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忘却

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 パパが家を出て行って十数分が経過した。布団で寝転がっている私はぼーっとしながらパパの帰りを待っていた。
「う~」
 布団の中でゴロゴロとする。
「プ~リ~ン~」
 甘いものが食べたかった。とにかく頬が緩んでしまいそうなとびきり甘いものを口にしたかった。
 だからパパにお願いしたっていうのにどうしてここまで遅いのか。近くのコンビニじゃなくて安さを求めてスーパーマーケットにでも行ってくれてるんですかね?
 そんなパパの姿を想像してみたら何だか笑えた。
 こんな状況で言うのもなんだけど、私は幸せだった。みんなから忘れられて、多分この世界に私という存在を覚えている人はごく僅か。多分ママとパパの二人だと思う。
 でも、それでも幸せ。何よりずっと会いたくて、会えなかったパパと同じ時を過ごすということが何よりも嬉しい。
 本来ならば、絶対に巡り合うことのなかったパパとの再会。それは叶えられるはずのない願いだった。
 だから、こうやって巡り合えたことは何よりの奇跡だ。それもこれも全てあの『永久の木』のお陰。
 おそらくだけど、この私がみんなから忘れられる現象というのは永久の木が関係してる。そしてなぜ私が忘れられているのか、その原因を私はわかっていた。確証はないが多分これが正解だと思う。
 しかもこれは私でもパパでも対処することは出来ない、絶対に覆せない理。
 それでもパパは言ってくれた。助けると、絶対に忘れないと。そう誓ってくれた。
 だから私もパパ同様諦めない。覆せない理であろうとも、立ち向かって乗り越えて見せる。
 その時だった、がちゃりと部屋のドアが開かれた。
 起き上がることは難しかったので私は首だけを動かしてドアに視線を向けた。
 パパかと期待したがきていたのはママだった。私は重たい手を何とか挙げて、
「ママ~」
 と言った。
 きょろきょろとしていたママは私を見て首を捻る。
 そして、ママの口が動いて、
 絶対に聞きたくはなかった、その言葉を紡いだ。
「――貴方、誰? どうして柚季の家で寝てるのよ」


 コンビニのプリンは高いということを俺は初めて知った。何しろたかだかプリン一つがまさか百円近くするとは、これだったらスーパー行ってた方がよかったかもしれない。
 次からはスーパーに行って買ってこよう、俺は少し後悔しながらそう思った。
 見上げれば空はすでに薄暗かった。流石に墓参りに時間をかけ過ぎていたのかもしれない。
 しかし、あの桜。あれはどういうことなのか、俺にはさっぱりわからない。世界には冬桜というものがあるらしいがこの秋気島にはそういう現象などなく、冬に満開になるのは紅葉だけだ。
 つまり桜がこの時期に降ってくるだなんてありえない。しかし考えても答えは出るはずもなく、俺は帰路を歩いている間ずっと首を捻らせるのであった。
 アパートに辿り着く。
 少し変えるのが遅かったなと反省しつつ、俺は階段を上がり、部屋のドアを開けた。
「ただいまー、遅くなったな――っと」
 プリンの入ったコンビニ袋を掲げながら俺は居間に乗り込んだ。
「あれ……」
 乗り込むや否や、俺は異変に気づいた。
 布団で寝てなきゃいけないほどの高熱を出している彼方がいないのだ。代わりに、布団を押し入れに片づけている瞬華の姿を見つけた。
「おい……彼方はどこ行った」
「は? 彼方って……まさかさっき布団で寝てた子? あーやっぱ知り合いだったのね、でもよくわかんないけどすぐに出て行ったわよ。私の顔を見て、泣きそうになりながら。私あの子に何か悪いことしたかしら?」
 あっけらかんとそう言った瞬華に俺は驚きを隠せなかった。
「お前、忘れたのか……?」
「忘れたって、何をよ」
「――ッ!」
 俺はコンビニ袋をその場に落とし、愕然と瞬華の顔を見た。
 間違いない。この顔は、彼方のことを――忘れている。
「くそっ!」
「ちょっ、アンタ! どこ行くのよ!」
 瞬華が引き留めようとするが、俺は無視し階段を駆け下りて道路を疾走した。
 多分彼方は耐え切れなかったんだ、自分のママ――つまりは遠江瞬華が自分を忘れてしまったというその事実に。
 タイミングが悪過ぎる。俺のいない間に、そんなことが起こるだなんて、予想すらもしなかった。
 考えれば予想出来たはずの出来事、それに俺はなぜ気づかなかった! 気づいてやれなかったんだ!
 ヒーローだなんて自分のことを謳っておいて何だこのザマは! 俺はまた失うのか、大事な人を、助けると誓ったその人を――。
 いいや、そんなことは絶対に認めない。認めるものか、俺は助けてみせる。ヒーローになってみせる。
 彼方が行く場所はおおよそ予想がついた。根拠はないが、なぜか彼方がそこにいるという自信があった。
 その場所とは――永久の木である。
 永久の木、彼方をこの時代に連れてこさせた魔法の木。いや、彼方の時代で言ったら『想いの木』、だったか。
「いてくれよ、彼方――」
 歯を食い縛りながら俺はそう呻き、島を走った。
 走って、走って、走って、俺は紅葉公園入口にまで辿り着いた。
 後少しだ、俺は一旦息を整えた後、永久の木までまた全速力で走り抜けようとした。
 だが、不幸は訪れる。
「ぐがっ!?」
 瞬間の出来事、一瞬脳裏にばちりと稲妻が走ったかと思うと、俺の頭にとんでもない頭痛が押し寄せた。外側からではなく、内側から鈍器で殴られたような感覚だ。しかもその鈍器は一度だけでなく、何度も何度も立て続けに殴打してくる。
「あ、あぁぁ……っ!?」
 蹲り、悲鳴を上げる。しかし上げた程度でどうにかなることではない。頭痛はさらに強さを増していき、気を失いそうになる。
 けれど、俺は地面に額を叩きつけ何とか気を失うのを回避した。ここで止まっていちゃいけない、前へ進んで、彼方のもとに行かなくては――あいつを助けなくちゃいけないんだ。
「あっ――!?」
 その時だ。俺は自分の中で異変が生じているということにようやく気がついた。
 消えていっているのだ。
 俺の頭の中から――彼方の記憶が。大切な、思い出が。
「やめ、ろ……!」
 培ってきた大切な思い出が次々と頭の中から消えていく。俺は恐怖を感じた。これが記憶を失うということ、彼方のことを忘れてしまうということ。
 何度も地面に頭を叩きつけた。何度も抗い続けた。
 そして、数分、もしくは数十分が経過した。
 頭痛が消え去った。原因不明の頭痛がようやく消えてくれた。
 あれは一体何だったのか、今の俺には理解が出来ない。まぁ放っておいても大丈夫だろう。もしまたさっきのような頭痛がしたら医者にでも行けばいいか。
「って俺何でこんなとこいんだよ」
 見渡せば紅葉公園に俺はいた。何か大切なことがあったような気もするが忘れてしまったのならそれはさほど大切なことでもなかったのだろう。
「あ、そういや飯作らねえといけねえな。金は、ポケットには小銭だけか。どっかで飯食ってから帰るか」
 踵を返そうとし、俺はふと気がつく。
「……ここにきたってことは、永久の木になんか用でもあったか? 行ってみればまぁわかるかもしれねえな。時間あったら寄ってみるか」
 七時くらいかな、と予想をしつつ俺は何気なく携帯の電源を入れた。
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