26 / 36
領地戦当日
しおりを挟む
とりあえず、これで総司令官の座は手に入った。
心配してくれた両親には申し訳ないけど、アルティナ嬢との因縁に決着をつけるためにも戦地へ赴かなければならない。
いつまでも、誰かに振り回されるのは嫌。
────という想いを胸に、私は領地戦の準備に励み……ついに当日を迎える。
右耳に装着した通信魔道具をそっと押さえ、音質を確認した。
対となるもう一個の通信魔道具は、ルイス公子の手元にあり、僅かに物音が聞こえる。
『あ……あ……聞こえますか?』
「はい、聞こえます」
『良かった。特に通信障害などは、なさそうですね。では、開始の合図が出るまで電源を切っておいてください。せっかく込めた魔力が、消費されてしまうので』
魔力を動力源とする魔道具の性質上、燃料不足で使えなくなる可能性があるため、ルイス公子は出来るだけ節約するよう言う。
いざという時、通信が途絶えてしまったら笑えないからだろう。
一応、傭兵団アカツキの中には魔力持ち────魔導師が居るため補給可能だが、今後のことを考えると温存するべきだ。
燃料切れになった時、必ずしも補給出来る状況とは限らないから。
「分かりました」
返事と共に通信魔道具の電源を切った私は、ふと顔を上げる。
すると、そこにはお世話係兼護衛役のウィルに加え────傭兵団アカツキの姿があった。
燃えるように赤いマントを身に纏い、剣や槍などの武器を手に持つ彼らは物々しい雰囲気を放っている。
でも、特に恐怖は感じなかった。
領地戦の準備を通して、彼らの人となりはある程度把握しているから。
愛想はないけど、ルイス公子の言う通り礼儀を弁えている人達。
少なくとも、力自慢の男達を寄せ集めたような組織じゃなかった。
だからと言って、皇国騎士団のような高潔さも感じないけど。
強いて言うなら、プロの殺し屋集団と言ったところかしら?
洗っても洗っても取れないような血の匂いを漂わせる彼らに、私は『今まで一体、何人殺してきたのやら』と呆れる。
でも、詮索すると厄介なので余計なことは言わないよう心掛けた。
「ルイス公子との通信、無事成功しました。皆さん、開始の合図まで待機をお願いします」
手短に報告と指示を飛ばすと、彼らは無言で頷く。
そして、音もなくテントの外へ出ていった。
まるで幽霊のような静けさと存在感のなさに、私は内心苦笑を零す。
『相変わらずだなぁ……』と思いながら。
「もうすぐ開戦ですね、お嬢様」
どことなく硬い声色でそう言い、ウィルはいつものように紅茶を淹れる。
その途端、本拠地であるテント内に紅茶のいい香りがふわりと広がった。
「それにしても、ルイス公子は本気なんですかね?────今日一日で決着をつけるって、断言していましたけど」
コトンと私の前にあるテーブルへ淹れたての紅茶を置き、ウィルは小首を傾げる。
領地同士のいざこざとはいえ、戦争であることに変わりはないため、そんなにすんなり終わるものなのか疑問なのだろう。
『普通は何日も掛かるものなのに』と呟くウィルに、私はこう答える。
「ルイス公子の考えは分からないけど、出来ると断言した以上本気でやるつもりよ。彼はそういう人だから」
「まあ、確かにこの手の冗談を言うタイプには見えませんね。でも、あっちには────ラードナー令息が居るじゃないですか」
ウィルはヘクター様の名前を出し、『絶対、メイラー男爵家の味方をしていますって』と主張した。
「ラードナー令息のことですから、ターナー伯爵家の情報を漏らしているに決まっています。腐っても元婚約者ですから、こちらの事情に明るいでしょうし。『自分の陣地で戦える』というアドバンテージは、確実に減ってますよ」
領地戦は、基本的に申し込んだ側が攻めてくるシステムだ。
何故なら、場所の決定権を有しているのが申し込まれた側だから。
時と場合にもよるだろうが、遠征費などを考えると攻め込むより迎え撃つ方が有利。
土地や天候などの環境面もこちらは知り尽くしているため、策を練りやすいという利点もあった。
だが、領地の特性を既に知られているとなればそれも半減する。
無論、机上の空論と実戦では全然違うが……それでも、情報戦で差をつけられなかったのは痛手だった。
まあ、私としては決戦場所を人の少ないドゥーフ山に指定出来ただけで、満足だけど。
民間人にあまり被害を出したくないから。
などと考えている間も、ウィルは『こんなの不公平ですよ……!』と文句を言う。
これでもかというほど不満を露わにする彼の前で、私は小さく肩を竦めた。
「それを言うなら、こっちだってルイス公子の手を借りているし、お互い様よ」
