46 / 48
第三章
その八
しおりを挟む
それから一週間後の昼下がり。
猫又は何をするでもなく、草むらの上に寝転がり惰眠を貪る。
コージに綺麗さっぱり忘れ去られたことが想像以上にショックだった猫又はここ最近元気がない。
食欲もなく、大したものを口にしていない猫又はたった一週間でかなり痩せ細っていた。
コージとの思い出が詰まったこの土手で寝転がり、惰眠を貪る生活をしている猫又の目に活きる活力はもうほとんど残っていなかった。
コージの手術、上手くいったかにゃ...?ちゃんと生きているかにゃな?
手術が成功して、また学校とやらに通えてたら良いのにゃぁ....。
コージの心配はすれど、怖くて会いに行けない猫又。
もう....拒絶されるのも、友の死に顔を見るのも...うんざりにゃ。そんなの...見飽きたにゃ。
結局のところ、猫又は臆病者なのだ。
現実と向き合おうとしない....圧倒的弱者。
『あれもやだこれもやだ』では通らないことを長く生きた猫又ならば分かっている筈だ。
それでも会いに行かないのはただ単に猫又の心が弱いだけ。
ほんの少しの勇気が────猫又に足りないだけである。
猫又は閉じた瞼をゆっくりと開けると、キトンブルーの瞳に青空を映した。
雲一つない青々とした空は広く、猫又の心を少しだけ穏やかにさせる。
コージもこの青空を見上げているのかにゃ....そうだと良いにゃぁ....。
いつまでも女々しくコージに縋っていてはならない。猫又だって、そんなのはよく分かっている。
分かっているが、なかなか踏ん切りがつかないのだ。
もしかしたら、コージが迎えに来てくれるかもしれない。奇跡的に思い出すかもしれない。
そんな希望に縋りつき、今日もまたここから動けずにいる。
ここなら....コージと過ごした思い出の場所にいれば、きっといつか迎えに来てくれると猫又は心のどこかで信じているのかもしれない。
淡い希望を抱く己が滑稽に思えて仕方ない猫又は思考からシャットアウトするように再び目を閉じた。キトンブルーの美しい瞳は今、瞼に隠れて見えない。
神様はいつだって我に厳しいにゃ....我の何がいけなかったのにゃ?
我はただ─────友と一緒に居たいだけにゃのに...。
長生きした者ほど欲がない。
猫又はただ友と一緒に居られれば、それで良かった。それ以上は決して望まなかった。
“永遠”だっていらない。
友とこの人生を駆け抜けることが出来るのなら、命なんて安いものだ。
猫又にとって、“友”とは己の命よりも尊い存在である。
だから、世界の理によって友を奪われた悲しみは深い。
誰を恨めば良いのかすら分からない猫又はただじっと悲しみに耐えるしかなかった。
そんな猫又の元へ一つの足音が耳に入る。
こんな昼間からランニングとは精が出るにゃぁ...。
その荒々しい足音にピクピクと耳を反応させながらも、猫又は目を開けない。
もう────期待するのには飽きたにゃ。
猫又は何度も期待した。
足音がする度、『コージなのでは!?』と飛び起き、その足音の主を目で追いかける。
その度、失望するのだ────こいつはコージじゃないと。
勝手に期待して失望しているだけだが、コージを求めてやまない猫又は期待することをやめられなかったのだ。
『次こそは』と期待しては失望する猫又は目を閉じ、現実からシャットアウトすることによって期待することをやめた。
期待したくなければ何も見なければ良い。
そうすれば、傷つかずに済む。
心がズタズタに引き裂かれた猫又にもう一度希望を抱け、期待をしろと言うのは憚られた。
だから──────猫又は今、聞いた足音にも決して反応しなかった。
どうせコージじゃない、と決めつけて猫又は反応しなかったのだ。
─────それが間違いだと知らずに。
「─────ミケッ!!」
っ.....!?
い、今....ミケッて....。
あれは確かにコージの声....いや、でも....我の聞き間違いや幻聴である可能性も...!
期待しそうになる自分を必死に諌め、猫又はギュッと瞼に力を入れた。
期待してはならない、と自分に言い聞かせるように頑として目を開けようとしない。
どんどん近付いてくる足音に比例するように猫又の心拍数が上がっていく。
期待しちゃ駄目にゃ....!駄目にゃ!!
