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二十四、初めての女装
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「往生せいやあ!」
お洒落なレザーのソファに押し倒され、必死に貞操を守っている。僕の悲鳴は虚しく響くだけであった。俯瞰で見ると、女性に馬乗りになられている絵は、とても魅力的なのかもしれない。しかしながら、現実は決して甘くないものだ。
吉川探偵事務所所長、吉川桃吉朗氏は、世を忍ぶ仮の姿であった。その実、女装スナック『マーブル』の常連客のモモちゃんだ。酒と煙草を嗜む自称十六歳の女装家だ。
「ジタバタすんじゃねえよ! 変装しないと女子寮には、潜入できないんだよ!」
「モモちゃん! 口調口調! キャラがブレてるよ!」
「うるせえ! 的確な指摘してんじゃねえよ!」
僕の服を力づくで脱がそうとしている、モモちゃんでも吉川さんでもない、女装家がそこにいた。
「翔太! いい加減にしろ! 冗談でもふざけている訳でもないんだぞ! 星矢君の力になりたいんだろ!?」
瞬間的に病室にいる星矢さんの姿が脳裏に浮かび、ハッとした。僕は、着せ替え人形よろしく、モモちゃんにされるがままになった。悲痛な面持ちで、『刺させてしまった』と、自分の傷口よりも相手の事を心配していた美女で男前の姿が、僕の動きを制した。
「はい! 完成! とっても、綺麗よ」
意識が現実に戻った時には、満面の笑みを浮かべるモモちゃんが鼻先にいた。え? 完成? 綺麗? 何の事だ? 呆けていると、モモちゃんに手を引かれて、壁際に連れて行かれた。背後に回ったモモちゃんが、僕の肩を両手で掴み、肩口からひょっこり顔を出している。全身を映す鏡の前に立ち、女装姿の男が二人立っていた。
「どう? 感想は? 目覚めそう?」
「目・・・覚めません」
鏡に映る女装姿の僕は、顔面の筋肉の動かし方を忘れてしまったようだ。完全に、引きつっている。特に何かを期待していた訳ではないけれど、星矢さんとは雲泥の差だ。雲と泥。月とスッポン。ケーキとウ〇コだ。
「そ、それにしても、吉川さんがモモちゃんだとは、まったく気づかなかったです」
「・・・」
あれ? 聞こえなかったのだろうか? モモちゃんは、そっぽを向いて、不愉快そうな顔をしている。僕は、首を傾けて、鏡越しにモモちゃんの横顔を眺めた。ああ、そういう事か。
「・・・吉川さんが、モモちゃんだとは気が付かなかったよ」
「あら? そう? 綺麗になっているでしょ?」
鏡に映るモモちゃんが、にっこりとほほ笑んでいる。モモちゃんは、敬語を使われるのを嫌う。吉川さんからモモちゃんへの変身に、まだ混乱が残っている。そんな中、急に言葉使いを変えるのは、非常に難しい。そして、面倒臭い。
「これで分かったでしょ?」
「はい? 何がですか?」
「アナログ加工でもこんなにも変わるのよ。デジタル加工なら、それはもう別人よ。詐欺と呼べるほどにね」
なるほど、そう言われると、確かに合点がいく。星矢さんを刺した、ヒメカだったか? 画像で見た彼女とマーブルで僕を殴った彼女が、同一人物とは到底思えない。正直、殴られた衝撃で、はっきりと顔を覚えている訳ではない。だが、画像程の美しさは、なかったような気がする。
「はい、これ」
モモちゃんが差し出した物を、反射的に受け取ってしまった。僕の手には、水色のブラジャーが握られていた。
「ちょっと! いらないよ! つけないよ!」
慌ててモモちゃんに突き返したが、受け取ってもらえない。百歩譲って、女子寮に潜入する為の女装化は受け入れよう。しかし、見えない下着まで寄せる必要はないはずだ。水色のブラジャーが、宙でブラブラ浮いている。すると、モモちゃんはティッシュ箱を持って、差し出してきた。
