上 下
59 / 97
第一章

身を守る術③

しおりを挟む
「じゃあ、あとのことは任せました。私は少し離れた場所から、見ていますので」

 『せめて、初回くらいは傍に居た方がいいだろう』との判断で、私は見学を決め込む。
数歩後ろに下がる私の前で、ルパート殿下は早速講義を始めた。
かと思えば、説明もほどほどに実践へ移る。
『とにかく、掛かってこい』と示す彼を前に、アイリスは一瞬の躊躇いもなく拳を繰り出した。

 か、仮にも相手は第三皇子なのに……アイリスは本当に容赦ないというか、なんというか。

 『見ているこっちがヒヤヒヤする』と身震いする中、アイリスは次々と攻撃を仕掛けていく。
が、ルパート殿下には当たらない。
さすがは戦場経験者とでも言うべきか、アイリスの動きを全て見切り、回避していた。
それも、ほんの僅かな動きで。

「もっと脇を締めろ。それから、全身を使え。お前の武器は拳と蹴りだけか?」

 的確なアドバイスを与えながら、ルパート殿下は素早くアイリスの背後に回る。
と同時に、首を軽く掴んだ。

「こうなった時、どうする?考える時間はないぞ。相手はお前に反撃する暇など与えず、首を絞めるなり動脈を切るなりするからな」

 『ほら、早く動け』と言い放ち、ルパート殿下は少しばかり手に力を込めた。
その瞬間、アイリスは肘を打ち込むものの……案の定、避けられる。

「及第点ではあるが、なかなかいい動きだ。だが、女である以上力では男に敵わない。だから、狙うなら急所だ。さっきのシチュエーションだと、目が一番いいな。素手じゃ、心臓や首筋などの急所は狙えないし」

「はい」

 思ったより本格的……というか実践的なやり方に気を良くしたのか、アイリスは素直に従う姿勢を見せた。
表情も普段より、活き活きして見える。
そして、何より────

「────着実に上達しているな」

 そう言って、私の隣に立ったのは祖父であるフランシス・ジェフ・エーデルだった。
どうやら、休憩ついでに様子を見に来てくれたらしい。
祖父もちょっと心配だったのだろう。

「ええ。前々から運動神経のいい子だとは思っていましたが、まさかここまでとは……」

 ルパート殿下のアドバイスを全て吸収しているアイリスに、私はスッと目を細める。
礼儀作法やマナーの講義からやれば出来る子であることは分かっていたものの、正直こんなに優秀だとは思ってなかった。
『体術を習わせたのは正解だったかも』と思案する中、祖父はゆるりと口角を上げる。

「何か武器を持たせてみるのも、いいかもしれんな。簡単な護身術を教える程度じゃ、満足せんだろう────師も弟子も」

 明らかに楽しんでいる様子のルパート殿下とアイリスを見つめ、祖父は『こりゃ、化けるぞ』と呟いた。
かと思えば、踵を返す。
どうやら、そろそろ仕事に戻るようだ。

「アイリスに合う武器は剣と鞭だな。そんな気がする」

「では、とりあえずその二つを用意しておきます」

「ああ」

 『予算案はこちらで組んでおく』と言い残し、祖父は建物の中へ戻って行った。

 さて、ヴィンセントに頼んでいい鍛冶師を紹介してもらわなくちゃ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】勇者のハーレム要員など辞退します

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,698pt お気に入り:2,432

すきにして

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:1,164pt お気に入り:0

会社を辞めて騎士団長を拾う

BL / 完結 24h.ポイント:2,733pt お気に入り:40

顔の良い灰勿くんに着てほしい服があるの

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:440pt お気に入り:0

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:603pt お気に入り:2,361

女装転移者と巻き込まれバツイチの日記。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:24

処理中です...