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第二章
団体発表
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「魔女よ、そこまでだ。これ以上、君の横暴を許す訳にはいかない」
何かを薙ぎ払うような動作で手を動かすレーヴェン殿下に、私はハッとした。
『えっと、セリフセリフ』と焦りつつ、照明をもう一度跳ね飛ばす。
「お、横暴だなんて……貴方に言われる筋合いは、ありません。あれほど、私に優しくしておきながら今更突き放すなんて、あんまりです」
「だからと言って、やっていい事と悪い事があるだろう。さすがに看過出来ない」
ルーシーさんを背に庇いつつ、レーヴェン殿下は剣を構えた。
かと思えば、威勢よく斬り掛かってくる。
まあ、あくまでフリだが。
キラリと光る模造刀を前に、私は照明を最後にもう一度だけ跳ね飛ばした。
と同時に、斬られる演技をする。
「くっ……」
水魔法で血糊代わりの赤い液体を出しながら、私は後ろへ倒れた。
ようやくハッキリ見えた照明を前に、私はすかさず氷結魔法を展開する。
そして、天井に固定する形で凍らせた。
これなら、カーテンコールまで持つ筈。
ホッと息を吐き出す私は、死んだフリのまましばらく待機。
『やり切った』という達成感に見舞われる中、ステージは暗転し、予定通り舞台袖へ引っ込んだ。
エンディングとなる舞踏会のダンスシーンを眺めながら、おもむろに仮面を取る。
基本公演は一日一回だけだから、今日はもうおしまい。
自由時間に入る。
『でも、その前に照明のことを伝えないと』と思案しつつ、音楽に耳を傾けた。
間もなくして劇は終わりを迎え、カーテンコールへ。
皆の頑張りが実ったおかげか、一回目の公演はまさに大盛況だった。
拍手に包まれて下ろされた幕を前に、私は慌ててレーヴェン殿下とルーシーさんの元へ向かう。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
これからゲームのイベントや来賓の対応で忙しい二人を引き止め、私は曖昧に笑った。
意味ありげに天井を見上げ、二人に照明のことを気づいてもらうよう動く。
「実は劇中に上のものが落ちそうになって……とりあえず固定はしましたが、一時的なものですので早めに手を打ちたく」
「あー……なるほど。前に倒れる筈のところを後ろに倒れたのは、そういうことか」
魔女が倒されるシーンのことを言っているのか、レーヴェン殿下は納得したように頷いた。
その隣で、ルーシーさんは『やっぱり、こうなったか』と苦笑い。
「ありがとう、リディア。一人で気を張って、大変だったでしょ」
「いえ、全然大丈夫でしたよ。まあ、やっぱり緊張はしましたけど」
一歩間違えれば大事故に繋がるため、私は『内心ヒヤヒヤしました』と明かした。
まだ激しく脈打つ心臓を前に、チラリと視線を上げる。
「それより、二日目以降の公演でこういったトラブルはないんですよね?」
事前に教えてもらった情報を思い浮かべつつ、私は『念のための確認』という意味合いで問い掛けた。
すると、ルーシーさんは間髪容れずに首を縦に振る。
「うん、そう。トラブルは初日だけ。残り三回の公演は何事もなく、終わる筈だよ」
『だから、安心していい』と述べるルーシーさんに、私は安堵の息を吐いた。
────と、ここでずっと沈黙を守ってきたレーヴェン殿下が口を開く。
「もしや、二人は今日のトラブルを事前に知っていたのかい?これも、ルーシー嬢のギフトの能力?なら、今度からは私にも言っておくれ」
『出来得る限りの対策は取る』と意気込むレーヴェン殿下に、ルーシーさんは目を剥いた。
「えっ?でも、これはアレに関係ないし……」
今回はごくごく個人的なことで……魔王戦と一切関係ないため、相談するのは躊躇われたのだろう。
あくまで利害の一致というか、ビジネスパートナーに近い関係なので遠慮したんだと思う。
