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どの教科も最初の授業は教科書や持ち物の確認だった。そのため特に周りを気にすることなく集中できる、と思っていた。のに、倉本の視線が気になって仕方がなかった。僕の後ろの席ということもあり、今彼がどこを見ているのか何をしているのか気になって仕方がなかった。もしかしたら刺されるのではないか、などと考えてしまった。
緊張した面持ちのまま授業を終え、ホームルーム終了のチャイムが鳴る。
僕は恐る恐る後ろを振り返ってみた。不自然にならないように、あくまで机の脇に掛けておいたリュックを取る際に見てしまったという状況になるように。
一瞬だけ見るつもりだった。しかしその一瞬で倉本と目が合ってしまった。最悪だと思った。最悪だと思いながら、彼から目が離せなかった。きっと猫に狩られる直前のネズミが固まって動けなくなってしまうのと同じだ。目を離した隙に殺されてしまうと思うのだ。
「何?」
倉本は冷たい声で言う。
「あ、あ、いや、なんでもないです」
木田はそう言うと慌ててリュックを背負う。少し急ぎ足になりながら倉本の横を通ろうとした瞬間、「おい」と倉本に呼ばれた。「ヒッ」と声に出てしまうくらいには驚いてしまったが無視するわけにもいかないので彼の方を見てみる。
「消しゴム」
倉本はそう言うと僕の席のイスの下を見た。
「え……?」
「落ちてんだろ、そこに」
倉本は少しキレているような声でそう言うとイスの下に隠れている消しゴムを指さす。それは確かに僕の消しゴムだった。気づかなかった。いつ落としたのだろう。しゃがんで拾い上げる。
「あ、ありがとう」
「……」
倉本の方を見るとスマホをいじっていた。僕は「じゃあ、またね」と言うのも違う気がして何も言わずそのまま教室を出た。
「なんかまた絡まれてなかった?」
声の方に目を向けると、そこにはムスッとしている佐藤がいた。
「あ、消しゴム落ちてるの、教えてくれて」
「なんも酷いことされてないん?」
「う、うん」
「なんなん、変な奴」
変な奴、だとは僕も思った。僕のことが嫌いそうなのにわざわざ消しゴムが落ちていることを教えてくれるとか。怖い人なのか優しい人なのか、よく分からなかった。
「何か企んでんのかな」
佐藤はボソッと言った。しかしその声はしっかりと僕にも届いていた。確かに、あり得ると思った。自己紹介ごときに緊張して動揺して変な行動をとってしまった僕だ。いじめの対象にするには十分。今までいじめられなかったのは佐藤がいたから。佐藤は誰にでも優しくて、ノリも良くて、彼を嫌う人なんかいなかった。僕の隣に佐藤がいてくれていたから、今まではいじめを回避できていたのだ。本来ならば僕はとっくのとうにいじめられていて不登校になっていてもおかしくない。改めて佐藤に感謝すると共に、自分の弱さに感激してしまう。
「また一人で考え込んでるなー」
佐藤はそう言いながら僕の腕をグイッと引っ張った。あまりにも勢いが良かったので少しよろけてしまう。
「わっ、大丈夫?力加減できてなかった」
「あ、ううん、僕もボーッとしてたから」
「確かに、じゃあ今のは木田が悪いな」
佐藤はそう言うと目を細ませてニヤリと笑った。僕はその顔が冗談のそれと気づきながら「ごめんね」と謝る。
「ふふ、冗談。てか、何考えてたん?」
「僕、倉本くんにいじめられるのかも」
いつの間にか玄関まで来ていた彼らは靴を履き替えながらヒソヒソとそんな会話をする。
「いじめられる?なんで?」
佐藤は靴を持つその手を止め、大きめの声で僕に聞く。
「今日の僕の行動を振り返ってみて、やっぱりいじめるには最適だよなって……」
「自己紹介のやつ?」
佐藤はそう言いながらつま先をトントンと床に叩きつけ足を靴にはめる。
「う、うん、あんな変な行動、する人なんかいない……」
