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天使様との出会い
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テルプロミーズでもっとも賑やかな王都の一等地にアンダーソン洋品店が移転したのはつい先月のことだ。もともと、父の祖父の代から王都で洋品店を営んでいたが、建物の老朽化もあり、従業員も増えてきたのでいっそ店を大きくしてしまおうと、母が長年夢だった王都の一等地に店をと言い出したのは昨年のこと。そうして先月ようやく新店舗での営業が始まったのだが、ローラ自身、この新しい店は気に入っている。
なんと、小さいながらもローラの作業部屋まであるのだ。
ローラはあまり人と会って話をすることが得意ではない。じっとみつめられると、言葉が迷子になってしまったり、照れると手元が狂ってしまったりすることが多々ある。そんなローラが一人で籠もって作業できる部屋があるのは嬉しい。
更に三階の住居スペースに作られたローラの部屋の天井には、王都で最近流行の絵師が天使の絵を描いてくれた。父はそれを見て苦笑したけれど、ローラとしては一番そこが気に入っている。なんといっても毎日天使様に見守ってもらえるのだ。
しかし、良いことばかりではない。一等地に移転したことにより、店は一層繁盛してしまい、人手不足で人見知りのローラまで店番をしなくてはいけなくなってしまったのだ。とは言っても、順番待ちのお客様の案内程度なのだが、それでもローラは緊張してしまう。特に祭りの近い今、新しいドレスや花飾りを作ろうとする人が多いのだ。
店が繁盛すること自体は喜ばしい。けれども接客の仕事は苦手だ。
ローラも夜には仕立ての手伝いをするし、小さな花飾りは一つ一つ手作業で作っても時間が足りない。仕上がったものを買っていくお客様も多いが、金持ちになればなるほど、我侭な要望を押し付けてくる。オーダーメイドは、職人の腕が試されるのだ。
ローラも数点花飾りの依頼を受けたけれど、気難しいお嬢様は色だの形だの大きさだの、最初の注文とは変えてころころと無理難題を押し付けてくる。
気が滅入る。好きなものだけ作っていたいのに。
ローラの感性は、職人というよりは芸術家向きだ。人に服を合わせるのではなく、服に人を合わせる。緻密な計算より、ひらめきが重要だと思っている。
ただ、ローラのひらめきで作る品は奇抜すぎると貴族の受けが悪い。唯一、ローラの作る品を気に入ってくれるのは、まだ父が駆け出しの頃から贔屓にしてくれているという父の友人の侯爵様だけなのだが、ローラは未だに彼と会ったことがない。
彼はいつもローラが作業をしている時間に来て、いつの間にかいなくなっているか、ローラが寝てしまった後に父を連れ出していくかのどちらかなのだ。
もしかすると、父がローラを侯爵様に会わせたくないのかもしれないなどと考えてしまうが、父の性格からして、それはないとだろう。
父は、社交的で明るくて、人を笑わせることが好きだ。それでいて、どこか照れ屋で、照れ隠しで笑いに持っていこうとする節がある。特に長い付き合いのある二人の友人のことは親戚のような付き合いだと言い、本来は彼の身分では知り合うことがないであろう侯爵様ともどういうわけかそんな関係らしい。住み込みで王宮仕えをしている母は少し生真面目で厳しい人だけれども、父の傍は安心できると週に一度は王宮から戻ってくる。
ローラはと言うと、父の照れ屋と母の生真面目さばかりを引き継いでしまって、とても社交的とは言えないし、いつだって自分に自信を持てずにいる。女の子らしいふわふわとした可愛いものよりもかっちりと硬い素材が好きで、意識的に鎧を模ったような服ばかりを作っているかもしれない。男性的な装いを少し女性的に仕立てる。これからの時代の装いは性別に縛られるべきではないというのがローラの持論だが、それは当面このテルプロミーズでは受け入れられないだろう。
コルセットではなく、ベストの方が好きだ。少し、女性的に細い線を取り入れて、体の線に沿わせる。ジャケットは、男性の肩の張った形を意識して、少し細身に。ただ、パンツスタイルは母が許してはくれないので、自然とロングスカートばかり穿くようになる。
近頃は、短く膝を出すような丈のスカートが庶民の若い女性の間では流行になりつつあるけれど、まだ貴族の女性にまでは広まっていない。
アンダーソン家は爵位こそは無いが、そこらの貴族よりはずっと金を持っている。そのせいか、母はローラに貴族の娘のような教養と品位を求める。いつかは貴族の家に嫁がせるつもりなのだろう。しかし、ローラがそれを受け入れられるかは別の話だ。
いや、それ以前に貴族がローラなど相手にするだろうか。寄って来たとしてせいぜい金目当ての貧乏貴族だろう。