『頼っていいのか?』と困惑するルーシーさんを前に、レーヴェン殿下は大きく息を吐いた。
「アレに関係ないから、なんだと言うんだい?私達は友人だろう?友の窮地を救いたいと思うのは、当然じゃないか」
『私がピンチを見過ごすとでも?』と語気を強め、レーヴェン殿下は小さく頭を振る。
心外だと言わんばかりに。
「友人の危機に何も出来ないなんて、これほど悲しいことはないよ」
「ご、ごめんなさい」
極自然に謝罪の言葉を口にするルーシーさんは、バツの悪そうな……でも、心底驚いたような表情を浮かべている。
『友達認定されていたんだ……』と呟き、口元に手を当てた。
恐らく、緩んだ頬を隠すためだろう。
「えっと……今度からはちゃんと言います」
「ああ、是非そうしておくれ。私だけ仲間外れなんて、寂しいからね」
「はい、すみません」
申し訳なさそうに身を縮め、ルーシーさんは『確かにちょっと感じ悪かったかも』と反省する。
『ニクスやリエートにも言った方がいいかな?』と悩む彼女の横で、私も一応謝罪した。
知っていて、黙っていたのは私も同じだから。
何度か伝えようかと思ったんだけど、ルーシーさんに止められてしまって。
でも、こうなるならもっと強く『皆に伝えよう』と主張するべきだったわね。
今回は何とか私一人で対応出来たけど、これからもそうとは限らないから。
「一先ず、トラブルの後処理はこちらで引き受けよう」
天井にへばりついた照明を眺めつつ、レーヴェン殿下はそう申し出た。
すると、ルーシーさんがギョッとしたように目を見開く。
「えっ!?いやいや!悪いですよ!」
ブンブンと首を横に振って拒絶してくる彼女に、レーヴェン殿下はそっと眉尻を下げた。
「何も出来なかったのだから、これくらいやらせておくれ」
「うぐ……その言い方は狡い」
ギュッと胸元を握り締め、ルーシーさんは『反則……!』と叫ぶ。
そして、何かを堪えるように両目を瞑った。
かと思えば、いきなり真顔に戻り、コホンッと一回咳払い。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「よろしくお願いします。あっ、とりあえず下ろしておきますね」
さすがに照明をそのまま放置していく訳にはいかないため、固定用の氷を全て冷気に変えた。
と同時に、落ちてきた照明を風で受け止め、ゆっくり下ろす。
やっぱり私のコントロールでは不十分で、少し傷を付けてしまったが……レーヴェン殿下に『問題ない』とのお言葉を頂く。
「それじゃあ、二人ともまた明日。学園祭を楽しんで」
床に置いた照明を一瞥し、レーヴェン殿下は小さく手を振った。
『ニクス達によろしくね』と言う彼に、私達はコクリと頷く。
一先ず一階のホールから出ようと通行口を通り、廊下に出た。
────と、ここで兄やリエート卿に囲まれる。
『待ってました』と言わんばかりに私達の手を引く彼らは、人気のない場所へ誘導してきた。
「お兄様、どちらに行かれるのですか?」
「生徒会室」
サラッと行き先を答える兄に、私は『なるほど』と相槌を打つ。
が、ルーシーさんは納得いかない様子で眉を顰めた。
「それはまた何で……?」
「ここじゃ、ゆっくり話も出来ないから」
周囲の視線がこちらに向いていることを示し、リエート卿は小さく肩を竦める。
と同時に、目的地へ到着した。
中に人でも居るのか、リエート卿は『入りまーす』と声を掛けてから扉を開ける。
すると、そこには私の両親とアレン小公爵の姿が。
「悪いな、呼びつけて」
「私達も廊下で待っていようかと思ったんだけど、挨拶の列というか人集りが出来てしまって」
「通行の邪魔になりそうだったから、ここに避難してきた」
『さすがに主役の子供より目立つのはどうかと思うし』と言い、アレン小公爵は苦笑を零す。
『それに話したいこともあったしな』と述べる彼に促され、私達は中へ足を踏み入れた。
一番最後に入ってきた兄が扉を閉め、しっかり施錠までする。
「リディア、結界を張れ」
「あっ、はい」
言われるがまま結界魔法を展開し、私は『これでいいですか?』と聞く。
