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押しかけ助手の京子さん
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「ちょっとヴィーノさん! この助手仕事中に居眠りしてますよ! ってかヴィーノさんも締切前なんですから昼寝してる場合じゃないでしょう!」
ガミガミと説教が響く。
今どこにいるのだろうと現状を確認すれば、田中邸の居間で二人と二匹仲良く居眠りをしていたらしかった。
押しかけ助手さんは私が相当気に入らないらしく、助手のくせに居眠りをして仕事をしていないと田中さんに言いつけている。
実際、居眠りをしていたのは事実だ。
「……京子くん……少し声を落としてくれ……あと、早希ちゃんは居眠り病なんだ。気にするな」
勝手に病気にされてしまった。
あまり嘘を吐くことが得意ではなさそうな田中さんが、なんとか押しかけ助手さんを納得させようと嘘を並べている。
「こんなすぐ居眠りするような子はヴィーノさんの助手には相応しくありません!」
押しかけ助手さんは田中さんに掴みかかっている。
なんだこれ。浮気をバレた現場?
「……きょうこさんはかげきだから……」
探偵猫が困り果てた顔をしている。そんな中、二度寝しようとしているたいやきさんは流石としか言いようがない。
こっちのたいやきさんは痩せているから体力がないのかもしれないけれど。
押しかけ助手さんは嫌がる田中さんを乱暴に引きずって書斎に向かう。なんとしてでも今日中に探偵ものの原稿を仕上げてもらうなんて無茶なことを言っていた。
というか、それって……。
「田中さんが向こうで完成させた原稿じゃ……」
またあれを書くのかと絶望していたあれだ。
可哀想だから、田中さんの分のプリンも買ってきてあげよう。
ついでにシュークリームを添えたら血生臭い完成原稿を片方くらい貰えないだろうか。
そんなことを考えながら、探偵猫とふたりで洋菓子店へ向かうことにした。
「京子さんってどういう人なんですか?」
帰り道で探偵猫に訊ねる。
「うん? あー、かげきなにんげんさんだよ。たくやさんのふぁんっていきものなんだって」
よくわからないけれどと彼は添える。
「すいりしょうせつがだいすきで、たんていにあこがれているらしいよ。かぎやぶりがとくいでね。あと、たくやさんはよくとうちょうされているっていっているよ」
盗聴? 鍵破り?
え? それって……。思いっきり犯罪行為じゃん。
「えっと……もしかして、彼女、田中さんのストーカー?」
「あー、どうだろう? たくやさんはしつこいつきまといっていっているけれど……」
そんな相手にお給料を払ってしまう田中さんっていい人過ぎるって言うか怖くて逆らえないだけなのでは……。
一応田中さんがお世話になっている人だしとケーキを買ってしまった自分を愚かだと思う。
「……田中さん、引っ越したほうがいいんじゃ……」
鍵破りに盗聴までするストーカー付き住宅はまずい。
ってか、田中邸に住み込む私も命が危ない可能性?
「ときどきわたしがかのじょをおいはらっていたのだけどね、たくやさんがあぶないかもしれないからやめなさいって」
「なるほど」
探偵猫は番猫でもあったのか。
「探偵さんって、田中さんのこと弟みたいとか思ってません?」
「ふふっ、そうだね。でも、たくやさんはわたしをおとうとだというだろうね」
やっぱり。
「さきちゃん、おおにもつだからてつだってあげたいけれど、こちらのわたしはうまくにもつをもてないんだ。すまない」
申し訳なさそうに言われてしまうのは、プリンの箱の他にケーキの箱を二つ持って、片方を落としそうになったからだ。
「いえいえ、大志のところで使われるときはこの倍は一人で運ぶので」
有権者の奥様方へのばらまきを買いに行かされたことは片手の指では足りないほど経験がある。
「さきちゃん、たいへんだったんだね……」
すごく可哀想な子を見るような目で見られ、気まずい。
「お給料は結構よかったんですよ?」
でも、たいやきさんも田中さんもホワイト通り越した待遇してくれているんだよなぁ。
今のうちにたくさん貯めて……探偵さん一匹くらい養える女になろう。
「さきちゃん、へんなことかんがえなかった?」
心の中で誓ったはずなのに、なぜか見抜かれてしまった。
「いやぁ、いつ失業してもいいように蓄えが大事だなって」
そうそう、探偵なんて仕事がない方がいいんだから……。
大志も結婚した途端に落選無職とかあるのかなー。
そんなことを考えているといつの間にか田中邸に着いていた。
「あー……なんで児童文学でまで血生臭いホラーを書かなくてはいけないんだ……かわいいうさちゃんのファンタジーでいいだろう。うさちゃんで」
「もううさぎの着ぐるみ着た殺人鬼でいいんじゃないですか?」