ローラは溜息を吐いて、陳列する小物を取るために立ち上がる。
壁一面の棚に、まだ、箱に入れられたままの帽子やコサージュやブローチ、髪飾りや付け袖などが入っている。細い梯子を上り、箱を一つ手に取り、下りようとしたとき、人の気配に驚いてよろけてしまう。
「危ない」
男の声だった。
慌てたようにローラを受け止めた腕は、とても逞しく、驚いて声の主を見る。
「……天使様……」
まるで絵画の中から飛び出たような美しい男性だった。かろやかな長髪は、風の流れを感じさせるように整えられており、目の下にきらきらとした宝石のようなものを付けている。どうやら化粧をしているらしかった。
テルプロミーズでは化粧をする男性は珍しい。舞台の役者か特別な席での貴族くらいしか化粧はしないだろう。
一瞬驚いた顔をした彼は、すぐに笑って怪我はないかと訊ねる。ローラはただ、頷くことしかできなかった。
「今日は、君一人?」
彼はなぜかローラを抱えて訊ねる。
「は、はい……その、父は……二階でお客様の採寸を……」
そう言うと、なぜか彼は少し考え込む。一体なにを考えているのだろう。あまりに美しい姿に、ローラの思考はどんどん薄れてしまう。
「じゃあ、君に頼もうかな」
彼はそう言って、ローラを椅子に座らせた。
立っている彼はすらりと背が高くて、細い。フリルやレースで覆われた、豪華な袖と、パンツの上から重ねられた三段フリルのスカートが妙に似合っている。なにより彼の姿は、ローラの部屋の天井画から飛び出してきたかのように見えた。
「新しい、スカートが欲しいんだけど、君が作ってくれる?」
「へ?」
突然の言葉にローラは耳を疑う。
そもそもまだ半人前のローラに服を依頼する客は居ない。それに、男性からスカートの依頼を受けるのは初めてだった。
「他の店だとどこも俺のスカートは作らないって断るんだ」
少し寂しそうに言う彼に困惑する。
「あ、あの……男性なのに、スカートを穿くのですか?」
これは、もしや、ローラの理想とする人なのではないかと期待してしまう。
そう、ローラはメンズスカートの流行を心から望んでいるのだ。服に男も女も関係ない。着たいものを着るのが一番いいに決まっている。
なにより、男性がもっと積極的にスカートを穿いてくれれば、もっと女性がパンツスタイルを楽しみやすくなる。
「ヘン? みんな俺は奇抜すぎるって言うけどさ、みんなと同じ格好ってつまんないじゃん。それに、俺ってやっぱ何着ててもカッコイイし」
彼はそう言っていつの間にか自分の姿を鏡で確認している。
「なんか、ずっと、こう見ていたくなるって言うか……」
ああ、この人はものすごく自分が好きなんだなと少し呆れてしまう。しかし、そのくらいの方がいいのかもしれない。人と違うことをすることを恐れないにはまず自分が一番自分を好きでなければいけない。
「それで、天使様は、その……どんなスカートをお望みでしょうか?」
訊ねると、彼は鏡の前で少し髪を直してからローラを見た。
「え? ああ、君に全部任せちゃおうかな。君の腕がどの程度なのかも知りたいし、俺のこと……天使様だなんて。まだ、お父さんに聞いてないの?」
彼はじっとローラの瞳を覗き込んで訊ねる。どこか力強いグレイの瞳に見つめられ、思わず視線を逸らす。じっと見つめられるのは苦手だ。
「こらこら、フェイ、うちの娘をあんまり苛めないでくれないか」
扉が開いたかと思うと、父の陽気な声が響いた。
「ああ、ジョージィ、久しぶり! すんごい会いたかったよ。近頃俺も仕事が忙しくてさ。あんま王都に来れなかったっていうか。あ、でも別荘買ったから暫くこっちで過ごす! 俺の領地、冬場寒すぎるし」
彼は早口でそう言って、父に近付き抱き合う。なんだか、一瞬二人が恋人同士なのではないかと疑いたくなるほど親密なしぐさだった。
「お父様……まさか……男の人と……」
ローラは動揺のあまり、とんでもない言葉を発してしまったと気付くまでに少し時間が掛かった。
「いや、まさか。俺はマリー一筋だよ。フェイは、俺が見習いの頃からの付き合いでね。あれ、ローラ、まだ会った事なかったっけ?」
父は忘れてたという顔をする。どうやらあえて紹介していなかったわけではなさそうだ。
「いや、会った事はあるよ。まだ凄い小さい時。うん。俺の腰より低い背丈の時にさ」
フェイはそう言って、またローラを見る。
「やっぱあの時の子だ。俺のこと、天使様ってさ。可愛いって言うか、純真って言うか、いくら俺が美しいからって、そんなに褒められると照れるって言うか……」
彼はまたうっとりと鏡に向かってしまう。何度も角度を変えて自分の容姿を確認する。それが不思議と滑稽に見えないのが彼の持ち味なのかもしれない。
天使ではなかったのだろうか。
「ああ、そういや、フェイ、あのあとローラを嫁に欲しいとか言ってなかったっけ」