「────いえ、それはないかと」
ウィルではない男性の声に導かれ、顔を上げると傭兵団アカツキの団長セキが目に入った。
左目に太陽の模様が施された眼帯をつける彼は、テントの入り口を捲り中へ入る。
途端に圧迫感というか……テントが狭く感じた。
『何度見ても、大きい体だなぁ』とぼんやり考える私を前に、彼は自慢の赤髪を揺らして少し前のめりになる。
どうやら、テントの高さが合わなかったようだ。
『もうちょっと大きいサイズのものを注文するべきだったか』と考える中、彼は口を開く。
「実は先程、斥候として送り込んだ部下が戻ってきたのですが────メイラー男爵家の拠点で、ヘクター・カルモ・ラードナーの姿を目撃したそうです」
『なので、お互い様ではありません』と述べ、メイラー男爵家の悪質さを指摘した。
平坦な声と何の感情も窺えないオレンジ色の瞳のせいで分かりづらいが、不満を持っているのは何となく感じ取れる。
密かに怒りを募らせる彼の前で、私────よりも先にウィルが反応を示した。
「えっ……?現地に連れて来たんですか?領地戦と無関係の人間を?」
「はい。なんなら、彼が全体の指揮を取っているそうで……」
「規約違反だって、知らないんですかね……?ちょっと堂々とし過ぎじゃないですか……?」
怒ったような呆れたような口調でそう零し、ウィルは小さく頭を振る。
『婚約者に指揮を任せているという点は同じだが、現地まで同行はさすがにない』とでも言うように。
その意見に概ね同意しつつ、私はセキへ視線を戻した。
「報告、ありがとうございます。ルイス公子にすぐ伝えます」
そう言って、通信魔道具の電源を入れた瞬間────領地戦開始の合図である法螺貝の音が鳴り響いた。
と同時に、私は急いでヘクター様のことをルイス公子に言う。
出来るだけ、簡潔且つ冷静に。
『……なるほど。さすがに現地までくるのは予想外でしたが、やることに変わりはありません。当初の予定通り、動いてください』
ヘクター様の存在をそこまで重要視していないのか、ルイス公子は至って冷静だった。
さすがは皇国騎士団のトップである。
『分かりました』と二つ返事で了承する私は、席を立った。
「ヘクター様のことは気にせず、作戦通りにお願いします」
「御意」
ルイス公子からの指示を伝えると、セキは胸元に手を当ててお辞儀する。
そして、素早く踵を返した。
テントから出ていく彼の後ろ姿を見送り、私はティーカップに手を伸ばす。
アカツキの主力メンバーは、これから相手の拠点を出来るだけ多く潰す予定。
敵の動きや戦略を狭めるために。
その間、私達はここに待機してひたすら自衛。
────でも、それだけじゃ詰まらないわよね。
もっと効果的に相手を痛めつけ、勝率を上げないと。
などと考えながら、私は紅茶を飲み────『ふぅ……』と一息ついた。
心配してくれた両親には申し訳ないけど、アルティナ嬢との因縁に決着をつけるためにも戦地へ赴かなければならない。
いつまでも、誰かに振り回されるのは嫌。
────という想いを胸に、私は領地戦の準備に励み……ついに当日を迎える。
右耳に装着した通信魔道具をそっと押さえ、音質を確認した。
対となるもう一個の通信魔道具は、ルイス公子の手元にあり、僅かに物音が聞こえる。
『あ……あ……聞こえますか?』
「はい、聞こえます」
『良かった。特に通信障害などは、なさそうですね。では、開始の合図が出るまで電源を切っておいてください。せっかく込めた魔力が、消費されてしまうので』
魔力を動力源とする魔道具の性質上、燃料不足で使えなくなる可能性があるため、ルイス公子は出来るだけ節約するよう言う。
いざという時、通信が途絶えてしまったら笑えないからだろう。
一応、傭兵団アカツキの中には魔力持ち────魔導師が居るため補給可能だが、今後のことを考えると温存するべきだ。
燃料切れになった時、必ずしも補給出来る状況とは限らないから。
「分かりました」
返事と共に通信魔道具の電源を切った私は、ふと顔を上げる。
すると、そこにはお世話係兼護衛役のウィルに加え────傭兵団アカツキの姿があった。
燃えるように赤いマントを身に纏い、剣や槍などの武器を手に持つ彼らは物々しい雰囲気を放っている。
でも、特に恐怖は感じなかった。
領地戦の準備を通して、彼らの人となりはある程度把握しているから。
愛想はないけど、ルイス公子の言う通り礼儀を弁えている人達。
少なくとも、力自慢の男達を寄せ集めたような組織じゃなかった。
だからと言って、皇国騎士団のような高潔さも感じないけど。
強いて言うなら、プロの殺し屋集団と言ったところかしら?
