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3 鉛の柩に眠る彼
しおりを挟む「さあ、私の花婿……見合いといこう」
ドルチェは慎重に柩の蓋をずらした。その途端、噎せ返るような百合の香りが広がる。
驚き、急いで蓋を開けると白百合に包まれ眠る姿があった。
眠っている。
名状しがたい美がただ、眠っている。
呼吸の音はなく、鼓動もないだろう。しかしそれは眠っていた。
この鉛の柩に封じられていたのは野獣でも白骨でも腐乱死体でもなく、美の女神が作り出した挙げ句女神にさえ嫉妬された最高傑作だったらしい。
ドルチェにはこの美を讃えられる言葉が浮かばない。
「……なんて……美しい……」
塔が見せる幻覚なのだろうか。
慌ててレンズで確認する。しかし間違いなくドルチェの鎖は鉛の柩に眠るこの男に続いている。
「……これは……」
怯えながらようやく中身を確認したブルーノは驚愕の後、ただただ柩の中で眠る彼に見惚れていた。
なぜこんなにも厳重に封印されていたのか。
この男を誰にも渡したくないと考えた権力者があらゆる魔術を使ってここに保管したのだろうか。
塔の状態からしてここ最近のものではない。十年、二十年。いや、もっと長い間この男はここに封じられていたはずだ。
それなのに……柩の中身はつい先程納められたばかりのようだ。
「お前は……いつからここにいたのだ? なぜもっと早く私を呼ばなかった」
柩の中の番に囁く。
当然、返事などあるはずもない。
「ブルーノ、この男を持ち帰る。柩ごとだ。馬車を用意しろ」
呆けていたブルーノに、魔力で音を鳴らし命じれば相当驚いたらしく体が大きく跳ねた。
「で、殿下……正気ですか? あの道を戻って、馬車を連れてこいと?」
「罠は私の術で壊した。問題ないはずだ」
早くしろと睨めば、慌てて駆け出していく。
これで邪魔者はいなくなった。
「やっとふたりきりになれたね」
ドルチェは柩の中で眠る男に囁く。
好みなんて考える余裕すら与えない美貌はドルチェが望んだものを軽々と超えていた。
どんな美辞麗句を並べたところでこの男の前では陳腐にしか感じられないだろう。
視線が逸らせない。
そして惹き付けられる。
見えない糸に操られるように体が動いた。
そうすることが当然だとでも言うように、ドルチェの体は柩で眠る男の唇に唇を重ねたのだ。
なにが起きたのだろう。
柔らかいくせに冷たい感触が熱を奪うようだった。
なにかがおかしい。
ドルチェは咄嗟に彼から体を離す。
途端、声が響く。
「迎えに来るのが遅いよ。俺の番様」
なんとも言えない甘さを含んだ声だった。男と言われても女と言われても納得してしまう。中性的な声で、どこか心地よい。
その声は柩の中から響いた気がした。
ドルチェが視線を動かす瞬間、両手が伸びドルチェの頭を捕らえた。
「なっ……」
驚く間もなく唇を押し当てられた。
「あれ? 俺の顔に耐性あったりする? さすが番様だね。ところで女? まぁ、男でも構わないけど」
見た目は暴力的な美貌の癖に口を開くとずいぶんと軽い印象を受ける。
「ドルチェだ。宵闇の国の王位継承者である王女でお前の番だ」
ドルチェは動揺を隠しながら名乗る。
「へー、王女様か。俺、権力争いに巻き込まれるのは遠慮したいな」
彼は冗談のように笑いながらゆっくりと起き上がった。
「俺はブラン。えーっとね、生まれたのは……たしか深緑の国だったかなぁ? あ、俺、淫魔だから所謂フローフシってやつ」
随分と軽い調子で本性を告げられたドルチェは困惑する。
「……女神よ……なぜ私の番はこんなにも口数が多いのだ?」
「あれ? 大人しい方が好み? ごめんごめん、なんせ二百年も閉じ込められてたからさ。でもドルチェも酷いよね。なんで今まで探しに来てくれなかったの?」
ブランは誘惑するような手つきでドルチェの顎を撫でる。
「仕方ないだろ。見つからなかったのだから」
やはり柩に押し込んで蓋を閉めて放置しようか。そんな考えが過る。
そもそも本当に二百年もここにいたなら年上過ぎる。
「お前は本当に私の番なのか? だったら私が生まれた時に糸が見えたはずだ」
「あー、それはね。この塔のせいだよ。余程厳重に俺を閉じ込めたかったらしい」
ブランの手が頭の後ろに回ったかと思うと、それが当たり前とでも言うようにドルチェの唇に唇を重ねた。
離れようとすれば逃がさないとでも言うように頭を押さえられる。
何度も唇を啄み、ようやく満足したのか解放された時にはドルチェは屈辱を感じた。
「あー……かわいい。俺の番様……すごくかわいい……」
心底嬉しそうにそう零すブランにドルチェはただただ困惑する。
ドルチェを可愛いなどと表現した人間はくたばる前の兄くらいのものだ。
近しい者は皆ドルチェを恐れ、未来の暴君とまで称されることもある。
「俺たち死んでも離れられない運命の番なんだけど……ドルチェはどうなりたいの? 俺は体だけの関係でもいいけど」
けど……と彼は続ける。
「けど俺、本気になると結構嫉妬深いかも?」
ふぅっと耳に吐息がかかるように囁かれ、ドルチェの背筋は震えた。
この男は危険だ。自分の美貌の使い方を熟知している。
「わ、私は……婿を探していたのだ」
「へぇ? 俺は愛人でもいいけど……うん、ドルチェの旦那も誘惑して両方喰うのもありかな」
ブランは楽しんでいる様子だ。
ドルチェは苛立つ。
「仮にも私の番だと言うのであれば堂々と浮気宣言するな!」
ドルチェが求めているのは一途で無口な仕事の邪魔をしない男だ。どうもブランは美貌以外条件から外れているように感じる。
「ふーん? じゃあ、俺は王女様の謎の愛人じゃなくて、君の伴侶にして貰えるということかな?」
楽しむような口調が余計にドルチェを苛立たせた。
「そのつもり……だったが……」
こんなにもうるさい男だとは想定外だ。
「が?」
「口数の多すぎる男は好みではない!」
思わず叫んでしまう。
あんまりだ。
こんなのが番だなんて。
運命の女神を激しく呪う。
二度と祈りなど捧げるものか。
ドルチェは心の中で絶叫した。
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