父は少し懐かしそう笑うと、フェイはどこか嬉しそうに父に振り向く。
「え? くれるの? くれるんだったらこのまま貰って帰るけど」
彼はまるで土産物を貰うかのようにあっさりと言う。
「いや、あげないよ」
笑って答える父と、それに対しても笑みを崩さないフェイに、二人は随分仲が良いのだと窺える。
「うん、そうだと思った。ジョージィはローラを溺愛しすぎなんだって。このままじゃ本当にお嫁にいけなくなっちゃうよ?」
「レオナルドの後妻にしてもらおうと思ってたんだけどね」
「えー、ダメダメ、レオは俺の夫だし」
「それ以上言ったら、また君のところの使用人頭に怒られるんじゃないの?」
「今日は置いてきたから大丈夫」
二人は随分と楽しそうだ。
「う~ん、でも、ローラに他に恋人がいないなら、暫く口説きに通おうかな」
「俺がそれ許すと思ってる?」
父は笑っているせいで、言葉の意味が読みにくい。
「思ってる。うん。ローラは俺の嫁さんに貰う。ローラをその気にさせればいいんでしょ?」
なぜそうなったのか。ローラの気持ちなんて全く無視して二人の会話はどんどん続いていく。そもそも、あの二人の言葉が冗談なのか本気なのかさえ分からない。
少し怖くなりローラは思わず後ろに下がる。
「あー、ほらほら、フェイは顔が怖いんだからあんまり威嚇しないの」
「え? 俺の顔、怖い?」
フェイは慌てて訊ねる。
怖くは無い。けれども残念ながら彼が絶賛するほどは美しくないだろう。整ってはいる。素材は悪くない。奇抜な化粧も似合っている。けれども、彼の本当の魅力はそこではない。
なんというか、彼の全身からは人柄の良さが滲み出ている気がする。
鏡の前でキメ顔を作っていることが滑稽に思えるほど、彼の本質は外見じゃない。
「いえ……その、優しそうな方だなと……」
そう言うと、彼は瞬きをする。そして、少し照れたように、頬を薔薇色に染めた。
「え、そんな……こんなこと言われたの初めてなんだけど……」
「フェイは素行が悪いだの服装が奇抜すぎて頭までいかれてるだの散々言われてるからね」
父は笑って、フェイのスカートを引っ張った。ティアードスカートの広がりが美しい。
「その奇抜なの作ってるのジョージィなんだけど」
「うん。まさかおもむろに婦人服を手にとって自分で着ようとするとは思わなかったからね。しかも、入ったし。あれ、マリーに着せようと思って作ったんだけど、フェイ、あの頃細かったよね」
父は懐かしむように言う。彼のすごいところは自分の作った服を一点たりとも忘れずに完璧に記憶していると言うところだ。たとえ二十年前に一着作ったきりだったとしても、同じものを再現してしまうだろう。
「今でも細いよ。ちゃんと鍛えてるし。ああ、そうだ。ローラ、俺のスカート、君に任せる」
自分の腰周りに手を置いて、ほらっと、見せた後、フェイは思い出したようにそう言って、ぎゅっとローラの手を握る。
「ついでに俺との結婚も考えておいて」
「え?」
「……君となら、結婚してもやっていけるかもしれない」
彼はそう言って少し視線を逸らした。
「いくら最近じゃ見合い話すら来なくなったからって、俺の娘をそう簡単に口説かないでくれ」
父がにっこりと笑ってフェイの肩を叩く。
「いや、好みどんぴしゃなんだって」
「ローラ、騙されるな。こいつは若作りしてるけどアラフォーだぞ」
笑いながら言う父の言葉に思わず瞬きする。
え? 嘘。
そんな歳には見えない。
「え? よ、よん、じゅっさい?」
「いや、まだ三十八。なりたて。これホントだから! いや、確かに歳は離れてるけどさ……俺のこと怖くないって言ってくれる子久々に見たし……」
最近子供も寄って来ないと彼はへこんだように座り込む。
「フェイは人相悪いうえに服装が奇抜だから親が子供を近づけたくないんだよ」
子供好きなんだけどねと父は言う。
「ローラは、小さい時と変らず俺を天使様って呼んでくれるし……俺の服装のことも気持ち悪いって言わないし……凄くいい子だし……だから俺の嫁さんに下さい」
父の脚に縋るようにしがみつくフェイを、父は容赦なく振り払う。
「いやいや、ローラ次第だから、ね? ローラがどうしてもフェイがいいって言うなら、レオナルドの後妻にするのは諦めるけど、俺、フェイよりレオナルドの方がいい男だと思うんだよね」
「そりゃあ……レオは国王だから金も権力もあるけど……美しさなら、俺の方が……ってか俺の顔が俺好みです」
二人の会話に驚く。ローラはこんなにも自分の父を知らなかったのか。
「お父様……王様とも仲良しなの?」
「あ、言ってなかったっけ? フェイの幼馴染でね、時々お忍びでこの店にも来てるんだよ。ローラのこと可愛いって、王子の嫁に欲しいってよく言ってるけど、俺は王子はあんまり好きじゃないからレオナルドの後妻に推してたところ」
