あやかし花屋の花売り少女

あーもんど

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第三章

その八

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 それから一週間後の昼下がり。
 猫又は何をするでもなく、草むらの上に寝転がり惰眠を貪る。
コージに綺麗さっぱり忘れ去られたことが想像以上にショックだった猫又はここ最近元気がない。
食欲もなく、大したものを口にしていない猫又はたった一週間でかなり痩せ細っていた。
コージとの思い出が詰まったこの土手で寝転がり、惰眠を貪る生活をしている猫又の目に活きる活力はもうほとんど残っていなかった。
 コージの手術、上手くいったかにゃ...?ちゃんと生きているかにゃな?
手術が成功して、また学校とやらに通えてたら良いのにゃぁ....。
 コージの心配はすれど、怖くて会いに行けない猫又。
 もう....拒絶されるのも、友の死に顔を見るのも...うんざりにゃ。そんなの...見飽きたにゃ。
結局のところ、猫又は臆病者なのだ。
現実と向き合おうとしない....圧倒的弱者。
『あれもやだこれもやだ』では通らないことを長く生きた猫又ならば分かっている筈だ。
 それでも会いに行かないのはただ単に猫又の心が弱いだけ。
ほんの少しの勇気が────猫又に足りないだけである。
 猫又は閉じた瞼をゆっくりと開けると、キトンブルーの瞳に青空を映した。
雲一つない青々とした空は広く、猫又の心を少しだけ穏やかにさせる。
 コージもこの青空を見上げているのかにゃ....そうだと良いにゃぁ....。
いつまでも女々しくコージに縋っていてはならない。猫又だって、そんなのはよく分かっている。
分かっているが、なかなか踏ん切りがつかないのだ。
 もしかしたら、コージが迎えに来てくれるかもしれない。奇跡的に思い出すかもしれない。
そんな希望に縋りつき、今日もまたここから動けずにいる。
 ここなら....コージと過ごした思い出の場所にいれば、きっといつか迎えに来てくれると猫又は心のどこかで信じているのかもしれない。
 淡い希望を抱く己が滑稽に思えて仕方ない猫又は思考からシャットアウトするように再び目を閉じた。キトンブルーの美しい瞳は今、瞼に隠れて見えない。
 神様はいつだって我に厳しいにゃ....我の何がいけなかったのにゃ?

 我はただ─────友と一緒に居たいだけにゃのに...。

 長生きした者ほど欲がない。
猫又はただ友と一緒に居られれば、それで良かった。それ以上は決して望まなかった。
“永遠”だっていらない。
友とこの人生を駆け抜けることが出来るのなら、命なんて安いものだ。
 猫又にとって、“友”とは己の命よりも尊い存在である。
だから、世界のことわりによって友を奪われた悲しみは深い。
 誰を恨めば良いのかすら分からない猫又はただじっと悲しみに耐えるしかなかった。
 そんな猫又の元へ一つの足音が耳に入る。
こんな昼間からランニングとは精が出るにゃぁ...。
その荒々しい足音にピクピクと耳を反応させながらも、猫又は目を開けない。

 もう────期待するのには飽きたにゃ。

猫又は何度も期待した。
足音がする度、『コージなのでは!?』と飛び起き、その足音の主を目で追いかける。
その度、失望するのだ────こいつはコージじゃないと。
勝手に期待して失望しているだけだが、コージを求めてやまない猫又は期待することをやめられなかったのだ。
『次こそは』と期待しては失望する猫又は目を閉じ、現実からシャットアウトすることによって期待することをやめた。
期待したくなければ何も見なければ良い。
そうすれば、傷つかずに済む。
 心がズタズタに引き裂かれた猫又にもう一度希望を抱け、期待をしろと言うのは憚られた。

 だから──────猫又は今、聞いた足音にも決して反応しなかった。

 どうせコージじゃない、と決めつけて猫又は反応しなかったのだ。
─────それが間違いだと知らずに。

「─────ミケッ!!」

 っ.....!?
 い、今....ミケッて....。
あれは確かにコージの声....いや、でも....我の聞き間違いや幻聴である可能性も...!
期待しそうになる自分を必死に諌め、猫又はギュッと瞼に力を入れた。
期待してはならない、と自分に言い聞かせるように頑として目を開けようとしない。
 どんどん近付いてくる足音に比例するように猫又の心拍数が上がっていく。
期待しちゃ駄目にゃ....!駄目にゃ!!
どうせ、また傷つくに決まって.....。

 ─────猫又の側でピタリと足音が止んだ。

『あっ』と思ったときにはもう手遅れで、猫又はよく知る暖かい腕の中に閉じ込められていた。

「ミケ、ごめんなぁ....」

「っ....!!」

 以前と変わらない優しい低音ボイス。幾度となく呼ばれた『ミケ』という名前。泣きたくなるほど暖かい体温。
それらは全てコージが猫又にくれたもの。
 ここまで来て、意地を張れるほど猫又は出来ていない。
 もう夢でも幻でも良いにゃ....。
猫又は恐る恐る目を開けると、キトンブルーの瞳に以前と何も変わらない穏やかな表情をしたコージを映す。
夢にまで見た大切な友人が今、目の前にいる。
猫又にはそれだけで十分だった。

「っ.....!!何でコージがここに居るのにゃ...!!記憶は....」

「悪いけど、記憶はない。今でもミケのことは思い出せない」

「なら、何で名前....それに何で会いに来たのにゃ....?」

 コージは猫又の尤もな質問に苦笑いを浮かべる。
正直明確な理由は彼自身もよく分かっていない。
一つ確かなのは─────あの花言葉を聞いた途端、猫又に会わなくては!という使命感が沸き上がったこと。ただそれだけ。

「俺もよく分からない....ただミケに会って謝らなきゃって....その一心でさ。ごめんな、遅くなって。手術後の回復が思ったより遅くてさ、退院するまで時間がかかっちまった」

「あっ!そうにゃ!手術とやらは上手くいったのにゃ!?」

 自分のことで一杯一杯だった猫又は慌ててコージの無事を確かめた。
まあ、ここに居る時点で手術が成功したことは明白だが....。
それでも、猫又はコージの口から聞きたかったのだ。
 コージは慌てる猫又を安心させるようにニッと歯を見せて笑う。

「当たり前だろ!病気なんかに負ける俺じゃねぇーよ!」

「コージ....良かったにゃ...!本当に良かったにゃ!」

 キトンブルーの瞳からはポロポロと涙が溢れだした。
今度は悲し涙ではなく─────嬉し涙である。
キトンブルーの瞳から溢れだす透明な液体は美しく、この世の何よりも綺麗に感じた。
涙で濡れた猫又を日の光が照らし出す。
 コージ、無事で本当に....本当に良かったにゃ!
 猫又はとびきりの笑顔を親愛なる友へ送った。
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