「そのくらいの失敗でいじめる奴なんかいる?」
佐藤は僕をなだめてくれているようだった。でも僕は
「そういう人もいると思う。というかそういう人が普通なんだ、きっと。僕はこの二年間、佐藤に守られていたから奇跡的にそういう人の的にならなかっただけで……」
ネガティブな言葉を連ねてしまった。そんな僕の声を遮るかのように佐藤は口を開く。
「普通じゃねーよ、そんなん」
いつもより声が低かった気がした。それはもしかしたら佐藤の口が悪かったからかもしれない。
佐藤は普段、怒りや悲しみなどといったマイナスの感情をあまり出さない。出したとしてもそれはなんだか冗談のようで、なんと言うのだろう、ふわっと軽いのだ。しかし今の、いや今日の佐藤はマイナスの感情に真っ直ぐ向き合っているような、そんな感じだった。そんな彼に僕は遂に動揺してしまった。
顔は真っ直ぐに目の前に広がる夕焼けを見たまま、瞳だけを彼の方向へ流してみる。四月にしては赤い夕焼けのせいだろうか、佐藤の顔は少々赤みがかっていた。僕は思わず凝視してしまう。
「ごめん、俺ムカつくとさ、赤くなっちゃうんだよね」
佐藤は木田に見られていることに気づきほんの少し肩を揺らすと、木田の瞳を見つめ返して言う。
「こういうところもさ、女の子っぽいよね」
佐藤はそう言うと耳の後ろらへんを掻きながら笑う。
「いや、そんなことないよ。自分の感情に正直になれるのは、すごくかっこいい」
僕はとうとう顔も彼の方に向けて言う。
佐藤は自分の中性的な顔や男性にしては低い身長、その声の高さから『女の子っぽい』と思われていることを気にしているのだ。僕はかなり自虐的な方だが、彼もまたそういう面では僕と並べるくらい自虐的になる。
でも僕は知っている。彼はその顔からは想像できないくらい芯が強く、仲間思いで熱くて、そういう内面を持っているところが誰よりも男性的だと思う。
「木田……ありがとう」
佐藤はそう言いながら申し訳なさそうに笑ってみせた。
「あ、僕の話はどうでもいいんだ。佐藤の話、聞かせてよ」
今日はずっと佐藤に僕の話を聞いてもらっていたことに気づいた。佐藤は目を開くと嬉しそうに「えっとね、」と話し始める。
緊張した面持ちのまま授業を終え、ホームルーム終了のチャイムが鳴る。
僕は恐る恐る後ろを振り返ってみた。不自然にならないように、あくまで机の脇に掛けておいたリュックを取る際に見てしまったという状況になるように。
一瞬だけ見るつもりだった。しかしその一瞬で倉本と目が合ってしまった。最悪だと思った。最悪だと思いながら、彼から目が離せなかった。きっと猫に狩られる直前のネズミが固まって動けなくなってしまうのと同じだ。目を離した隙に殺されてしまうと思うのだ。
「何?」
倉本は冷たい声で言う。
「あ、あ、いや、なんでもないです」
木田はそう言うと慌ててリュックを背負う。少し急ぎ足になりながら倉本の横を通ろうとした瞬間、「おい」と倉本に呼ばれた。「ヒッ」と声に出てしまうくらいには驚いてしまったが無視するわけにもいかないので彼の方を見てみる。
「消しゴム」
倉本はそう言うと僕の席のイスの下を見た。
「え……?」
「落ちてんだろ、そこに」
倉本は少しキレているような声でそう言うとイスの下に隠れている消しゴムを指さす。それは確かに僕の消しゴムだった。気づかなかった。いつ落としたのだろう。しゃがんで拾い上げる。
「あ、ありがとう」
「……」
倉本の方を見るとスマホをいじっていた。僕は「じゃあ、またね」と言うのも違う気がして何も言わずそのまま教室を出た。
「なんかまた絡まれてなかった?」
声の方に目を向けると、そこにはムスッとしている佐藤がいた。
「あ、消しゴム落ちてるの、教えてくれて」
「なんも酷いことされてないん?」
「う、うん」
「なんなん、変な奴」
