悪役令息な婚約者の将来が心配です。

ROSE

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3 妥協の延長

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 私とエドガーの出会いは十年ほど前だ。
 深海の魔女を母に持つ私は所謂人魚に近い。下半身が蛸だと言うことを除けばほぼ人魚。有毒で姿を変えられるところは殆ど蛸だけれど。ついでに脳が九つと心臓が三つあるわ。
 つまり、手先が器用で泳ぐのが得意ということだ。
 当時から私は立派な悪。つまり、悪戯だとかそう言ったことばかりするやんちゃな子供だった。そして、エドガーは当時から真面目ないい子ちゃん。反吐が出そうな程に真面目だった。
 
 あの日エドガーは生物学の授業なのか釣りをして、釣った魚のスケッチを描いたりそれを調理したりしていた。
 そして当時から心配になってしまうほど……控えめに言ってどんくさいという表現くらいしか浮かばないそそっかしさがあった。
 つまり、釣りの途中で海に落ちた。
 たまたま、陸を見物しようとして釣糸にかかった魚をバカにしていた私のすぐそばに。
 じたばた苦しんでいるのをしばらく観察していたけれど、死なれたら面倒ごとになりそうだったから陸まで運んであげた。
 よく見ると綺麗な顔立ちで、まるで人魚姫みたいだと思った。
 あの話は好きよ。魔女が良い働きをしたもの。
 ヒロインポジションなんて最悪。手柄を他人に横取りされる間抜けになんてなりたくないわ。
 本で読んだ知識くらいしかなかったけれど、水を吐かせたり人工呼吸とやらをしてみたら、彼は目を覚ました。
 しばらくげほげほ苦しんで、それから呼吸を整え私を見た。
「……君が……助けてくれたのか?」
 涙の滲んだ瞳をこちらに向けながら訊ねられればとても落ち着かない気分になった。
「……まあ、そうなるかしら?」
 どう答えていいのかわからなかった。
 助けようとしたというよりは死なれると面倒だと思った程度だ。
 けれども彼にとっては充分だったらしい。
「僕はエドガー、エドガー・フォン・ザータン。君は僕の恩人だ。どうか僕と婚約して欲しい」
「は?」
 いきなりなにを言い出すのだろう。きっと陸の生物というのは長いこと水分が足りていないから頭がおかしくなってしまったのね。
 長ったらしいなんちゃらが付くのは貴族だと母に聞いたことがある。けれども人間界の階級なんてどうでもいい。
「私、陸で暮らせないわ」
 魔法で人間の姿になれるけれど、その時は面倒だったのでそう告げた。
「そう、なのか? なら、僕が毎日船で会いに来るよ」
 真っ直ぐすぎる子供の目。
 その時は「はいはい」と返事をしてさっさと海に戻った。
 
 が、彼は有言実行の男だった。
 三ヶ月毎日船で私を探した。晴れた日はいい。雨の日も、嵐の日もそれが続き、とうとう母が「婚約だけしてあげなさい。結婚はしなくてもいいから」などと言い出したのだ。
 この辺りで人間が死ぬと私たち親子はなにもしなくても疑われるから母も彼を疎んじていたのだ。
 案の定、嵐の日に私を探しに来たエドガーの船は難破し、海に放り出されたエドガーを再び拾ってあげる羽目になった。
「負けたわ。婚約してあげる。だから……嵐の日に船に乗るのはやめなさい」
 いつも私が拾ってあげられるわけじゃない。
 そう告げたときの嬉しそうな表情が、感情の爆発を抑えられない強烈なハグが忘れられない。
 あの時は蛸の触腕あしで叩き倒した。
 やむをえず婚約してあげただけだというのに、彼は毎日私に会いに来て、たくさん貢ぎ物をくれた。
 なにより、海でも嫌われる私を「美しい」と褒め称えてくれる。
 やっぱり頭がおかしいのよ。
 所謂人魚とは少し違うの。綺麗な尾鰭なんて持っていないし美しい声で惑わしたりもしない。
 それなのに、エドガーは出会った頃から変わらない眼差しで私を「美しい」と褒める。

 

「マヌエラ、気怠げな表情も美しいがなにか悩みがあるのなら私に打ち明けてくれないか? 必ずあなたの力になろう」
 どこからその自信が湧いてくるのかと呆れてしまうほど自信に満ちあふれた表情を見せるエドガーに呆れる。
「別に悩んでいるわけではないわ。元からこういう顔なのよ」
 陸じゃ多少気怠いし、顔色だって悪く見える。
 校則に記された「悪らしい」装いの為にも化粧はそれなりにはっきりと力強いものにしている。
「しかし」
「少し考え事をしたいだけよ。気にしないで」
 美しいと褒められることは悪い気はしない。けれども「悪」としてどうなのかと悩んでしまう。
 勿論、悪役だって美しい方がいいに決まっている。
 だけど……エドガーの美的感覚はなんというか……欲目が強すぎるのだと思う。
「エドガー様ってどうして、そんなにキラキラした見た目なのかしら」
 どう見たって主役の王子様みたいな見た目をしている。中身は残念だけれど、彼の信念だとかそう言った部分はきっと善学級の方が合う。なんといっても些細な悪事で満足してしまうような悪役失格人間なのだから。
 そもそも、自分の将来以外にさほど興味がない。立派な海の魔女になる。あらゆる物語で恐怖を与えられるだけの悪になることだけを目指している私は、エドガーをよく知らないのかもしれない。
「それは私の外見があなたの好みという意味かな?」
「まさか。私の好みはウツボよ」
 人間の美醜にそこまで興味がないわ。
「……美的感覚が合わないことは理解しているつもりではあるが……あなたの好みに少しでも近づけるよう努力はしよう」
「しなくていいわ」
 陸の生き物はどんなに努力したって鰓呼吸できないじゃない。
 そんな言葉を飲み込む。
 出会った時からおかしな人だけれど、あの頃からちっとも成長していない。
 そして、それに押し負けそうになる私も結局成長出来ていないのだ。
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