あやかし花屋の花売り少女

あーもんど

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第二章

その二十

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 それから、作業に没頭し続けた烏天狗が気づいたときにはもう夕方になっていた。
 雲一つない快晴の空を夕日が赤く染め、影を長く伸ばす。
 もう....こんな時間か。
 赤く染まった空を見上げ、烏天狗はふと少女の方を振り返った。
 宝石のスモーキークォーツを彷彿させる茶色の瞳は酷く澄んでいて....真っ直ぐ烏天狗の目を見つめている。
 曇りのない瞳に烏天狗は一瞬たじろいた。
 んな目で俺を見てんじゃねぇーよ....。
 生温い夏風が二人の間を通り過ぎていく。
 夏の暑さのせいなのか、それともよく分からない焦りからなのか汗が止まらない。
 滝のような汗を流す烏天狗は額に溜まった汗をグイッと手で無造作に薙ぎ払った。

「今日はお盆最終日....大切な人がなら、やっぱりお墓参りに行くべきよ」

 お盆はまた来年やって来る。別に今年じゃなくても良い。
 それにお墓参りなんて、当人がその気になればお盆じゃなくても行ける行事だ。
 でも、少女はそれらを理解した上で『今日墓参りに行け』と烏天狗に告げた。
 烏天狗の事情など少女は知らない。
 でも、何故だか...今日じゃないと駄目な気がしたのだ。
 今日行かないと烏天狗が後悔すると直感的にそう思った。
 少女は手にしていた三色の菊を烏天狗の方へ突き出した。
 まるで『選べ』とでも言っているようだ。

「お盆は死んだ人が現世に帰ってくるとされている特別な日。運が良ければ、その人にまた会えるかもしれないわ」

 そんなの迷信だと少女も気づいている。
 だが、気づいた上で烏天狗にそう言って聞かせた。
 この人には今、縋るものが必要なの....。
 本当かどうかも分からない都市伝説だとしても、縋るには十分だった。
 少女は最初から気づいていたのだ。
 烏天狗が己に縋っていたことを。
 助けてくれ、と....彼が願っていたことを。

「過去は変えられない。未来は分からない。でも、“今”は貴方自身が作ることが出来る。だから...今こそ過去への決別と人生の再スタートを切るべきよ」

 過去に囚われた者達は総じて不幸になる。
 だって、少女はそういう者達をたくさんから。
 この人にはそうなってほしくない....。
 きちんと自分の道を歩んでほしいの。
 烏天狗の過去に何があったのかは分からない。だが、なんとなく何かあったんだなというのは少女も理解できた。
 “永遠”を約束されたあやかし達は人間のように死んでリセットは出来ない。
 だから、人間達より圧倒的に後悔が多いし過去に囚われやすい。
 “死”を持って全てをリセット出来ない彼らは自分達で“過去”と“今”との折り合いを付けるしかないのだ。

「.....お前にっ!何が分かるんだよ!?最愛の女を自分の判断ミスで失った俺の気持ちが分かるのか!?分かんねぇーだろ!?餓鬼が一丁前に大人に説教垂れてるんじゃねぇーよ!」

 烏天狗は少女のアドバイスを跳ね退けるように声を荒げた。
 怒鳴り散らす烏天狗を前にしても、少女の表情は崩れない。
 相変わらずの無表情で激情に刈られる烏天狗を見上げていた。
 一体どんな気持ちで少女は彼を見つめているのか...それは誰にも分からない。
 ただ烏天狗の激昂を眺めているだけ。

「俺が殺したも同然なんだよ!なのに....なのにっ!今更どの面下げて会いに行けってんだよ!」

「.......」

「殺したんだよ、俺は!最愛の女を!愛してるのに....今もずっと...。なのに...俺は....」

「.......」

「俺は捨てた女を....今でも思い続ける女々しい男だ...。あいつの最期を看取ることすら、出来なかった....!最低なんだよ、俺は!」

 自分が如何に最低な男かを述べる烏天狗は必死だ。
 慰めを必要とせず、同情すらも嫌う烏天狗は幼い少女の前でツラツラと馬鹿みたいに言葉を並べる。
 少女はそんな滑稽とも言える烏天狗の哀れな姿に特に何か言うことはなかった。
 ただ聞いているだけ。
 相槌すら打たない少女だったが、今の烏天狗にはその対応が一番だった。
 慰められるのは嫌だ....自分が惨めに思えて仕方ないから。
 同情されるのも嫌だ....自分が可哀想な奴に思えてくるから。
 変な説教をされるのも嫌だ....他人にわざわざ説教されなくても自分が悪いのは俺が一番理解しているから。
 ただ聞いていてほしい。
 200年もの間、誰にも聞いてもらえず一人で抱えたこの想いを....記憶を....後悔を....ただ聞いてほしい。
 文章になっているかも怪しい文脈で気持ちに押されるまま、口を動かし続ける。
 口下手な烏天狗にしては珍しく口が止まらない。
 どこで息継ぎしているんだ?と疑問に思うほど、休みなく口を動かし続けた。

 そんな烏天狗の吐露する本音や後悔を少女はただじっと立ち止まって聞いていた。

 赤く染まった空は徐々に闇に飲み込まれていき、烏天狗のやけに回る口が止まったのは夜の帳が降りてからだった。
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