「ブラの中に、ティッシュを詰めなさい。分かり易いでしょ?」
「・・・モモちゃんも詰めてるの?」
「私は、パットよ。さあ、早く入れなさいよ。君が好きな大きさにね」
ニヤニヤしているモモちゃんに、苛立ちが募った。空いている反対の手でティッシュ箱を受け取り、両手が塞がってしまった。茫然と両手を眺めていたが、我に返りモモちゃんに突き返した。
「そ、そこまでしなくても大丈夫だよ! 急いでるんでしょ? 早く行こうよ!」
誤魔化すように大声を上げ、現場へ向かうように急かした。モモちゃんは、やはり受け取ろうとはしなかったので、ソファに置いた。モモちゃんは、呆れたように大きく溜息を吐いた。
「別に冗談で言っているんじゃないんだよ。知っての通り、私達は女子寮に潜入するの。万が一にも男だと気づかれる訳にはいかないのよ。速攻で警察を呼ばれて、終了なのよ」
それは勿論分かっている。だけど、僕には女装癖がなく、この姿にも抵抗はある。女装家を否定するつもりは、毛頭ない。しかし、僕は違う。沽券に関わると言うのか、なにか大切な物を失ってしまいそうな気がする。
「分かってるよ。絶対ばれないようにするから、下着は本当に勘弁して欲しい」
僕は、真っ直ぐにモモちゃんを見つめる。暫く、時間が止まったように感じていると、モモちゃんは顔を逸らして舌打ちした。
「まあ、いいわ。でもカツラは被りなさいね」
粘り勝った事に安堵し、肺が空っぽになる程、息を吐いた。カツラは、我慢する。すると、カシャという小さな音が聞こえ、顔を上げた。モモちゃんを見ると、スマホを僕に向けて、撮影していた。
「え? な? なに?」
「星矢君に見せてあげようと思って。さ! 行くわよ!」
モモちゃんは悪い笑みを浮かべて、僕に背を向けた。放心状態の僕を置き去りに、事務所を出ていく。
この姿を星矢さんに見せる?
おい! 冗談じゃないぞ!
お洒落なレザーのソファに押し倒され、必死に貞操を守っている。僕の悲鳴は虚しく響くだけであった。俯瞰で見ると、女性に馬乗りになられている絵は、とても魅力的なのかもしれない。しかしながら、現実は決して甘くないものだ。
吉川探偵事務所所長、吉川桃吉朗氏は、世を忍ぶ仮の姿であった。その実、女装スナック『マーブル』の常連客のモモちゃんだ。酒と煙草を嗜む自称十六歳の女装家だ。
「ジタバタすんじゃねえよ! 変装しないと女子寮には、潜入できないんだよ!」
「モモちゃん! 口調口調! キャラがブレてるよ!」
「うるせえ! 的確な指摘してんじゃねえよ!」
僕の服を力づくで脱がそうとしている、モモちゃんでも吉川さんでもない、女装家がそこにいた。
「翔太! いい加減にしろ! 冗談でもふざけている訳でもないんだぞ! 星矢君の力になりたいんだろ!?」
瞬間的に病室にいる星矢さんの姿が脳裏に浮かび、ハッとした。僕は、着せ替え人形よろしく、モモちゃんにされるがままになった。悲痛な面持ちで、『刺させてしまった』と、自分の傷口よりも相手の事を心配していた美女で男前の姿が、僕の動きを制した。
「はい! 完成! とっても、綺麗よ」
意識が現実に戻った時には、満面の笑みを浮かべるモモちゃんが鼻先にいた。え? 完成? 綺麗? 何の事だ? 呆けていると、モモちゃんに手を引かれて、壁際に連れて行かれた。背後に回ったモモちゃんが、僕の肩を両手で掴み、肩口からひょっこり顔を出している。全身を映す鏡の前に立ち、女装姿の男が二人立っていた。
「どう? 感想は? 目覚めそう?」
「目・・・覚めません」
鏡に映る女装姿の僕は、顔面の筋肉の動かし方を忘れてしまったようだ。完全に、引きつっている。特に何かを期待していた訳ではないけれど、星矢さんとは雲泥の差だ。雲と泥。月とスッポン。ケーキとウ〇コだ。
