悪辣令嬢の独裁政治 〜私を敵に回したのが、運の尽き〜

あーもんど

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第三章

帰る

「分かった。私に答えられることなら、何でも答えてやる」

 腰に手を当ててそう宣言すると、レジーナは瞳を揺らす。
不安と緊張を露わにしつつ小さく深呼吸する彼女は、真っ直ぐ前を見据えた。
かと思えば、意を決したように口を開く。

「未来のお前は幸せか?」

 『私が居なくても大丈夫なのか?』という懸念を言動に滲ませるレジーナに、私はフッと笑みを漏らした。
母親というものは本当に子供のことばかり考えているんだな、と思いながら。

「────ああ、可愛い伴侶と優秀な部下に囲まれてこの上なく幸せだ」

 『だから、安心しろ』と告げると、レジーナは少しばかり表情を和らげる。

「そうか。なら、いい」

 ホッとしたように胸を撫で下ろし、レジーナはどこか満足そうに微笑んだ。
────と、ここで一人分の足音を耳にする。

 どうやら、過去の私が帰ってきたみたいだな。

「では、今度こそ失礼する」

 『約束は守れよ』と念を押してから、私は視線を前に戻した。
すると、過去の私が我々の体をすり抜けてレジーナの元へ現れる。
『おい!なんだ、この出血量は!』と騒ぐ自分を一瞥し、私は歩き出した。
無論、ジークも連れて。

 さてと、この辺りでいいか。

 洞窟の途中で足を止め、私はおもむろに後ろを振り返った。
と同時に、ジークが小首を傾げる。

「イザベラ様、行かないのですか?」

「ああ」

「まだ何かやり残したことでも?」

「いや、特にない」

 『私個人の用事はもう済んだ』と言い、小さくかぶりを振った。
その途端、ジークは困惑気味に瞬きを繰り返す。

「では、一体何故?」

「ジークに過去を見せるためだ」

 そっちの用事がまだ済んでいないことを指摘し、私は腰に手を当てた。
ちゃんと最後まで見せる気の私を前に、ジークは『あっ……』と声を漏らす。
どうやら、褒美の件をすっかり忘れていたようだ。

「えっと、それならもう大丈夫です。充分すぎるほど、見せていただいたので」

 『満足しています』と話し、ジークはチラリと洞窟の奥を見る。

「それに親子の最後の対話を覗くのは、さすがに野暮というものです」

 『他人の踏み込んでいい領域じゃない』と主張し、ジークは前を向いた。

「だから、もう帰りましょう」

 洞窟の出口を……いや、帰り道を見据えてジークはスッと目を細める。
どことなく凛とした雰囲気を漂わせる彼の前で、私はレジーナ達に背を向けた。

「分かった」

 『ジークがそれでいいのなら、そうしよう』と告げ、私は目を閉じる。
そして、ボソボソと呪文を呟くと────行きのとき同様目眩を覚えた。
意識が混濁していく様をヒシヒシと感じる中、目の前が一瞬真っ暗になる。

「……無事に帰ってきたみたいだな」

 光の戻った視界で周囲の状況を確認し、私は肩の力を抜いた。
と同時に、ジークも身を起こす。

「ここは……温泉宿の中?」

 和風建築独特の畳やスライド式の扉を見やり、ジークは額に手を当てた。
目覚めたばかりでまだ混乱している様子の彼を前に、私は腕を組む。

「ああ、そうだ。体だって、元に戻っているだろう?」

「あっ……本当だ」

 自身の体が透けていないことに気づき、ジークは顔を上げる。
ようやく『帰ってきた』という実感が湧いてきたのか、少しばかり表情を和らげた。
────が、掛け時計を見るなりハッとする。

「そ、そういえば時間は……!」

 数百年ほど過去に行っていたことを思い返し、ジークは青ざめた。
今更ながら、時の流れはどうなっているのか疑問を抱いたらしい。
これでもかというほど焦りを覚えている彼の前で、私は一先ず護身用の結界を解く。

「安心しろ、ジーク。出立から、それほど時間は経っていない。せいぜい、二・三分程度だろう」

「えっ?たったの数分……?」

 思わずといった様子で聞き返してくるジークに、私は首を縦に振る。

「ああ。私が行ったのは時間転移だからな。行きたい時代や場所を指定して、転移出来るんだ」

 『まあ、さすがに未来へ行くことは出来ないがな』と語り、私はテーブルの上に手を置いた。

「第一、数百年も経っていれば私達の体は骸骨になっているだろう。こんなに若々しい筈がない」

「それは確かに」

 ジークは納得したように頷き、ホッと胸を撫で下ろす。
私の不在による影響がどれだけ大きいか、知っているだけに不安も大きかったようだ。

「とにかく、時間の心配はないようで安心しました」

 『ご説明、ありがとうございます』と言って、ジークは頭を下げた。
かと思えば、ゆっくりと立ち上がる。

「では、そろそろ俺は部屋に戻ります」

 こちらの魔力消費負担や疲労を考えてか、ジークは早々にお暇することを選択した。

「────夢のような一時ひとときをどうも、ありがとうございました」

 金の瞳に暖かな光を宿し、ジークは優雅に一礼する。
『今夜はゆっくり休んでくださいね』と言い残して去っていく彼を前に、私は天井を見上げた。

「夢のような一時ひととき、か」

 自分にしか聞こえないほど小さな声で呟き、私は自身の顎を撫でる。

 確かにそうだな。これは夢だ。長く、儚く、幻のような……。
だから、後悔を晴らせた以上目が覚めた以上もう固執はしない。
過去過去として記憶の片隅に追いやり、私は今を生きるのだ────ジーク達と共に。

 当たり前のように未来を思い描く自分に、私はフッと笑みを漏らす。
なんだか、拍子抜けしてしまって。

「レジーナを母と呼ぶ……それが出来れば、私にはもう生きる意味も理由もなくなると思っていたんだがな」

 大きな目的をなくした喪失感と虚脱感は間違いなくあるものの、『燃え尽きて何もかもどうでも良くなる』ということはなかった。
まだちゃんと動いている心臓と感情、それに思考を感じ取りながら、私は前髪を掻き上げる。

「私も随分と変わったものだ」

 他者から影響を受けるなど以前なら考えられなかっただけに、私は感慨深い気持ちになった。
と同時に、部屋の窓から夜空を眺める。

 明日はジークとデートでもするか。

 早速今後の予定を立てる私は、少しばかり表情を和らげた。
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