あっさりと自国の王子が好きではないと言い放つ父に戸惑う。
「ってか、王子は向いの店のお嬢さんに夢中でしょ」
「うん。それ。それなんだよ。あのカメリアって子さ、ローラのこと、あんまり好きじゃないみたいで……はぁ……歳も近いし仲良くしてくれた方が互いに商売やりやすいんだけどねぇ」
向いの店は伝統ある羽飾りの専門店だ。本来なら、アンダーソン洋品店は向かいの店から羽飾りを仕入れて帽子を仕上げるべきなのだが、何せ、店主同士の相性が悪い。というよりは、おそらく、母と向かいの店主の相性が悪いのだろう。アンダーソン洋品店で作る帽子には羽飾りは一切付いておらず、代わりにローラが一生懸命作った造花を使うことが多い。
「カメリアね、美人なんだけど、気が強すぎてなぁ。しかも、女装男は出入り禁止って……俺のは女装じゃないって言ったのに」
これは東の国をリスペクトしてるだけだと彼は言う。
ああなるほど。彼の好みが少し分かった気がする。
「袴、お好きですか?」
そう訊ねれば、なぜか父まで驚いた顔をした。
「あれ? 俺の好み、言ってたっけ?」
「いえ、シルエットが、そうなのかなって……」
ゆったりとしたライン。不思議と女性的ではないのだ。中性的な美しさではあるけれど、どこか男性らしさまで感じさせる。彼のシルエット全体に凛々しさを感じる。但し、姿勢はやや悪い。猫背は論外として、全体的に重心が傾きすぎている上に、背が高いのに、随分と腰の位置が低く見える姿勢を取っているのだ。
「もう、ここまできたら本当に、ローラを貰ってくしかない。ジョージィ頼むよ。絶対大事にするから。こんな可愛い子他にいないって」
まるで幼い子が親に玩具をねだるような口調で言うフェイに、父が苦笑した。
「……俺よりマリーの説得を考えてくれ。まぁ、貴族の家に嫁がせたがっていたマリーだから、侯爵家と聞けば大喜びだろうけど。ねぇ、ローラ? あのなんとかステンだかステンレスだかヘンな伯爵よりずっとフェイの方がいいと思うのだけど、彼のところに嫁ぐかい?」
父は珍しく少し真面目な顔で問う。
しかし、そんなに急に言われても、ローラは返事など出来そうに無い。
「その……私、まだ……」
「急がないよ。うん。暫く君の腕の確認も兼ねて通うから、じっくり俺を品定めしてよ」
フェイの言葉に驚く。
彼には貴族の強引さが無い。それどころか、なぜか、話しかけられると、安心する。
やっぱり、彼は天使なのではないかと思う。
善良すぎるオーラが全身から滲み出ているのだ。
「は、はい……」
思わず、頷いてしまう。
また、来てくれるという言葉に、とても安心した。
そう思ったことに、ローラは驚く。ああ、彼が帰ってしまうと思うと、もう会えないと思うととても悲しかったのだ。
「あ、あの……お待ちしてます。その……次までに、いくつかデザインを……」
「え? 明日また来ちゃうけど、大丈夫?」
彼は少し悪戯っぽく笑んだ。
「はいっ」
自分でも、驚くほど力強い返事をした。
ああ、初めての仕事だ。
嬉しい。それに、なによりも、天使様の服を作れるなんて。
喜びと誇らしさでいっぱいだ。
「じゃあ、今日のところは退散しようかな。ああ、ジョージィ久々に飲みにいこう? レオの部屋に窓から進入しようと思ってるんだけど」
「また衛兵に捕まっても知らないよ」
「大丈夫だって、俺とレオの仲だから」
「君と彼が……禁断の恋仲という噂が未だに絶えないのは、君のせいだと思うけど。頼むから、はやく女性と結婚して、わが国の不名誉な噂を消し去ってくれ」
父は頭を抱え込んだ。
そういえば、国王は若い頃、男性と結婚式を挙げたなどと噂がある。まさかその相手というのがフェイなのだろうか。
「あれ、冗談だって言ったのに……誰も信じれくれないってことは、やっぱ俺とレオってそういう仲に見えるのかねぇ? 俺はもうローラに出会った瞬間からローラしか頭に無いんだけど」
彼はそう言ってがっちりと父の手を掴んだ。
「ってことでお義父さん、よろしくおねがいします」
「なんか嫌だなぁ。フェイみたいな問題児が義理とは言え息子なんて」
父はそう言って、ローラに出かけてくるから店は閉めちゃってと言う。まだ、閉店には少し早いのにと不思議に思いつつ、きっと父も久々の友人との再会を喜んでいるのだろうと思い、大人しく従う。
それにしても、変わった人だった。ローラをからかいたかったのだろうか。
ただ、前にも会った事があると、彼は言っていたけれど、ローラは全く覚えていない。
そんなに小さい頃に会ったのだろうか。
綺麗な人だった。外見も華はあるけれど、それ以上に彼の全身から善良過ぎるオーラと優しさが滲み出ている。
少し、近付きすぎる人だとは思ったけれど、不思議と不快感はない。それどころか、なぜか彼がいるととても安心した。