「んなの子供に見せられるか」
田中さんが深い溜息を吐いている。
無理矢理書斎に座らされ、押しかけ助手さんに仕事をさせられているらしい、が、ほんとどんだけ仕事があるんだこの人は。
いつも余裕かましている割には随分といろいろあるような……。
「……田中さんにケーキを持っていくべきかものすごく悩むんですけど……」
仕事の邪魔をしては悪いとは思うが、たぶん好きそうなかわいいくまさんのケーキと猫ちゃんのケーキを買ってきたところだ。押しかけ助手さんにはフルーツたっぷりのタルトを用意している。
私はにぼしで十分だ。たいやきさんも探偵猫も一緒に食べられるし。ちょっと大金持ちになった気分になれる。徳用にぼしは最高だ。
「あー……たくやさんけっこういらだってる……ちょっといってくるよ。さきちゃんはさきにおそなえしてて」
探偵猫が隙間に体をねじ込み田中さんの書斎に入っていく。
よく懐く猫ですと言わんばかりに田中さんの手に額を押しつけて行くのはサービスなのだろうか?
ちょっと羨ましいな。私もまだそんなに探偵さんの毛皮を堪能してないのに……。
いかん。今の発想はダメなやつだ。
慌てて居間のテーブルにプリンとシュークリームの入った箱を置いて蓋を開ける。
女神様、出来る信者はちゃんとプリンを買ってきましたよー。ついでにシュークリームも買ってきたので、田中さんが猫世界で完成させた原稿を一つでもこちらに持ち込めませんか?
田中さんがいじけていたら探偵さんが心配しちゃうんですよー。
目を閉じて心の中で女神様に交渉しようと試みる。
そして、瞼を開けると箱の中のプリンとシュークリームは綺麗に消え去っていた。
ふむ。女神様は甘党か。
そう思った瞬間、宙から突然ぱらぱらと紙が降ってくる。
これは……田中さんの文字。個性が強すぎて解読が困難な……。
「ぷりん」
石像の女神の声が響いた。
どうやらプリンが相当お気に召したらしい。
バラバラになった原稿用紙をかき集め、順番に並べるのは少し時間が掛かったけれど、少なくともショックで寝込みそうだった田中さんを見なくて済む。
それにしても……たいやきさんは体に何度も紙がぶつかっても眠り続けていられるなんて、相当眠いのだろうか。
それとも……たいやきさんはひとりで「おみせ」に居るのだろうか?
ぐっすりと眠るたいやきさんの口元ににぼしを持っていってみる。
ぱくりと食いついて、むしゃむしゃ食べ始めた。ということは、きっとあっちでもにぼしをつまみ食いしているのだろう。経理はどうなっているのか不思議だけれど、考えるだけ無駄だ。
かき集めた原稿用紙を持って、田中さんの書斎を覗く。
「こんな毛皮の相手をしている場合ではありません! こら! ヴィーノさんのお仕事の邪魔しない!」
押しかけ助手さんが探偵猫を乱暴に掴んで、窓の外に放り投げる。
なんてことを!
「ちょっと! なにしてるんですか!」
いくら探偵猫が猫だからといって……うん。綺麗に着地してる。怪我はなさそう。
にしても。
「今のは完全に動物虐待です。大志に報告しないと……」
あれの手を借りるのは不本意だけれど、猫を虐待したとなれば一番心強い味方だ。
ついでに、田中さんもストーカー被害から解放されるのではないだろうか。
「おはぎ、無事か?」
田中さんが足袋を脱ぎ捨てて裸足で窓の外に出る。
「まあ、ねこだからね。ちゃくちはできるよ」
「怪我がないならいいが……久々に心臓が飛び出るかと思った」
田中さんは探偵猫を抱き上げて、怪我がないかと念入りに確認する。
それ、私がやりたかったのに……。
そう思うけれど、探偵猫は田中家の猫なのだから仕方がない。
「……京子くん、君は不法侵入を繰り返すだけでなく、私の飼い猫を虐待した。何度も言うが、迷惑だ。二度と来ないでくれ」
元々不機嫌そうに見える顔だが、全力で不快を現す田中さんに、やればできるではないかとどこ目線なのかわからない反応をしてしまう。
それから、田中邸の固定電話を利用し、大志を呼び出した。
結論から言うと、押しかけ助手さんは様々な罪状を積み重ねられ、逮捕されることになった。たぶん大志が捏造含め大いに盛った上に、警察に圧力をかけたに違いない。猫が絡むと無駄に張り切って仕事するのだ。
「おはぎさん、この度は大変でしたね。本当にお怪我はありませんか?」
大志が土下座しそうな勢いで姿勢を低くし、探偵猫の状態を気にする。
「へいきですよ」
探偵猫も大志に言葉が通じないと知っているくせに律儀に返事をするのがなんだか面白い。
「お見舞いの品です! どうぞあなたの下僕に給仕させてください」
籠一杯の高級フードを田中さんに押しつける。
田中さんの表情が引きつっていることに気がついていないらしい。
「……岬さんは相変わらずだな……」
「田中さん、大志のこれ、知ってたんですか?」
「まあな。これでも一応支持者のひとりだ」
へ?