洗っても洗っても取れないような血の匂いを漂わせる彼らに、私は『今まで一体、何人殺してきたのやら』と呆れる。
でも、詮索すると厄介なので余計なことは言わないよう心掛けた。
「ルイス公子との通信、無事成功しました。皆さん、開始の合図まで待機をお願いします」
手短に報告と指示を飛ばすと、彼らは無言で頷く。
そして、音もなくテントの外へ出ていった。
まるで幽霊のような静けさと存在感のなさに、私は内心苦笑を零す。
『相変わらずだなぁ……』と思いながら。
「もうすぐ開戦ですね、お嬢様」
どことなく硬い声色でそう言い、ウィルはいつものように紅茶を淹れる。
その途端、本拠地であるテント内に紅茶のいい香りがふわりと広がった。
「それにしても、ルイス公子は本気なんですかね?────今日一日で決着をつけるって、断言していましたけど」
コトンと私の前にあるテーブルへ淹れたての紅茶を置き、ウィルは小首を傾げる。
領地同士のいざこざとはいえ、戦争であることに変わりはないため、そんなにすんなり終わるものなのか疑問なのだろう。
『普通は何日も掛かるものなのに』と呟くウィルに、私はこう答える。
「ルイス公子の考えは分からないけど、出来ると断言した以上本気でやるつもりよ。彼はそういう人だから」
「まあ、確かにこの手の冗談を言うタイプには見えませんね。でも、あっちには────ラードナー令息が居るじゃないですか」
ウィルはヘクター様の名前を出し、『絶対、メイラー男爵家の味方をしていますって』と主張した。
「ラードナー令息のことですから、ターナー伯爵家の情報を漏らしているに決まっています。腐っても元婚約者ですから、こちらの事情に明るいでしょうし。『自分の陣地で戦える』というアドバンテージは、確実に減ってますよ」
領地戦は、基本的に申し込んだ側が攻めてくるシステムだ。
何故なら、場所の決定権を有しているのが申し込まれた側だから。
時と場合にもよるだろうが、遠征費などを考えると攻め込むより迎え撃つ方が有利。
土地や天候などの環境面もこちらは知り尽くしているため、策を練りやすいという利点もあった。
だが、領地の特性を既に知られているとなればそれも半減する。
無論、机上の空論と実戦では全然違うが……それでも、情報戦で差をつけられなかったのは痛手だった。
まあ、私としては決戦場所を人の少ないドゥーフ山に指定出来ただけで、満足だけど。
民間人にあまり被害を出したくないから。
などと考えている間も、ウィルは『こんなの不公平ですよ……!』と文句を言う。
これでもかというほど不満を露わにする彼の前で、私は小さく肩を竦めた。
「それを言うなら、こっちだってルイス公子の手を借りているし、お互い様よ」
「────いえ、それはないかと」
ウィルではない男性の声に導かれ、顔を上げると傭兵団アカツキの団長セキが目に入った。
左目に太陽の模様が施された眼帯をつける彼は、テントの入り口を捲り中へ入る。
途端に圧迫感というか……テントが狭く感じた。
『何度見ても、大きい体だなぁ』とぼんやり考える私を前に、彼は自慢の赤髪を揺らして少し前のめりになる。
どうやら、テントの高さが合わなかったようだ。
『もうちょっと大きいサイズのものを注文するべきだったか』と考える中、彼は口を開く。
「実は先程、斥候として送り込んだ部下が戻ってきたのですが────メイラー男爵家の拠点で、ヘクター・カルモ・ラードナーの姿を目撃したそうです」
『なので、お互い様ではありません』と述べ、メイラー男爵家の悪質さを指摘した。
平坦な声と何の感情も窺えないオレンジ色の瞳のせいで分かりづらいが、不満を持っているのは何となく感じ取れる。
密かに怒りを募らせる彼の前で、私────よりも先にウィルが反応を示した。
「えっ……?現地に連れて来たんですか?領地戦と無関係の人間を?」
「はい。なんなら、彼が全体の指揮を取っているそうで……」
「規約違反だって、知らないんですかね……?ちょっと堂々とし過ぎじゃないですか……?」
怒ったような呆れたような口調でそう零し、ウィルは小さく頭を振る。
『婚約者に指揮を任せているという点は同じだが、現地まで同行はさすがにない』とでも言うように。
その意見に概ね同意しつつ、私はセキへ視線を戻した。
「報告、ありがとうございます。ルイス公子にすぐ伝えます」
そう言って、通信魔道具の電源を入れた瞬間────領地戦開始の合図である法螺貝の音が鳴り響いた。
と同時に、私は急いでヘクター様のことをルイス公子に言う。
出来るだけ、簡潔且つ冷静に。
『……なるほど。さすがに現地までくるのは予想外でしたが、やることに変わりはありません。当初の予定通り、動いてください』
ヘクター様の存在をそこまで重要視していないのか、ルイス公子は至って冷静だった。
さすがは皇国騎士団のトップである。
『分かりました』と二つ返事で了承する私は、席を立った。
「ヘクター様のことは気にせず、作戦通りにお願いします」
「御意」
ルイス公子からの指示を伝えると、セキは胸元に手を当ててお辞儀する。
そして、素早く踵を返した。
テントから出ていく彼の後ろ姿を見送り、私はティーカップに手を伸ばす。
アカツキの主力メンバーは、これから相手の拠点を出来るだけ多く潰す予定。
敵の動きや戦略を狭めるために。
その間、私達はここに待機してひたすら自衛。
────でも、それだけじゃ詰まらないわよね。
もっと効果的に相手を痛めつけ、勝率を上げないと。
などと考えながら、私は紅茶を飲み────『ふぅ……』と一息ついた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,666
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる