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第一章

孤独《マチルダ side》

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◇◆◇◆

 ────時は少し遡り、脱出用の魔道具を発動した直後のこと。
私は完全に途方に暮れていた。

「もう……!ここ、どこよ!?」

 薄暗い空間を見渡し、私は怒りと不安でいっぱいになる。
だって、本来であればロイド様の前に転移される筈だったから。
場所ではなく人を目印にしているため、ここに彼の姿がないのは有り得ない。
つまり、何かしらの理由で転移は失敗したということ。

「だからって……!何でよりによって、ここなのよ!?真っ暗だし、臭いし、汚いし、本当に嫌!」

 『せめて、もっと綺麗な場所にしてよ!』と喚き散らし、私は目に涙を溜めた。
あまりにも、心細くて……。

 ロイド様に通信も出来ないし、本当にどうなっているの……!?

 通信機能も兼ね備えたペンダント型の魔道具を握り締め、私は『こんな時に故障!?』と叫ぶ。
でも、目に見える傷や不具合はない。
まあ、仮に見つかったとしても私の手では直せないが。

 一か八か……もう一回、転移してみる?

「いや……やめておきましょう。それで失敗したら、もう本当に後がないわ」

 魔道具に込められた魔力の残量を押し計り、私は慎重になる。
魔道具の魔力が切れれば、ロイド様との通信も出来なくなるため。

 とにかく、自力でここを抜け出さないと。
多分、他の人達はこの異常事態に気づいていないから。

 『助けは期待出来ない』と冷静に考え、私は拳サイズの火の玉を生成する。
一先ず、光源を確保しようと思って。

「うっ……!何ここ……牢屋?」

 先程まで自身の手元くらいしか見えなかったため分からなかったが、ここは明らかに普通の場所じゃない。
ポタポタと垂れる水滴や錆び付いた鉄格子を見つめ、私は戸惑った。

 建物の中……よね?私はてっきり、洞窟の中かと思っていたけど……じゃあ、探せば人も居るかしら?
いや、それよりも────

「────壁を壊した方が早そう」

 クルリと後ろを振り返り、私は手を前に突き出した。
そして、高火力の炎を発射するものの……ビクともしない。
『まさか、耐熱性……!?』と驚きながら壁に駆け寄り、じっくり観察する。
本当は嫌だったが、確認のため直接触ったり耳を押し当てたりした。

 幸い……と言うべきか、壁は耐熱性じゃなくて単に分厚いだけ。
ただ……この向こうに水が流れているため、無闇に壊せない。
もし、ここに大量の水が入ってきたらどうなるか……さすがの私でも理解出来た。

「……出口を探した方が賢明ね」

 半ば自分に言い聞かせるようにして呟き、私は真っ暗な通路を見据える。
正直怖いし、動きたくないが……前に進む以外の選択肢を選べなかった。
『イザベラが追い掛けてくるかもしれないし……』と危機感を抱き、腹を決める。
それから、私は────歩いて歩いて歩いて歩いて、歩き回って……それでも出口が見つからなくて、気力と体力を失いつつあった。

 もうダメ……心が折れそう。足も痛いし、何なの……。
それに────

「────また同じところに戻ってきちゃったし……」

 先程の攻撃で焦がした壁を見つめ、私は目を潤ませる。
ゴールのない迷路に放り込まれたような気分になり、不安と恐怖を感じた。
もはや喚く元気もなく、ヘナヘナとその場に座り込み蹲る。

 私、このまま死ぬのかな……?
誰にも知られず看取られず、たった一人で孤独に……。

 白骨化してもなお放置される自分の死体を想像し、私は絶望に苛まれる。
死ぬことも怖いが、それ以上に取り残されるのが恐ろしかった。
『一人ぼっちは嫌……』と呟き、自分の体をギュッと抱き締める。

「ロイド様……助けて」

 愛する人の存在に縋り、私はホロリと一筋の涙を零した。
その瞬間、

「────おっと、悪いな?姫を救うナイトじゃなくて」

 どこからともなくイザベラが姿を現し、ニヤリと笑う。
相も変わらず不気味な雰囲気を漂わせる彼女は、愉快げにこちらを見下ろした。

「私はどちらかと言うと、姫にトドメを刺す悪役だな。まあ、もっとも────貴様のような醜女では、姫など到底務まらないだろうが」

「な、なんですって……!?」

 容姿を貶され反射的に怒鳴り声を上げると、イザベラはスッと目を細める。

「昔、ある人が言っていたんだ。性格の悪さは顔に出るらしい、と。ほら、私の顔なんて特に分かりやすいだろう?」

 自身のことを指さし、イザベラは『昔からよく不気味だと言われるんだ』と述べた。
『メイド達の悪口を真に受けているの?』と考える私の前で、彼女はパチンッと指を鳴らす。
すると、あちこちに光の玉が現れ、室内を明るくした。
私の火の玉なんて霞んで見えるほど強い光に、目を窄める。

「最後に見える顔がコレとは、少し可哀想だな。よし────」

 何かを閃いたかのように笑い、イザベラはおもむろに顔を覆い隠す。
そして、『いないいないばあ』と同じ要領で手を退かすと、そこには────ロイド様の顔があった。
比喩表現でも何でもなく、本当にイザベラの顔がロイド様に変わったのだ。

「なん、で……?」

 訳が分からず呆然とする私に対し、イザベラは小首を傾げる。

「死ぬ時に見るのは、愛する人の顔がいいだろう?だから、貴様に限りこの顔で逝かせてやる」

 『有り難く思え』と言い、イザベラは慈悲深い己を称えた。
かと思えば、スルリと自身の顎を撫でる。

「そもそも、貴様自身の罪はイザベラの婚約者を寝取ったことのみ。その分、情状酌量の余地があると判断した」

 『それ故の特別扱いだ』と語り、イザベラはそっと腰を折った。
おもむろにこちらへ手を伸ばし、私の頬を鷲掴みにすると、無理やり目線を合わせてくる。
先程見た暗闇よりずっと黒い双眼を前に、私はゴクリと喉を鳴らした。

「こ、こんなことしてタダで済むと思っているの……きっと、ロイド様やお父様が────」

「────あぁ、言い忘れていたが、貴様の父親もさっき母親馬鹿犬と同じところへ行ったぞ」

「!?」

 父の死を告げられた私は、目の前が真っ暗になる。
頼みの綱の一つが切られたことに愕然とし、瞳を揺らした。
全身から力が抜けていく感覚に陥りながら、打ちひしがれる。
『嘘よ』と疑う余裕もないほどに。

 お父様さえも敵わなかったってこと?この死に損ないに?
じゃあ、ロイド様も────

「本物のナイトはまだ・・殺さないが……予定には入っているから、安心しろ」

 『そう遠くない未来に再会するだろう』と告げ、イザベラは私の懸念を確信に変えた。
戦闘というより、狩りに近い感覚で……勝利するのが当たり前かのように話す彼女は、終始笑顔である。
それがまた恐ろしくて……酷く不気味だった。
『ロイド様と同じ顔なのに、ここまで違うのか』と衝撃を受ける中、彼女は私の胸元にそっと手を添える。

「貴様のナイトに早く見つけてもらえるよう、綺麗に殺してやる」
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