「あ? 知らなかったのか? 選挙近くになると後援会事務所に顔を出すこともあったのだが……」
「……なんで?」
大志の政策なんて全人類猫の下僕化をなんかいい感じの言葉で誤魔化しているだけなのに。
いや、田中さんは猫派だ。
「……いや、もっと人間が猫の言葉を理解出来るようになればと思ってな……そう言う研究にも力を入れる政策だろう?」
いや、もっと経済政策とか医療とか国防とか重視する政策があるのでは?
やっぱり田中さんもヘンな人だ。
でも、いい人だと思う。だから探偵さんも田中さんを大切にしている。
畳に何度も頭をこすりつけるようにぺこぺこする大志に呆れる。
一応有権者の前だぞ。
それに、当猫の探偵猫は助けを求める様にこちらを見ている。
「大志兄ちゃん、そのくらいにしないとおはぎさんに迷惑だから。ものすごく困った顔してるよ?」
「ああ、怖い目に遭ったばかりなのに大変失礼致しました」
深々と頭を下げる大志に溜息が出る。
探偵猫は国王かなにかですか?
「このにんげんさん、ほんとうにさきちゃんのしんせき?」
出来れば関わりたくないという空気を醸し出す探偵猫に申し訳ない気持ちになる。
「残念ながら遺伝子的に近い存在です」
「そうだぞ。早希ちゃんも猫の下僕になる素質があるぞ」
田中さんにだけは言われたくない。
探偵猫の言葉がわからない大志だけがぽかんと取り残されたような表情を見せた。
「ま、せっかくお見舞いの品をもらいましたし、食べちゃいましょう。たぶんこれおいしいやつだと思いますよ?」
贅沢まぐろと書かれたパッケージはお魚好きの探偵猫にぴったりだと思う。
「ありがたいけれど……わたしはたくやさんがばんしゃくのときにわけてくれるおさしみのほうがうれしいな」
キャットフードは苦手なんだと漏らす探偵猫に驚く。
「じゃあ、お刺身買ってきましょう! お刺身。ほら、お猫様の下僕! 財布を出せ!」
大志を叩く。
「いきなりなんなんだ……刺身?」
困惑している。
「おはぎさんはキャットフードが嫌いだそうです。お刺身……まぐろ、でしたよね? すっごいまぐろがいいって」
ほら、財布係、さっさと料亭から刺身をテイクアウトしてこい。
大志に掴みかかる勢いになると、田中さんと探偵猫が同じような顔をして驚いている。
「……早希ちゃん……岬さんには容赦ないな……」
「え? だって、大志兄ちゃんの崇めるお猫様がお刺身をご所望なんですよ?」
私の所持金じゃ料亭のお刺身はちょっと厳しいから大志の財布を使わないと。
「……うん。さきちゃんはしたたかなじょせいだね」
あ、探偵猫、今私のこと思っていたのと違うみたいな……まあいいけど。
「あ、田中さんの原稿、女神様がこっちに送ってくれましたよ」
渡し忘れていた原稿を思い出し、手渡す。
「なっ……君の能力はどんどん成長しているな……」
「いえ、賄賂の力です」
現状を理解していない大志は困惑した様子で、それでも祖父が通っていた料亭に連絡して刺身を注文してくれた。やはり下僕スキルが桁違いだ。
可哀想だから今度猫の女神様の話をしてあげよう。
もしかすると、猫の言葉を聞く能力を授かれるかもしれない。
まあ、高飛車毛皮の声を聞いて絶望するかもしれないけれど。
その時はその時だ。
ガミガミと説教が響く。
今どこにいるのだろうと現状を確認すれば、田中邸の居間で二人と二匹仲良く居眠りをしていたらしかった。
押しかけ助手さんは私が相当気に入らないらしく、助手のくせに居眠りをして仕事をしていないと田中さんに言いつけている。
実際、居眠りをしていたのは事実だ。
「……京子くん……少し声を落としてくれ……あと、早希ちゃんは居眠り病なんだ。気にするな」
勝手に病気にされてしまった。
あまり嘘を吐くことが得意ではなさそうな田中さんが、なんとか押しかけ助手さんを納得させようと嘘を並べている。
「こんなすぐ居眠りするような子はヴィーノさんの助手には相応しくありません!」
押しかけ助手さんは田中さんに掴みかかっている。
なんだこれ。浮気をバレた現場?