どうせ、また傷つくに決まって.....。
─────猫又の側でピタリと足音が止んだ。
『あっ』と思ったときにはもう手遅れで、猫又はよく知る暖かい腕の中に閉じ込められていた。
「ミケ、ごめんなぁ....」
「っ....!!」
以前と変わらない優しい低音ボイス。幾度となく呼ばれた『ミケ』という名前。泣きたくなるほど暖かい体温。
それらは全てコージが猫又にくれたもの。
ここまで来て、意地を張れるほど猫又は出来ていない。
もう夢でも幻でも良いにゃ....。
猫又は恐る恐る目を開けると、キトンブルーの瞳に以前と何も変わらない穏やかな表情をしたコージを映す。
夢にまで見た大切な友人が今、目の前にいる。
猫又にはそれだけで十分だった。
「っ.....!!何でコージがここに居るのにゃ...!!記憶は....」
「悪いけど、記憶はない。今でもミケのことは思い出せない」
「なら、何で名前....それに何で会いに来たのにゃ....?」
コージは猫又の尤もな質問に苦笑いを浮かべる。
正直明確な理由は彼自身もよく分かっていない。
一つ確かなのは─────あの花言葉を聞いた途端、猫又に会わなくては!という使命感が沸き上がったこと。ただそれだけ。
「俺もよく分からない....ただミケに会って謝らなきゃって....その一心でさ。ごめんな、遅くなって。手術後の回復が思ったより遅くてさ、退院するまで時間がかかっちまった」
「あっ!そうにゃ!手術とやらは上手くいったのにゃ!?」
自分のことで一杯一杯だった猫又は慌ててコージの無事を確かめた。
まあ、ここに居る時点で手術が成功したことは明白だが....。
それでも、猫又はコージの口から聞きたかったのだ。
コージは慌てる猫又を安心させるようにニッと歯を見せて笑う。
「当たり前だろ!病気なんかに負ける俺じゃねぇーよ!」
「コージ....良かったにゃ...!本当に良かったにゃ!」
キトンブルーの瞳からはポロポロと涙が溢れだした。
今度は悲し涙ではなく─────嬉し涙である。
キトンブルーの瞳から溢れだす透明な液体は美しく、この世の何よりも綺麗に感じた。
涙で濡れた猫又を日の光が照らし出す。
コージ、無事で本当に....本当に良かったにゃ!
猫又はとびきりの笑顔を親愛なる友へ送った。
猫又は何をするでもなく、草むらの上に寝転がり惰眠を貪る。
コージに綺麗さっぱり忘れ去られたことが想像以上にショックだった猫又はここ最近元気がない。
食欲もなく、大したものを口にしていない猫又はたった一週間でかなり痩せ細っていた。
コージとの思い出が詰まったこの土手で寝転がり、惰眠を貪る生活をしている猫又の目に活きる活力はもうほとんど残っていなかった。
コージの手術、上手くいったかにゃ...?ちゃんと生きているかにゃな?
手術が成功して、また学校とやらに通えてたら良いのにゃぁ....。
コージの心配はすれど、怖くて会いに行けない猫又。
もう....拒絶されるのも、友の死に顔を見るのも...うんざりにゃ。そんなの...見飽きたにゃ。
結局のところ、猫又は臆病者なのだ。
現実と向き合おうとしない....圧倒的弱者。
『あれもやだこれもやだ』では通らないことを長く生きた猫又ならば分かっている筈だ。
それでも会いに行かないのはただ単に猫又の心が弱いだけ。
ほんの少しの勇気が────猫又に足りないだけである。
猫又は閉じた瞼をゆっくりと開けると、キトンブルーの瞳に青空を映した。
雲一つない青々とした空は広く、猫又の心を少しだけ穏やかにさせる。
コージもこの青空を見上げているのかにゃ....そうだと良いにゃぁ....。
いつまでも女々しくコージに縋っていてはならない。猫又だって、そんなのはよく分かっている。
分かっているが、なかなか踏ん切りがつかないのだ。
もしかしたら、コージが迎えに来てくれるかもしれない。奇跡的に思い出すかもしれない。
そんな希望に縋りつき、今日もまたここから動けずにいる。
ここなら....コージと過ごした思い出の場所にいれば、きっといつか迎えに来てくれると猫又は心のどこかで信じているのかもしれない。
淡い希望を抱く己が滑稽に思えて仕方ない猫又は思考からシャットアウトするように再び目を閉じた。キトンブルーの美しい瞳は今、瞼に隠れて見えない。
神様はいつだって我に厳しいにゃ....我の何がいけなかったのにゃ?
