心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど

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第二章

サミュエル殿下の提案

「よし、話はまとまったな。じゃあ、グレイス今日一日だけよろしく頼む」

 ────と、正式にサミュエル殿下の護衛を要請された一時間後。
私は一度別室に行って服を着替え、早速護衛対象の元へ足を運んだ。

「急遽サミュエル殿下の護衛を担当することになりました、エテル騎士団所属の第一騎士グレイスです。よろしくお願いします」

 自身の胸元に手を添えて一礼し、私はチラリと相手の反応を窺う。
一体どんな態度を取ってくるのか、と警戒しながら。
『今朝会った時は私の存在なんて目にも入っていない様子だったけど』と思案する中、サミュエル殿下はニッコリ笑った。

「うん、よろしくね。君みたいに可愛い子が来てくれて、嬉しいよ」

 『なんだか、得した気分だ』と浮かれるサミュエル殿下に、私は戸惑いを覚えた。
だって、予想していた反応と真逆だから。
『まさかの歓迎?』と困惑していると、サミュエル殿下が来客用のソファを指さした。

「良かったら、お茶でもどう?せっかくだから、君と仲良くなりたくて」

 『色々お話しよう』と提案し、サミュエル殿下は侍女へ目配せする。
と同時に、テーブルの上へ紅茶やお菓子が並べられた。
どうやら、お茶するのは決定事項らしい。

「あの、お気持ちは大変有り難いのですが、職務中ですのでご遠慮いたします」

 『いざという時、直ぐに動けないのは困る』と主張し、私は壁際へ下がろうとする。
その途端、サミュエル殿下は顔色を曇らせた。

「もしかして、僕のこと警戒している?」

 悲しそうに眉尻を下げ、サミュエル殿下はじっとこちらを見つめる。
どこか弱々しい雰囲気を醸し出しながら。

「あぁ、やっぱり……兄さんに何か言われたんだね」

 沈黙を肯定と受け取ったのか、サミュエル殿下は勝手に一人で納得した。
まあ、その考えは概ね合っているのだが。
『驚いて、咄嗟に反応出来なかった』と反省する私を前に、サミュエル殿下はゆらゆらと瞳を揺らした。

「兄さんになんて言われたのか知らないけど、全部デタラメだよ。お願い、信じて」

 僅かに身を乗り出して懇願してくるサミュエル殿下に、私はどうしたものかと悩む。
上手い切り返しが、思いつかなくて。

 そもそも、何故サミュエル殿下は私の信用を勝ち取ろうとしているのかしら?
第一騎士という肩書きを除けば、ただの平民に過ぎないのに。
正直、ここまでする必要はないと思う。

 『一体、何が狙いなのか』と訝しみつつ、私はゆっくりと顔を上げた。

「お茶の誘いを断ったのは、先程も言った通り職務に差し支えるからです。ご理解ください」

 サミュエル殿下を警戒していることには触れず、再度同じ理由を提示。
一応、これも断った要因の一つであるため。
『護衛中に椅子へ座り、飲食するなど有り得ない』と主張する中、サミュエル殿下は残念そうに肩を落とした。

「そっか……仕事のためなら、しょうがないね。諦めるよ。でも、話くらいはしてもいいよね?」

 縋るような目でこちらを見つめ、サミュエル殿下は食い下がる。
ルビーの瞳に哀愁を滲ませる彼の前で、私は思い悩んだ。
さすがに会話までダメと言うのは、可哀想な気がして。
何より、護衛対象とのコミュニケーションは一応仕事のうちだから。
何かあった際、命を預けても大丈夫な相手だと信じてもらえないと仕事に差し支えるため。
『拒否するのは無理ね』と考え、私は気持ちを切り替えた。

