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第一章

謹慎②

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「旦那様の関心がセシリアお嬢様に向いたことを悟って、大人しくしているのかしら……?」

 困惑気味に独り言を零し、侍女長はいそいそと部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送り、私は一先ずやりかけの書類を手に取った。
────そして、書類仕事に明け暮れること三日。
使用人達の態度は少し軟化してきた。
と言っても、まだ警戒心は解けていないが。

 あくまで、アイリスたる私に同情しているだけなのよね。
急に両親の関心を奪われ、孤立して可哀想……みたいな。
そのせいか、どれだけ書類仕事を頑張ってもテーブルマナーや礼儀作法を完璧にしても、『あぁ、両親の気を引きたいのね』という風に見られて……アイリスたる私の変化をあまり不審がっていない。

 どちらかと言うと、セシリアたるアイリスの方を訝しんでいるみたい。
お父様達が何とかフォローしているとはいえ、かなりワガママを言っているようだから。
でも、大半の者は『今まで構ってもらえなかったから、赤ちゃん返りしているのだろう』と捉えていて……多少のワガママには、付き合っているらしい。

 『優し過ぎるわよ、皆……』と嘆息しつつ、私は溜まった仕事を粗方片付ける。
と同時に、顔を上げた。

「ねぇ、今日もお父様に会えないの……?」

 壁際へ立つ監視役の侍女へ問い掛けると、彼女は小さく肩を竦める。

「恐らく。一応聞いてはみますが、断られると思いますよ」

「そう……」

 まあ、お父様からすれば私と接触する必要なんてないものね。
それよりも、セシリアたるアイリスとの時間を優先したいだろうし……一度、仕事を放棄してみようかな?
いや、ダメよ。そんなことをしたら、更に罰を与えられるし……いざとなったら、お父様自身でこなせばいいだけだもの。
私にしか出来ない事という訳ではないから、結果自分の首を絞めるだけになる。

 『冷静に局面を見なさい』と己を律し、私は逸る気持ちを抑えた。
まだ時間があることを念頭に起きながら過ごし────クライン公爵家へ行く前日を迎える。
もうすっかり暗くなった空を一瞥し、私は使用人達と向き合った。

「こんな夜中に集まってもらって、ごめんね。ちょっと話があって」
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