サンカヨウ

東雲

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「チッ、だる」
倉本はそう言うと目を離しズカズカと進んでいった。僕はそれを追いかけるようにして小走りで追いかけた。徐々に速度を下げ、倉本の少し後ろを歩く。

 隣のクラス、つまり佐藤のいるクラスももちろん授業中だった。先生の声がかすかに響いている。佐藤はいるかな、とドアのガラス部分から教室の中を覗く。ちょうど真ん中らへんに彼は座っていた。彼は僕の視線に気づいたのかこちらを見る。手を振ろうかと思ったがやめた。佐藤の顔が引きつっていたのだ。

 そうか……。僕は今、授業中に倉本と廊下を歩いている。怯えているんだ何度も伝えてきたと彼と二人きりで。しかも僕の話を聞いたから佐藤は倉本の事がかなり嫌いだ。

 僕はなぜか佐藤を裏切ってしまったという気持ちになり青ざめる。僕は「これは違うんだ!」と佐藤に伝えようとしたがその小さなガラス部分がそれを許さなかった。ただ慌てふためく僕を残して、ドアは佐藤と僕を突き放した。その様子が逆に佐藤の不安を煽る。

 あぁ、佐藤、違うんだ、これはただ先生に言われただけで──

「なあ、おい」
「……」
「……おい!」
「あ、は、はい!」
「はぁ……お前、具合悪いん?」
「え?あ、い、いや悪くない」
 「チッ」

大きめの舌打ちに肩を揺らす。倉本は心底だるそうに首元を掻くと保健室とは反対の方に歩いていった。

「え?え、保健室はあ、あっちだよ」
「知っとるわ」

僕は保健室の方へさした指を静かに下げると黙って倉本の行く先を見た。倉本はそんな僕をものともせず長い廊下をズカズカと突き進んでいく。これってもしかして……。


 三年生の教室は三階にあり、ここが最上階であった。しかし長い廊下を真っ直ぐ歩き切った先には階段があったのだ。そこには立ち入り禁止の看板が立てられており、先生ですらも立ち入ることができなかった。その階段を上るどこに行き着くのか、なぜそこが立ち入り禁止なのか、僕たちは教えられずとも分かっていた。ここは最上階。そう。その階段を上ると、屋上へ行き着くのだ。

 倉本はそこに立っている看板には目もくれず階段を上っていく。

「そこ、入っちゃだめなんじゃ……!」

と言おうとしたがやめた。実は僕も屋上がどんな所なのか気になっていたのだ。理性と本能は五秒ほど喧嘩して理性は本能に抗えないことを学んだようだった。黙って倉本に着いていく。倉本は振り返るとそんな僕を見てまた前を向いた。

 重い扉を開けるとそこには絶景が広がっていた。僕は意外にも鍵はかけられていないものなんだなとその絶景を見ながら思う。

 僕たちの住んでいる街の近くには海がある。当然この学校からも屋上の高さから見たら大きく広がる海を見渡せるのだ。

「す、すごい……」
僕は二、三歩足を進めると改めてそう言葉にする。

「邪魔」
倉本はそう言うと僕の肩を押して突き放した。
「あ、ご、ごめん」

 さっき、階段を上る時、一瞬僕の方を見たのは「お前も来るんかよ……」の眼差しだったのだと気づく。僕は教室に戻ろうとしてドアに手をかける。

「俺あそこで寝るから、お前あっち」
倉本は大きめの声でそう言うと、僕の居場所を指さした。

「え、いや、戻るよ……迷惑だし」
「今戻ったらまずいんじゃねーの?」
倉本は自分の居場所まで行き横になるとそう言う。

「え、なんで……?」
倉本は僕の言葉を聞くとイライラしたようにため息をつき目を閉じる。

「お前はあそこに戻りたいんか?」
「いやぁ……」
「じゃあいれば?」

倉本はそう言うとジャケットを脱ぎ自分の腹元にかけた。僕はそんな彼を見届けてあの海へ目をやる。

 本当にここにいていいのだろうか。倉本は僕のことが嫌いなはずなんだから、本当は一刻も早くここからいなくなってほしいのではないのだろうか。少し離れた場所で寝ている倉本の方に顔を向ける。

 初めて、いや改めて彼の顔を見たが、確かに、彼はイケメンかもしれない。太陽光に照らされ赤茶色に輝く前髪は風に揺らされ、そこから垣間見える肌はシルクのように滑らかで透き通っていた。僕は少し近くに寄ってみる。いつもならあの冷たい瞳に近寄りたいなんて思わない。ただこの暖かい日差しと柔らかい風に惑わされたせいか、今なら倉本に近寄っても大丈夫だと思えた。

 静かに倉本を起こさないように近づいて、とうとう彼の瞳を真上から見ることができる位置まで来てしまった。黙って見つめてみる。僕の影で少し暗くなっている彼の肌はやっぱり白く美しかった。

「なんか用?」
瞳も開かずにそう言う倉本に思わず後ずさりしてしまう。

「あ、ああ、あのこれは、違くて」
「何?」
「サンカヨウって、ろ、ロシアでも、咲くら、しい……!」
「は?」
「あ、ち、違う!えっと、ごめんっ」
僕はそう言うと走って屋上のドアを開けそこを出る。倉本は上半身をあげ不思議そうな顔をしていた。

 やってしまった。いや何もしていないけれど。近づいてしまった。大丈夫だと思った。そんなわけがないのだ。いくら美しいからって、いつもの彼と違ったからって、結局は倉本なのだ。僕の怯えている倉本に違いないのだ。

 周りの目なんか気にせずに走った。とりあえず教室に戻ってリュックをとって、そしてどこかへ向かおう。一心不乱に走る。

 教室に入ろうとした時「ちょちょ!」と誰かに肩を叩かれた。
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