居心地のいい人というのは存在すると聞いていたが、彼はまさにそんな人だ。恐らくは、父も、彼の傍が居心地がいいのだろう。社交的だけれども、あまり一人と長く関係は持たない父が見習い時代からの付き合いだというのだから。
明日、また彼に会える。そう思うと、妙に高揚してしまった。
なんと、小さいながらもローラの作業部屋まであるのだ。
ローラはあまり人と会って話をすることが得意ではない。じっとみつめられると、言葉が迷子になってしまったり、照れると手元が狂ってしまったりすることが多々ある。そんなローラが一人で籠もって作業できる部屋があるのは嬉しい。
更に三階の住居スペースに作られたローラの部屋の天井には、王都で最近流行の絵師が天使の絵を描いてくれた。父はそれを見て苦笑したけれど、ローラとしては一番そこが気に入っている。なんといっても毎日天使様に見守ってもらえるのだ。
しかし、良いことばかりではない。一等地に移転したことにより、店は一層繁盛してしまい、人手不足で人見知りのローラまで店番をしなくてはいけなくなってしまったのだ。とは言っても、順番待ちのお客様の案内程度なのだが、それでもローラは緊張してしまう。特に祭りの近い今、新しいドレスや花飾りを作ろうとする人が多いのだ。
店が繁盛すること自体は喜ばしい。けれども接客の仕事は苦手だ。
ローラも夜には仕立ての手伝いをするし、小さな花飾りは一つ一つ手作業で作っても時間が足りない。仕上がったものを買っていくお客様も多いが、金持ちになればなるほど、我侭な要望を押し付けてくる。オーダーメイドは、職人の腕が試されるのだ。
ローラも数点花飾りの依頼を受けたけれど、気難しいお嬢様は色だの形だの大きさだの、最初の注文とは変えてころころと無理難題を押し付けてくる。
気が滅入る。好きなものだけ作っていたいのに。
ローラの感性は、職人というよりは芸術家向きだ。人に服を合わせるのではなく、服に人を合わせる。緻密な計算より、ひらめきが重要だと思っている。
ただ、ローラのひらめきで作る品は奇抜すぎると貴族の受けが悪い。唯一、ローラの作る品を気に入ってくれるのは、まだ父が駆け出しの頃から贔屓にしてくれているという父の友人の侯爵様だけなのだが、ローラは未だに彼と会ったことがない。
彼はいつもローラが作業をしている時間に来て、いつの間にかいなくなっているか、ローラが寝てしまった後に父を連れ出していくかのどちらかなのだ。
もしかすると、父がローラを侯爵様に会わせたくないのかもしれないなどと考えてしまうが、父の性格からして、それはないとだろう。
父は、社交的で明るくて、人を笑わせることが好きだ。それでいて、どこか照れ屋で、照れ隠しで笑いに持っていこうとする節がある。特に長い付き合いのある二人の友人のことは親戚のような付き合いだと言い、本来は彼の身分では知り合うことがないであろう侯爵様ともどういうわけかそんな関係らしい。住み込みで王宮仕えをしている母は少し生真面目で厳しい人だけれども、父の傍は安心できると週に一度は王宮から戻ってくる。
ローラはと言うと、父の照れ屋と母の生真面目さばかりを引き継いでしまって、とても社交的とは言えないし、いつだって自分に自信を持てずにいる。女の子らしいふわふわとした可愛いものよりもかっちりと硬い素材が好きで、意識的に鎧を模ったような服ばかりを作っているかもしれない。男性的な装いを少し女性的に仕立てる。これからの時代の装いは性別に縛られるべきではないというのがローラの持論だが、それは当面このテルプロミーズでは受け入れられないだろう。
コルセットではなく、ベストの方が好きだ。少し、女性的に細い線を取り入れて、体の線に沿わせる。ジャケットは、男性の肩の張った形を意識して、少し細身に。ただ、パンツスタイルは母が許してはくれないので、自然とロングスカートばかり穿くようになる。
近頃は、短く膝を出すような丈のスカートが庶民の若い女性の間では流行になりつつあるけれど、まだ貴族の女性にまでは広まっていない。
アンダーソン家は爵位こそは無いが、そこらの貴族よりはずっと金を持っている。そのせいか、母はローラに貴族の娘のような教養と品位を求める。いつかは貴族の家に嫁がせるつもりなのだろう。しかし、ローラがそれを受け入れられるかは別の話だ。
いや、それ以前に貴族がローラなど相手にするだろうか。寄って来たとしてせいぜい金目当ての貧乏貴族だろう。
ローラは溜息を吐いて、陳列する小物を取るために立ち上がる。
壁一面の棚に、まだ、箱に入れられたままの帽子やコサージュやブローチ、髪飾りや付け袖などが入っている。細い梯子を上り、箱を一つ手に取り、下りようとしたとき、人の気配に驚いてよろけてしまう。
「危ない」
男の声だった。
慌てたようにローラを受け止めた腕は、とても逞しく、驚いて声の主を見る。
