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第一章

落胆と虚しさ①

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「私はただ普通に……人間らしく、生きたかっただけなんだ」

 すっかり自分の世界へ入り込む父に対し、私は大きく息を吐いた。

「そうですか。なら、何故────逃げなかったのですか?」

「はっ……?」

 思わずといった様子で素っ頓狂な声を上げる父は、ピシッと固まる。
まじまじとこちらを見つめてくる彼の前で、私は真剣な表情を浮かべた。

「神官になるなり、駆け落ちするなり色々方法はあった筈です」

「そ、そんなこと出来る訳……」

「ない、ということはないでしょう?これほどの騒動を引き起こしておいて」

 『貴方はそんな臆病者じゃない』と切り捨て、私は小さく深呼吸する。
気を抜いたら、怒鳴ってしまいそうで。

「確かに『家から出る』という行為は簡単に出来ないし、褒められた行動でもありません。でも、本当に貴族として生きることが嫌なら……苦痛なら、そういう選択肢だって取れた筈。そしたら、ここまで拗れることもなかったでしょう」

「それは……そうかもしれないが、私の父は厳格で……」

 連れ戻された可能性を示唆する父に、私は小さくかぶりを振った。
『この人はどこまで現実から、目を背けるつもりなんだろう?』と呆れながら。

「お母様はお祖父様のことを『厳しいけど、覚悟を持って話せばきちんとこちらの言い分を聞いてくれる人』と言っていました。お父様もそれは分かっていた筈。それでも、逃げなかったのは────公爵になりたかったからでしょう?貴族という身分を捨てるのが、恐ろしかったからでしょう?」

「っ……!」

 図星だったのか、父は反論出来ずに黙りこくった。
ただ俯くことしか出来ない彼を前に、私はすかさず畳み掛ける。

「つまり、貴方の言う“普通の暮らし”は────貴族としての特権や恩恵を受けておきながら、義務や責任は果たさないこと」

「……」

「本当に贅沢な望みですね」

 貴族としてあるべき姿を叩き込まれた私にとって、父の考えはまさに駄々っ子そのもの。
正直、見ていてとても不快だった。

「『あれもこれも欲しいけど、それは嫌』なんてワガママ、子供でも通りませんよ」

「くっ……」

 己の本質を……矛盾を突きつけられ、父はちょっと赤面する。
『貴族としての生き方を強要される、可哀想な自分』から、『自分本位でワガママなやつ』に印象が切り替わり、恥ずかしく思っているようだ。

「貴方の間違いは現実を直視せず、曲解したこと。また、割り切る理性と切り捨てる勇気を覚えなかったことです。きちんと人生の取捨選択をしていれば……中途半端に投げ出したり求めたりせず、己の分を弁えていればこんなことにはならなかったでしょう」

 ここぞとばかりに父の落ち度を指摘し、私はなんだか虚しい気持ちになる。
『この人の根底にある考えはこれだったのか』と思うと、落胆してしまって。
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