Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜

抜刀

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 ……それで、ここが第4区訓練育成高等学校。

 真っ白に塗られたが故に汚れが目立ちやすい校舎だったが、その校舎には汚れは何一つなかった。
 ……日頃の清掃作業の賜物だろう。

 確か俺のクラスは……1年3組……か。

 灰色と、日差しの熱に満ちた廊下を歩く。


 教室からは、授業中だろうか、ガヤガヤと話すうるさい音が聞こえてくる。
 ……俺の事を見つめてるんだろうが、まあそりゃあ当然か。


 ……んで、ここが俺の教室、1年3組。
 こいつ……ニトイを連れて入っていいのかは分からないが。


 ドアを勢いよく開け、そのまま足を運ぶ。
 ニトイは……まだ入っていないし、俺が遅れてきた、至ってそれだけのはずだったのに。



 皆の視線は俺に釘付けだった。
 そしてまたもやガヤガヤ話し声。



「なあ、アイツが転校生か?」
「転校初日で遅刻とか、アイツ大丈夫なのか……?」
「はいはい、男子うるさいわよ~」




 そうしているうちに、先生らしき人が話しかけてくれた。

「君が……転校生のツバサくん……だよね?」

 たわわな乳をぶら下げた、先生のお姉さん。
 赤い縁取りがされたメガネと黒いタイツが、その色っぽさを増させているが。



 1つ、たった1つ、俺は疑問に思った。



 ……何で、俺、なんだ??


「あ、あともう1人の転校生知らない? ニトイちゃん、って言うんだけど」


 ……はい?

「……ニトイ、です」
「お前……転校生だったのか……??」

 またまたガヤガヤ声が。

「お、あっちいいね、かわいいぞ!」
「清楚でかわいい……すごいわよあの子!」


 ……どういう事だ?
 何がおこっている?
 まず……俺は転校生だったのか……?

 そして、コイツも、ニトイも転校生で。
 そしてその転校生が、?!

「……えっと、とりあえずニトイちゃんとツバサくんは、あっちの端の方に座ってね」

 言われた通りに端の席に座る……が、言われた通りにするしかできなかった。
 何が起こっているのか、正直言って全く飲み込めていないからだ。


「はい! それじゃ、授業を再開……」

 先生がそう発した瞬間、休み時間のチャイムが。

 すると、1人の男子生徒が。

「きりーつ!」

 言われた通りにして、皆が起立する。
「気をつけ、礼!」


「「「ありがとうございました!!」」」


 ……なぜか、このノリが……慣習が、分からないような気がした。
 なぜだろうか。







 ……転校生。
 俺は一体どこから、どのようにして編入できた、というんだ……?……自分でも分からないという事実が、不安を加速させる。

 先生は何も無かったかの如く、当然のように教室を去ってゆく。

 遅刻した俺たちを叱る訳でもなく、ただ無機質に……無機質に……?

 いや、俺は今までこの学校で過ごしてきただろう?
 今までそうしてて、友達だって———、


 だなんてことを考えていると。




「ツバサ、こわい……!」
「ふあっ?!」

 突然ニトイに抱きつかれ、心臓の鼓動が高まる。同時に……ふざけた声も出てしまう。

「な、何だよ急に……って」



 ニトイの席の周りにはたくさんの生徒が。
 ……んで、そのニトイから抱きつかれている俺の方にも、皆の視線は向かう訳で。

「おい、行くぞニトイ……!」
「え、あ、まって……」

 もはや授業など関係ない。
 一刻も早く、この地獄から抜け出すことを最優先に考えた。

 ———なぜなら、俺自身この状況を全く理解できていないからだ。







 屋上。
 もう授業が始まってる頃合いだが、俺たちは屋上で今後について話し合っていた。



 ……否、俺が一方的に話していた。

「……なあ、これはお前が引き起こしたのか……?

 俺は、俺は何もかもが分からない、俺が何者かも分からなくなってしまいそうで……自分の記憶も……曖昧なんだ、なあ、本当にお前は何なんだよ、いい加減教えてくれたって……」

「ニトイ……ツバサの、名前、知ってる」

「ツバサ、だろ、それがどうしたってんだよ……

 なあ、どうすべきだ、俺は? お前に分かるなら教えてくれ、何で俺は転校生になっている? 

 どうしてお前も転校生なんだ、どうして転校生のお前が、俺の家にいたんだよ?」


「…………知らない」

「なんなんだよ、もう……!」
「それより、も、授業、始まって……」

 ニトイは今にも泣き出しそうな、細々とした声で語りかけてくる。
 ……やめてくれ、今は考え事をしてるんだ……!







「アイ、して?」



 瞬間。

 視界が完全に固定される。
 背を裂くような強烈な悪寒と。
 身体を奥から捻じ切るような威圧で、今にも死にそうになる。

 ……何を、何をした?
 ……いいや、何が起こった? 何をされた?

