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フェイ 3
しおりを挟むローラには酷いことをしてしまったと思っている。けれども、結果を思えば緩む頬が止められない。
御伽話だってそうそうこんなにも幸せな結末にはならないだろうと思う程度にはフェイは浮かれている。
「……フェイ、アンリが相当悔しがっているぞ。そのうち焼き討ちに行くかもしれん」
レオナルドが当然のように別邸の談話室で寛いでいる。彼は元々驚くことが少ないとは言えフェイに生えてしまった翼を見ても特に驚きもせず、それよりも不安定になった姪のことで頭がいっぱいだという様子だ。
「いや、ついさっき奇襲を仕掛けられたよ。俺も大人気なく一瞬本気出しちゃったしなぁ……いや、アンリ腕上げたね。油断したらホントに殺されそうだ」
まだなんとか勝てた。けれども次は難しいかもしれない。
本当に彼女は女性なのかと疑いたくなるほどの剣の腕だ。それに常に的確に急所を狙ってくる。相当慣れているはずだ。
「……お前は、よくアンリに仕掛けられて笑っていられるな」
レオナルドは呆れたようにそう言って、勝手に使用人に酒を催促する。これもまた見慣れた光景だ。それを見越して彼の好みに合わせた酒を常備しておく程度には。
「それにしても、ジョージィが、いや、マリーの方だな。よく許したな」
くっくっくと面白そうに笑う光景は、相当あの二人のこともからかって楽しんだ後なのだろう。
「実はマリーが提案してくれたんだ。俺が故郷に帰って諦める程度なら嫁には出さないって。なんとかって別の貴族との縁談を進めるって言われた。いや、会えば思い出すけど、なんって言ったかな……顔は思い出したけど……まあ、ローラより少し年上の貴族のお坊ちゃん。それで、領地に帰ったらもう王都には来ないって。冬までは、のつもりで言ったらローラってば一生会えないと思っちゃったみたいで凄く必死だったよ」
悪いことをしてしまった。それでも、必死に追いかけてくれた姿が本当に健気で愛らしく、それと同時に怪我をさせてしまったことを申し訳なく思う。
「あの子の魔力は知ってはいたが……まさか本当にお前を天使と信じ続けているとはな」
レオナルドはまじまじとフェイの背中からどうやって生えているのか仕組みのわからない翼を観察する。
「動くのか?」
「いやぁ、動かし方がわからないっていうか、服の脱着に影響はないけど、寝るときにちょっと邪魔っていうか……ローラに頼んだら仕舞えるようになるのかな?」
驚くことに本当に物理的な翼なのだ。しかし、今のところ実用性がないところか不便しかない。
仰向けで眠れない。動くときに物を落とさないように気をつけなくてはいけない。
見た目は美しいが、この翼はそこそこ不便だ。
それでも、ローラが喜ぶのであれば多少の不便は我慢する。ついでに肖像画を描きたいという画家が既に五人ほど声を掛けてきた。どこから噂が漏れたのだろう。
「魔術の基礎訓練もろくに受けていないようだからな。まぁ、魔術師でも目指さない限り普通は訓練も必要にないが……アンリという例外がいるな……」
レオナルドは姪を思い浮かべたのだろう。頭を抱える。
「男に生まれてくれればどんなによかったかと……日々思う」
「あー……剣の腕もだけど、軍師の才も恵まれてるもんなぁ。最近じゃアンリを女だからと舐めるやつも減ったんじゃない?」
「それでも年に数度は揉める。さっさとあれを嫁に出せと突かれてな。未だ独身のフェイに押しつけようとも考えていたが……どうも恋人が居るらしい」
レオナルドは溜息を吐く。
その様子はかわいい姪が嫁ぐことを惜しむ様子と言うよりは、純粋に相手の男になにか問題があると告げているようだ。
「そう言えばよくアレックスとかいう男の話をしているな」
構って貰えないから代わりにローラのところに来たと言っているところを何度か目撃している。上手くいっていないのかもしれない。
アンリのあの性格に付き合うのは大変だと思うが、あの性格だからこそ浮気なんかしたらどんな目に遭うかと考えてしまうのではないだろうか。そうは思うが、相手の男がそれもわからないほど愚か者の可能性がないとは言い切れない。
「……ああ……あまり良い噂を聞かない。しかし、アンリだ。言っても聞かないだろう。好きにさせておくべきだと思ったが、傷つくのはあの子だ」
せめてローラが留まってくれればと恨めしそうに言われてしまうがこればかりはフェイも譲ることができない。
「俺の方が先にローラに目をつけていたんだ。今更譲る気もないよ」
