人間寸劇

宮浦透

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4.無駄話

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 これもダメ。でも、こうしてもダメ。そうしてるうちに日は暮れ、また次の日が顔を見せる。期限すら守れない人間が何を守れると言うのだろう。外をふらつく人間にふと殺気が湧いた私だったが、自分で選んだ道ということを再認識するともう殺気など湧くこともなかった。
 生み出すことのない人間は受け身の人生を送る。そういう人生に憧れることは甚だなかった。けれど、誰しもが考え得ることを自慢げに「生み出した」などと供述している以上、私に他人を軽視する資格はなかった。人は人と違うことを初めて行ってこそ、生み出す人生への一歩を踏み出せるのだと思う。そのための努力はしているものの、結果が伴わないものは何の意味もない。
 その結論に至る頃までには、随分と無駄な時間を送っていた。何度も日が沈み再度浮かんでくるのを目にした。この程度の精神では何も生み出せない。何にも追いつけない。何にもなれない。
 ──面白いものを作ろうと意気込んで見せても、書けるものは愚痴だけだった。
 常人から逸脱した感性を持ち合わせないと面白いものは作れない。程度の知れた、社会にも出てない人間が逸脱した感性を持とうなどとは少し厚かましい考えかも知れない。
 随分と他人を見る機会が増えたが、どうにも他人と割り切れる人間は見ていて良い気がしない。まるで何かに唆され、生産性のない人生を歩んでいっているように見えるのだ。しかしたまには、それらを美しいと感じてしまうことすらある。なので尚更タチが悪かった。あいも変わらず全員が画面にのめり込む世間を、良いと見る人がどこに居ろうか。されどその本人ですらこうして画面にのめり込んでいるこの矛盾点はどう解決すれば良いか。自分を棚に上げて人を足下まで押し倒しているだけにすぎない。
 実際、そんなことを考えている人は少ないにしろ、考えたことがある人からすれば私も同じものになる。同じように耳に異様なプラスチックを嵌め込み、周りと変わらず画面にのめり込んでいる。何も変わらない。
 幾分か言い訳を上げるとすれば、私はこの文すらも次への屍になると思いたいことだ。頭の良くない私は狂人を理解することでしか、そんな素晴らしい感性を持てなかった。日記、と言えば痛々しいが、芥川の蜜柑を読めばきっと少しくらい気持ちもわかるだろう。
 延々とこんなのを書いてばかりではこの世界に取り憑かれてしまう。やはり私は物語を書くべきだ、と言い聞かせることにしようと思う。
 こんな偽物の文芸に憧れてしまうあたり、私はまだ常人なのかも知れない。
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