「そ、それにしても、吉川さんがモモちゃんだとは、まったく気づかなかったです」
「・・・」
あれ? 聞こえなかったのだろうか? モモちゃんは、そっぽを向いて、不愉快そうな顔をしている。僕は、首を傾けて、鏡越しにモモちゃんの横顔を眺めた。ああ、そういう事か。
「・・・吉川さんが、モモちゃんだとは気が付かなかったよ」
「あら? そう? 綺麗になっているでしょ?」
鏡に映るモモちゃんが、にっこりとほほ笑んでいる。モモちゃんは、敬語を使われるのを嫌う。吉川さんからモモちゃんへの変身に、まだ混乱が残っている。そんな中、急に言葉使いを変えるのは、非常に難しい。そして、面倒臭い。
「これで分かったでしょ?」
「はい? 何がですか?」
「アナログ加工でもこんなにも変わるのよ。デジタル加工なら、それはもう別人よ。詐欺と呼べるほどにね」
なるほど、そう言われると、確かに合点がいく。星矢さんを刺した、ヒメカだったか? 画像で見た彼女とマーブルで僕を殴った彼女が、同一人物とは到底思えない。正直、殴られた衝撃で、はっきりと顔を覚えている訳ではない。だが、画像程の美しさは、なかったような気がする。
「はい、これ」
モモちゃんが差し出した物を、反射的に受け取ってしまった。僕の手には、水色のブラジャーが握られていた。
「ちょっと! いらないよ! つけないよ!」
慌ててモモちゃんに突き返したが、受け取ってもらえない。百歩譲って、女子寮に潜入する為の女装化は受け入れよう。しかし、見えない下着まで寄せる必要はないはずだ。水色のブラジャーが、宙でブラブラ浮いている。すると、モモちゃんはティッシュ箱を持って、差し出してきた。
「ブラの中に、ティッシュを詰めなさい。分かり易いでしょ?」
「・・・モモちゃんも詰めてるの?」
「私は、パットよ。さあ、早く入れなさいよ。君が好きな大きさにね」
ニヤニヤしているモモちゃんに、苛立ちが募った。空いている反対の手でティッシュ箱を受け取り、両手が塞がってしまった。茫然と両手を眺めていたが、我に返りモモちゃんに突き返した。
「そ、そこまでしなくても大丈夫だよ! 急いでるんでしょ? 早く行こうよ!」
誤魔化すように大声を上げ、現場へ向かうように急かした。モモちゃんは、やはり受け取ろうとはしなかったので、ソファに置いた。モモちゃんは、呆れたように大きく溜息を吐いた。
「別に冗談で言っているんじゃないんだよ。知っての通り、私達は女子寮に潜入するの。万が一にも男だと気づかれる訳にはいかないのよ。速攻で警察を呼ばれて、終了なのよ」
それは勿論分かっている。だけど、僕には女装癖がなく、この姿にも抵抗はある。女装家を否定するつもりは、毛頭ない。しかし、僕は違う。沽券に関わると言うのか、なにか大切な物を失ってしまいそうな気がする。
「分かってるよ。絶対ばれないようにするから、下着は本当に勘弁して欲しい」
僕は、真っ直ぐにモモちゃんを見つめる。暫く、時間が止まったように感じていると、モモちゃんは顔を逸らして舌打ちした。
「まあ、いいわ。でもカツラは被りなさいね」
粘り勝った事に安堵し、肺が空っぽになる程、息を吐いた。カツラは、我慢する。すると、カシャという小さな音が聞こえ、顔を上げた。モモちゃんを見ると、スマホを僕に向けて、撮影していた。
「え? な? なに?」
「星矢君に見せてあげようと思って。さ! 行くわよ!」
モモちゃんは悪い笑みを浮かべて、僕に背を向けた。放心状態の僕を置き去りに、事務所を出ていく。
この姿を星矢さんに見せる?
おい! 冗談じゃないぞ!
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