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最終話「クライマックスアワー~都市伝説終末譚~」

12-3.

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 そう思ったとき、頭上ギリギリの所で瓦礫が爆散した。
「カルトさーん!大丈夫ですか~?」
 真紀奈まきなが走り寄ってきた。その後ろからはまことも一緒だ。
「あ、真紀奈……。そうか、真紀奈が助けてくれたんだね」
「え!?」
 真紀奈は今来たところなので何もしていない。真紀奈が見ていたのは、瓦礫が崩れ、その近くに二人が立っていたこと。つまり近くに落ちたものの二人は無事だった、という認識であった。それを告げようとした時、駆人の後ろで栞里が口に人差し指を当てたことですべてを察した真紀奈は自分でやったことにする以外の選択肢を思いつけなかった。
「はい!マキナのスペシャルなパワーでお二人をお助けいたしました!」
「ありがとうね、真紀奈ちゃん」
 栞が拳をさすりながら礼を言う。
「二人とも、こんなところで何してるんだ」
 少し遅れてきた誠が二人に問いかけてきた。当然の疑問だ。とりあえず先ほど栞に話したようなことに加えて、栞里の弟の行方が曖昧になっていることを伝えた。
「それで、綾香さんを小学校まで連れて行ってもらえませんか?」
「ああ、俺達もちょうどそっちに向かう所だったからそれは構わないが……。君はどうするんだ」
「あの目玉を追いますよ。このままでは解決しない」
「一人でか?」
「危ないですよ!マキナも一緒に行きます!」
「真紀奈には真紀奈の仕事があるだろ?大丈夫だって、本当に手の付けようがないならちゃんと逃げるから」
 真紀奈は説得に泣く泣く納得し、誠と共に栞を連れて四葉町の方へ走っていった。
 それを見届けてから、あの目玉の下へ行く。そこまでは、駅を越えて行かねばならなかった。

 駅を越えてしばらく走る。街はまだ中心街の範囲内のはずだが、ほとんど無人だ。奴の竜巻によって破壊されたと思われる建物の瓦礫も多くなってきた。確実に近づいてはいる。
 しかし、もう少しであの目玉の真下だと思われる場所に着く直前で視界が開ける。
 海だ。
 あの目玉は、近海の上空に浮かんでいる。真下までは入ることはできなさそうだ。そもそもそこまで行って何ができるというわけでもないのだが。
 ここまで走り続けていたので疲労は限界に近かった。それでも息を整え、奴ともう一度正対する。
 天子は言っていた。あれは人の恐怖が生み出した。今生まれた都市伝説であると。だから弱点はないと。
 ならば何故口裂け女などの都市伝説には弱点があるのか?それらの都市伝説も生まれた時にはただ恐怖を与えるだけの存在であったはずだ。そこに、恐怖へのいわば対抗策として都市伝説の弱点、つまり『対抗神話』が生まれた。
 恐怖に対して安心を得るために生まれた対抗神話はむしろ倒せる、という自信とは反対の側面に位置するものなのかもしれない。だとすれば『都市伝説キラー』の駆人には生み出せないのでは?
 そうであれば、ここまで来たのも徒労だったのかもしれない。であればもしかしたら……。
 そう考えて、踵を返そうとしたその時。
 目玉が動き始めた。大きく、遠くにあるのでいまいち速度はわかりづらいが、それでも確実にこちらに向かって動いている。まずい。この先には四葉中心街、そして駆人達の住む四葉町がある。
 これ以上近づかれたらどうなることか分かったものではない。それだけはさせまいと走り出そうとした。その時。
 銀色の車が駆人の前に後輪を滑らせながら迫ってきた。この車には見覚えがある。
「駆人君!ここにいたんですね!」
「よお。間にあったか」
 運転席の窓を開けて顔をのぞかせたのは空子だ。後部座席にはぽん吉の姿も見える。今日は仕事に出ていたらしいが、神社に帰っても誰もいない。そこで、避難しているのかと小学校に行ってみれば、ぽん吉から駆人があの目玉を追っていることを知らされたのだとか。
 助手席に乗り込み、シートベルトを締める。
「行き先があるんでしょう?」
「はい。四葉小学校に向かってください。何かできるとしたらそこしかない」
「分かりました。トばしますよ!」
 壊れ行く街の上を浮かぶ、あの都市伝説を追って、エンジンがうなりを上げ走り出した。

