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第5章:禁断の研究施設へ
禁断の研究施設へ
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魔王城の北西、地図上では「資材管理棟」と記されているその場所は、深夜になると異様な静寂と、鼻を突くような薬品の臭いに包まれる。 俺――黒井カイトは、影に潜むようにしてその建物の前に立っていた。
「……準備はいいか」
背後で、三人の少女が静かに頷く。 ロゼ、ベル、ルル。かつてザガンに「ゴミ」として捨てられ、俺が修復した少女たちだ。彼女たちの瞳には、恐怖を上回る強い決意が宿っている。 正面突破は論外だ。この「第3研究棟」はザガンの直轄地であり、警備は正規兵ではなく、あのオーガが管理する「実験体」たちが固めている。
「カイトさん、扉には魔法の鍵がかかっています。無理に開ければ警報が……」 「ああ、知ってる。だから『扉』は使わない」
俺は壁に手を当てた。 【解析眼】で石材の組成と、張り巡らされた警備術式の回路を読み取る。
「スキル発動――《迷宮建築(ダンジョン・ビルド):構造透過》」
俺の指先から淡い光が伝わり、目の前の石壁がまるで水面のように揺らいだ。 物理的な構造を一時的に再定義し、特定の個体だけを通す「隙間」を強引に作り出す。これが、城のすべてを知り尽くした「管理係」のやり方だ。 俺たちは音もなく壁を通り抜け、研究棟の内部へと足を踏み入れた。
中は、外観からは想像もつかないほど広大な空間が広がっていた。 高い天井まで届く巨大なガラス管が、幾重にも並んでいる。管の中は濁った緑色の液体で満たされ、ボコボコと不気味な気泡を上げていた。
「なに……これ……」
ベルが震える声で呟く。 俺は無言で、一番近いガラス管へと歩み寄った。 液体の向こう側に浮かんでいたのは、魔物ではなかった。
それは、ぼろぼろの服を着た、人間の男だった。 彼の皮膚には無数の管が突き刺さり、そこからどす黒い魔素が強制的に注入されている。男の腕からは鋭い鉤爪が生え、背中からは鱗が突き破るようにして盛り上がっていた。
「……生体改造。人間を素体にして、無理やり魔物へと作り変えているのか」
【解析眼】に流れるログは、地獄そのものだった。 『個体名:不明(人間・元冒険者)。魔素適合率:42%。肉体崩壊の恐れあり。継続投与中』 隣の管には、どこかの村の住人であろう若い女。その隣には、まだ幼い子供の面影を残した少年。
彼らは死んでいるのではない。「生きながら」壊されているのだ。 ザガンの言っていた「最強の軍隊」の正体は、人間を磨り潰して作る合成魔物部隊だった。
「ひどい……こんなの、あんまりだよ……」
ロゼが口元を押さえて膝をつく。 その時だった。
「……あ」
一番奥の、ひときわ大きく気泡を上げているカプセルの前で、ルルが凍りついたように動かなくなった。
「ルル? どうした」
俺が駆け寄ると、ルルはガラスに両手を押し当て、泣き出しそうな、それでいて信じられないものを見たような顔で、中の「モノ」を見つめていた。 そこにいたのは、全身を緑色の皮膚に覆われ、醜く肥大化したゴブリンのような魔物だった。 だが、その首元には、不釣り合いなほど綺麗な革紐のペンダントが食い込むようにして残っている。
「……ティー、ト……?」
ルルの唇が、震えながら名前を呼んだ。
「ティート……なんで、ここにいるの? 一緒に……また一緒に、踊ろうって、約束したのに……!」
ルルの幼馴染の少年。 旅の途中で逸れたと言っていた彼は、ここで「実験材料」として使い潰されようとしていた。 ルルの悲鳴にも似た呼びかけに反応したのか、カプセルの中の「ゴブリン」が、わずかに目を開けた。 濁った、理性の欠片もない瞳。だが、その瞳から、一筋の涙が溢れ、緑色の液体の中に溶けて消えた。
「ガ、ギ……ァ……」
喉に埋め込まれた発声器官が、不気味なノイズを漏らす。 その瞬間、研究棟の奥から、重い足音が響いてきた。
「ガハハハ! 夜中にコソコソと、ネズミが迷い込んだかと思えば……あの時の『ゴミ掃除係』じゃねえか」
暗がりの向こうから現れたのは、あの筋骨隆々としたオーガだった。 手には血のついた巨大な注射器のような魔導具を下げ、下卑た笑いを浮かべている。
