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第一章 その魔女はコーンスープが苦手

作戦会議を始めよう

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「でもさ、正直俺、自分の気持ちに整理がついてないんだ」

 計画は整ったが、まだ最後の一歩が踏み出せずそう呟くと、エクスは前かがみになって聞いてくれる。

「どういうこと?」
「自分の中にあいつを大事に思う気持ちはあるんだけど、これまで誰かを好きになったことってなかったから。これが恋だって確信が……」

 すると彼は、なるほどねぇ、と頷いて。

「いくつか聞くけど、君はもし、その子が誰かとイチャイチャしてたらどう思う?」
「悲しいな……」
「じゃあ、君がそうできたら?」
「……凄く嬉しい」
「うん。そんな顔してる。じゃあ、君はその子のために自分を犠牲にしてでも頑張れる?」
「ああ。そのくらいの覚悟はあるつもりだ」

 それだけ聞くと、彼はにっこり笑った。

「そんなに思ってて好きじゃないってのは、ありえない話じゃないかな?」
「じゃあ、俺は……」

 ★

「エクス。……俺、告白するよ」
「お!思い切ったね!」

 良いじゃないかと頷くエクス。だが、俺の進むべき道は定まったものの、そこにはまだ障害がたくさん転がっていたのだ。何かって、そもそも告白の仕方がわからない。
 それを聞くと、エクスは一つの案をくれる。

「告白って色々あるけど、普通なのは何かプレゼントと一緒に気持ちを伝えるとかじゃないかな」
「アクセサリーとか?」

 レントがつけていた腕輪を思い出してそう聞くと、エクスは頷く。

「うん。でも、高い物じゃなきゃいけないってことはないよ?ぬいぐるみでも、手紙でも、気持ちがあればいいんだ。そうだ!僕の友達にそういうのが得意な子がいるから、紹介するよ」
「本当か!?ありがとう!」

 プレゼント面では、あの子にはかなわないよ。などと称えつつ、エクスは一枚のメモをくれた。
 そこには住所が書かれていた。

 地図ではないが、フレンの家みたいに複雑ではないのだろうか。

 そんな心配をくみ取ったのか、エクスは苦笑しつつ教えてくれる。

「随分と目立つ小さいお城みたいな家だから、すぐに見つかると思うよ」
「そ、そうか。じゃあ、相談しに行くよ」
「うん。時間ができたら、また話聞かせてね」
「もちろんだ!今日は本当に助かった!」

 礼を言って部屋を出る。プレゼントのプロの元へ行くのだ。これだけ世話になったのだから、エクスに渡す用にも何かお礼の品を見繕ってもらおう。

 ★

 メモにあった住所は、この街の一等地とも言えるメインストリートの一角。確かにそこにはひときわ目立つ【小さなお城】があった。真っ赤な屋根に黒い煉瓦のような外壁はさながら吸血鬼の住処を思わせる。

 正直こんな家に住む人間が一般受けするプレゼントを選べるのかと心配にはなるが、今更引き返す気も起きず、素直にドアを叩くことにした。

「はい、今出ます」

 数瞬の静寂の後、顔をのぞかせたのは小柄な少女。
 癖毛なのだろうか。ふわりと跳ねる淡い緑の髪が特徴の、どこか犬っぽい少女だった。
 彼女は俺をしばらく青い瞳で観察すると、納得したように頷いた。

「エクス君が言ってた人ですね?プレゼント選びに迷ってるハルさん。あってます?」

 そういう彼女の手には伝令板の姿が。
 連絡事項をかいて魔力で飛ばす手紙のようなものなのだが、こんな早く手回しをしてくれるとは。ありがとうエクス。

「あってます。実はその……。告白したい相手が居まして」

 家に入れと促す彼女の後ろを歩きながらそう伝える。

「告白ですか!いいですね!そうと来たら、あたし頑張っちゃいますよ!」

 その反応だと俺が何でプレゼントに迷っているのかは知らないようだったが、どうせいつか教えることになったんだからいいだろうと自分に言い聞かせて、何とか熱くなる頬をさました。

 部屋に着いた頃には平常心は取り戻せていたようで、向かい合った彼女は特に気にした様子もなく話を進めてくれる。

「今日はご来店いただきありがとうございます。アーガス探偵事務所のシエル・アーガスと申します」

 そんな口上と共に名刺を差し出すシエル。そこには確かに探偵事務所の名前と彼女の名前が。

「ああ、運び屋のハルです。よろしくお願いします。……探偵の方だったんですね。なんかすみません、プレゼント選びの依頼なんかしてしまって」 
「いえいえ。あたし相談に乗ったりするのも好きですから!」

