悪役令息な婚約者の将来が心配です。

ROSE

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5 賢くてかっこいいのが悪

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 伝承によると真実の愛を得ることにより永遠を手に出来るらしい。
 なんでも真実の愛はあらゆる奇跡を起こすのだとか。
 残念ながら悪はそんなものを手にできない。そもそも憧れることさえ悪らしくない。
 私たちが目指すのは善を苦しめ絶望に突き落とす偉大な悪。世界を支配する頂点だ。
 怯えさせ、悲鳴を音楽に絶望というご馳走を味わう。それが悪。
 欲しいものは奪うだけ。努力なんてしない。いかに楽をして他者を蹴落とすか。それが悪。
 つまり、賢くてかっこいいのが悪だ。
 
 学級対抗戦が近づいている。
 なんとしても勝利せよとドーラ先生が厳命を下した。余程負け続けているらしい。
 学級対抗戦は完全なる団体戦だ。どんな手段を使っても勝てばいい。
 魔法の使用は禁止されているけれど魔法薬は禁止されていない。勿論試合開始前に毒を盛ることも。
 善学級の皆さんには集団食中毒にでもなってもらおう。
 その前に……ルチアの動きに注意しないと。
 どうやらエドガーは私の想像以上に厄介なことをしてくれたらしい。
 つまりあの女、ルチアは極悪よ。悪の素質がありすぎるのにエドガーが彼女の枠を奪ってしまったが為にあんな危険物の相手をしなくてはいけない。
 まあ、勝てばいいのよ。
「エドガー様、これからは私があげるもの以外口にしちゃだめよ?」
 手料理を振る舞うと言えば尻尾の幻覚が見えるほど喜ばれる。陸の毛玉にそっくりね。エドガーの先祖があれだって言われても信じてしまいそう。
「どうしたのだマヌエラ。あなたが私のために手料理だなんて……嬉しさのあまり絶命しそうだ」
 大袈裟な。
 単純にあのルチアがなにかを企んでいるんじゃないかと心配なだけだ。
「今日からこれが私の大好物だ!」
 エビと海草を適当に混ぜたなにか(人間の味覚に合うかは謎)をスープのように煮たそれを幸せそうに口に運ぶエドガーには呆れる。
 毒を盛られる危険を全く考慮していない。
 私の手料理よ? もっと警戒しなさい。
「マヌエラ! あんた今度はなにを盛ったのよ!」
 大きな声が響いたかと思えばずかずかと下品な足音を立ててルチアが接近してくる。
 おかしいわ。今日は本当に身に覚えがない。なにせ慣れない料理で毒を盛る暇がなかったもの。
「なんの話かしら?」
「惚けないで! エドガー様に惚れ薬を飲ませてるのでしょう」
 は?
 エドガー?
 そんなもの盛らなくても一方的に私に付きまとっているこの男に?
 そんな価値ないわよ。
 思わず飛び出そうになった暴言を飲み込む。
「惚れ薬、ねぇ……作って作れなくはないけれど……あんなものじゃ真実の愛なんて手に入らないわ。ねぇ? エドガー様」
「ああ。しかしマヌエラ、私はあなたにならなにを盛られたって構わないよ」
「話がややこしくなるから黙ってくださる?」
 呆れた。
 毒を警戒しないのではなく盛られても受け止めるつもりらしい。いつか死ぬわね。私が毒殺しなくても死にそうよ。
「持っているのでしょう? 出しなさい!」
 なぜか上から命じられる。
 ふーん、なるほど?
 私の調合の腕は善悪学級問わず認められているから、自分で調合するのが面倒な薬を取り上げようとしているのね。
 残念ながら持っているわ。惚れ薬も。
 でも、この私が素直に渡すわけないじゃない。
「依頼されればなんだって作るわ。勿論……惚れ薬の類いも各種予備は持ってはいるけれど……こんなの、望む効果はないわよ」
 小瓶をちらつかせればルチアの視線は小瓶に向く。
 なるほど? 誰に使うつもりかしら。
「あんたがこんなもの持っていたら危険だわ」
 ルチアは私の手から瓶を奪い取った。
「なにをする!」
 すぐにエドガーが間に入り小瓶を取り返そうとする。
「エドガー様、いいのよ。それより、食事に戻りましょう? 地上の食材はよくわからないけれどこの果物、とっても美味しいわ」
 酸味が強いものは好きよ。
 そう、エドガーを席に戻す。
 ルチアは私を睨んだけれど、目当てのものを手に入れたと思い込んで満足したのか善学級の席へ戻った。
