心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど

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第二章

師匠の懇願

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◇◆◇◆

 師匠は時折辛い表情を見せながらも何とか過去を語り終え、ゆっくりと顔を上げた。
と同時に、スッと目を細める。

「メロディを失った後の僕は、案の定とでも言うべきか自暴自棄になったよ。何度、自決しようとしたか分からない。でも、そんな時メロディとよく似た瞳を持つグレイスに出会って……僕は変わったんだ。生きる活力が湧いた、とでも言うのかな?この子のために生きよう、と思えた」

 『生きる意義と自分の存在価値を見出せたんだ』と言い、師匠はじっとこちらを見つめた。

「だから……という訳じゃないが、この子だけは絶対に幸せにしなければならないと考えた。そのためには、まず自分を戒める必要があった。グレイスを過剰に甘やかさないために……いつかは、僕なしで生きていかないといけないのだから。一線を引く意味合いも込めて、親子関係ではなく師弟関係を選んだんだ」

「!」

 親のようでありながら決して師という立場を崩さなかった彼に……その真意に、私は瞠目した。
そこまで深く考えて決めたことだとは、思わなくて。
『これも師匠なりの愛情であり、配慮だったのね』と思案する中、彼は膝の上で手を組む。

「早めの自立を促していたのも、広い世界を見てくるよう言っていたのも同じような理由だよ。とにかく、グレイスには僕の居ない環境でも生きていけるようになってほしかった。生きる理由や意義を見出せないと、呼吸さえ出来ない僕のようにはなってほしくなかったから」

 他人に依存する生き方がどれほど脆いのか身を持って知っているため、師匠は珍しく熱弁を振るった。
が、急にトーンダウンする。

「でも、今日死にかけたグレイスを見て自分の判断が正しかったのか分からなくなった」

 額に手を当てて俯き、師匠は柄にもなく顔を歪めた。
恐らく、今日の出来事と共に亡くなった奥さんの記憶が甦ったのだろう。

「僕はいつも自分が亡くなった後のことを考えていたけど、グレイスだってメロディのように先へ逝ってしまうかもしれない。なら、後のことは一旦置いておいてまずグレイスの安全を確保するべきじゃないか?そう考えたら、止まらなくて……また離れて暮らすのが、怖くなった」

 不安を前面に出して弱音を零し、師匠はゆっくりと顔を上げる。
と同時に、少しばかり身を乗り出した。

「だから頼む、グレイス……僕と一緒に帰ってくれ。メロディのみならず、娘のように育てたお前さえも失ったら僕はもう自分を保てない……」

 『この通りだ』と言って深々と頭を下げ、師匠は必死に懇願してきた。
何故だかいつもより小さく見える彼を前に、私はそっと眉尻を下げる。
少なからず、同情してしまって……だけど────

「ごめんなさい。それでも、私はディラン様の隣に居たいです」

 ────こちらの意思は変わらなかった。
非情と思われるかもしれないが、『可哀想だから』というだけで大事な決定を行う訳にはいかない。
それはきっと、誰のためにもならないから。
『結局、全員不幸になる未来しか見えない』と思いつつ、私は真っ直ぐに前を見据えた。

「師匠の不安や恐怖は、よく分かります。私も同じ立場なら、相当気を揉んだでしょうから。なので、出来ることなら安心させてあげたい。でも、それでディラン様と離れ離れになってしまうのなら……今の幸せを手放さないといけないのなら、私は何も出来ません」

 『師匠の懇願を切り捨てでも、この生活を守りたい』と主張し、私は強く手を握り締める。
自分の決断に迷いや後悔はないものの……やはり、罪悪感を覚えてしまって。

「恩知らずな弟子で、本当にごめんなさい」

 あんなに良くしてくれた師匠の願いを跳ね除けるという暴挙に、私はひたすら負い目を感じた。
居た堪れなくなって頭を下げる私の横で、ディラン様が慌てたように口を開く。

「ローハン男爵の持っている不安や恐怖は、僕が必ず解消します。きっと今はそんなの信じられないでしょうが、これからの頑張りと活躍で挽回出来たらと思います」

 『絶対にもっと強くなりますから』と再三告げるディラン様は、僅かに身を乗り出した。

「なので、どうかグレイス嬢の安全・・より幸せ・・に目を向けてくれませんか?」

 『お願いします』と言ってお辞儀し、ディラン様は真摯な対応を貫く。
あくまで相手の理解を得ようとする彼の姿勢に、師匠は少しばかり目を剥いた。
かと思えば、呆れたように……でも、何かが吹っ切れたようにカラリと笑う。

「分かった、グレイスの幸せを第一に考えよう」

 瞳の奥に僅かな不安と恐怖を残しつつも、師匠はディラン様の主張を受け入れた。
と同時に、席を立つ。

「約束通り、連れて帰るのは諦めるよ。悪い大人の狡い話に付き合ってくれて、ありがとう」

 『あと、色々酷いことを言ってごめん』と謝り、師匠は隣室に繋がる扉へ足を向けた。
恐らく、部屋の主である魔塔主を呼びに行くのだろう。
『二人は先に帰っていていいよ』と声を掛け、彼はドアノブに手を掛けた。
かと思えば、何かを思い出したかのようにこちらを振り返る。

「そうだ、一つ言い忘れていたよ」

 『うっかりしていた』とでも言うように肩を竦め、師匠は真っ直ぐこちらを見つめた。

「────幸せになるんだよ、二人とも・・・・

 真剣味を帯びた声色で、静かに……でも、ハッキリと言い、師匠は小さく笑う。
その際、一瞬だけ……本当に一瞬だけ、夜空を詰め込んだような黒い瞳が見えた。
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