我はただ─────友と一緒に居たいだけにゃのに...。
長生きした者ほど欲がない。
猫又はただ友と一緒に居られれば、それで良かった。それ以上は決して望まなかった。
“永遠”だっていらない。
友とこの人生を駆け抜けることが出来るのなら、命なんて安いものだ。
猫又にとって、“友”とは己の命よりも尊い存在である。
だから、世界の理によって友を奪われた悲しみは深い。
誰を恨めば良いのかすら分からない猫又はただじっと悲しみに耐えるしかなかった。
そんな猫又の元へ一つの足音が耳に入る。
こんな昼間からランニングとは精が出るにゃぁ...。
その荒々しい足音にピクピクと耳を反応させながらも、猫又は目を開けない。
もう────期待するのには飽きたにゃ。
猫又は何度も期待した。
足音がする度、『コージなのでは!?』と飛び起き、その足音の主を目で追いかける。
その度、失望するのだ────こいつはコージじゃないと。
勝手に期待して失望しているだけだが、コージを求めてやまない猫又は期待することをやめられなかったのだ。
『次こそは』と期待しては失望する猫又は目を閉じ、現実からシャットアウトすることによって期待することをやめた。
期待したくなければ何も見なければ良い。
そうすれば、傷つかずに済む。
心がズタズタに引き裂かれた猫又にもう一度希望を抱け、期待をしろと言うのは憚られた。
だから──────猫又は今、聞いた足音にも決して反応しなかった。
どうせコージじゃない、と決めつけて猫又は反応しなかったのだ。
─────それが間違いだと知らずに。
「─────ミケッ!!」
っ.....!?
い、今....ミケッて....。
あれは確かにコージの声....いや、でも....我の聞き間違いや幻聴である可能性も...!
期待しそうになる自分を必死に諌め、猫又はギュッと瞼に力を入れた。
期待してはならない、と自分に言い聞かせるように頑として目を開けようとしない。
どんどん近付いてくる足音に比例するように猫又の心拍数が上がっていく。
期待しちゃ駄目にゃ....!駄目にゃ!!
どうせ、また傷つくに決まって.....。
─────猫又の側でピタリと足音が止んだ。
『あっ』と思ったときにはもう手遅れで、猫又はよく知る暖かい腕の中に閉じ込められていた。
「ミケ、ごめんなぁ....」
「っ....!!」
以前と変わらない優しい低音ボイス。幾度となく呼ばれた『ミケ』という名前。泣きたくなるほど暖かい体温。
それらは全てコージが猫又にくれたもの。
ここまで来て、意地を張れるほど猫又は出来ていない。
もう夢でも幻でも良いにゃ....。
猫又は恐る恐る目を開けると、キトンブルーの瞳に以前と何も変わらない穏やかな表情をしたコージを映す。
夢にまで見た大切な友人が今、目の前にいる。
猫又にはそれだけで十分だった。
「っ.....!!何でコージがここに居るのにゃ...!!記憶は....」
「悪いけど、記憶はない。今でもミケのことは思い出せない」
「なら、何で名前....それに何で会いに来たのにゃ....?」
コージは猫又の尤もな質問に苦笑いを浮かべる。
正直明確な理由は彼自身もよく分かっていない。
一つ確かなのは─────あの花言葉を聞いた途端、猫又に会わなくては!という使命感が沸き上がったこと。ただそれだけ。
「俺もよく分からない....ただミケに会って謝らなきゃって....その一心でさ。ごめんな、遅くなって。手術後の回復が思ったより遅くてさ、退院するまで時間がかかっちまった」
「あっ!そうにゃ!手術とやらは上手くいったのにゃ!?」
自分のことで一杯一杯だった猫又は慌ててコージの無事を確かめた。
まあ、ここに居る時点で手術が成功したことは明白だが....。
それでも、猫又はコージの口から聞きたかったのだ。
コージは慌てる猫又を安心させるようにニッと歯を見せて笑う。
「当たり前だろ!病気なんかに負ける俺じゃねぇーよ!」
「コージ....良かったにゃ...!本当に良かったにゃ!」
キトンブルーの瞳からはポロポロと涙が溢れだした。
今度は悲し涙ではなく─────嬉し涙である。
キトンブルーの瞳から溢れだす透明な液体は美しく、この世の何よりも綺麗に感じた。
涙で濡れた猫又を日の光が照らし出す。
コージ、無事で本当に....本当に良かったにゃ!
猫又はとびきりの笑顔を親愛なる友へ送った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる