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2話 見所のない映画
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「今日も、サイクリング。行こ」
生暖かい風を吐き出し続けるヒーターにそっと手をかざしながら突拍子もなくそう提案してきた。
「外絶対寒いぞ」
「大丈夫。行きたい」
「…なら良いけど」
やった、と小さく呟いた愛唯を横目に、机の上へ無造作に置かれたレンタルディスクに目をやる。「千早が知ってそうだから」と彼女が借りてきたそれは映画には疎い自分でも少しは知っているような昨年大ヒットしたらしい、所謂超大作と言えるものだった。いつからか、見所をこれでもかと噛み砕いて精一杯説明する顔も、聞いた事のないようなマイナー物を借りてきては「見たら意外と面白いから、これ」と少し自慢げに笑う顔も見ていない。今日見た映画は確かに面白かった。だが自分が彼女の家に見に来ているのは恋愛映画でもシリアス映画でもホラー映画でも、どんな者をも唸らせる超大作でも無い。一番の見所がいつだって無いようなものでは名作も駄作も皆同じだ。
「今日はどこまで走る?」
ヒーターを躊躇いなく消して、バタバタと忙しく外へ出るための支度を始めた小さな背中がそう尋ねてくる。
「外寒いし、ちょっと奥にあるコンビニでも行くか」
そこでなんか買って食おう、と続ける。
「それも楽しそう」
彼女の口からここに行きたい、といった要望を今までに聞いた事があっただろうか。目的地はいつだって俺が行きたいと言った所で、何時も愛唯は後ろで息を切らしながら一生懸命ついてくるだけだ。
「千早、準備できたから行こ」
そう言うなり玄関に出ようとした愛唯の細い腕を掴んで引き戻す。掴まれた瞬間ぴくりと肩を震わせて動きを止めた彼女がこちらに振り向く前に言葉が口をついて出た。
「俺に、合わせてる?」
え、と振り向きざまにそう漏らしながら俺をどこか怯えたように見つめた表情を見逃さなかった。
「…合わせてないよ」
「サイクリングなんて行きたくないんだろ」
「行きたい」
絞り出された声はか細い。
暑さにも寒さにも弱い彼女が初めてサイクリングに行きたいなんて言い出した時は耳を疑った。それは一緒に居る時間が減ってしまうという理由であって彼女が本当に興味があってそんな事を言った訳がないことは百も承知だった。だがそれと同時にもし愛唯と二人走れたなら、それこそ一生の記憶に残るほどの最高の休日になる。あの日の俺はそう思ってしまったのだ。
「愛唯に興味あるわけないだろ」
「正直最初は全くなかった、でも段々おもしろくなってきてて」
「じゃあ本当はどこに行きたいんだよ」
「それは…」
教えてくれ。
「今日見た映画だって、愛唯が本当に俺に見せたかったやつなのか?」
答えはない。
どちらの問いも虚しく空を切るだけだった。俺から吐息が漏れ、彼女の腕を掴む手がするりと落ちていく。
「もう、サイクリングは行かない」
伏せられていた彼女の目がはっとしたようにこちらを向いた。
「い、いや…」
はっとした目は一瞬にしてするりと落ちた手に向いてしまう。
「もう合わせなくていいから」
「そんなはずじゃなくて…」
「もう、いいって」
これ以上自分を殺し続ける彼女を見ていたくなかった。分かっていたはずなのに、気づいていたはずなのに。俺の好きそうな色へと染まることなんて望んでないと、もっと早くに言ってやればよかった。
「俺は、今日も俺らしく生きてるから」
愛唯の腕を掴んで、真っ直ぐ目を見る。
「愛唯も、愛唯らしく生きて欲しい」
「だから、」
彼女の目が大きく見開かれる。
そうして浮かべられた表情はどこか懐かしくて、綺麗だった。