すると、兄は間髪容れずに頷いた。
「じゃあ、僕達も席に着こう」
何かを薙ぎ払うような動作で手を動かすレーヴェン殿下に、私はハッとした。
『えっと、セリフセリフ』と焦りつつ、照明をもう一度跳ね飛ばす。
「お、横暴だなんて……貴方に言われる筋合いは、ありません。あれほど、私に優しくしておきながら今更突き放すなんて、あんまりです」
「だからと言って、やっていい事と悪い事があるだろう。さすがに看過出来ない」
ルーシーさんを背に庇いつつ、レーヴェン殿下は剣を構えた。
かと思えば、威勢よく斬り掛かってくる。
まあ、あくまでフリだが。
キラリと光る模造刀を前に、私は照明を最後にもう一度だけ跳ね飛ばした。
と同時に、斬られる演技をする。
「くっ……」
水魔法で血糊代わりの赤い液体を出しながら、私は後ろへ倒れた。
ようやくハッキリ見えた照明を前に、私はすかさず氷結魔法を展開する。
そして、天井に固定する形で凍らせた。
これなら、カーテンコールまで持つ筈。
ホッと息を吐き出す私は、死んだフリのまましばらく待機。
『やり切った』という達成感に見舞われる中、ステージは暗転し、予定通り舞台袖へ引っ込んだ。
エンディングとなる舞踏会のダンスシーンを眺めながら、おもむろに仮面を取る。
基本公演は一日一回だけだから、今日はもうおしまい。
自由時間に入る。
『でも、その前に照明のことを伝えないと』と思案しつつ、音楽に耳を傾けた。
間もなくして劇は終わりを迎え、カーテンコールへ。
皆の頑張りが実ったおかげか、一回目の公演はまさに大盛況だった。
拍手に包まれて下ろされた幕を前に、私は慌ててレーヴェン殿下とルーシーさんの元へ向かう。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
これからゲームのイベントや来賓の対応で忙しい二人を引き止め、私は曖昧に笑った。
意味ありげに天井を見上げ、二人に照明のことを気づいてもらうよう動く。
「実は劇中に上のものが落ちそうになって……とりあえず固定はしましたが、一時的なものですので早めに手を打ちたく」
「あー……なるほど。前に倒れる筈のところを後ろに倒れたのは、そういうことか」
魔女が倒されるシーンのことを言っているのか、レーヴェン殿下は納得したように頷いた。
その隣で、ルーシーさんは『やっぱり、こうなったか』と苦笑い。
「ありがとう、リディア。一人で気を張って、大変だったでしょ」
「いえ、全然大丈夫でしたよ。まあ、やっぱり緊張はしましたけど」
一歩間違えれば大事故に繋がるため、私は『内心ヒヤヒヤしました』と明かした。
まだ激しく脈打つ心臓を前に、チラリと視線を上げる。
「それより、二日目以降の公演でこういったトラブルはないんですよね?」
事前に教えてもらった情報を思い浮かべつつ、私は『念のための確認』という意味合いで問い掛けた。
すると、ルーシーさんは間髪容れずに首を縦に振る。
「うん、そう。トラブルは初日だけ。残り三回の公演は何事もなく、終わる筈だよ」
『だから、安心していい』と述べるルーシーさんに、私は安堵の息を吐いた。
────と、ここでずっと沈黙を守ってきたレーヴェン殿下が口を開く。
「もしや、二人は今日のトラブルを事前に知っていたのかい?これも、ルーシー嬢のギフトの能力?なら、今度からは私にも言っておくれ」
『出来得る限りの対策は取る』と意気込むレーヴェン殿下に、ルーシーさんは目を剥いた。
「えっ?でも、これはアレに関係ないし……」
今回はごくごく個人的なことで……魔王戦と一切関係ないため、相談するのは躊躇われたのだろう。
あくまで利害の一致というか、ビジネスパートナーに近い関係なので遠慮したんだと思う。
『頼っていいのか?』と困惑するルーシーさんを前に、レーヴェン殿下は大きく息を吐いた。
「アレに関係ないから、なんだと言うんだい?私達は友人だろう?友の窮地を救いたいと思うのは、当然じゃないか」