「……天使様……」
まるで絵画の中から飛び出たような美しい男性だった。かろやかな長髪は、風の流れを感じさせるように整えられており、目の下にきらきらとした宝石のようなものを付けている。どうやら化粧をしているらしかった。
テルプロミーズでは化粧をする男性は珍しい。舞台の役者か特別な席での貴族くらいしか化粧はしないだろう。
一瞬驚いた顔をした彼は、すぐに笑って怪我はないかと訊ねる。ローラはただ、頷くことしかできなかった。
「今日は、君一人?」
彼はなぜかローラを抱えて訊ねる。
「は、はい……その、父は……二階でお客様の採寸を……」
そう言うと、なぜか彼は少し考え込む。一体なにを考えているのだろう。あまりに美しい姿に、ローラの思考はどんどん薄れてしまう。
「じゃあ、君に頼もうかな」
彼はそう言って、ローラを椅子に座らせた。
立っている彼はすらりと背が高くて、細い。フリルやレースで覆われた、豪華な袖と、パンツの上から重ねられた三段フリルのスカートが妙に似合っている。なにより彼の姿は、ローラの部屋の天井画から飛び出してきたかのように見えた。
「新しい、スカートが欲しいんだけど、君が作ってくれる?」
「へ?」
突然の言葉にローラは耳を疑う。
そもそもまだ半人前のローラに服を依頼する客は居ない。それに、男性からスカートの依頼を受けるのは初めてだった。
「他の店だとどこも俺のスカートは作らないって断るんだ」
少し寂しそうに言う彼に困惑する。
「あ、あの……男性なのに、スカートを穿くのですか?」
これは、もしや、ローラの理想とする人なのではないかと期待してしまう。
そう、ローラはメンズスカートの流行を心から望んでいるのだ。服に男も女も関係ない。着たいものを着るのが一番いいに決まっている。
なにより、男性がもっと積極的にスカートを穿いてくれれば、もっと女性がパンツスタイルを楽しみやすくなる。
「ヘン? みんな俺は奇抜すぎるって言うけどさ、みんなと同じ格好ってつまんないじゃん。それに、俺ってやっぱ何着ててもカッコイイし」
彼はそう言っていつの間にか自分の姿を鏡で確認している。
「なんか、ずっと、こう見ていたくなるって言うか……」
ああ、この人はものすごく自分が好きなんだなと少し呆れてしまう。しかし、そのくらいの方がいいのかもしれない。人と違うことをすることを恐れないにはまず自分が一番自分を好きでなければいけない。
「それで、天使様は、その……どんなスカートをお望みでしょうか?」
訊ねると、彼は鏡の前で少し髪を直してからローラを見た。
「え? ああ、君に全部任せちゃおうかな。君の腕がどの程度なのかも知りたいし、俺のこと……天使様だなんて。まだ、お父さんに聞いてないの?」
彼はじっとローラの瞳を覗き込んで訊ねる。どこか力強いグレイの瞳に見つめられ、思わず視線を逸らす。じっと見つめられるのは苦手だ。
「こらこら、フェイ、うちの娘をあんまり苛めないでくれないか」
扉が開いたかと思うと、父の陽気な声が響いた。
「ああ、ジョージィ、久しぶり! すんごい会いたかったよ。近頃俺も仕事が忙しくてさ。あんま王都に来れなかったっていうか。あ、でも別荘買ったから暫くこっちで過ごす! 俺の領地、冬場寒すぎるし」
彼は早口でそう言って、父に近付き抱き合う。なんだか、一瞬二人が恋人同士なのではないかと疑いたくなるほど親密なしぐさだった。
「お父様……まさか……男の人と……」
ローラは動揺のあまり、とんでもない言葉を発してしまったと気付くまでに少し時間が掛かった。
「いや、まさか。俺はマリー一筋だよ。フェイは、俺が見習いの頃からの付き合いでね。あれ、ローラ、まだ会った事なかったっけ?」
父は忘れてたという顔をする。どうやらあえて紹介していなかったわけではなさそうだ。
「いや、会った事はあるよ。まだ凄い小さい時。うん。俺の腰より低い背丈の時にさ」
フェイはそう言って、またローラを見る。
「やっぱあの時の子だ。俺のこと、天使様ってさ。可愛いって言うか、純真って言うか、いくら俺が美しいからって、そんなに褒められると照れるって言うか……」
彼はまたうっとりと鏡に向かってしまう。何度も角度を変えて自分の容姿を確認する。それが不思議と滑稽に見えないのが彼の持ち味なのかもしれない。
天使ではなかったのだろうか。
「ああ、そういや、フェイ、あのあとローラを嫁に欲しいとか言ってなかったっけ」
父は少し懐かしそう笑うと、フェイはどこか嬉しそうに父に振り向く。
「え? くれるの? くれるんだったらこのまま貰って帰るけど」
彼はまるで土産物を貰うかのようにあっさりと言う。
「いや、あげないよ」
笑って答える父と、それに対しても笑みを崩さないフェイに、二人は随分仲が良いのだと窺える。
