ぶるる

ROSE

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ぶるる

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 家を出た時は快晴だったはずなのに、帰り道で急激な雷雨に襲われた。
 バス停から家に向かうまでの期間は数件の民家の他は雨宿り出来そうな場所がない。傘を持ってこなかった自分を恨めしく思いながら、は本の入ったトートバッグが濡れないように、無駄な抵抗だと知りつつも体の前で抱きしめ、屈みながら先を急いだ。
 止む気配はない。
 こんなことなら欲張って新刊を買わなければよかったと後悔する。
 久々に街中まで出かけたものでつい文庫本を買いすぎてしまったのだ。
 軽く四日分の給料を使ってしまった気がするが構わない。そう思っていたのに、今はトートバッグの重さが恨めしい。
 せめてコンビニでもあってくれれば話は別なのに。この田舎道にはコンビニすら稀少だ。
 土砂降りだからか時間が妙に長く感じられる。
 たぶん、実際に歩いた時間は五分程度だっただろう。
 服が雨水を吸い込んでずっしりと重い。当然歩く速度も落ちていった。
 スニーカーはずぶ濡れで、靴下まで水を吸い込んで気持ち悪い。
 雨で顔を上げることも億劫だが、家まではまだしばらく距離があるようだった。
 失敗した。今日は外に出るべきではなかった。

 雷鳴が轟く。

 更に雨脚が強まる。
 真希は必死に足を動かし前へ前へと進もうとした。
 そうして、屋根を見つけたのだ。
 ガラス張りの中がぼうっと光っている。
 それは古びた電話ボックスだった。
 携帯電話が普及した現在、化石だろうと思っていた電話ボックスが神の救いに見えてしまう。 
 真希は大急ぎで電話ボックスに駆け込んだ。
 緑色の公衆電話は今どき誰が使うのかと思ってしまうテレフォンカードと小銭に対応した機種らしく、随分古いものに見える。
 電話機の下に電話帳が二冊ほど入った棚があるのもレトロと言うよりは昭和の遺物と言った印象だ。
 一体誰が使うのだろうか。
 不思議に思いながらも、雨は凌げると感謝する。
 それにしても随分と激しい雨だ。
 空を見上げてもまだまだ止む気配がない。
 これからどうしようかと思う。雨が止むまでずっとこの電話ボックスで待つとなるといつになるかわからない。
 かといって今からタクシーを呼んで来て貰えるだろうか。天候が崩れている時間帯はタクシーが混み合う。
 電話だけでも掛けてみるかと、スマホを探しにトートバッグを開いた瞬間、音が響く。

 ぶるるるる
 ぶるる
 ぶるるるる

 なんだろう?
 首を捻り、そしてすぐに気づく。
 電話のベルだ。
 古い機種だからか音が濁っておかしな音になってしまっている。
 それにしても公衆電話に電話を掛ける人なんて居るのだろうか。
 きっと間違い電話だろう。
 受話器を取る。
「もしもし、こちらは公衆電話ですよ。間違えていませんか?」
 相手が話し出す前にそう告げると、受話器からはザーッとノイズのような音が響く。
 どうやら古い品だから回線にも問題があるらしい。
 相手はなにかを喋っているようだったが、プツプツと途切れてしまい聞き取れない。
「すみません、回線に問題があるようで聞き取れないので切ります」
 そう告げて受話器を置く。
 こんなに聞き取れない電話を今どき使う人が本当に居るのだろうか。
 みんなスマホを持っているのだからこんな田舎道に古い機械を残しておくなんて無駄に維持費が掛かってしまうのではないだろうか。それとも、単に撤去費用がないから置いているのだろうか。
 そんなことを考えながら、スマホでタクシー会社に電話をかける。
 今からだと三十分以上待つことになるらしいけれど、大雨の中歩いた体はすっかりと疲れ切っている。
 真希を少し悩んでタクシーを希望した。

 それから何分経過したかわからない。
 まだ雨は止まなかった。
 そして、再び着信音が響く。

 ぶるるるるる
 ぶるる
 ぶるるるるる

 公衆電話に間違えてかける人が多いのか、それともさっきの人がまた間違えたのか。
 無視しようとも思ったが、暇だったので受話器を取った。
「もしもし、こちらは公衆電話ですよ」
 やはり受話器からはザーッとノイズが聞こえる。
 そしてプツプツと途切れた声。
 けれども先程よりは少し音が拾えた。

 ……に……く……て……

 途切れすぎていて聞き取れない。
「すみません、聞き取れないので切ります」
 声の相手は老婆なのか、男なのか。妙に掠れた声だった気がする。
 受話器を置いて、タクシーを待つ。
 そろそろ来てもいいのではないかともやもやしていると、また着信音が響いた。
 さっきの人だろうか。
 無視しよう。

 ぶるるるるる
 ぶるる
 ぶるるるる
 ぶるるるるるるる
 ぶる
 ぶるる

 気持ち悪い着信音が鳴り続ける。
 けれども真希は無視を決め込んで、そのまま放置した。
 そして切れる。
 が、またすぐに鳴り出した。

 ぶるるるるる
 ぶるる
 ぶるるるる
 ぶるる
 ぶるるるるるるる

 壊れた機械音がぶるぶる鳴り続けている。
 しつこい。
 真希は少し苛立ちながら受話器を取った。
「もしもし」
 やはり先程の相手なのだろう。ノイズと共に、途切れた声が聞こえる。

 ……えに……くか……てて……

 気味が悪い。
 真希は無言で電話を切った。
 なんだかここに長居してはいけない気がする。

 ぶるるるるる
 ぶるる
 ぶるるるるるるる

 また着信音が響く。
 出ないと。
 まだ土砂降りは止まない。
 そこで、気づいてしまう。
 線が切れている。
 それも、だれかが意図的に切断したとしか思えないように乱暴に切られていた。
 じゃあ、どうして電話が?
 一気に血の気が引いていくのを感じた。
 真希は慌てて土砂降りの外に出る。
 最早タクシーを待つことさえどうでもよくなってしまった。
 全速力で、もうトートバッグの中身すら諦めて駆け出した。
 すると、今度はご当地ヒーローのテーマソングが響く。
 真希のスマホに設定された着信音だ。
 こんな時に一体誰だろう。
 相手も確認せずに出る。
「もしもし、後にして」
 誰かわからないのに咄嗟にそう口にした。
 けれども、サーッとノイズが響いている。
 そして、今までより鮮明に聞こえた。

 ――迎えに行くから待っててって言ったじゃない。

 しわがれた声にぞくりとする。
 どうして、番号を知っているの?
 違いなくあの公衆電話に掛かってきたあれだ。
 真希は慌てて通話を切る。
 今度は絶対に出ないと決め、スマホをシャッドダウンして家に向かう。
 けれども、電源を切ったはずのスマホから、ヒーローのテーマが鳴り続けた。

 家の前で、真希はとうとうスマホを投げ飛ばした。
 そしてそれは深い水たまりに水没した。
 これでもう鳴らない。
 ほうっと息を吐き、家の中に入る。
 今日は本当に酷い目にあった。
 シャワーを浴びて着替えよう。
 
 着替えを用意していると、なにかが光った気がした。
 そして。

 ぷるるるるるる
 ぷるるるるるる
 ぷるるるるるる

 固定電話が鳴り出した。

 
 
 
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