 そしてたどり着いた四葉小学校。空子がかなり急いだので、なんとかあの目玉よりは先についたらしい。入口には真紀奈と誠が立っている。
「おお、無事だったか」
「そちらも。綾香さんは中に?」
「はい~。ですが何やらおかしなことになっているようで~」
「おかしなこと?」
「これも君の方が良く分かるんだろうな。とにかく中に入ってくれ」
 見張りに加わるという空子とぽん吉を残して、駆人は体育館の中に入っていった。
 中は満杯というほどではないが、相当な人が集まっている。にしては、そこまでやかましくもない。不安で口数も減るのだろうか。
 訪ね人はどこにいるのだろうかとキョロキョロしていると、栞がこちらを見つけて声をかけてくれた。
「七生クン。怪我はない?大丈夫?」
「うん。そっちはどう?弟君は見つかった?」
「おかげさまで。お父さんとお母さんもここに来てたみたい」
「それはよかった。……、それで、なにかおかしなことがあるんだって?」
「そう。弟とその友達がね……」
 そう言いかけながら歩く栞についていくと、体育館の一角に子供達が集まっていた。夏休みだというのにこんなところに押し込められて、さぞや窮屈な思いをしているのだろう。と思っていたが、皆が皆、暗い顔でうつむいている。
 他の所にも小学生くらいの子供はいるが、どの子もあまり騒がず、何かにおびえるような表情だ。ここに入った時に感じた静かさはこれか。子供たちの騒ぐ声がなかったのだ。
 小学生の集団のうちの一人が、こちらに気付いた。
「あ、姉ちゃん」
 駆人が先ほど助けて男の子だ。栞の弟で間違いなかったらしい。
「こんなところで集まって何してるの?」
 弟は辺りを気にするようなそぶりの後、内緒話というふうに声を潜める。
「あの目玉を倒す作戦会議」
 少し後ろにいた駆人だが、その言葉は確かに聞こえた。
「ねえ、あの目玉が見えるの?」
「あ、さっき助けてくれたお兄さん。……、もしかして姉ちゃんの彼氏?」
「うん。それよりその話、詳しく聞かせてもらえる?」
 少し考えるそぶりをした後、さっき助けてくれたし、と仲間に入れてくれた。駆人は躊躇なく、小学生の輪の空いている部分に座り込んだ。栞は顔を赤くして腕をぶんぶんと振っている。
「目玉ってあの空の雲についてる大きな目玉だよね?」
「なんだ、お兄さんにも見えてるの。姉ちゃんに教えてもらったの?」
「どういうこと?」
「僕も最初は見えなかったけど、姉ちゃんと警察の人が目玉について話してるのを聞いてから見えるようになったんだ」
「他のみんなは?」
 口々に、友達に聞いたとか、他の人が空を見て怖がっているのを見たとか、噂をどこからか聞いてから見えるようになったらしい。
 駆人の予感は当たっていた。都市伝説は子供から広がる。大人に比べると噂を受け入れやすく、しかも広がりやすい。そして、信じるがゆえに都市伝説の実体も見ることができたのだろう。ならば……。
「なるほど。それで、君達は何を話し合っているんだって?」
「僕たちであの目玉お化けを倒そうって話」
「作戦はあるの?」
 またも口々に各々の考えた作戦をしゃべりだす。
 目に関する嫌な思い出。個人個人の嫌いなもの。空想の必殺技……。
 そのあともたくさんの案が次々と出てくる。目論見通りだ。あとはこれが……。
「ありがとう。参考になったよ」
 輪を抜けて体育館の外へ歩き出すと後ろから子供たちが声をあげる。
「ちょっと!勝手に倒さないでよ!」
「後で君たちに手伝ってもらうことがあるかもそれないからその時はよろしく!」
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