 そう言って笑う彼女は、本当に悪くは思っていないようだった。

 
「それで、お相手の好みとかってわかります?」

 のんびりと、机にお茶やら菓子やらを並べながらそんな質問をするシエル。

「……いや、ほとんど。あ、家具とか見る限り派手なものは好きではないと思います」

 俺は申し訳なさと情けなさから若干トーンの落ちた声でそう伝えた。
 シエルはそんな俺を見て気を使ってくれたのだろうか。

「プレゼントって、よっぽど変なものじゃない限り喜んでもらえますから。あたしも爆弾とかじゃなければなんだって喜びますからね!」

 などと言って元気づけてくれる。たとえに爆弾が出てくるのはどうかと思うが、少しは回復した。

「それで、大体のあげたいものは決まっているんですか?」
「はい。アクセサリーとか良いかなって」
「おお!告白ですからね。なんですか?リングですか?」
「いや、リングは流石に早いですよ!」

 リングなんてプロポーズに使う物だろ。重くないか……?
 しかし、彼女目線だとその価値観もまた違ってくるようで。

「そんなことないですよ?告白を大切に考えてくれてる気がしますし。それに……」

 彼女は声を潜めて囁く。

「リングだと、必要な素材が少ないんで安く済みますよ?」

 ああ。なるほど。確かに俺の貯金なんてほとんどないから、なるべく安いほうが助かるってものだが。

「ちなみに、いくらなんです?相場の方って」

 同じく囁くようにそういうと、彼女は指を2本立てる。
 20000ミリス!?意外と安いじゃないか!そう思って決定を告げようとしたのだが……。

「20万からが相場ですかねー」
「まじですかー……」

 買えないよ。帰るころには白竜は遠くに行っちゃってますよ。
 でも、安めだと言われてるリングですらこれなんだから他はもっと高いだろうな。なんて考えを巡らせつつ唸っていると、シエルは何とも耳寄りな情報をくれた。

「ただ、一番高価な宝石部分を持ち込めるなら、それこそ2万程度で済むんですよね。宝石とは言わなくても、魔石とか」
「まじか!?」

 思わず敬語も吹っ飛び身を乗り出して食いつくこととなってしまう。だが、この情報はそれだけの価値があった。
 だって今は白竜の巡回期が近いのだから。ダンジョンは活性化し、魔物は沈静化する。そんな最高の環境をもたらすのが巡回期。

 それは普段ダンジョンに潜れない者がその迷宮資源の恩恵を受けれる絶好の機会でもあった。魔物がたまに落としたり、迷宮に埋まっていたりする「魔石」は宝石と同じように扱える。魔力の質が高い物なら宝石よりも貴重なくらいだ。

 この機会に一度はダンジョンに潜ろうと思ってたけど。これは一石二鳥だな……。

「はい。まじまじですよ。ご自分で取ってくるんですか?」
「ええ。頑張ってみようかなと」
「素晴らしいです!自分で取ってきた獲物をプレゼントなんて、獣人族ならベタぼれです!」
「あ、ありがとう……」

 彼女は獣人族ではない。どちらかというと君の方がそれっぽい。そんな言葉はとりあえず飲み込んでおく。

「それじゃ、マドカちゃんに連絡入れておきますね~」

 そう言って伝令板を飛ばすシエル。

「マドカちゃん?」

 急に知らない名前が飛び出したものだから思わず尋ねる。

「はい。あたしと組んで加工屋をしてる子なんです。あたしはアイデア出すだけなんですけどね」
「ああ、なるほど……」

 それなら最初からその子の元へ行けばよかったのでは?

「あ、思ってることわかりますよ?でもダメなんです。マドカちゃん、腕はいいのにセンスと人格が……」
「そういうパターンのやつですか……。すみませんでした。何卒仲介よろしくお願いします」
「いえいえ。いい魔石持ってきてくださいね!」  

 結構失礼なことをしたというのに、彼女はそう言って俺を送り出してくれた。
 マドカちゃんとやらの話をするシエルもどっこいくらいに失礼だったが。

 使える日数はあと四日。いや、白竜の巡回が重なる当日は使えないから、実質三日だな。
 となれば今日中に、計画を立てて動き出すとしよう。
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