「……きょうこさんはかげきだから……」
探偵猫が困り果てた顔をしている。そんな中、二度寝しようとしているたいやきさんは流石としか言いようがない。
こっちのたいやきさんは痩せているから体力がないのかもしれないけれど。
押しかけ助手さんは嫌がる田中さんを乱暴に引きずって書斎に向かう。なんとしてでも今日中に探偵ものの原稿を仕上げてもらうなんて無茶なことを言っていた。
というか、それって……。
「田中さんが向こうで完成させた原稿じゃ……」
またあれを書くのかと絶望していたあれだ。
可哀想だから、田中さんの分のプリンも買ってきてあげよう。
ついでにシュークリームを添えたら血生臭い完成原稿を片方くらい貰えないだろうか。
そんなことを考えながら、探偵猫とふたりで洋菓子店へ向かうことにした。
「京子さんってどういう人なんですか?」
帰り道で探偵猫に訊ねる。
「うん? あー、かげきなにんげんさんだよ。たくやさんのふぁんっていきものなんだって」
よくわからないけれどと彼は添える。
「すいりしょうせつがだいすきで、たんていにあこがれているらしいよ。かぎやぶりがとくいでね。あと、たくやさんはよくとうちょうされているっていっているよ」
盗聴? 鍵破り?
え? それって……。思いっきり犯罪行為じゃん。
「えっと……もしかして、彼女、田中さんのストーカー?」
「あー、どうだろう? たくやさんはしつこいつきまといっていっているけれど……」
そんな相手にお給料を払ってしまう田中さんっていい人過ぎるって言うか怖くて逆らえないだけなのでは……。
一応田中さんがお世話になっている人だしとケーキを買ってしまった自分を愚かだと思う。
「……田中さん、引っ越したほうがいいんじゃ……」
鍵破りに盗聴までするストーカー付き住宅はまずい。
ってか、田中邸に住み込む私も命が危ない可能性?
「ときどきわたしがかのじょをおいはらっていたのだけどね、たくやさんがあぶないかもしれないからやめなさいって」
「なるほど」
探偵猫は番猫でもあったのか。
「探偵さんって、田中さんのこと弟みたいとか思ってません?」
「ふふっ、そうだね。でも、たくやさんはわたしをおとうとだというだろうね」
やっぱり。
「さきちゃん、おおにもつだからてつだってあげたいけれど、こちらのわたしはうまくにもつをもてないんだ。すまない」
申し訳なさそうに言われてしまうのは、プリンの箱の他にケーキの箱を二つ持って、片方を落としそうになったからだ。
「いえいえ、大志のところで使われるときはこの倍は一人で運ぶので」
有権者の奥様方へのばらまきを買いに行かされたことは片手の指では足りないほど経験がある。
「さきちゃん、たいへんだったんだね……」
すごく可哀想な子を見るような目で見られ、気まずい。
「お給料は結構よかったんですよ?」
でも、たいやきさんも田中さんもホワイト通り越した待遇してくれているんだよなぁ。
今のうちにたくさん貯めて……探偵さん一匹くらい養える女になろう。
「さきちゃん、へんなことかんがえなかった?」
心の中で誓ったはずなのに、なぜか見抜かれてしまった。
「いやぁ、いつ失業してもいいように蓄えが大事だなって」
そうそう、探偵なんて仕事がない方がいいんだから……。
大志も結婚した途端に落選無職とかあるのかなー。
そんなことを考えているといつの間にか田中邸に着いていた。
「あー……なんで児童文学でまで血生臭いホラーを書かなくてはいけないんだ……かわいいうさちゃんのファンタジーでいいだろう。うさちゃんで」
「もううさぎの着ぐるみ着た殺人鬼でいいんじゃないですか?」
「んなの子供に見せられるか」
田中さんが深い溜息を吐いている。
無理矢理書斎に座らされ、押しかけ助手さんに仕事をさせられているらしい、が、ほんとどんだけ仕事があるんだこの人は。
いつも余裕かましている割には随分といろいろあるような……。
「……田中さんにケーキを持っていくべきかものすごく悩むんですけど……」
仕事の邪魔をしては悪いとは思うが、たぶん好きそうなかわいいくまさんのケーキと猫ちゃんのケーキを買ってきたところだ。押しかけ助手さんにはフルーツたっぷりのタルトを用意している。
私はにぼしで十分だ。たいやきさんも探偵猫も一緒に食べられるし。ちょっと大金持ちになった気分になれる。徳用にぼしは最高だ。
「あー……たくやさんけっこういらだってる……ちょっといってくるよ。さきちゃんはさきにおそなえしてて」
探偵猫が隙間に体をねじ込み田中さんの書斎に入っていく。
よく懐く猫ですと言わんばかりに田中さんの手に額を押しつけて行くのはサービスなのだろうか?
