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最終章

欲しかったもの

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 私────ディアナはソファの上で目覚めた。
 こ、こは....?
 私の寝ているソファの目の前には暖炉が...。それからキッチンやテーブル、棚など多くの家具がこの空間の中にギュッと詰まっていた。
 小ぢんまりとした空間ではあるが、何故か妙に落ち着く....。
 ぼーっとする頭でゆっくりと窓の外へ視線を向けた。
 も、り....?
 それもかなり深い森だと思われる。
 この小さな家の周りには草木が生い茂っていた。

「ディアナ、起きたか?」

「.....よく眠れた?」

 わっ!?
 突然声をかけられた私は大袈裟なくらい体をビクつかせた。
 な、なんだ....サラマンダーとノームか。
 声のした方へゆっくりと体を向ければ薪を手にした二人の姿が目に入った。
 薪割りでもしてたのかしら...?
 精霊が薪割りなんて面白いわね。ふふっ。

「ディアナ、寝起きで悪いが少し大事な話がある。良いか?」

「.....嫌なら、また日を改めて話を...」

「ううん。私は大丈夫だよ。それで話って?」

 頭がまだ完全に覚醒しきっていない私はなんの気なしに話を促した。
 それによって自分が深く傷つくことも知らずに....。
 サラマンダーとノームはそれぞれ椅子に腰掛けるとおもむろに口を開く。

「ディアナ、まず最初にお前を覚えているのはここに居る俺とノーム、あとは忘却の悪魔レーテーくらいだ。それ以外の精霊や人間たちはディアナの忘れている」

「.....昨日の...スターリ国と精霊の戦い...いや、戦争を覚えてる?あの戦争を止めるために...それとディアナのことを守るためにサラマンダーはレーテーに頼んでディアナの記憶を全て人間や精霊から消してもらったんだ」

 記憶....?忘れる?私を?人間や精霊たちが....?
 昨日の記憶を呼び覚ますと、印象深い鮮やかな赤が脳裏に甦った。
 私のせいで使用人たちは死んでいった...いや、きっと使用人たちだけではないだろう。もっと多くの人間が精霊の手によって殺された筈だ。
 目に涙が溜まるのを感じながら、私は気絶する直前の記憶を手繰り寄せる。
 そうだ....私は...レーテーに眠らされて....。
 そうか、そういうことだったんだ...。
 戦争の原因とも言える私を皆の記憶から抹消することによって、戦争の終止符を打ったと....。
 嗚呼....私────今凄くホッとしてる....。
 どんな形であれ、精霊達の呪縛から解放されて安心している私が居た。
 寂しさももちろんあるがそれ以上に解放感の方が圧倒的に大きい。
 嗚呼、もうあの生活から解放されるんだ....。
 私....自由なんだっ....!
 もう誰にも指図されない。誰にも束縛されない。誰にも脅されることはない。
 もう私は自由なのだから。
 ポロリ...またポロリと涙が溢れ出す。
 サラマンダーもノームもこの涙が悲しみで出来たものではないと理解しているからか、声をかけるなんて野暮な真似はしなかった。
 ただただ複雑そうな表情で私を見つめるだけ....。
 同族でもあり仲間である精霊達を私が邪魔だと思っていたことにやるせなさを感じているのだろう。
 ごめんね....二人とも。
 でも....多分、もう私は貴方達以外の精霊と関わり合えない。
 次、また同じ事を繰り返されたら私は駄目になってしまう。
 心が粉々に砕けて修復不可能になってしまうと思うの....。
 だから、ごめんなさい。

「......ディアナっ!これから、たくさん話をしよう?」

「話....?」
 
「ああ、そうだ。話をしよう

────俺達の未来の話を」   

「み、らい....?」

 そんなの考えたこともなかった。
 私は精霊達に決められた道を歩むんだと思っていたから....。
 精霊達によって、幾つもあった選択肢は取り壊され、彼らにとって都合の良いものしか残されていなかった。

「....サラマンダー、未来の話は気が早いよ。まずは現状を説明しないと。ここがどこなのか、とか」

「そうだったな。すっかり忘れてたぜ」

「....はぁ...全く、これだからサラマンダーは...」

「なんだよ、そのダメな子を見るような目は!」

「....実際ダメな子でしょ?」

「ああん?もういっぺん言ってみろ!」

 青筋を立てるサラマンダーとそれを鬱陶しそうに見つめるノーム。
 ギャアギャアと騒ぐ彼らはなんだか今までとは違う気がした。
 ギスギスした感じの喧嘩じゃなくて動物の兄弟同士がやる喧嘩みたいだ。
 新鮮な雰囲気に思わず笑みが溢れる。
 そうか....私はこういうのを求めていたんだ。
 言いたいことを言い合えるそんな関係がずっと欲しかった。
 サラマンダーとノームとなら、そんな関係を築き上げることが出来る気がする。
 私の欲しいものは手を伸ばせた届く位置にあった。
 なら────あとは私が手を伸ばすだけ。

「サラマンダーもノームも喧嘩しないの」

「喧嘩じゃねぇ!ただの言い合いだ!」

「....それを喧嘩って言うんじゃないの?サラマンダーは本当に馬鹿だね」

「ああん!?ノーム、てめぇ表出ろや!」

 ノームの胸ぐらを掴みあげ、外に引きずっていこうとするサラマンダーを嗜めながら、そっと自身の頬に触れた。
 うん、ちゃんと笑えてる。

 伸ばした手はちゃんと届いた。

 ギャアギャア喚くサラマンダー、煩わしそうに耳を塞ぐノーム、そんな二人の間に割って入る私。
 どこにでもありそうな日常だけど、今までの私にはなかったもの。
 ─────やっと手に入った。
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