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「教科書って、これで全部だよな?」
十数冊ある教科書を重そうに抱えて佐藤が言う。
「うん、そこの机に並んでたの順番に取ったから大丈夫なはず」
僕はそう言いながら目の前に広がる机を指さす。そこには八個程の机を密集させ、たくさんの教科書が順番に置かれていた。
「まあ取り忘れてたとしても友達に借りればいいよなー!」
佐藤は満面の笑みでそう言う。
そうか、佐藤には、いやこの学校のみんなにはそういう方法があるのか。僕には絶対にできないことだ。
忘れたから、誰かに借りる。話しかけることなんてできないし、話しかけたとて、貸してくれるとは思えない。そんなことを考えている僕の顔を見て「違うよ」と佐藤は言う。
「友達って、木田のことな?俺、木田しかおらんし、友達」
続けてそう言うとニカッと笑ってみせる。考えていたことが顔に出ていたのだろうかと申し訳なくなり「ごめん」と言う。
「俺は木田が好きだから一緒にいるんよ?なんも謝ることないって!」
佐藤は僕のせいで友達ができないと思い「ごめん」と言ったのだと解釈したのだろう。必死に僕への思いを告げる。
「木田はさ、なんていうか、考えすぎ!いや、ネガティブすぎ?木田はすごい奴なんだよ?本当はすっげーおもしろいの!俺にしか伝わってないみたいだけど、木田は本当、温かい人間だよ」
そこまで言われるともはや照れるというか笑えてくる。僕がふっと小さく笑うと、佐藤は「笑った?なんで?」と小さく慌てる。それがなぜかより面白く感じ木田は肩を揺らして笑う。
「ありがとう、佐藤は本当に優しいね」
木田はそう言うと佐藤の髪を撫でる。
佐藤は木田の身長に比べたら十五センチ程低い。そのため先程のように頬に触れたり、髪を撫でたりするのにはちょうどいいのだ。木田は佐藤に時々うさぎやハムスターに抱く感情に似た感情を抱いてしまう。そのためつい可愛いと思うと触れてしまうのだ。最初こそ佐藤はそれに驚いていたが、今となっては慣れっこだ。むしろ触れてほしそうな言動をしているように感じる。
「優しいのは、木田の方だよ」
佐藤は目を伏せながら言う。僕は「なんでだよ」と笑う。
こういう時間が『幸せ』と言うのだと思う。佐藤はいつだって僕に『幸せ』をくれる。それは佐藤が優しいから。これからも彼にはたくさんの幸せを感じて欲しいと思う。
と、どこからか視線を感じ、その方向を見る。倉本がいた。彼はゴミを見るような瞳で僕らのことを見ていた。
「きも」
倉本の低いその声が僕の耳にはっきりと聞こえてきた。どうやら佐藤の耳にも届いていたようで
「なぁあいつ、今俺らに向かって言った?」
と僕に聞いてきた。僕は既に彼に怯えてしまい、佐藤の声など入っていなかった。
あまりにも冷たい視線だった。突き刺さるような瞳に、突き刺してきた低い声。怖い。殺される(わけないのだが)。僕は倉本に今、殺されている。他のみんなならこういう時どういう風な言い返しをするのだろう。言い返せるのだろうか、逃げ回るネズミを見るようなボス猫の瞳を前にして。何か、何か言わないと。僕らの『幸せ』が崩れる前に。
「……だ、ねぇ、木田!」
佐藤にデコピンされてハッとした。
「あ、多分、僕に向かって言ったんだ」
「どういうこと?」
佐藤は下から僕を見つめてそう言う。そして一瞬視線を外すと
「一旦、教室戻ろ?大丈夫?歩ける?」
と慌てふためきながらそう言った。
そうだ。僕は今、一人ではなかった。
「ご、ごめん。大丈夫」
それだけ言って木田は逃げるように空き教室を出て行った。佐藤はそれについて行くように大量の教科書を持ってそこを後にした。
廊下に出て、彼の姿が見えなくなったからか少し安心し「はあ」と深いため息をつく。
「なあ、やっぱりあいつ、最低」
佐藤は声に少しの棘を含ませて言う。
「……多分、そういう人なんだよ。……やっぱりって、倉本くんのこと何か知ってるの?」
佐藤と倉本はあの空き教室が初対面のはずだが、佐藤は今「やっぱり」と言った。それが突っかかって聞いてみる。
「あー、いや、実はさ、見ちゃったんだよね」
佐藤はバツが悪そうに頭を掻きながら言う。
