死亡予知夢

ROSE

文字の大きさ
1 / 1

死亡予知夢

しおりを挟む

 近頃、随分と夢見が悪い。
 毎夜、毎晩、誰かが死ぬ瞬間の夢を見る。大抵が殺人の夢だった。
 昨夜は若いOL風の女が棒のようなもので無残に頭を殴られ死ぬところをまるで映画のように見せられた。まだ、悲鳴が耳に残っているような気がする。
 嫌なことに、新聞に丁度似たような事件が掲載されていた。被害者は二十五歳の女性らしい。棒のようなもので殴られ死亡と書かれている。頭を抱えたくなった。
 その前は確かトラックに轢かれる少年の夢だった。それもニュースで見た。もしかするとニュースで見たり、ラジオで聞いた情報を夢が再構築してしまっただけかもしれない。
 むしろそうあってくれることを強く望む。
 けれども、そんな願望は通じないらしい。
 また、夢を見た。
 それは通学途中の電車の中で、うっかり眠ってしまったほんの数分の浅い眠りだったはずだ。夜眠れないのだから当然朝も昼もずっと眠いままだ。
 見覚えのある家だった。随分と古い家で、家に入るためには長い階段を上らなくてはいけない。階段にはプランターが沢山並べられて、赤や紫の花が咲いていた。ブザーは付いているけれど、インターフォンは無い。昭和の中頃からある古い家だ。新聞のポストの横に、牛乳瓶が配達されるポストも付いていた。
 ああ、そうだ。祖父母の家だった。小さいときによく行った祖父母の家に、誰か男が訪ねていくのが見えた。服装から男だとわかるだけで、顔は見えなかった。海外の高級ブランド品とわかる鞄を持った、白髪交じりの男だった。
 祖母が男を歓迎するように迎え入れた。玄関は広い。玄関だけは広い家だ。玄関が二畳半ほどある。そこに祖母のサンダルと、余所行きの靴。それに祖父の靴が並び、その隣に見覚えのある靴があった。母の靴だった。どうやら迎え入れられた男は叔父らしい。
 ごちゃごちゃと様々な地方のみやげ物らしいものが所狭しと置かれた居間に叔父が足を踏み入れた。古い革張りのソファで母が眠っている。音声は全く耳に入らない。けれども母が大鼾をかいていることはわかった。
 大抵夢はそうだ。声は聞き取れない。
 ただ、殺人の音と、悲鳴だけが聞き取れる。
 この夢は更に妙だ。叔父の顔が全く見えない。普段の夢なら、犯人の視点で全てが見えるのに、この夢は違うようだった。
 祖母がテーブルに蟹やビールや果物なんかを並べていく。とりあえず家に入った人間には腹いっぱい食わせなければ気がすまない祖母はテーブルの上のもの全てが消えるまで決して帰してはくれないような人だ。きっと叔父はうんざりした顔をしているはずだ。
 ただ、叔父の背中が見える。丁度カメラが常に叔父の後ろにあるような構図だ。辺りを見渡そうとしてもそれはできなかった。
 叔父の手が蟹に伸びる。いつもはかなりの量の酒を飲む人なのに、ビールに手をつけようとしないのが不思議だった。

 祖父が日本酒を片手に叔父に何か言っているが、声は聞こえない。祖母はどうやら母に小言のようなことを言っているような雰囲気だが、内容は聞き取れない。ただ、寝ていることに文句を言っているようなことは雰囲気で読み取れた。
 蟹の殻が砕かれていく。けれども、叔父はそれを食べようとはしない。それが何を意味するのか理解できなかった。
 ブザーが鳴った。
 来客だ。
 祖母が玄関に向かう。
 丁度、そこで目が覚めた。
 どうやら一つ前の駅に着いたらしい。
 何が起こった? いや、これから何かが起こる。
 あの来客は誰だろう。酷く不安だった。
 ただの夢だ。何も悪いことなんてない。けれど、母は今日、実家に顔を出すと言っていなかっただろうか?
 不安になって、メールを送った。

 今、どこにいるの?

 きっと返信は二時間後だ。そしてきっと仕事だ。と少し不機嫌な文面で返事が来るだろう。
 全ていつも通りだ。
 何も悪いことなんて起きない。
 人混みに紛れ電車を降りればいつもの風景が広がる。いまどき女子のトレンドは歩きながら食べるおにぎりなのかと言いたくなるほどおにぎりを齧っている女子が目に付く。化粧をする暇があれば朝食くらい食べる余裕を作ればいいのにとは口には出さないが、この光景を見るたびに思うことだ。
 ラーメン屋の店長が店の前を掃除しているのが見える。花屋の店員が配達の準備をしている。
 自転車通学の集団と、ヘッドフォンを付けた女子が見える。背にはなにやら楽器のケースがあった。
 いつもと同じ風景。まるでゲームの中みたいに、いつも同じ場所で同じ時間に同じことが起こる。そんな風景だ。
 玄関を通れば、見慣れた顔がいくつもある。今日の一講目は哲学だったはずだと真っ直ぐ講義室に向かう。すれ違う人がまるでキョンシーのように青白い顔色に見えるのはきっと夢見が悪いせいだ。
 誤魔化すように大きくあくびをして、一番後ろの左端の席に着く。日当たりが悪くて少し暗い雰囲気のこの席はお気に入りだ。
 まだ、講義が始まるまで時間がある。スマホを取り出せば、新着メールが一件。母からだった。