「アイ、して」

 自身の身体に絡みつく細い指が、その強烈な悪寒を加速させる。

「アイ、して……?」

 現実乖離。
 意識が体と切り離されるような、そんな感覚が。

「ニトイを、ぜんぶ、アイして。

 こころも、からだも、この肌も、この指も、この足も、この……心臓も。

 ニトイの全てを……アイして?」


 どう、するべきなんだ。


 声は出ない。
 声を出そうと必死になるが、声帯はおろか口すら微動だにしない。
 ぜんぶ愛する……?
 
 分からない、本当に、本当に何なんだよ、コイツは……!





 と、次の瞬間。
 その苦悶に満ちた時間は、学校中に響き渡った轟音によって終わりを告げた。


「……ぁ……」
「うぉああっ?!……おい、大丈夫か、ニトイ? 大丈夫か?!」

 

 その瞬間、自身に絡みつくようにして覆いかぶさっていた、ニトイの動きが全て完全に停止する。

「……くそ、一体今度は何なんだ、何で学校から……爆発音がするんだよっ……!」

 揺れる校舎。
 一体この学校で、何が起きている、なんで校舎の下から爆発が起こったのだ……?





 ……すると。
 何者かの足音が聞こえる。
 最初は屋上への階段か、とも思ったが、どうやら違うらしく、もう一度耳を澄ます。



 ……来る……!



 次の瞬間、屋上の柵の外から、何かが飛び上がる。
 ……ヒト、だった。

「見つ、け、たあっ……!」

 その正体は、赤髪の少女。
 身に纏っているのは、黒の修道服。
 ……つまり。

……か……!」

 ……それが表すのは、アイツは、ここにいる俺かニトイを捕らえに来た、もしくは殺しに来たって事……

 俺は……そもそも、狙われるような事はしてないからにして、コイツ……ニトイにはやっぱり、何か隠された事実がある……?

「……ニトイ、立てるか……?」




 ゴルゴダ機関。

 それは類い稀なる身体能力を身に付けた者が、「ヒトならざるモノ」を殺す為に発足した機関のこと……だろう、




 であるからして、はっきり言って俺がヤツに勝てるような勝算は少ない。なんたってこっちはただの一般人だ。

 一か八か、このニトイに任せてみるってのもアリだが、やはりそれは気が許せないし、どっちにしろ同じ結果に転がるのは明白だ。


「それ、じゃあ……死んでくれない?」

 女は2丁の銃を構える。
 思考がまとまらない。

 次の瞬間、自分が死ぬかもしれない、という事実を脳が否定したがっている。
 間違いなく、終わりだ。

 なぜか———理由など分からず、ただ理不尽に殺される。
 死ぬ、死ぬんだ、俺。

 ……でも、まだ———生きていたい。そう思っている、俺の魂がある。


 このままあの弾丸を回避する事は不可能だ。
 どうする、どうあるべきだ。

 今迫り来る「死」を回避する為には。

 今ここで死なない為には。

 コイツを、ニトイを守るにはどうすればいいのか、ただただそれらのことだけに脳をフル稼働させる。
 ……そして、最終的にとった判断はというと。




「飛び降りるぞ……!」

 すぐさまニトイの手を引っ張り、飛び降りる覚悟を決めた。


「……ちくしょう、足の1、2本、どうなったって構いやしない……ニトイ、跳べ!」


 俺が柵を飛び越えたのに続いて、ニトイも柵を飛び越え、そのまま地面に真っ逆さま。

 後ろで銃声がしたが、ニトイが当たってないようで何よりだ……!

「……うああ……っ!!」

 せめて、せめて胴体と頭だけでも守らねば……!
 意識が動転し、今にもプチっと、電源の抜かれたテレビのように真っ暗になりそうになる、が。



 上、直上から響き渡る銃声に、俺の思考はいくらか冷静になった。


 普通は頭がおかしくなるような状況なのだが、逆にいくらか思考がまとまることもあるらしい。


「……っ!!」

 足に一発、すり抜けるように弾がめり込む。
 接地まで残り2秒、痛みの衝撃に備える……!


 落ちたのは、建物の影によって薄暗くなった路地裏のような場所。
 なんせ学校のすぐ隣にビルがあるもんだから、このような路地裏があるのも仕方ないよな。

 ……足から着地、した瞬間。
 骨の髄まで振動が響き渡る。

 当然の如く、接地した足はもはや機能しなくなる。




 もはや感覚すら無くなった。
 足に力が入らない。崩れ去る砂の城の如く、その場に力無く倒れ込む。

「ツバサ、足……だいじょう、ぶ?」

「大丈夫なワケ……ないだろう……!」
「だいじょばない?」

 ……と言うか、なんでニトイは大丈夫そうなんだよ……っ!