「さっき廊下でさ、木田とあいつが話してるところ」
見られていたんだ……。恥ずかしいとも違う、なんとも言えない感情になる。 佐藤は一人廊下を走っている僕を見つけて話しかけようとしてくれたらしい。でもその前に僕が倉本に話しかけてしまい、木田に友達ができたのだと思い咄嗟に隠れたのだそうだ。静かな廊下では僕らの会話は丸聞こえだったらしく、それが友達との会話でないことに気づいた。しかしそこに突っ込める勇気もなく、倉本が完全に見えなくなってから僕に駆け寄ったらしい。
「そっか、全部見られてたんだ」
僕はそう言いながらはにかんで見せた。佐藤はそれに騙されることなくムスッとした表情を貫く。
「僕さ、自己紹介でちょっと失敗しちゃって、倉本くんが助けてくれたんだ」
「あいつ、倉本って言うんだ」
「あ、うん、倉本蓮、くん。それでさ、ありがとうって言おうと思って話しかけたんだけど、僕のこと嫌いみたいで……」
「うん、全部聞こえてた。木田を見て、腹立つとか、言ってたな」
佐藤は酷く怒っているようだった。本来ならば僕がキレるべきなのだろうが、それ以上に僕は彼に怯えてしまっている。きっと佐藤も彼のあの圧を前にすると怯えてしまうと思う。
「仲良くなれるって、ちょっと期待してたんだけどな、残念」
僕はまたはにかんで見せる。
「あんな奴、仲良くなんなくて正解だよ」
佐藤は少し声を荒らげていた。僕なんかのために。
「これから一生関わることなんてないから、大丈夫だよ」
佐藤の目を見て言う。続けて「ありがとう」と微笑む。すると佐藤はようやく少し表情が解けて
「これからも俺とは仲良くしてくれよ」
と笑った。
僕のクラスの前についた時、佐藤は寂しそうな顔をしていた。「離れたくない~」と言いながら僕に抱きついてきた。
「帰りは一緒に帰ろう」
僕から誘ってみた。普段あまりこういう事は言えないのだが、気付かぬうちに疲弊していたのだろう。脳が処理する前に言葉となって零れていた。
「うん!絶対な」
佐藤はキラキラの瞳でそういうと手をグーの形にして僕の前に突き出してきた。僕もグーにして、佐藤のそれに合わせる。佐藤は嬉しそうに一回頷き、自分のクラスへと戻って行った。
十数冊ある教科書を重そうに抱えて佐藤が言う。
「うん、そこの机に並んでたの順番に取ったから大丈夫なはず」
僕はそう言いながら目の前に広がる机を指さす。そこには八個程の机を密集させ、たくさんの教科書が順番に置かれていた。
「まあ取り忘れてたとしても友達に借りればいいよなー!」
佐藤は満面の笑みでそう言う。
そうか、佐藤には、いやこの学校のみんなにはそういう方法があるのか。僕には絶対にできないことだ。
忘れたから、誰かに借りる。話しかけることなんてできないし、話しかけたとて、貸してくれるとは思えない。そんなことを考えている僕の顔を見て「違うよ」と佐藤は言う。
「友達って、木田のことな?俺、木田しかおらんし、友達」
続けてそう言うとニカッと笑ってみせる。考えていたことが顔に出ていたのだろうかと申し訳なくなり「ごめん」と言う。
「俺は木田が好きだから一緒にいるんよ?なんも謝ることないって!」
佐藤は僕のせいで友達ができないと思い「ごめん」と言ったのだと解釈したのだろう。必死に僕への思いを告げる。
「木田はさ、なんていうか、考えすぎ!いや、ネガティブすぎ?木田はすごい奴なんだよ?本当はすっげーおもしろいの!俺にしか伝わってないみたいだけど、木田は本当、温かい人間だよ」
そこまで言われるともはや照れるというか笑えてくる。僕がふっと小さく笑うと、佐藤は「笑った?なんで?」と小さく慌てる。それがなぜかより面白く感じ木田は肩を揺らして笑う。
「ありがとう、佐藤は本当に優しいね」
木田はそう言うと佐藤の髪を撫でる。
佐藤は木田の身長に比べたら十五センチ程低い。そのため先程のように頬に触れたり、髪を撫でたりするのにはちょうどいいのだ。木田は佐藤に時々うさぎやハムスターに抱く感情に似た感情を抱いてしまう。そのためつい可愛いと思うと触れてしまうのだ。最初こそ佐藤はそれに驚いていたが、今となっては慣れっこだ。むしろ触れてほしそうな言動をしているように感じる。
