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第三章
その七
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ったく、なんだって言うんだよ。
猫又が走り去った病室内でコージは投げ付けられた花束をオーバーテーブルの上に置き、嫌悪感を露にする。
いきなり喋る猫が現れ、よく分からないことを言われて花束を投げ付けられれば誰だって困惑するだろう。
俺は昔から普通の人には視えないものが視える特殊な体質だから、あれも多分妖怪か幽霊の類いなんだろうけど....何で俺の名前を知ってたんだ?それにお見舞いって....それじゃあ、まるで俺とあいつが友達だったみたいな...。
だが、コージには猫又と過ごした幸せな日々が思い出せない。
霧がかかったように...とかではなく、本当に全く思い出せないのだ。猫又に『ミケ』と安直な名前を付けたことも、猫又に英語を教えてもらっていたことも、友であったことも、全て彼は忘れている。
あやかしの記憶が突発的に失われることはこの世界の理のようなもので、変えることの出来ない現実なのだ。
だから、猫又を忘れ去ってしまったコージに罪はない。
「そういやぁ、この花....昨日までそこに置いてあったよな」
花屋に置かれていた期間が長かったせいか、先日猫又が持ってきたアルストロメリアはあっさり枯れてしまった。コージが花の世話をしなかったことも枯れてしまった要因の一つだ。
確か、看護師さんが『もう枯れちゃったし、捨てとくわね~』とかなんとか言って、処分してたっけ?
あの花もあの三毛猫が持ってきたものなんだろうか?
俺は....あの三毛猫とどういう関係だったんだ?仮にあの猫と関わりがあったとして、何で俺はあいつのことを忘れているんだろう?
病気の影響だろうか?
脳腫瘍が俺の記憶を打ち消したとか....?でも、先生は『記憶がなくなる可能性がある』なんて言ってなかったよな。
じゃあ、何で俺は....あいつのことを忘れているんだ?
「訳分かんねぇ....」
呟いた言葉は空気に溶け込んでいく。
妙に静かな病室にコージはちょっとした違和感と寂寥感を抱いた。
何だ、これ....?
胸にぽっかり穴が空いたような喪失感がコージを襲う。
脳裏にチラつくのは三毛猫の泣き顔と寂しげな背中。
俺、どうしちまったんだろ....。
頭を抱え込むコージの耳にコンコンという控えめなノック音が届いた。物静かな部屋にはノック音がよく響く。
「....どうぞ」
「失礼します。点滴の取り替えを....あれ?その花どうしたんですか?」
点滴を替えに部屋を訪れた看護師の女性はオーバーテーブルの上に無造作に置かれたアルストロメリアの花束に首を傾げた。
確か、今日の川野さんの面会はご両親だけだった筈だけど...。
明日手術を控えているコージのことを気遣って看護師は面会を両親だけに制限していた。
ご両親が面会をしに来た際は花なんて持っていなかった筈だけれど....。
─────それにこの花の花言葉は....。
「誰か友達でも、こっそりお見舞いに来られたんですか?」
「?...いや?何でそう思ったの?」
「あれ?そうだったんですか?だって、その花の花言葉────『友情』と『幸い』なんですよ」
アルストロメリアのオレンジの花言葉は『友情』。そして、赤の花言葉は『幸い』である。
少女にとって、アルストロメリアのオレンジはただのおまけに過ぎなかったが、そのおまけが今、コージの心を大きく動かした。
とも、だち.....。
あの三毛猫がもしも俺を友だと呼び、見舞いに来てくれていたなら....俺は...俺はっ!!なんてことを!!
何で忘れたのかは分からない。ただ、あいつを友達だと認識すると妙に府に落ちると言うか....。
言葉では言い表せない何かがそこにはあった。
記憶には残っていない三毛猫をコージの心は“友”だと叫んでいる。
あのときは動揺して、突き放してしまったけど、よく考えてみれば分かることだったじゃないか!
「あ、あの....川野さん、大丈夫で...」
「─────ミケっ!!」
「え?あの....?」
突然『ミケ』と叫んだコージに看護師は若干引いているが、今それに構っている暇はない。
『ミケ』と叫んだコージだが、猫又を思い出した訳ではなかった。
ただ、なんとなく─────あの猫の名前は『ミケ』だと思ったのだ。
そこに理由も根拠もありはしない。
あるのは深い悲しみと後悔のみ。
「ごめん....ごめんな、ミケ...」
病気なんて、さっさとやっつけて会いに行くから....。
記憶もないのに会いに行ける筈がないだろう。
だが、コージは本気でミケに会いに行こうと思っている。
必ずもう一度会って、謝るんだ....!!それまでは死ねない!!