 直上より聞こえる声。
 その赤髪の女の声は、俺の脳内に更なる絶望を叩き込む。

「逃げ、ないで、私が、殺して、あげるからぁっ!!」

「……バケモンかよ……何でテメェも頭から着地したくせに、そんなにピンピンしてんだよ……」
「ばけもんかよ……」




「……さあ、死んで? それじゃあ、死んで? 最後に……死んで?

 貴方たちは邪魔なの、排除しろ———って言われたから、貴方たちにはちゃあんと……死んでもらうからっ!!!!」

 その銃口が向けられる。
 もう奇策はない。
 思いついても、この足じゃどうしようもない。
 だったら、どうすべきだ?
 抗うべきか、ここで甘く死を待つのみか。 





 ……いいや、まだだ。

 こんなところで、何も知らずに死ぬ、だなんて、そんな惨めなコト、あるか?

 そんな判断を、今までの俺はしてきたか……?



 覚悟は決まった。
 今こそ、使う時だ。


「来い、██ッ!!!!」

 無意識に、それでいてはっきりと覚醒した意識で、その刀の名を呼ぶ。

 瞬間、伸ばした手には———


 俺の生命が、握られていた。


 何が何だか全くもって分からないが。
 何が何でも、この状況だけは切り抜けなきゃならない。

 たとえ足が動かなくとも。
 絶対にこんなところでは、死ぬわけにはいかないのだ。


 1秒後、差し向けられた銃口より、無数の弾丸が放たれる。
 避けられない、逃げられない、見捨てられない。


 ないない尽くしだが、できることと言えば1つだけ存在していた。

「ニトイ、お前だけでも逃げてくれ」



 刀を構える。
 決してそんなことできやしないのだが、それでも脳が、頭ができると錯覚する。

 死の恐怖、痛みへの絶望、アイへの渇望、だがそんなものは関係ない。

 ただひたすらに、諦めないことだけが、俺の原動力だった。





 がむしゃらに、されど冷静に。
 その刀は、迫り来る弾丸を全て弾いてみせた。


「刀……神、威……!」

 ……が、その光景を目の当たりにした眼前の少女は、頭を抱えうずくまる。


「ア……テ……アテ、ナ……様……あ、ああ、ああああああっ!!」

 まるで、それ自体が、この自体が嫌悪の対象のような、苦悶に満ちた顔だった。




 足に力を込める。
 立てない、などとうの昔に分かっている。
 それでも諦めない。
 まるでこの身体が、その足が動く事を分かっているかのように。


 ……すると、その足はごく自然に、それまでもきちんと立っていたかのように自立する。
 骨折、すらしてなかった、とでも言うのか?



「ニトイ、逃げるぞ……っていない?!」

 どうやら、絶世の美少女とやらは、目を離すとすぐにいなくなるらしい。
 ……まあ数十秒前に逃げろと言ったばかりだしな、そうなるのも仕方ない。


 ……にしても、状況に反して逃げるのが早過ぎないか……?



 ヤツにトドメを刺しに行くべきじゃ……ないな、流石にあんな化け物とこれ以上やり合う気はない。


 ならば逃げるのみ、だが。
 どこに?
 どこに逃げ、どこに隠れ、どう過ごせばいい?

 そんなことを考えながらも、走る。
 遠くへ。できるだけ遠くへ。
 なぜか動く足を、いや、とっくの昔にその理由は分かっているような錯覚も起きるが、その足を押し進める。

 まだ死ぬ訳にはいかないから、などと言う、ヘンな義務感と共に。



 見つからない、殺されない、なんて保証はない。けど、あのニトイがいなくなるだけでも、俺が狙われる可能性はグッと減るはずだ……!





 帰り道、密かにガッツポーズをしながら、刀を片手に家の鍵を開け、自身の家に転がり込む。

 ……やっぱり、家が1番落ち着くな。
 とりあえずの凌ぎ場所を見つけた俺は、その事実からくる安堵感に揉まれ続けていた。

 2階建てのアパートで、正直言って味気なかったが、今となってはこの鉄の床も、ほとんど何も入ってない押し入れも、あんなことがあった後じゃ全てが落ち着く。

 朝顔を洗った洗面台も、部屋の中央に佇む美少女も……あれ??

 美少女??
 部屋の中央に佇む??


「……なんで、お前、ここにいるんだよ」

「逃げた。……そして、かえってきた。ここ、家、でしょ? ニトイ、の、家……でしょ?」

 ……なんで?
 どうして、こんなことになるんだ?



 ……なるほど、どうやら、俺はもう、普通の生活はできないらしい。

「もう、ホントになんなんだよ、おまえ……」
「ほんとになんなんだよ、おまえ」

「真似しなくていいから」
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