「少しだけなら、構いません」

 『長話は集中力が切れるので、NG』と主張しつつ、私は渋々折れる。
その途端、サミュエル殿下はパッと表情を明るくした。

「本当?ありがとう。嬉しいよ」

 大袈裟なくらい喜びを表し、サミュエル殿下はうんと目を細める。
と同時に、口を開いた。

「それじゃあ、早速質問なんだけど、何か趣味はあるかい?」

「いえ、特には」

「えっ?本当に?」

 『一つくらいあるでしょ?』と詰め寄るサミュエル殿下に対し、私は悩む素振りを見せる。

「……強いて言うなら、魔術でしょうか?まあ、私は魔力なしなので使えませんけど」

 『論文を読んだり、ディラン様の魔術を見たりする程度』と語り、私は顔を上げた。
すると、ルビーの瞳と目が合う。

「騎士が魔術に興味を持つなんて、珍しいね。大抵は剣の方に関心を示すのに」

「剣も好きですが、魔術は幼い頃から見てきたものなので特別なんです」

 過去の記憶を手繰り寄せ、私は僅かに目を細める。
師匠が見せてくれた数々の魔術奇跡を思い浮かべながら。

「ふーん?特別、ね」

 ゆるりと口角を上げるサミュエル殿下は、何故かとても楽しそうだった。

「あっ、そうだ。魔術に興味があるなら、皇室の所有する資料や文献を見せてあげようか?」

「えっ?いいんですか?」

 僅かに目を剥いて聞き返すと、サミュエル殿下はニッコリ笑って頷く。

「もちろん。でも、その代わりと言ってはなんだけど────僕の協力者になってくれないかな?」

 うまい話には裏があるとでも言うべきか、サミュエル殿下は取り引きを持ち掛けてきた。
『君の働きに応じて、別途報酬も支払う』と述べる彼を前に、私はスッと表情を引き締める。

「それは『サミュエル殿下の近衛になれ』という意味でしょうか?」

「いや、所属は変えず今まで通り過ごしてほしい」

「今まで通り、ですか?それだと、何も協力出来ないと思いますが」

 自分の取り柄は腕っ節の強さくらいなので、サミュエル殿下に貢献出来ることなんて護衛以外なかった。
『もしや、事務仕事を任せようとしている?』と疑問に思う中、彼は少し躊躇う素振りを見せる。
が、意を決したように口を開いた。

「君には────僕の切り札になってほしいんだ」

 グッと手を握り締め、サミュエル殿下はどこか思い詰めたような表情を浮かべる。
と同時に、重苦しい空気が流れた。

「詳細は伏せるけど、最近ちょっと周りが騒がしくてね。あまり人を信用出来ないんだ。だから、いざという時の備えとして戦力が欲しい。その上で、平民且つ新人の君は都合がいいんだ。いい意味で、政治や権力に染まっていないだろう?」

 『だから、周りより信用出来る』と断言するサミュエル殿下に、私は少しばかり戸惑いを覚える。
だって、とても初対面の人間に頼むようなことじゃないから。

「確かに経歴や立場を考えれば切り札に打って付けかもしれませんが、人となりも分からない状況でそのようなことを仰るのは……」

「うん、リスキーだね。でも、僕は仕事熱心で真面目な君を信じたい」

 『短時間でも、その誠実な人柄は分かった』と語り、サミュエル殿下は必死に訴え掛けてきた。
真っ直ぐにこちらを見据える彼の前で、私は困り果てる。

「そのように評価していただけるのは大変有り難いですが、サミュエル殿下の切り札なんて私に務めるとは思えません。昔から、嘘や隠し事は苦手なので」

 『その“いざという時”まで、関係を悟らせないように出来るかどうか』と零し、私はルビーの瞳を見つめ返す。

「大変恐縮ながら、協力の件はお断りいたします。ご期待に添えず、申し訳ございません」

 深々と頭を下げ、私は精一杯の謝意を示した。
すると、サミュエル殿下は十数秒ほど押し黙る。
その際、ギシッと歯を食いしばるような音が聞こえた。

「そっか。分かったよ。でも、気が変わったらいつでも言ってね」
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