 今日はおばあちゃんちに行くから晩御飯は適当に食べてて。

 短いメール。きらきらとした絵文字がいくつか並んでいて、少し機嫌がいいようだった。
 ふと、夢の光景が甦る。
 祖父母と叔父と、ソファで眠る母。誰か来客があったことで夢は終わっていた。
 ただの夢だ。気にしてはいけない。
 気を紛わせる為に、鞄から文庫本を取り出した。少し前に映画化されたホラー小説は原作を読んだことがなかったと思い、映画との比較の為に購入した。いわば演出の勉強と言うものだ。どうせ月末には読書感想文に似たようなレポートを提出しなければいけない。今回はこの本で書こうかと思った。
 二、三行文章を目で追う。しかし、視界が歪む。まるで紙の上を虫がうねっている様に、焦点が定まらないと言うのだろうか。黒い点が分散して、別の形を再構築していく。それが眠気だと理解するのに少し時間が掛かった。

 祖母が誰かを連れて居間に戻ってくる。祖父があからさまに不快そうな表情を浮かべている。確か叔父の再婚相手だ。八年間付き合った末に結婚した叔母を精神的に追い詰め離婚に追いやった張本人として一族の誰もに嫌われているあの女が居間に入ってきた。叔父も想定外だったようで、どうやら彼女は本当に招かれざる客だったらしい。母がむくりと起き上がるのを感じた。
 女は媚びた笑みを浮かべ、しきりに祖母に何かを話している。しかし祖母はそれにはあまり意識を向けていないようだった。
 蟹の殻が割れる音が響く。
 音が届くと言うことは、まもなく殺しがあると言うことだ。
 カメラのアングルが切り替わる。祖父が見える。
 ただ、祖父の首から血が溢れている。的確に急所を狙ったような傷口がある。ぴゅーっと不快な音を立てて呼吸していることから祖父はまだ生きていて、自分の身に何が起こったか理解していないことが窺えた。
 祖母の小さな悲鳴が響く。女の手に何か刃物が握られていたことに気付くのに時間は掛からなかった。
 叔父が数歩下がったのがアングルで分かる。やはりカメラは叔父の背後に固定らしく叔父の表情は全く見えなかった。
 女が祖母に斬りかかるのが見えた。熟練した殺し屋のような無駄の無い動きだった。
 女の手が伸び、やはり祖父と同じく首を狙われた祖母は再び悲鳴を上げることが出来なかった。ただ、女を見ている。瞳に恐れが垣間見えた。
 叔父が後ろに下がるが、もう、これ以上下がれない。
 母の姿が見えないのが酷く不安だった。
 後ろを見たい。必死にそれを考える。
 けれども叔父は向きを変えてくれない。叔父が動かなければ何も見えないようだ。
 後ろを見せろ。頼むから見せてくれ。
 強く願ったとき、何かが肩に触れた。思わず悲鳴に似た叫びを上げてしまった。
 一斉に笑い声が響く。
 気付けば講義室にいた。
「私の授業がそんなに退屈なら出て行きなさい」
 不機嫌そうな教授の声。眠ってしまったのか。これで素直に講義室を出てしまえば間違いなくこの講義は落第だろう。
「居させて下さい」
 小さくそう言って、慌ててノートを開く。一行も書かれていない。黒板は二つ目のボードに進んでいた。相当長く眠っていたらしい。
 母は無事だろうか。
 酷く不安に教われた。
 机の下でスマホを取り出す。新着メールはない。

 急いで帰ってきて。

 理由は書けなかった。そのままメールを送信する。
 怖い夢を見たから、とは言えない。もうそんな子供ではないのだから。
 結局授業は上の空でノートには意味不明のにょろりとした線がいくつか書かれているだけだった。これじゃあ試験前に慌ててノートをコピーさせてくれと言いに来る奴が困るなと笑ってしまう。
 大丈夫。ただの夢だ。
 スマホを取り出す。新着メールはない。きっとまた祖母の長話を聞かされて返信できずにいるのだろう。
 一番安心できる理由を選び納得しようとする。
 しかし、やはり気がかりだ。どうせこの様子じゃ次の講義も上の空だろう。次の講義が被っている知人を見つけたので今日は急用が入って出られないことを伝え真っ直ぐ帰宅することにした。
 帰りは昼前と言うこともあり道は空いている。
 時折、犬の散歩をするご婦人やタバコを吸いながら自転車を漕ぐ老人とすれ違うほかは特に知った顔もなかった。
 そして、改札を通る。眠い。異常な眠気が襲ってきた。
 また、夢を見るのだろうか。理性はそれを拒絶したがっている。
 しかし、眠気は強まる一方だった。
 電車が来た。とりあえず座ろう。この時間は座席が空いている。一番端が空いていたのを幸いに、そこに座った。
 正面の老婦人の顔が歪んで見える。そして、また、夢の続きだ。