ああ、愛唯だ。この顔が見たかったのだ。
俺は彼女の頬を伝う涙をただただ見つめていた。
生暖かい風を吐き出し続けるヒーターにそっと手をかざしながら突拍子もなくそう提案してきた。
「外絶対寒いぞ」
「大丈夫。行きたい」
「…なら良いけど」
やった、と小さく呟いた愛唯を横目に、机の上へ無造作に置かれたレンタルディスクに目をやる。「千早が知ってそうだから」と彼女が借りてきたそれは映画には疎い自分でも少しは知っているような昨年大ヒットしたらしい、所謂超大作と言えるものだった。いつからか、見所をこれでもかと噛み砕いて精一杯説明する顔も、聞いた事のないようなマイナー物を借りてきては「見たら意外と面白いから、これ」と少し自慢げに笑う顔も見ていない。今日見た映画は確かに面白かった。だが自分が彼女の家に見に来ているのは恋愛映画でもシリアス映画でもホラー映画でも、どんな者をも唸らせる超大作でも無い。一番の見所がいつだって無いようなものでは名作も駄作も皆同じだ。
「今日はどこまで走る?」
ヒーターを躊躇いなく消して、バタバタと忙しく外へ出るための支度を始めた小さな背中がそう尋ねてくる。
「外寒いし、ちょっと奥にあるコンビニでも行くか」
そこでなんか買って食おう、と続ける。
「それも楽しそう」
彼女の口からここに行きたい、といった要望を今までに聞いた事があっただろうか。目的地はいつだって俺が行きたいと言った所で、何時も愛唯は後ろで息を切らしながら一生懸命ついてくるだけだ。
「千早、準備できたから行こ」
そう言うなり玄関に出ようとした愛唯の細い腕を掴んで引き戻す。掴まれた瞬間ぴくりと肩を震わせて動きを止めた彼女がこちらに振り向く前に言葉が口をついて出た。
「俺に、合わせてる?」
え、と振り向きざまにそう漏らしながら俺をどこか怯えたように見つめた表情を見逃さなかった。
「…合わせてないよ」
「サイクリングなんて行きたくないんだろ」
「行きたい」
絞り出された声はか細い。
暑さにも寒さにも弱い彼女が初めてサイクリングに行きたいなんて言い出した時は耳を疑った。それは一緒に居る時間が減ってしまうという理由であって彼女が本当に興味があってそんな事を言った訳がないことは百も承知だった。だがそれと同時にもし愛唯と二人走れたなら、それこそ一生の記憶に残るほどの最高の休日になる。あの日の俺はそう思ってしまったのだ。
「愛唯に興味あるわけないだろ」
「正直最初は全くなかった、でも段々おもしろくなってきてて」
「じゃあ本当はどこに行きたいんだよ」
「それは…」
教えてくれ。
「今日見た映画だって、愛唯が本当に俺に見せたかったやつなのか?」
答えはない。
どちらの問いも虚しく空を切るだけだった。俺から吐息が漏れ、彼女の腕を掴む手がするりと落ちていく。
「もう、サイクリングは行かない」
伏せられていた彼女の目がはっとしたようにこちらを向いた。
「い、いや…」
はっとした目は一瞬にしてするりと落ちた手に向いてしまう。
「もう合わせなくていいから」
「そんなはずじゃなくて…」
「もう、いいって」
これ以上自分を殺し続ける彼女を見ていたくなかった。分かっていたはずなのに、気づいていたはずなのに。俺の好きそうな色へと染まることなんて望んでないと、もっと早くに言ってやればよかった。
「俺は、今日も俺らしく生きてるから」
愛唯の腕を掴んで、真っ直ぐ目を見る。
「愛唯も、愛唯らしく生きて欲しい」
「だから、」
彼女の目が大きく見開かれる。
そうして浮かべられた表情はどこか懐かしくて、綺麗だった。
ああ、愛唯だ。この顔が見たかったのだ。
俺は彼女の頬を伝う涙をただただ見つめていた。
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