ちょっと羨ましいな。私もまだそんなに探偵さんの毛皮を堪能してないのに……。
いかん。今の発想はダメなやつだ。
慌てて居間のテーブルにプリンとシュークリームの入った箱を置いて蓋を開ける。
女神様、出来る信者はちゃんとプリンを買ってきましたよー。ついでにシュークリームも買ってきたので、田中さんが猫世界で完成させた原稿を一つでもこちらに持ち込めませんか?
田中さんがいじけていたら探偵さんが心配しちゃうんですよー。
目を閉じて心の中で女神様に交渉しようと試みる。
そして、瞼を開けると箱の中のプリンとシュークリームは綺麗に消え去っていた。
ふむ。女神様は甘党か。
そう思った瞬間、宙から突然ぱらぱらと紙が降ってくる。
これは……田中さんの文字。個性が強すぎて解読が困難な……。
「ぷりん」
石像の女神の声が響いた。
どうやらプリンが相当お気に召したらしい。
バラバラになった原稿用紙をかき集め、順番に並べるのは少し時間が掛かったけれど、少なくともショックで寝込みそうだった田中さんを見なくて済む。
それにしても……たいやきさんは体に何度も紙がぶつかっても眠り続けていられるなんて、相当眠いのだろうか。
それとも……たいやきさんはひとりで「おみせ」に居るのだろうか?
ぐっすりと眠るたいやきさんの口元ににぼしを持っていってみる。
ぱくりと食いついて、むしゃむしゃ食べ始めた。ということは、きっとあっちでもにぼしをつまみ食いしているのだろう。経理はどうなっているのか不思議だけれど、考えるだけ無駄だ。
かき集めた原稿用紙を持って、田中さんの書斎を覗く。
「こんな毛皮の相手をしている場合ではありません! こら! ヴィーノさんのお仕事の邪魔しない!」
押しかけ助手さんが探偵猫を乱暴に掴んで、窓の外に放り投げる。
なんてことを!
「ちょっと! なにしてるんですか!」
いくら探偵猫が猫だからといって……うん。綺麗に着地してる。怪我はなさそう。
にしても。
「今のは完全に動物虐待です。大志に報告しないと……」
あれの手を借りるのは不本意だけれど、猫を虐待したとなれば一番心強い味方だ。
ついでに、田中さんもストーカー被害から解放されるのではないだろうか。
「おはぎ、無事か?」
田中さんが足袋を脱ぎ捨てて裸足で窓の外に出る。
「まあ、ねこだからね。ちゃくちはできるよ」
「怪我がないならいいが……久々に心臓が飛び出るかと思った」
田中さんは探偵猫を抱き上げて、怪我がないかと念入りに確認する。
それ、私がやりたかったのに……。
そう思うけれど、探偵猫は田中家の猫なのだから仕方がない。
「……京子くん、君は不法侵入を繰り返すだけでなく、私の飼い猫を虐待した。何度も言うが、迷惑だ。二度と来ないでくれ」
元々不機嫌そうに見える顔だが、全力で不快を現す田中さんに、やればできるではないかとどこ目線なのかわからない反応をしてしまう。
それから、田中邸の固定電話を利用し、大志を呼び出した。
結論から言うと、押しかけ助手さんは様々な罪状を積み重ねられ、逮捕されることになった。たぶん大志が捏造含め大いに盛った上に、警察に圧力をかけたに違いない。猫が絡むと無駄に張り切って仕事するのだ。
「おはぎさん、この度は大変でしたね。本当にお怪我はありませんか?」
大志が土下座しそうな勢いで姿勢を低くし、探偵猫の状態を気にする。
「へいきですよ」
探偵猫も大志に言葉が通じないと知っているくせに律儀に返事をするのがなんだか面白い。
「お見舞いの品です! どうぞあなたの下僕に給仕させてください」
籠一杯の高級フードを田中さんに押しつける。
田中さんの表情が引きつっていることに気がついていないらしい。
「……岬さんは相変わらずだな……」
「田中さん、大志のこれ、知ってたんですか?」
「まあな。これでも一応支持者のひとりだ」
へ?
