不安に押しつぶされそうだった私や父と母を弟と会わせて下さいました。感謝してもしきれません!」
 泣き崩れた若い女が、大声で叫ぶと、周囲からも声が上がった。皆が皆、サンチュに感謝の言葉を投げかける。すると、一人の男が、サンチュに歩み寄った。
「総帥様。シュガーホープ様・・・いや、シュガーホープの野郎は、なぜこれほどまでに我々を排除したがるのでしょうか?」
「あなたは、この集会に参加したのは初めてでしたね? それは、恐れているからです」
「何を恐れているのですか? 絶大な権力を持っていながら」
「絶大な権力を持っているからこそです。彼は、失う事を恐れています。今の立場を守る事に、現状を維持する事に、躍起になっているのです。つまり、変化を恐れているのです。だからこそ、民を狭い世界に閉じ込め、外の情報を遮断し、思考を停止させているのです。己の地位や名誉を守る為に、民を飼い殺しにする必要があるのです」
「か・・・飼い殺し?」
「そうです。民が外の世界へと出ていく。つまり、人口が減ると、税収が減ってしまいます。そして、民を縛り上げる事で、生活ができる最低限の貧しさを維持させるのです」
「なぜ、貧しくさせる必要があるのですか?」
「貧しい方が、支配し易いからです」
 サンチュの言葉に、周囲の民は息を飲んで黙り込んだ。地面に座り込んだ女のすすり泣く声に誘われるように、周囲からも泣き声が漏れている。サンチュは、女の腰に腕を回して、女を立ち上がらせた。
「では、皆様、大いに夢を語らい、仲間との親交を深めて下さい。私は、この女性を介抱します。さあ、いきましょう」
 サンチュが、女を支えながら、入ってきた扉とは別の扉から、出ていった。集まった民は、羨望の眼差しで、サンチュの後姿を眺めていた。中には、体の前で手を組んで祈りをささげている者もいる。
「さすが総帥様は、お優しい。我々、一人一人の事を本当に大切にして下さっている。信用できるお方だ。君もそう思うだろ?」
 若い男が右隣に顔を向け、視線を下げた。
「うん、そうだね」
 満面の笑みを浮かべるビッシュ=イングウェイが、顔を上げ白い歯を見せた。
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