「うん、そうだと思った。ジョージィはローラを溺愛しすぎなんだって。このままじゃ本当にお嫁にいけなくなっちゃうよ?」
「レオナルドの後妻にしてもらおうと思ってたんだけどね」
「えー、ダメダメ、レオは俺の夫だし」
「それ以上言ったら、また君のところの使用人頭に怒られるんじゃないの?」
「今日は置いてきたから大丈夫」
二人は随分と楽しそうだ。
「う~ん、でも、ローラに他に恋人がいないなら、暫く口説きに通おうかな」
「俺がそれ許すと思ってる?」
父は笑っているせいで、言葉の意味が読みにくい。
「思ってる。うん。ローラは俺の嫁さんに貰う。ローラをその気にさせればいいんでしょ?」
なぜそうなったのか。ローラの気持ちなんて全く無視して二人の会話はどんどん続いていく。そもそも、あの二人の言葉が冗談なのか本気なのかさえ分からない。
少し怖くなりローラは思わず後ろに下がる。
「あー、ほらほら、フェイは顔が怖いんだからあんまり威嚇しないの」
「え? 俺の顔、怖い?」
フェイは慌てて訊ねる。
怖くは無い。けれども残念ながら彼が絶賛するほどは美しくないだろう。整ってはいる。素材は悪くない。奇抜な化粧も似合っている。けれども、彼の本当の魅力はそこではない。
なんというか、彼の全身からは人柄の良さが滲み出ている気がする。
鏡の前でキメ顔を作っていることが滑稽に思えるほど、彼の本質は外見じゃない。
「いえ……その、優しそうな方だなと……」
そう言うと、彼は瞬きをする。そして、少し照れたように、頬を薔薇色に染めた。
「え、そんな……こんなこと言われたの初めてなんだけど……」
「フェイは素行が悪いだの服装が奇抜すぎて頭までいかれてるだの散々言われてるからね」
父は笑って、フェイのスカートを引っ張った。ティアードスカートの広がりが美しい。
「その奇抜なの作ってるのジョージィなんだけど」
「うん。まさかおもむろに婦人服を手にとって自分で着ようとするとは思わなかったからね。しかも、入ったし。あれ、マリーに着せようと思って作ったんだけど、フェイ、あの頃細かったよね」
父は懐かしむように言う。彼のすごいところは自分の作った服を一点たりとも忘れずに完璧に記憶していると言うところだ。たとえ二十年前に一着作ったきりだったとしても、同じものを再現してしまうだろう。
「今でも細いよ。ちゃんと鍛えてるし。ああ、そうだ。ローラ、俺のスカート、君に任せる」
自分の腰周りに手を置いて、ほらっと、見せた後、フェイは思い出したようにそう言って、ぎゅっとローラの手を握る。
「ついでに俺との結婚も考えておいて」
「え?」
「……君となら、結婚してもやっていけるかもしれない」
彼はそう言って少し視線を逸らした。
「いくら最近じゃ見合い話すら来なくなったからって、俺の娘をそう簡単に口説かないでくれ」
父がにっこりと笑ってフェイの肩を叩く。
「いや、好みどんぴしゃなんだって」
「ローラ、騙されるな。こいつは若作りしてるけどアラフォーだぞ」
笑いながら言う父の言葉に思わず瞬きする。
え? 嘘。
そんな歳には見えない。
「え? よ、よん、じゅっさい?」
「いや、まだ三十八。なりたて。これホントだから! いや、確かに歳は離れてるけどさ……俺のこと怖くないって言ってくれる子久々に見たし……」
最近子供も寄って来ないと彼はへこんだように座り込む。
「フェイは人相悪いうえに服装が奇抜だから親が子供を近づけたくないんだよ」
子供好きなんだけどねと父は言う。
「ローラは、小さい時と変らず俺を天使様って呼んでくれるし……俺の服装のことも気持ち悪いって言わないし……凄くいい子だし……だから俺の嫁さんに下さい」
父の脚に縋るようにしがみつくフェイを、父は容赦なく振り払う。
「いやいや、ローラ次第だから、ね? ローラがどうしてもフェイがいいって言うなら、レオナルドの後妻にするのは諦めるけど、俺、フェイよりレオナルドの方がいい男だと思うんだよね」
「そりゃあ……レオは国王だから金も権力もあるけど……美しさなら、俺の方が……ってか俺の顔が俺好みです」
二人の会話に驚く。ローラはこんなにも自分の父を知らなかったのか。
「お父様……王様とも仲良しなの?」
「あ、言ってなかったっけ? フェイの幼馴染でね、時々お忍びでこの店にも来てるんだよ。ローラのこと可愛いって、王子の嫁に欲しいってよく言ってるけど、俺は王子はあんまり好きじゃないからレオナルドの後妻に推してたところ」
あっさりと自国の王子が好きではないと言い放つ父に戸惑う。
「ってか、王子は向いの店のお嬢さんに夢中でしょ」
「うん。それ。それなんだよ。あのカメリアって子さ、ローラのこと、あんまり好きじゃないみたいで……はぁ……歳も近いし仲良くしてくれた方が互いに商売やりやすいんだけどねぇ」