『私がピンチを見過ごすとでも?』と語気を強め、レーヴェン殿下は小さく頭を振る。
心外だと言わんばかりに。
「友人の危機に何も出来ないなんて、これほど悲しいことはないよ」
「ご、ごめんなさい」
極自然に謝罪の言葉を口にするルーシーさんは、バツの悪そうな……でも、心底驚いたような表情を浮かべている。
『友達認定されていたんだ……』と呟き、口元に手を当てた。
恐らく、緩んだ頬を隠すためだろう。
「えっと……今度からはちゃんと言います」
「ああ、是非そうしておくれ。私だけ仲間外れなんて、寂しいからね」
「はい、すみません」
申し訳なさそうに身を縮め、ルーシーさんは『確かにちょっと感じ悪かったかも』と反省する。
『ニクスやリエートにも言った方がいいかな?』と悩む彼女の横で、私も一応謝罪した。
知っていて、黙っていたのは私も同じだから。
何度か伝えようかと思ったんだけど、ルーシーさんに止められてしまって。
でも、こうなるならもっと強く『皆に伝えよう』と主張するべきだったわね。
今回は何とか私一人で対応出来たけど、これからもそうとは限らないから。
「一先ず、トラブルの後処理はこちらで引き受けよう」
天井にへばりついた照明を眺めつつ、レーヴェン殿下はそう申し出た。
すると、ルーシーさんがギョッとしたように目を見開く。
「えっ!?いやいや!悪いですよ!」
ブンブンと首を横に振って拒絶してくる彼女に、レーヴェン殿下はそっと眉尻を下げた。
「何も出来なかったのだから、これくらいやらせておくれ」
「うぐ……その言い方は狡い」
ギュッと胸元を握り締め、ルーシーさんは『反則……!』と叫ぶ。
そして、何かを堪えるように両目を瞑った。
かと思えば、いきなり真顔に戻り、コホンッと一回咳払い。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「よろしくお願いします。あっ、とりあえず下ろしておきますね」
さすがに照明をそのまま放置していく訳にはいかないため、固定用の氷を全て冷気に変えた。
と同時に、落ちてきた照明を風で受け止め、ゆっくり下ろす。
やっぱり私のコントロールでは不十分で、少し傷を付けてしまったが……レーヴェン殿下に『問題ない』とのお言葉を頂く。
「それじゃあ、二人ともまた明日。学園祭を楽しんで」
床に置いた照明を一瞥し、レーヴェン殿下は小さく手を振った。
『ニクス達によろしくね』と言う彼に、私達はコクリと頷く。
一先ず一階のホールから出ようと通行口を通り、廊下に出た。
────と、ここで兄やリエート卿に囲まれる。
『待ってました』と言わんばかりに私達の手を引く彼らは、人気のない場所へ誘導してきた。
「お兄様、どちらに行かれるのですか?」
「生徒会室」
サラッと行き先を答える兄に、私は『なるほど』と相槌を打つ。
が、ルーシーさんは納得いかない様子で眉を顰めた。
「それはまた何で……?」
「ここじゃ、ゆっくり話も出来ないから」
周囲の視線がこちらに向いていることを示し、リエート卿は小さく肩を竦める。
と同時に、目的地へ到着した。
中に人でも居るのか、リエート卿は『入りまーす』と声を掛けてから扉を開ける。
すると、そこには私の両親とアレン小公爵の姿が。
「悪いな、呼びつけて」
「私達も廊下で待っていようかと思ったんだけど、挨拶の列というか人集りが出来てしまって」
「通行の邪魔になりそうだったから、ここに避難してきた」
『さすがに主役の子供より目立つのはどうかと思うし』と言い、アレン小公爵は苦笑を零す。
『それに話したいこともあったしな』と述べる彼に促され、私達は中へ足を踏み入れた。
一番最後に入ってきた兄が扉を閉め、しっかり施錠までする。
「リディア、結界を張れ」
「あっ、はい」
言われるがまま結界魔法を展開し、私は『これでいいですか?』と聞く。
すると、兄は間髪容れずに頷いた。
「じゃあ、僕達も席に着こう」
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