人間寸劇

宮浦透

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5.私は言葉の先を見たい。

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 大丈夫って言葉に、何度傷つけられだろう。
 「なんでそればっかりなの?!」
 「大丈夫、大丈夫だからさ」
 「大丈夫じゃないかもしれないじゃん?!」
 私たちは言葉を交わす。濁り切った言葉の数々を。
 「今こうして生きてるでしょ?だから大丈夫」
 「ちが…もし受験に落ちたら私はどうすれば良いのって聞いてるの!」
 「君なら受かるから。大丈夫だから」
 彼は現高校1年生。私はと言うと彼と同じ高校に入るために嫌と言うほど勉強してきた中学3年生。しかし模試の最後の判定ではCだった。
 彼は勉強を教えてくれない。元々勉強が苦手な私は塾に行くわけもなく、誰の手も借りていない。
 ここまでして同じ高校に行く必要があるのかとまで考えた。しかしなんとしても一緒に居たいのだ。それだけ彼といる時間は幸せだから。
 「いっつもそればっかりじゃん!いつだってそう!大丈夫だからって!」
 大丈夫。それは彼の口癖だった。実際今まで何とかなってきた。
 私が勉強のストレスで一度倒れた時も彼は病院まで駆けつけてくれて大丈夫だって私の手を握ってくれた。
 「俺は君を信じてる。君なら受かるって信じてる」
 「それだけじゃ生きていけないの!落ちることも考えないといけないの!」
 「なんで?」
 「なんでって…」
 言いたい事が伝わらず思わず手が出そうにさえなる。普段優しい彼だから、尚更なのかもしれない。
 「なんで落ちることを考えて今勉強してるの?」
 「だって受かりたいし…でも落ちるかもしれないじゃん…!」
 「俺は落ちることなんて考えずに受験したよ」
 「君は頭がいいから良いんだよ?!」
 怒りに任せて言葉をくり出す。
 「俺だって元々は頭が良かったわけじゃない。すごく勉強したさ」
 それは私が一番知っている。努力の数々は私が誰よりも一番知っているはずなのだ。一年前の私は彼につきっきりで勉強の手伝いをした。夜中中横に居て励ました記憶だってある。
 「何を思って勉強したの?!何のためにそんなに勉強したの?!」
 「………」
 「ねぇ!答えてよ!」
 そう怒鳴ると彼は小さく息を吸って、目を瞑って言葉を溢す。
 「君だよ…」
 その言葉はどの言葉よりも力強く感じた。
 「俺が勉強する度に君は励ましてくれた。永遠に勉強出来る気がしたよ。だから憧れだった学校に志望を変えて頑張ったんだ」
 だから中3の2学期初めに志望高校を変えたのか。その当時の私は高校入試と言うものを知らなかったこともあり、あまり気にしていなかった。
 「じゃあ…私が…」
 「君が力になってくれたからだよ。だから俺は諦めてた高校に行く事ができた。でもそのせいで今君を追い込んでる」
 「そんな…」
 結局は何のためなのだろう。私が励ましたから彼は憧れの高校に入れた。それは良いことだ。しかし今私がそのせいで苦しんでいる。
 「あの時」
 少し俯いて彼はそう始める。
 「あの時、君は俺を信じてくれた。夜中中そばに居てくれた」
 「………」
 「だから次は俺がそばにいる番なんだよ。俺と同じ高校を目指して頑張ってくれてるんだから、側に居たい」
 沸々と、込み上げてくる。彼は私のためにしてくれた。
 しかしそれは、感謝などではなかった。
 「そばに居るだけなの?!」
 再度、溢れ出す怒りに口を任せる。
 「私は高校入試がどんなものなんて知らないからそばにいる事しかできなかった!でも君は今私に勉強を教えられる!」
 「………」
 厚かましいことを知っている。でももう止まれないのだ。これが少なくとも本音だ。そばに居るなら教えてくれても良いと思う。