向いの店は伝統ある羽飾りの専門店だ。本来なら、アンダーソン洋品店は向かいの店から羽飾りを仕入れて帽子を仕上げるべきなのだが、何せ、店主同士の相性が悪い。というよりは、おそらく、母と向かいの店主の相性が悪いのだろう。アンダーソン洋品店で作る帽子には羽飾りは一切付いておらず、代わりにローラが一生懸命作った造花を使うことが多い。
「カメリアね、美人なんだけど、気が強すぎてなぁ。しかも、女装男は出入り禁止って……俺のは女装じゃないって言ったのに」
これは東の国をリスペクトしてるだけだと彼は言う。
ああなるほど。彼の好みが少し分かった気がする。
「袴、お好きですか?」
そう訊ねれば、なぜか父まで驚いた顔をした。
「あれ? 俺の好み、言ってたっけ?」
「いえ、シルエットが、そうなのかなって……」
ゆったりとしたライン。不思議と女性的ではないのだ。中性的な美しさではあるけれど、どこか男性らしさまで感じさせる。彼のシルエット全体に凛々しさを感じる。但し、姿勢はやや悪い。猫背は論外として、全体的に重心が傾きすぎている上に、背が高いのに、随分と腰の位置が低く見える姿勢を取っているのだ。
「もう、ここまできたら本当に、ローラを貰ってくしかない。ジョージィ頼むよ。絶対大事にするから。こんな可愛い子他にいないって」
まるで幼い子が親に玩具をねだるような口調で言うフェイに、父が苦笑した。
「……俺よりマリーの説得を考えてくれ。まぁ、貴族の家に嫁がせたがっていたマリーだから、侯爵家と聞けば大喜びだろうけど。ねぇ、ローラ? あのなんとかステンだかステンレスだかヘンな伯爵よりずっとフェイの方がいいと思うのだけど、彼のところに嫁ぐかい?」
父は珍しく少し真面目な顔で問う。
しかし、そんなに急に言われても、ローラは返事など出来そうに無い。
「その……私、まだ……」
「急がないよ。うん。暫く君の腕の確認も兼ねて通うから、じっくり俺を品定めしてよ」
フェイの言葉に驚く。
彼には貴族の強引さが無い。それどころか、なぜか、話しかけられると、安心する。
やっぱり、彼は天使なのではないかと思う。
善良すぎるオーラが全身から滲み出ているのだ。
「は、はい……」
思わず、頷いてしまう。
また、来てくれるという言葉に、とても安心した。
そう思ったことに、ローラは驚く。ああ、彼が帰ってしまうと思うと、もう会えないと思うととても悲しかったのだ。
「あ、あの……お待ちしてます。その……次までに、いくつかデザインを……」
「え? 明日また来ちゃうけど、大丈夫?」
彼は少し悪戯っぽく笑んだ。
「はいっ」
自分でも、驚くほど力強い返事をした。
ああ、初めての仕事だ。
嬉しい。それに、なによりも、天使様の服を作れるなんて。
喜びと誇らしさでいっぱいだ。
「じゃあ、今日のところは退散しようかな。ああ、ジョージィ久々に飲みにいこう? レオの部屋に窓から進入しようと思ってるんだけど」
「また衛兵に捕まっても知らないよ」
「大丈夫だって、俺とレオの仲だから」
「君と彼が……禁断の恋仲という噂が未だに絶えないのは、君のせいだと思うけど。頼むから、はやく女性と結婚して、わが国の不名誉な噂を消し去ってくれ」
父は頭を抱え込んだ。
そういえば、国王は若い頃、男性と結婚式を挙げたなどと噂がある。まさかその相手というのがフェイなのだろうか。
「あれ、冗談だって言ったのに……誰も信じれくれないってことは、やっぱ俺とレオってそういう仲に見えるのかねぇ? 俺はもうローラに出会った瞬間からローラしか頭に無いんだけど」
彼はそう言ってがっちりと父の手を掴んだ。
「ってことでお義父さん、よろしくおねがいします」
「なんか嫌だなぁ。フェイみたいな問題児が義理とは言え息子なんて」
父はそう言って、ローラに出かけてくるから店は閉めちゃってと言う。まだ、閉店には少し早いのにと不思議に思いつつ、きっと父も久々の友人との再会を喜んでいるのだろうと思い、大人しく従う。
それにしても、変わった人だった。ローラをからかいたかったのだろうか。
ただ、前にも会った事があると、彼は言っていたけれど、ローラは全く覚えていない。
そんなに小さい頃に会ったのだろうか。
綺麗な人だった。外見も華はあるけれど、それ以上に彼の全身から善良過ぎるオーラと優しさが滲み出ている。
少し、近付きすぎる人だとは思ったけれど、不思議と不快感はない。それどころか、なぜか彼がいるととても安心した。
居心地のいい人というのは存在すると聞いていたが、彼はまさにそんな人だ。恐らくは、父も、彼の傍が居心地がいいのだろう。社交的だけれども、あまり一人と長く関係は持たない父が見習い時代からの付き合いだというのだから。
明日、また彼に会える。そう思うと、妙に高揚してしまった。
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