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「────そこまでよ、聖女オリアナ!」

 祈祷室の扉をバンッと開け放ち、無断で侵入してきた女性はそう叫んだ。
ハーフアップにした金髪を揺らし、こちらへ直進してくる彼女は真っ直ぐ前を見据える。
宝石のベニトアイトを彷彿とさせる青の瞳で私を捉え、絶対に逸らさない。
幼さの残るあどけない顔立ちからは、想像もつかないほど凛とした雰囲気を漂わせていた。

 装いからして、貴族のようだけど……一体、何をしに来たのかしら?

 髪に編み込まれた上等なリボンや一目で高級と分かるドレスを一瞥し、私は一先ず立ち上がる。
そして唯一神ヴァルテンの石像に一礼してから、後ろを振り返った。
と同時に、目を剥く。
何故なら、女性の後ろに────見覚えのある顔ぶれを見つけたから。

 なるほど。どうして、聖女専用の祈祷室に部外者が入ってこれたのか疑問だったのだけど────一部の神官達が手を貸していたのね。私を排除するために。
聖女に就任してから色々改革を進めていたから、反感を買っているのは分かっていたけど……まさか、こうくるとはね。
表立った行動はしないと考えていたから、ちょっと意外だわ。

 どちらかと言うと、暗殺の可能性の方が高いと踏んでいた私はエメラルドの瞳をスッと細める。
『お手並み拝見と行こうかしら?』と気楽に構え、焦りや不安を見せなかった。
『これを機に、神殿の膿を全部出そう』と考える余裕まである。
どのような展開に持っていこうか悩む私の前で、神官達を引き連れた女性は立ち止まった。
かと思えば、こちらを指さす。

「貴方には、これから法の裁きを受けてもらうわ!」

 声高らかにそう宣言した彼女は、腰に両手を当て顎を逸らす。
────が、小柄なせいかあまり迫力を感じない。
私の身長が高い分、余計に。
『目測二十センチは差がありそうね』と思いつつ、私は少し身を屈めた。
その際に、腰まである茶髪を耳に掛ける。

「私は何も悪いことなんてしてないのに、どうして裁きを受けなければならないのかしら?」

「あくまでシラを切るつもり!?神を侮辱するような改革を押し進め、神殿を混乱に陥れたのに!」

 キッとこちらを睨みつけ、彼女は怒鳴りつけた。
すると、後ろに控えていた神官達が『そうだ、そうだ』と野次を飛ばす。

 年下の女性を矢面に立たせて、自分達は応援と見物なんて……なんとも、情けないわね。
誰かの力を借りないと、物申すことも出来ないのかしら?
全く……いい大人が何をしているんだか。

 『虎の威を借る狐とは、まさにこのことね』と呆れ、溜め息を零した。
おもむろに身を起こす私は癖毛がちな茶髪を揺らし、一歩前へ出る。

「そのことについては、既に結論が出ている筈。私の意見を取り入れた方がより多くの人を救える、と」

 『終わったことをわざわざ掘り返さないで』と主張し、私は胸元にそっと手を添えた。

「これまでの歴史慣習を変えることに、抵抗があるのは分かっている。でも、何時間もお祈りを捧げるより、神より賜りし力────神聖力を使って解決した方が早いし、効果的……」

「そんなの信用ならないって、言っているの!絶対にインチキじゃない!」

 『私は騙されないんだから!』と反発する彼女に、私は辟易する。
まるで警戒心の強い野良猫みたいなだな、と思いながら。

「言い掛かりは、やめてちょうだい。私は何度も神聖力を披露して、証明した筈よね?」

 神殿、皇室、貴族、民衆……あらゆる人々の前で力を行使し認めてもらった経緯に触れ、相手の主張を跳ね除けた。
すると、彼女はニヤリと口元を歪める。

「ええ、それなら私も見たわ!確かに力は本物だと思う!でも────ヴァルテン様より賜りし力か、どうかは分からないじゃない!」

 我が意を得たりと言わんばかりに捲し立て、彼女はしたり顔を晒した。
『これでどうだ!』と胸を張り、両腕を組む。
すっかり論破した気でいる彼女を前に、私は暫し考え込む。
どうやったら、彼女は納得してくれるだろうか?と。

「じゃあ────一度神聖力を体感してみては、どうかしら?結論を出すのは、それからでも遅くないわ」

 『見ているだけじゃ、分からないこともある』と述べ、私は神聖力の残量を推し量る。

 先程祈祷を捧げたおかげで力は有り余っているし、多少私用に使っても問題ないでしょう。

 ヴァルテンに分けてもらった神聖力を手のひらに集め、私は『浄化でいいだろうか』と考える。
一応、治癒や結界といった能力もあるが……治癒は相手を怪我させないといけないし、結界は効果を実感・・出来るものではないから。
この場合、指定した場所を清める綺麗にする浄化が最適だった。
『そうと決まれば、即行動』と自分に言い聞かせ、私は彼女の手に触れようとする。
だが、しかし……扇で勢いよく、叩き落されてしまった。

「触らないで!卑しい下民ごときが、パトリシア様の手を握ろうだなんて無礼よ!身の程を弁えなさい!」

 平民出身であることをなじる彼女に対し、私は目を剥く。
別に出自を馬鹿にされて、ショックを受けた訳ではない。
ただ、単純に驚いたのだ。彼女が────

「あら、キートン公爵家のお嬢さんでしたか」

 ────いい家の娘だったことに。
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