 「なんでそばに居るだけなの?!そばで応援してくれるだけなの?!」
 「君はさ」
 「え?」
 小さな声で重そうな口を開ける。私が叫んだせいで未だに彼は下を向いたままだ。
 「君は俺に一度でも勉強を教えてって言った事があった?」
 「あったはずじゃ…」
 「ないよ」
 きっぱりと断言される。言った記憶はないが、一度もないかと言われると分からないのだ。
 「君は一度も俺に勉強教えてなんて言ってない。それは他でもない君が誰にも頼りたくないって思ってるんじゃないの?」
 「え…」
 「君は昔から負けず嫌いだった。運動が得意だった君は俺に負けたらすごく拗ねたよね。でも誰にも頼らずに1人でものすごく練習していつの間にか上手になってた」
 「それは…」
 「頼りたくないって思いがあったんだと思う。心のどこかではね」
 「それでも…!」
 「ちょっとは頼ってくれてもいいんじゃないの?!」
 今度はこれまで一方的に怒りを受けていた彼が声を荒げる。数年間一緒にいるがこんな彼は初めて見た。こんなに大きな喧嘩は初めてかもしれない。
 「君は一度も俺に頼ろうとしなかった。まるで俺に頼ることなんてないみたいに」
 「それは…ごめん…」
 「それでも性格だからって、思ってきたんだよ」
 気がつけばお互いに向かい合っていた。
 「それなのに今更勉強教えてくれないのかって。君が頼ってこなかったんじゃん」
 「………」
 「だから大丈夫だって言ってきた。今回も1人で何としても成功させるって信じてたから」
 「ごめん…」
 いつも大丈夫だって面倒がっているのか、なんて思っていた。まさかこんな理由があったなんて思いもしなかった。
 「でも、嬉しかったよ。初めて俺を頼ってくれたからね」
 「え…」
 「初めて必要とされてる気がしたよ」
 そう言うと、彼は私を両腕で覆った。
 「ありがとう…」
 確かに耳元でそう聞こえた。
 「君は今までにとんでもないくらいの努力をしてきた。だから大丈夫だって言ってきた。でも荷が重すぎたかもな」
 「う…」
 気付けば私の目尻は熱くなっていた。頬には暑い何かが流れる。
 「よく今まで頑張ってきたね。お疲れ様。頼りにくかったよね。正直に言ってくれてありがとう」
 腕の中はすごくあったかくて、今までに感じた事のない安心感を感じられた気がする。
 「これからはどんどん頼ってくれて良いからね。受験まであと1週間、それまで頑張ろ?」
 「うん…」
 認められた気がした。今までの努力が報われた気がした。
 気づけば私も彼を強く抱きしめていた。
 「うん…!」
 泣いて息が上がっていたがそんなことは無視して力強くそう相槌を打ち直す。
 受験1週間前の夜中3時。無駄な時間のように見えて一番有意義な時間だったかもしれない。
 それから泣き止んだ後は彼ともう一度ハグをした。出来るだけ長く、しっかりと。私は1人じゃないんだと思って。
 「もう疲れちゃったから寝ようかな」
 泣き疲れた私はそうふざけた口調でベッドに横たわる。
 「ダメだよ、あと30分だけでもしてから寝なよ」
 「相変わらず厳しいなー」
 昔から彼は厳しい。そんなことは知っている。自覚はしているのだ。
 ベッドから起き上がり再び椅子に座り直す。
 「君なら出来る。大丈夫だから。俺がついてるから」
 耳元で囁かれる。
 「うわっ?!びっくりするじゃん?!」
 「脅かしちゃったー」
 そういたずらっぽく笑う彼。しかし言っていることは真剣だと知っている。
 「もう。勉強教えてよねー」
 それだけ言って再び勉強机に向かう私だ。



 大丈夫って言葉に、何度救われただろう。




 2020/12 頃に著作
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