「ちょうどいい。実験体の数が足りなくて困ってたんだ。俺はザガン様のように人間に興味なんてねえ、管理係、お前もその女どもと一緒に、最高の『素材』にしてやるよ!」
オーガの背後で、数体の完成された「人造魔物」たちが、殺気を放って一斉にこちらを睨みつけた。
「……準備はいいか」
背後で、三人の少女が静かに頷く。 ロゼ、ベル、ルル。かつてザガンに「ゴミ」として捨てられ、俺が修復した少女たちだ。彼女たちの瞳には、恐怖を上回る強い決意が宿っている。 正面突破は論外だ。この「第3研究棟」はザガンの直轄地であり、警備は正規兵ではなく、あのオーガが管理する「実験体」たちが固めている。
「カイトさん、扉には魔法の鍵がかかっています。無理に開ければ警報が……」 「ああ、知ってる。だから『扉』は使わない」
俺は壁に手を当てた。 【解析眼】で石材の組成と、張り巡らされた警備術式の回路を読み取る。
「スキル発動――《迷宮建築(ダンジョン・ビルド):構造透過》」
俺の指先から淡い光が伝わり、目の前の石壁がまるで水面のように揺らいだ。 物理的な構造を一時的に再定義し、特定の個体だけを通す「隙間」を強引に作り出す。これが、城のすべてを知り尽くした「管理係」のやり方だ。 俺たちは音もなく壁を通り抜け、研究棟の内部へと足を踏み入れた。
中は、外観からは想像もつかないほど広大な空間が広がっていた。 高い天井まで届く巨大なガラス管が、幾重にも並んでいる。管の中は濁った緑色の液体で満たされ、ボコボコと不気味な気泡を上げていた。
「なに……これ……」
ベルが震える声で呟く。 俺は無言で、一番近いガラス管へと歩み寄った。 液体の向こう側に浮かんでいたのは、魔物ではなかった。
それは、ぼろぼろの服を着た、人間の男だった。 彼の皮膚には無数の管が突き刺さり、そこからどす黒い魔素が強制的に注入されている。男の腕からは鋭い鉤爪が生え、背中からは鱗が突き破るようにして盛り上がっていた。
「……生体改造。人間を素体にして、無理やり魔物へと作り変えているのか」
【解析眼】に流れるログは、地獄そのものだった。 『個体名:不明(人間・元冒険者)。魔素適合率:42%。肉体崩壊の恐れあり。継続投与中』 隣の管には、どこかの村の住人であろう若い女。その隣には、まだ幼い子供の面影を残した少年。
彼らは死んでいるのではない。「生きながら」壊されているのだ。 ザガンの言っていた「最強の軍隊」の正体は、人間を磨り潰して作る合成魔物部隊だった。
「ひどい……こんなの、あんまりだよ……」
ロゼが口元を押さえて膝をつく。 その時だった。
「……あ」
一番奥の、ひときわ大きく気泡を上げているカプセルの前で、ルルが凍りついたように動かなくなった。
「ルル? どうした」
俺が駆け寄ると、ルルはガラスに両手を押し当て、泣き出しそうな、それでいて信じられないものを見たような顔で、中の「モノ」を見つめていた。 そこにいたのは、全身を緑色の皮膚に覆われ、醜く肥大化したゴブリンのような魔物だった。 だが、その首元には、不釣り合いなほど綺麗な革紐のペンダントが食い込むようにして残っている。
「……ティー、ト……?」
ルルの唇が、震えながら名前を呼んだ。
「ティート……なんで、ここにいるの? 一緒に……また一緒に、踊ろうって、約束したのに……!」
ルルの幼馴染の少年。 旅の途中で逸れたと言っていた彼は、ここで「実験材料」として使い潰されようとしていた。 ルルの悲鳴にも似た呼びかけに反応したのか、カプセルの中の「ゴブリン」が、わずかに目を開けた。 濁った、理性の欠片もない瞳。だが、その瞳から、一筋の涙が溢れ、緑色の液体の中に溶けて消えた。
「ガ、ギ……ァ……」
喉に埋め込まれた発声器官が、不気味なノイズを漏らす。 その瞬間、研究棟の奥から、重い足音が響いてきた。
「ガハハハ! 夜中にコソコソと、ネズミが迷い込んだかと思えば……あの時の『ゴミ掃除係』じゃねえか」
暗がりの向こうから現れたのは、あの筋骨隆々としたオーガだった。 手には血のついた巨大な注射器のような魔導具を下げ、下卑た笑いを浮かべている。
「ちょうどいい。実験体の数が足りなくて困ってたんだ。俺はザガン様のように人間に興味なんてねえ、管理係、お前もその女どもと一緒に、最高の『素材』にしてやるよ!」
オーガの背後で、数体の完成された「人造魔物」たちが、殺気を放って一斉にこちらを睨みつけた。
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