 まあ、あれも劇薬よ。
 いったい誰に使うつもりなのかしら?
 死なない程度の効果だけれど……。
「エドガー様、絶対彼女からなにも受け取っちゃだめよ?」
「勿論だとも。私はあなた以外の女性からなにも受け取ったりはしないよ」
 熱のこもった視線を向けられると落ち着かない気分になる。
 こういうとき、私もまだまだだと思ってしまう。
 完璧な悪になるには情を捨てなくてはいけないのに、エドガーに足を引っ張られている気分だ。
「私はいつだってあなたを見捨てるわ。必要なら裏切る。だから、自分の問題は自分で対処してちょうだい」
 いつまでもエドガーの面倒ばかり見ていられない。
「ならば私はあなたになら見捨てられないだけの努力を重ねるだけだ。マヌエラ、私は決してあなたを手放さない。悪とは己の欲のために動くものだろう? 私の全てはあなただ」
 しっかりと手を握られると彼の体温は火傷してしまいそうな程熱く感じられる。
 これが深海に住むものと陸に住むものの差よ。
「エドガー様、熱いわ。放して」
「おっと、すまない。手袋を忘れていたよ」
 エドガーは慌ててポケットから黒い手袋を取り出し装着した。
 本当は白の方が好みらしいが、悪らしく黒にしたとのことだ。
「あなたにもっと触れられるようになりたい。マヌエラ……私の体温を下げる薬などはないのか?」
「死にたいの? 生物としての構造が違うのよ」
「ならば私が人魚になる方法を探すしかないのか……」
 人魚になる薬自体は存在する。
 作ろうと思えばいつでも作れる。
 けれども海底までつきまとわれるのは絶対に嫌だから渡さない。
「私はあなたと適度な距離で過ごしたいわ」
「つれないあなたも魅力的だよ」
 手袋越しに手をとられ、キスのジェスチャーをされる。
 微妙な気遣いを感じて腹が立つから腹いせに善学級の生徒を魔法で転ばせておく。
「マヌエラ! また貴様か!」
 すぐにリヒトの声が飛んでくるけれど、エドガーの顔を両手で包み込みながら聞こえない不利をする。
「人間の味覚は理解できないけれど、エドガー様、私の料理ってどうかしら?」
「感動のあまり味が理解できないがこれが私の大好物であることは間違いないよ」
 微妙に会話が成立していない気がする。そしていつの間にかエドガーの背後にリヒトが立っていた。
「食堂で魔法を使うな」
「あら、禁止はされていないわ」
 答えながら魔法で自分の食器を片付ける。
「学内では精神操作系の魔法は禁止されている。勿論、魔法薬もだ」
「あのねぇ……悪学級に【禁止されている】なんて言葉で注意すること自体馬鹿げていると思わない? でも言わせてもらうわ。この学園にわざわざ精神操作するほどの価値がある人なんていないわ」
 もしかしなくてもエドガーのことを言っているのだろう。
 この男こそ、なにもしなくても勝手に付き纏っているというのに。
「エドガーのような真面目な男が貴様のような女に惚れ込んでいる時点で精神操作魔法或いは惚れ薬の類いを疑うべきだろう」
「残念ながらこの人勝手に私に付き纏って何度も溺死寸前になったのよ。その度に陸まで運んであげた親切な私にそんな酷いことを言うなんて……リヒト、あなたの方が悪学級に相応しいのではなくって?」
 言い返せなくなったのか、リヒトはすっかりと黙ってしまう。
「それになにかと私につっかかってくるみたいだけれど……エドガー様に気があるのかしら?」
 からかうつもりでそう口にしたが、予想以上にリヒトは動揺を見せた。
「あら……まあ……」
 興味深い。善学級の完璧な王子様が同性愛者だなんて……。
「残念だけどエドガー様は私に夢中なの」
 恋敵をいじめるのは悪の鉄板ね。
 わざとらしくエドガーと手を絡める。
「ああ……! そうだとも! 出会ったその瞬間からあなたに夢中だ!」
 幸せそうに手を握り返され、指の骨を砕いてやりたい気分になったことは秘密だ。
 苛立った様子のリヒトに視線を向け、優越感に浸ることで不快感から目を逸らす。
「エドガー、目を覚ませ」
 苦し紛れの言葉だろう。リヒトもあまり強く出られない様子に見える。
 どうやら本当にエドガーに嫌われたくないらしい。
 面白い。これを利用しない手はないわ。
 だって、私、悪だもの。
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