そりゃあフェイだってアンリのことはかわいい。本当に小さい頃からよく知っている。実の姪くらいには思っている。けれども、ローラはそれ以上に大切だ。やっとの思いで求婚を受け入れて貰えたのだから今更手放したりなんてしない。
「わかってる。だが……近々問題を起こすかもしれん。その時に、止める手助けくらいはしろ」
最早アンリが問題を起こすことは決定事項らしい。その兆候でもあるのだろうか。
確かに、アンリは極端な性格だ。誰もが知っている。
「俺の命を狙ってくるくらいならまだかわいい方ってことかな?」
問題は相手の男だろうと予測する。本当にアンリの性格を理解出来ていない愚か者だったようだ。相手の男が浮気なんてしていたら、きっと相手の女の一族残らず皆殺し、いや、標本かなにかにされてしまうかもしれない。
「俺としては素直に結婚を祝って欲しいんだけどな」
「相手が我が子ほどの年頃でなければ祝福くらいしてやったが……ジョージィの娘だぞ? 俺の娘も同然だろう。婿いびりは基本だ」
「ええっ? 俺、ジョージィからもレオからもいびられるの?」
勿論、レオナルドが冗談で言っていることは理解している。それでも、やはりそれなりに覚悟はしておかなくてはいけないだろう。
「当然だ。それにしても、興味深い魔力だな……アンリのことを軍神と呼んでいるらしいから……ローラの中で天使と軍神、どちらが強いのだろうな」
にやにやと笑うレオナルドに、フェイは背筋が凍りそうになる。
つまり、ローラが軍神の方が強いと確信した時点でフェイはアンリに勝ち目がなくなってしまう。
「こ、怖いこと言わないでよ。ってかレオの大事なアンリでしょ? ちゃんと首輪で繋いどいてよ」
「残念ながら錆びているようだ。脆い」
完全に制御は出来ないとレオナルドは溜息を吐く。
「……アンリも連れて行かないか?」
とんでもない提案だ。
「嫌だよ。毎日命を狙われそうだ」
そもそも新婚でおまけ付きだなんて嫌だと告げればレオナルドは笑う。
「わかってる。ああ、翼があるうちにお前の肖像画を描きたい画家が大勢居るから予約を取っておいたぞ」
真面目な顔で言われてしまい、どこまで本気かわからない。
「もういいよ。全員同じ時間に集めればいいんでしょ? 慣れてる」
見た目には自信がある。描かれているのにも慣れている。
けれども、現状は少しだけ落ち着かない。
折角ローラが長年信じて与えてくれた翼をこんな扱いでいいのだろうか。
「ああ、ローラに贈る分も描かせるからそのつもりで」
「なっ、それは思いっきりめかし込まないといけないやつ!」
確かマリーを拝み倒して作って貰った服が……と考えたところで、ローラが作ってくれた服を思い出す。
「ローラの作品着てた方がローラ喜ぶかな?」
「だろうな」
レオナルドはまるで弟を見守るような表情をしている。
結局、彼から見ればフェイは歳の離れた弟のような存在なのかもしれない。
「はー、アンリはどこで育て間違えたか……昔はあんなにかわいかったのに……いや、今も伯父上伯父上と可愛らしいが……どこでどう間違えれば若いお嬢さんばかり口説き落とそうとする娘に育ってしまうのか……」
完全に酔いが回っているらしいレオナルドは完全に姪馬鹿の伯父になっている。彼は自分の息子以上に姪がかわいいのだから仕方がない。
「普通の結婚で幸せになって欲しいと思っていたが……やはり法をねじ曲げてでも俺の妻に……」
酔った勢いだと思い込みたいほどとんでもないことを口にしてくれる。
「アンリはそう言う愛情表現じゃないよ」
流石に伯父と姪は問題だろうと告げれば、少し潤んだ瞳を向けられる。
「だが、未だに膝の上に乗って来るぞ? 機嫌がいいときは頬に口づけまでしてくれる」
それはあんたが甘やかして「ほっぺにちゅー」で大抵のおねだりに応えてきたからだろうという言葉をぐっと飲み込む。あれは、レオナルド唯一の愚行とでも言うべきだろうか。賢王になれるレオナルドの唯一の弱点がアンリだと言われてしまうほどの姪馬鹿なのだから。
酔っ払いになにを言っても無駄だ。
フェイは客室を用意させ、レオナルドの侍従にこの酔っ払いを預かることを告げ、王宮宛に手紙を書いた。
レオナルドだって人間だ。たまには、羽目を外したがっていることくらいわかる。
かわいくて仕方がない姪が不安定になっているのだから参っている部分もあるのだろう。
しばらくはフェイも側で支えることはできない。だからこそ。
独身最後に、そんな彼に付き合うのも悪くないなどと考え、フェイもグラスに手を伸ばした。
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