「あ? 知らなかったのか? 選挙近くになると後援会事務所に顔を出すこともあったのだが……」
「……なんで?」
大志の政策なんて全人類猫の下僕化をなんかいい感じの言葉で誤魔化しているだけなのに。
いや、田中さんは猫派だ。
「……いや、もっと人間が猫の言葉を理解出来るようになればと思ってな……そう言う研究にも力を入れる政策だろう?」
いや、もっと経済政策とか医療とか国防とか重視する政策があるのでは?
やっぱり田中さんもヘンな人だ。
でも、いい人だと思う。だから探偵さんも田中さんを大切にしている。
畳に何度も頭をこすりつけるようにぺこぺこする大志に呆れる。
一応有権者の前だぞ。
それに、当猫の探偵猫は助けを求める様にこちらを見ている。
「大志兄ちゃん、そのくらいにしないとおはぎさんに迷惑だから。ものすごく困った顔してるよ?」
「ああ、怖い目に遭ったばかりなのに大変失礼致しました」
深々と頭を下げる大志に溜息が出る。
探偵猫は国王かなにかですか?
「このにんげんさん、ほんとうにさきちゃんのしんせき?」
出来れば関わりたくないという空気を醸し出す探偵猫に申し訳ない気持ちになる。
「残念ながら遺伝子的に近い存在です」
「そうだぞ。早希ちゃんも猫の下僕になる素質があるぞ」
田中さんにだけは言われたくない。
探偵猫の言葉がわからない大志だけがぽかんと取り残されたような表情を見せた。
「ま、せっかくお見舞いの品をもらいましたし、食べちゃいましょう。たぶんこれおいしいやつだと思いますよ?」
贅沢まぐろと書かれたパッケージはお魚好きの探偵猫にぴったりだと思う。
「ありがたいけれど……わたしはたくやさんがばんしゃくのときにわけてくれるおさしみのほうがうれしいな」
キャットフードは苦手なんだと漏らす探偵猫に驚く。
「じゃあ、お刺身買ってきましょう! お刺身。ほら、お猫様の下僕! 財布を出せ!」
大志を叩く。
「いきなりなんなんだ……刺身?」
困惑している。
「おはぎさんはキャットフードが嫌いだそうです。お刺身……まぐろ、でしたよね? すっごいまぐろがいいって」
ほら、財布係、さっさと料亭から刺身をテイクアウトしてこい。
大志に掴みかかる勢いになると、田中さんと探偵猫が同じような顔をして驚いている。
「……早希ちゃん……岬さんには容赦ないな……」
「え? だって、大志兄ちゃんの崇めるお猫様がお刺身をご所望なんですよ?」
私の所持金じゃ料亭のお刺身はちょっと厳しいから大志の財布を使わないと。
「……うん。さきちゃんはしたたかなじょせいだね」
あ、探偵猫、今私のこと思っていたのと違うみたいな……まあいいけど。
「あ、田中さんの原稿、女神様がこっちに送ってくれましたよ」
渡し忘れていた原稿を思い出し、手渡す。
「なっ……君の能力はどんどん成長しているな……」
「いえ、賄賂の力です」
現状を理解していない大志は困惑した様子で、それでも祖父が通っていた料亭に連絡して刺身を注文してくれた。やはり下僕スキルが桁違いだ。
可哀想だから今度猫の女神様の話をしてあげよう。
もしかすると、猫の言葉を聞く能力を授かれるかもしれない。
まあ、高飛車毛皮の声を聞いて絶望するかもしれないけれど。
その時はその時だ。
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腕押のれん
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アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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