 今度はとても見覚えのある場所にいた。自宅の、自室だ。オークションで入手したロックスターのポスターが貼ってある。間違いない。
 棚に並んだCDはアルファベット順に並んでいる。アーティストではなく、アルバムタイトルで並べている。こんな並びであるのは自分の部屋くらいだろう。
 いつの間に帰宅したのか、覚えていない。けれど、そんなことはどうでも良かった。
 棚に手を伸ばし、お気に入りのアルバムをCDプレイヤーで再生する。今時CDを愛用していることを母は「時代遅れじゃないの?」なんて言ってくるけれど、ジャケットや歌詞カードのデザインも楽しみたいのでCDを集めることはやめられなかった。
 家の中で足音が聞こえる。母は今日は戻らないはずだ。誰もいるはずがない。
 怖くなってプレイヤーのボリュームを上げた。ここから彼のギターソロが始まる。ギターが四人もいるけれど、贔屓のギタリストの演奏はちゃんと分かる。彼の音は勇気をくれた。
 音楽にまぎれて、やはり足音が聞こえる気がした。
 何かが家の中にいる。
 分かっているけれど、それを無視したかった。
 もしかすると祖母の長話にうんざりした母が戻ってきたのかもしれない。
 だけど、それにしても早すぎる。ここから祖母の家までは一時間半は掛かるのだから。
 誰かが部屋に近づいている。
 そして、ノックなしにドアが開けられた。
「誰だ」
 思わず震える声を出す。
 女がいた。あの女だ。叔父の婚約者のあいつだ。
 馬鹿な! なんであいつがこの家を知っているんだ? 一度もうちに来たことが無いはずなのに。
 女は無言で煌く何かを走らせた。

 気が付くと、一つ前の駅に停まるところだった。
 まずい。乗り過ごしそうになった。
 けれど。今の夢は何だろう。あの夢の続きのようであってそれとは少し違った。
 あの女が来る。それは考えるだけで恐ろしいことだ。
 まず、あの女の存在自体が恐ろしい。はっきりと名前は知らない。二度ほど会ったことがあるが、どうしてもあの女のことを好きにはなれなかった。挙げ句にあの女は「あの子、精神的な病気でもあるんじゃないの?」なんて初対面の日に祖母にこっそりと言ったらしい。母を経由して本人に伝わってきた。精神的な病気なのは女の方だろうと言い返してやりたかったが、成金趣味の派手な馬鹿女と口を利くのも嫌だったことを思い出す。
 どうしてそこまで嫌いなあの女が一日に二度も夢に出てくるのかが理解できなかった。
 電車が停車する。降りないと。駅から家へはバスを乗り継がないといけない。夢はもうたくさんだ。
 音楽が欲しい。けれどもポータプルのCDプレイヤーは重いから家に置いてきたのだった。やはり流行の小型のプレイヤーを買うべきだっただろうか。最新のものを欲しがらなければそこそこ安価なものも出ている。拘る点は音質だけれども、好きなバンドの名曲なら多少劣化した音でも元気をくれるかもしれない。
 ごちゃごちゃと考えていると自宅付近のバス停に立っていた。
 もうすぐ家だ。いつもと何も変わらないじゃないか。変な夢を気にしすぎている。
 今日は確か、オークションで落札したアルバムが届く予定ではなかっただろうか。廃盤になった稀少なそれを随分安く落札できたと少しばかり自慢したかったが、あのバンドを好きな知り合いがいないので自慢できる相手がいなかった。
「ただいま」
 家はやはり鍵が掛かっていたので自分の鍵で開けた。靴もやはり一足足りない。母はまだ出かけているようだ。
 ただの夢だ。
 居間に入りテレビをつける。
 真っ先に一家惨殺事件のニュースが流れた。
 映像を見て、思わず荷物を落とす。
 祖父母の家だった。

 犯人は未だ見つかっていないとの情報です。

 アナウンサーが噛みながら話している。
 馬鹿な。だったらうちに連絡が来るはずじゃないか。
 きっと何かの勘違いだ。
 自分に言い聞かせ自室に入る。ポスターの中の彼を見て少し安堵した。
 そうだ、彼の素晴らしいギターを聴こう。棚からお気に入りの一枚を取り出し、プレイヤーに入れる。
 あれ? これって……。
「夢の中と同じ?」
 思わず口に出した。
 足音が聞こえる。そんなはずは無い。
 プレイヤーのボリュームを上げる。
 やはり、足音が混ざっている。
「嘘だ」
 ボリュームを最大に上げた。近所迷惑だなんて考えられない。とにかく怖くなった。
 まだ、足音が聞こえる気がした。
 そして、ノックもなしにドアが開けられた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

まばたき怪談

坂本 光陽
ホラー
まばたきをしないうちに読み終えられるかも。そんな短すぎるホラー小説をまとめました。ラスト一行の恐怖。ラスト一行の地獄。ラスト一行で明かされる凄惨な事実。一話140字なので、別名「X(旧ツイッター)・ホラー」。ショートショートよりも短い「まばたき怪談」を公開します。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...