変な奴、だとは僕も思った。僕のことが嫌いそうなのにわざわざ消しゴムが落ちていることを教えてくれるとか。怖い人なのか優しい人なのか、よく分からなかった。
「何か企んでんのかな」
佐藤はボソッと言った。しかしその声はしっかりと僕にも届いていた。確かに、あり得ると思った。自己紹介ごときに緊張して動揺して変な行動をとってしまった僕だ。いじめの対象にするには十分。今までいじめられなかったのは佐藤がいたから。佐藤は誰にでも優しくて、ノリも良くて、彼を嫌う人なんかいなかった。僕の隣に佐藤がいてくれていたから、今まではいじめを回避できていたのだ。本来ならば僕はとっくのとうにいじめられていて不登校になっていてもおかしくない。改めて佐藤に感謝すると共に、自分の弱さに感激してしまう。
「また一人で考え込んでるなー」
佐藤はそう言いながら僕の腕をグイッと引っ張った。あまりにも勢いが良かったので少しよろけてしまう。
「わっ、大丈夫?力加減できてなかった」
「あ、ううん、僕もボーッとしてたから」
「確かに、じゃあ今のは木田が悪いな」
佐藤はそう言うと目を細ませてニヤリと笑った。僕はその顔が冗談のそれと気づきながら「ごめんね」と謝る。
「ふふ、冗談。てか、何考えてたん?」
「僕、倉本くんにいじめられるのかも」
いつの間にか玄関まで来ていた彼らは靴を履き替えながらヒソヒソとそんな会話をする。
「いじめられる?なんで?」
佐藤は靴を持つその手を止め、大きめの声で僕に聞く。
「今日の僕の行動を振り返ってみて、やっぱりいじめるには最適だよなって……」
「自己紹介のやつ?」
佐藤はそう言いながらつま先をトントンと床に叩きつけ足を靴にはめる。
「う、うん、あんな変な行動、する人なんかいない……」
「そのくらいの失敗でいじめる奴なんかいる?」
佐藤は僕をなだめてくれているようだった。でも僕は
「そういう人もいると思う。というかそういう人が普通なんだ、きっと。僕はこの二年間、佐藤に守られていたから奇跡的にそういう人の的にならなかっただけで……」
ネガティブな言葉を連ねてしまった。そんな僕の声を遮るかのように佐藤は口を開く。
「普通じゃねーよ、そんなん」
いつもより声が低かった気がした。それはもしかしたら佐藤の口が悪かったからかもしれない。
佐藤は普段、怒りや悲しみなどといったマイナスの感情をあまり出さない。出したとしてもそれはなんだか冗談のようで、なんと言うのだろう、ふわっと軽いのだ。しかし今の、いや今日の佐藤はマイナスの感情に真っ直ぐ向き合っているような、そんな感じだった。そんな彼に僕は遂に動揺してしまった。
顔は真っ直ぐに目の前に広がる夕焼けを見たまま、瞳だけを彼の方向へ流してみる。四月にしては赤い夕焼けのせいだろうか、佐藤の顔は少々赤みがかっていた。僕は思わず凝視してしまう。
「ごめん、俺ムカつくとさ、赤くなっちゃうんだよね」
佐藤は木田に見られていることに気づきほんの少し肩を揺らすと、木田の瞳を見つめ返して言う。
「こういうところもさ、女の子っぽいよね」
佐藤はそう言うと耳の後ろらへんを掻きながら笑う。
「いや、そんなことないよ。自分の感情に正直になれるのは、すごくかっこいい」
僕はとうとう顔も彼の方に向けて言う。
佐藤は自分の中性的な顔や男性にしては低い身長、その声の高さから『女の子っぽい』と思われていることを気にしているのだ。僕はかなり自虐的な方だが、彼もまたそういう面では僕と並べるくらい自虐的になる。
でも僕は知っている。彼はその顔からは想像できないくらい芯が強く、仲間思いで熱くて、そういう内面を持っているところが誰よりも男性的だと思う。
「木田……ありがとう」
佐藤はそう言いながら申し訳なさそうに笑ってみせた。
「あ、僕の話はどうでもいいんだ。佐藤の話、聞かせてよ」
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