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終
しおりを挟む結婚式はごく少人数で密やかに行われた。と言うのも、ローラの父ジョージィと国王の関係をあまり公にするべきではないと考える人が多いからだ。
平民であるジョージィが国王と親しすぎることが知れ渡るのは問題だし、なによりそれを理由にローラを利用しようと近づく者が現れるかもしれない。そう説明を受けたローラも納得した。
婚礼装束はアンダーソン洋品店が今まで手がけたものの中でも一二を争う素晴らしい品で、ローラは思わず涙を流したことを強く覚えている。一流の職人である両親が生涯の最高傑作と称しても納得できるほどの品だった。
そして、婚姻届に署名を済ませ、そのまま馬車でルチーフェロ侯爵領へ向かったのが一週間ほど前の話だ。
侯爵家でローラはとにかく歓迎され、使用人一同涙ぐんだ状態で出迎えられたときは困惑し、なにか恐ろしい物のように感じられ思わずフェイの後ろに隠れた。しかし、彼らは余程フェイの結婚を強く望んでいたらしい。ここでもう一度簡易な結婚式を行われた。
当然のように、何人もの画家が集まり、ローラとフェイを描いていく。
翼の生えたままのフェイはまさにローラが信じ続けたその姿だ。
「ごめんね。慣れるまで落ち着かないよね」
「いえ、皆さんとても歓迎してくださっていて……その……」
申し訳ない気持ちになってしまいそうだ。
そもそもローラは平民なのだから貴族の家に嫁ぐなんて普通はありえない。けれども、国王の後ろ盾がある。
一体父はどういう立場なのかと不思議に思うことも多いが、少なくともルチーフェロ侯爵家はローラを歓迎してくれている。それと、沢山の芸術家達も。
「……その……リオが俺とローラの絵を描きたいって……既に屋敷で待ち構えてたんだけど、断った方がいいかな?」
おだてられてまた負けたのであろうフェイが困り果てたように笑う。
「いえ、その、私も……リオの絵は好きですから」
天使様の肖像であればいくら増えても嬉しい。ずっと彼の絵と共に育ったようなものだ。
「そっか。よかった。じゃあ、あっちの部屋に準備させるよ」
フェイは使用人らしき男性になにかを指示すると、ローラの手を取って歩き出す。
「この部屋はね、いろんな芸術家が出入りするんだ。やっぱり画家が多いかな。彫刻家も時々来るよ」
ゆっくり扉を開けられた部屋に入ればローラが見たこともないような美しい装飾の部屋が広がっている。さらにそこに王族が座るのではないかと言うほど豪華な椅子が運び込まれてきた。
「いやぁ、天界の雰囲気を出すにはぴったりだね。ローラ、座って」
まるでその部屋の主は自分だと言わんばかりにリオがそう口にしたのでローラは目を丸くする。
「あの、いったい……」
「ああ、リオはだいたいうちで俺の絵を描いてるから。ここはほぼリオが占領してるな。他の部屋はジャンが使ったり、他の画家や芸術家も来たりするけど、ここはほぼリオ」
フェイは慣れた様子で言う。
「フェイはおだてたらすぐに調子に乗っちゃうからね。いい支援者だとは思うけど、ローラ、フェイが流されすぎないように護ってあげてね」
リオは悪戯っぽく笑う。自分は散々利用しているくせに調子のいい人だ。
けれども不思議とリオという人は嫌な感じがしない。むしろ、利用されてもいいのではないかと考えさせられてしまう。きっとそういう魔力持ちなのだろう。
「それにしても、翼かぁ……最初に見た時は驚いたけど、飛べるの?」
リオは興味深そうにフェイの背中を見る。どういう構造なのか確認しようとする辺りは画家の習性なのかもしれない。
「いや、正直動かし方がわからないって言うか……人間の筋力じゃ翼があっても空飛べないんじゃない? ほら、鳥って見た目よりもムキムキだって話だし」
フェイは真剣に自分の背の翼を見ながら言う。
「飛べないのですか?」
「え? ローラは飛んで欲しい?」
「はい」
天使様は空からやってくるのだから当然飛べるはずだ。そう考え、万が一失敗したらフェイは大怪我をしてしまうのではないかと思い直す。
新婚早々未亡人になるのは避けたい。
「まだ実感が湧きませんが……フェイ様は……私の夫となったのですからその……つまり、地上では人間の生活をしなくてはいけないのですよね?」
「あー……えっと……」
フェイは困惑し、それから一瞬リオに視線を向けたが、リオは曖昧に笑うだけだった。
「あー、そうだね。うん。俺はもうローラに心を囚われちゃったから天界には帰れないかな」
だからもう、翼は要らないよと優しい笑みを見せられる。
「ずっとローラの側に居るから、俺にはもう翼は必要ないよ」
「……フェイ様……」
ぎゅっと手を握られた瞬間、フェイの背の翼が羽根を散らして消えていく。
「あー! ちょっと、翼があるところを描きたかったのに!」
なんで消えちゃうのとリオが慌て出す。
一体どういうことなのだろう。旧に翼が消えてしまうなんて。
「え? あ、ほんとだ。けど、なくたってリオ、いっつも勝手に描くでしょ」
一瞬だけ驚き、そして柔らかく笑う姿。
それはいつも見守ってくれていた天井画とは少し違う、年上の優しい男性の姿に見える。
けれども、あの赤の中の天使様もまた彼だと確信している。どちらもローラの好きなフェイなのだ。
「それに、俺から見ればローラの方がずっと天使なんだけどな」
じっと見つめられ、どきりとする。そんな風に考えたことなんてなかった。
「じゃあ、二人とも天使、ということでいいかな?」
そう笑ったリオが描いたのは手を重ねた二人の天使の姿だった。
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