手術に対する恐怖や不安は消し去り、残ったのは『治さなきゃ!』という使命感だけ。
このとき、ようやくコージの中で病気に立ち向かう強い意思と覚悟が出来た。
「待ってろよ、ミケ....」
──────必ず会いに行くから。
猫又が走り去った病室内でコージは投げ付けられた花束をオーバーテーブルの上に置き、嫌悪感を露にする。
いきなり喋る猫が現れ、よく分からないことを言われて花束を投げ付けられれば誰だって困惑するだろう。
俺は昔から普通の人には視えないものが視える特殊な体質だから、あれも多分妖怪か幽霊の類いなんだろうけど....何で俺の名前を知ってたんだ?それにお見舞いって....それじゃあ、まるで俺とあいつが友達だったみたいな...。
だが、コージには猫又と過ごした幸せな日々が思い出せない。
霧がかかったように...とかではなく、本当に全く思い出せないのだ。猫又に『ミケ』と安直な名前を付けたことも、猫又に英語を教えてもらっていたことも、友であったことも、全て彼は忘れている。
あやかしの記憶が突発的に失われることはこの世界の理のようなもので、変えることの出来ない現実なのだ。
だから、猫又を忘れ去ってしまったコージに罪はない。
「そういやぁ、この花....昨日までそこに置いてあったよな」
花屋に置かれていた期間が長かったせいか、先日猫又が持ってきたアルストロメリアはあっさり枯れてしまった。コージが花の世話をしなかったことも枯れてしまった要因の一つだ。
確か、看護師さんが『もう枯れちゃったし、捨てとくわね~』とかなんとか言って、処分してたっけ?
あの花もあの三毛猫が持ってきたものなんだろうか?
俺は....あの三毛猫とどういう関係だったんだ?仮にあの猫と関わりがあったとして、何で俺はあいつのことを忘れているんだろう?
病気の影響だろうか?
脳腫瘍が俺の記憶を打ち消したとか....?でも、先生は『記憶がなくなる可能性がある』なんて言ってなかったよな。
じゃあ、何で俺は....あいつのことを忘れているんだ?
「訳分かんねぇ....」
呟いた言葉は空気に溶け込んでいく。
妙に静かな病室にコージはちょっとした違和感と寂寥感を抱いた。
何だ、これ....?
胸にぽっかり穴が空いたような喪失感がコージを襲う。
脳裏にチラつくのは三毛猫の泣き顔と寂しげな背中。
俺、どうしちまったんだろ....。
頭を抱え込むコージの耳にコンコンという控えめなノック音が届いた。物静かな部屋にはノック音がよく響く。
「....どうぞ」
「失礼します。点滴の取り替えを....あれ?その花どうしたんですか?」
点滴を替えに部屋を訪れた看護師の女性はオーバーテーブルの上に無造作に置かれたアルストロメリアの花束に首を傾げた。
確か、今日の川野さんの面会はご両親だけだった筈だけど...。
明日手術を控えているコージのことを気遣って看護師は面会を両親だけに制限していた。
ご両親が面会をしに来た際は花なんて持っていなかった筈だけれど....。
─────それにこの花の花言葉は....。
「誰か友達でも、こっそりお見舞いに来られたんですか?」
「?...いや?何でそう思ったの?」
「あれ?そうだったんですか?だって、その花の花言葉────『友情』と『幸い』なんですよ」
アルストロメリアのオレンジの花言葉は『友情』。そして、赤の花言葉は『幸い』である。
少女にとって、アルストロメリアのオレンジはただのおまけに過ぎなかったが、そのおまけが今、コージの心を大きく動かした。
とも、だち.....。
あの三毛猫がもしも俺を友だと呼び、見舞いに来てくれていたなら....俺は...俺はっ!!なんてことを!!
何で忘れたのかは分からない。ただ、あいつを友達だと認識すると妙に府に落ちると言うか....。
言葉では言い表せない何かがそこにはあった。
記憶には残っていない三毛猫をコージの心は“友”だと叫んでいる。
あのときは動揺して、突き放してしまったけど、よく考えてみれば分かることだったじゃないか!
「あ、あの....川野さん、大丈夫で...」
「─────ミケっ!!」
「え?あの....?」
突然『ミケ』と叫んだコージに看護師は若干引いているが、今それに構っている暇はない。
『ミケ』と叫んだコージだが、猫又を思い出した訳ではなかった。
ただ、なんとなく─────あの猫の名前は『ミケ』だと思ったのだ。
そこに理由も根拠もありはしない。
あるのは深い悲しみと後悔のみ。
「ごめん....ごめんな、ミケ...」
病気なんて、さっさとやっつけて会いに行くから....。
記憶もないのに会いに行ける筈がないだろう。
だが、コージは本気でミケに会いに行こうと思っている。
必ずもう一度会って、謝るんだ....!!それまでは死ねない!!
手術に対する恐怖や不安は消し去り、残ったのは『治さなきゃ!』という使命感だけ。
このとき、ようやくコージの中で病気に立ち向かう強い意思と覚悟が出来た。
「待ってろよ、ミケ....」
──────必ず会いに行くから。
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