「優しいのは、木田の方だよ」
佐藤は目を伏せながら言う。僕は「なんでだよ」と笑う。
こういう時間が『幸せ』と言うのだと思う。佐藤はいつだって僕に『幸せ』をくれる。それは佐藤が優しいから。これからも彼にはたくさんの幸せを感じて欲しいと思う。
と、どこからか視線を感じ、その方向を見る。倉本がいた。彼はゴミを見るような瞳で僕らのことを見ていた。
「きも」
倉本の低いその声が僕の耳にはっきりと聞こえてきた。どうやら佐藤の耳にも届いていたようで
「なぁあいつ、今俺らに向かって言った?」
と僕に聞いてきた。僕は既に彼に怯えてしまい、佐藤の声など入っていなかった。
あまりにも冷たい視線だった。突き刺さるような瞳に、突き刺してきた低い声。怖い。殺される(わけないのだが)。僕は倉本に今、殺されている。他のみんなならこういう時どういう風な言い返しをするのだろう。言い返せるのだろうか、逃げ回るネズミを見るようなボス猫の瞳を前にして。何か、何か言わないと。僕らの『幸せ』が崩れる前に。
「……だ、ねぇ、木田!」
佐藤にデコピンされてハッとした。
「あ、多分、僕に向かって言ったんだ」
「どういうこと?」
佐藤は下から僕を見つめてそう言う。そして一瞬視線を外すと
「一旦、教室戻ろ?大丈夫?歩ける?」
と慌てふためきながらそう言った。
そうだ。僕は今、一人ではなかった。
「ご、ごめん。大丈夫」
それだけ言って木田は逃げるように空き教室を出て行った。佐藤はそれについて行くように大量の教科書を持ってそこを後にした。
廊下に出て、彼の姿が見えなくなったからか少し安心し「はあ」と深いため息をつく。
「なあ、やっぱりあいつ、最低」
佐藤は声に少しの棘を含ませて言う。
「……多分、そういう人なんだよ。……やっぱりって、倉本くんのこと何か知ってるの?」
佐藤と倉本はあの空き教室が初対面のはずだが、佐藤は今「やっぱり」と言った。それが突っかかって聞いてみる。
「あー、いや、実はさ、見ちゃったんだよね」
佐藤はバツが悪そうに頭を掻きながら言う。
「さっき廊下でさ、木田とあいつが話してるところ」
見られていたんだ……。恥ずかしいとも違う、なんとも言えない感情になる。 佐藤は一人廊下を走っている僕を見つけて話しかけようとしてくれたらしい。でもその前に僕が倉本に話しかけてしまい、木田に友達ができたのだと思い咄嗟に隠れたのだそうだ。静かな廊下では僕らの会話は丸聞こえだったらしく、それが友達との会話でないことに気づいた。しかしそこに突っ込める勇気もなく、倉本が完全に見えなくなってから僕に駆け寄ったらしい。
「そっか、全部見られてたんだ」
僕はそう言いながらはにかんで見せた。佐藤はそれに騙されることなくムスッとした表情を貫く。
「僕さ、自己紹介でちょっと失敗しちゃって、倉本くんが助けてくれたんだ」
「あいつ、倉本って言うんだ」
「あ、うん、倉本蓮、くん。それでさ、ありがとうって言おうと思って話しかけたんだけど、僕のこと嫌いみたいで……」
「うん、全部聞こえてた。木田を見て、腹立つとか、言ってたな」
佐藤は酷く怒っているようだった。本来ならば僕がキレるべきなのだろうが、それ以上に僕は彼に怯えてしまっている。きっと佐藤も彼のあの圧を前にすると怯えてしまうと思う。
「仲良くなれるって、ちょっと期待してたんだけどな、残念」
僕はまたはにかんで見せる。
「あんな奴、仲良くなんなくて正解だよ」
佐藤は少し声を荒らげていた。僕なんかのために。
「これから一生関わることなんてないから、大丈夫だよ」
佐藤の目を見て言う。続けて「ありがとう」と微笑む。すると佐藤はようやく少し表情が解けて
「これからも俺とは仲良くしてくれよ」
と笑った。
僕のクラスの前についた時、佐藤は寂しそうな顔をしていた。「離れたくない~」と言いながら僕に抱きついてきた。
「帰りは一緒に帰ろう」
僕から誘ってみた。普段あまりこういう事は言えないのだが、気付かぬうちに疲弊していたのだろう。脳が処理する前に言葉となって零れていた。
「うん!絶対な」
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