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2 行く手を阻むもの
しおりを挟む共を一人連れ進む道は深い霧に包まれ、高い湿度が不快なまでに纏わりつく不気味な旅だった。
供のブルーノはドルチェの兄に仕えていた幼馴染みで現在はドルチェの側近兼良心とでも言うべき存在だ。護衛でないのは彼があまりにも気弱だからだろう。
「殿下、本気ですか? この森、一度迷えば抜け出せないだとか、帰ってこなかった子供が白骨で見つかっただとか有名な場所じゃないですか」
不安そうなブルーノは剣術の腕としては決して弱くはないはずなのだが昔から気が弱い小心者だ。
「私の理想の花婿を探すためだ。それにこの程度……問題ない」
魔力を薄く伸ばし霧を払いながら先へ進む。
棘のある植物の蔓が行く手を阻むように伸びてきた。
「ひいっ……殿下! やっぱりここは危険ですって!」
逃げましょうよと叫ぶブルーノにドルチェはため息を吐いた。
鏡の魔術師に補強させた魔力を視る特殊レンズで確認すれば間違いなく鎖はこの先に続いている。
「どうしても同行するとごねたのはお前だろう。この先に私の花婿が居ることは間違いないのだ」
「花婿って……殿下の好みを突き詰めれば防腐処理済みの死体じゃないですか……こないだなんて隣国まで見合いだって葬儀に参列して相手を怒らせて一国を滅ぼしたじゃないですか……」
そんなこともあっただろうか。
ドルチェは首を傾げた。
朧気な記憶だと、見合いを妨害されたような気もするがはっきりとは覚えていない。
「はぁ……せめて生きている人間に興味を示してください」
ブルーノがため息を吐く。
「この鎖によると我が花婿までそう遠くないはずなのだが……」
ドルチェはずっしりと重くさえ感じる番を示す鎖を視る。
方角は間違っていない。互いの血潮を絡み合わせたような鎖は確かにこの霧の先を示していた。
「殿下……これ、方向を惑わす呪いですよ?」
「安心しろ。花婿には辿り着ける」
「帰り道の心配をしてください」
ブルーノは今にも叫び出しそうだった。
盗賊相手なら平然と対処できるだろうが、彼は幽霊や呪いの類いが苦手だ。その割に、いや、だからこそ呪術やその類いに敏感なのだ。
ドルチェもまたレンズで確認しながら先へ進む。
随分と複雑な魔術が繰り広げられている。
「ほぅ、幻覚を見せる罠も仕掛けられているな」
「殿下、きっとこの魔術師は近づかれるのが嫌いなんですよ。触れない方がいいですよ」
怯えたブルーノは、それでも従者として少しでも盾になろうとしているのかドルチェを庇うように先を進んでいる。
「お前、少しは学習しろ。この程度」
指を鳴らせば罠が砕け散る。
ドルチェの魔力の前でこの程度の罠は意味を成さない。
深い霧、行く手を阻む蔓。そして方角を惑わす呪いに、怪物の幻覚を見せる罠。
余程この先に隠したいものがあるらしい。そしてその場所にドルチェの番が居る。
ドルチェはブルーノを追い越して先へ進んだ。獣道も行く手を阻むように荊が生い茂る。
この荊は魔術によって生み出されているものだ。
ドルチェは薄く伸ばした破壊の魔力を盾のように使い押し進んだ。
荊はドルチェの魔力に触れると砂のように崩れていく。
そうしてしばらく進むと塔が見えた。どこかの田舎貴族の城だろうか。それにしても殆ど廃墟に見える。
窓は破れ、石壁に皹が走る。なにより特徴的なのは荊が建物を呑み込むように覆い尽くしていることだろう。
いや、荊ではない。
接近したドルチェは気づく。棘のない植物の蔓だった。蔓は何かの粘液を分泌しているのかぬめぬめと湿度の高い光を放つ。
「……毒か」
ずいぶんと念入りに仕掛けられた罠だ。よほどこの城に近づいて欲しくないらしい。
「ブルーノ、気をつけろ。この蔓は毒液を撒き散らしているようだ」
強酸性の毒らしい。融けた小動物の骨が見える。
「殿下……本気でここに入るつもりですか?」
今すぐ逃げ出したい様子のブルーノを無視し、ドルチェは先へ進んだ。
近寄る蔓を剣で斬りすて、毒液を魔力で散らす。
そうしながら長い石階段を四階分ほど上ったところでようやくひとつの部屋に辿り着いた。
てっきり地下だと思ったのに、鎖の先は上階にあったのだ。
重い鉄扉に何重もの鎖と頑丈な鍵。誰かが部屋の中にあるものを恐れていたように見える。
「これは……あれか? 絶対に開けるな、とかいうやつか?」
息を切らせながら後ろに追いついたブルーノに訊ねる。
「あ、当たり前です! これだけ厳重なんですよ? きっと古の魔物だとか野獣だとかそういうものが封印されているに違いありません!」
「だが、私の番殿はこの先にいるらしい」
ずっしり重い鎖の感触まで伝わってきそうなほど、鮮血色の鎖が、レンズなどなくても見えてしまう。
呼ばれている。
ドルチェは扉の向こうに感じ取った。
番がドルチェを呼んでいると。
「幸運に思え、我が番よ。この破壊の魔力がお前を解き放つ祝福の力だ」
ドルチェは必要もないのに役者のように芝居がかった仕草で鎖と共に扉も砂へと変えた。
いつの間にか夜になっていたらしい。朽ちた窓から大きな月明かりが差し込む。
部屋には誰もいなかった。
なにもない空洞。一切の家具さえもなく、誰かをここで生活させようとしていたわけでもないようだった。
ただひとつ。
中央に置かれた柩の他は。
柩には幾重に魔力を帯びた荊が巻き付いている。絶対にこの中身を外に出さないとでも決意しているように蓋を締め付けている。
「これは……まさに……運命……」
女神が定めた番が、理想の相手だった。
「いやいやいや、殿下! あなたの伴侶は生きていなければ大問題です! 世継ぎはどうなさるんですか!」
ブルーノは柩に接近しようとしたドルチェの手を掴む。
「愛人が増えるのは構いませんが、これを伴侶だなんて持ち帰るのは問題ですし、愛人だとしてもこんな厳重に封印された死体はちょっと……」
遠慮して言葉を選んでいたはずのブルーノはとうとうドルチェの理想を「死体」と表現してしまった。
「ふっ……血は争えないな……」
「いや、抗って下さい」
ブルーノは頭を抱える。
しかしドルチェはその手を振り払い剣先で荊を切り裂く。切られた荊はそのまま砂になって崩れ落ちた。
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