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4.空の姫
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「今日は調子悪いだけだよね!きっと明日は出来るから!元気出してこ!」
数十分前に言われたことが未だに頭から離れない。
私は今日いつもよりほんの少し走るタイムが遅かった。そのほんの少しの時間で彼女に負けた。
明日なんて本当どうでもいいよ。
午前中までの練習を終えた私は猛暑の中、歩きで家へ向かっていた。
私は私が嫌いだ。
私は優しくありたい。心の底から生きていける人になりたい。
でもそんな願いは届かなかった。
運命はそんなことを認めないらしい。
明日の誰かに勇気を与えられるような、そんな人になりたかった。そしてなれない自分に憎んだ。
綺麗な自分で、綺麗な自分を好きになりたかった。
気づかぬ間に表裏を作り「明日なんて」と思う自分を隠して「そしたら明日は」なんて言う人になってしまった。
あの空は、今日も綺麗だ。
街中にある大きな川を横断するように建てられた橋から見えるこの空。
「あ、紗衣じゃん」
「先輩じゃないですか。また今日も練習サボってましたね⁈」
「ごめんごめん。明日は行くよ」
一つ上の先輩は、いつも部活をサボる。みんなそれについて何も触れないが、本人はたまに辛くなる時があるらしい。
「わかりましたよ…。この時間の空、綺麗ですよね。暑すぎますけど」
苦笑を浮かべ胸元をパタパタとさせる。何もせずにこの気温を耐えるのはとても出来たことじゃない。
「綺麗だな。ほらこれ」
それだけ言うと手に持っていたアイスの片方を私に手渡してくる。
「あ、ありがとうございます」
先輩はいつも部活をサボる時はこの橋で空を見つめている。夕陽が水平線のように長い川に沈んでいくこの場所は私と先輩だけが知っている。
「空には毎回勇気を貰うよな」
「勇気ですか?」
「小説にしても、映画にしても、絵にしても、歌にしても」
「確かに…そうですね」
「この空は雨が降ってても誰かの心に届くんだ。俺はそんな空の小説を書きたい」
「そんな空の小説?」
「泣いても笑っても、誰かに勇気を与えられる。そんな綺麗な物語」
「それはもう書けたら綺麗ですね」
部活をサボって何を言っているんだ。とは言うこともできず話を聞いている。手に持っていただけのはずのアイスは気付けば口の中に全て吸い込まれていた。
「けど空ってあんなに綺麗なのにあの空の中には沢山の埃があったり、そのもっと上の空は俺たちが汚してるんだ」
「綺麗なだけじゃないんですね…」
「空もきっと辛いはずなのに、今もあの空は綺麗なんだ。そしてその空から俺らは勇気をもらってるんだ」
そんなこと考えてもみなかった。ずっと綺麗な空に魅了されていただけだった。
「綺麗なだけじゃ人は救えないと思う」
私に喋る時間もくれず1人喋ることを続ける。
「俺はただの意味のない文字列で人の心を動かしたい。でも俺は綺麗な物語を書きたい。ただ綺麗なだけの物語で、人に何か思わせたいんだ」
「見て見ないフリを読者にさせるってことですか」
言葉を言い終えてからハッとする。失礼な発言をしてしまった。
「ご、ごめんなさ」
「いや」
謝りの言葉を遮って先輩が言葉を続ける。
「多分優しい奴は傷つくことを恐れないし、もっと優しい奴はきっと誰かに嫌われる覚悟がある。綺麗なだけの物語なんて書かないと思う」
「じゃあ先輩は優しくないですね」
なぜか失礼なことを言っている自覚はありながらも言うことに躊躇がなくなっていた。
「…せめてオブラートに包んで言おうな」
「綺麗なだけな汚い人間はやめようと思って」
言葉に矛盾があることは知っているが、それしか表す言葉がなかった。
「なんだそれ。じゃあ俺も綺麗なだけの汚い物語はやめるか」
お互いに顔を見て笑ってしまった。違う意味を喋っているはずなのにお互いに当てはまってしまっている。
「そしたら明日は幸せかもしれませんね」
「会話が成り立ってないぞ」
「綺麗なだけの汚い何かが無くなったら幸せなんじゃないかなって思って」
とうとう自分が何を言っているのか分からなくなってきた。しかし心の底から溢れててきたような言葉だった。
意味のわからない発言をしてしまったことに対して、先輩に少しばかり心の中で謝罪した。
「幸せか。じゃあもっと綺麗になるかもな」
「ですね」
思わず笑ってしまう。
どれくらい話したか分からないが目の前には夕陽がある。
この夕陽も、また綺麗だ。
その夕陽に、照らされるこの空も。
そしたら明日は、幸せで綺麗なものになる。
そして今日は初めて、綺麗な記憶が刻まれた日だ。
数十分前に言われたことが未だに頭から離れない。
私は今日いつもよりほんの少し走るタイムが遅かった。そのほんの少しの時間で彼女に負けた。
明日なんて本当どうでもいいよ。
午前中までの練習を終えた私は猛暑の中、歩きで家へ向かっていた。
私は私が嫌いだ。
私は優しくありたい。心の底から生きていける人になりたい。
でもそんな願いは届かなかった。
運命はそんなことを認めないらしい。
明日の誰かに勇気を与えられるような、そんな人になりたかった。そしてなれない自分に憎んだ。
綺麗な自分で、綺麗な自分を好きになりたかった。
気づかぬ間に表裏を作り「明日なんて」と思う自分を隠して「そしたら明日は」なんて言う人になってしまった。
あの空は、今日も綺麗だ。
街中にある大きな川を横断するように建てられた橋から見えるこの空。
「あ、紗衣じゃん」
「先輩じゃないですか。また今日も練習サボってましたね⁈」
「ごめんごめん。明日は行くよ」
一つ上の先輩は、いつも部活をサボる。みんなそれについて何も触れないが、本人はたまに辛くなる時があるらしい。
「わかりましたよ…。この時間の空、綺麗ですよね。暑すぎますけど」
苦笑を浮かべ胸元をパタパタとさせる。何もせずにこの気温を耐えるのはとても出来たことじゃない。
「綺麗だな。ほらこれ」
それだけ言うと手に持っていたアイスの片方を私に手渡してくる。
「あ、ありがとうございます」
先輩はいつも部活をサボる時はこの橋で空を見つめている。夕陽が水平線のように長い川に沈んでいくこの場所は私と先輩だけが知っている。
「空には毎回勇気を貰うよな」
「勇気ですか?」
「小説にしても、映画にしても、絵にしても、歌にしても」
「確かに…そうですね」
「この空は雨が降ってても誰かの心に届くんだ。俺はそんな空の小説を書きたい」
「そんな空の小説?」
「泣いても笑っても、誰かに勇気を与えられる。そんな綺麗な物語」
「それはもう書けたら綺麗ですね」
部活をサボって何を言っているんだ。とは言うこともできず話を聞いている。手に持っていただけのはずのアイスは気付けば口の中に全て吸い込まれていた。
「けど空ってあんなに綺麗なのにあの空の中には沢山の埃があったり、そのもっと上の空は俺たちが汚してるんだ」
「綺麗なだけじゃないんですね…」
「空もきっと辛いはずなのに、今もあの空は綺麗なんだ。そしてその空から俺らは勇気をもらってるんだ」
そんなこと考えてもみなかった。ずっと綺麗な空に魅了されていただけだった。
「綺麗なだけじゃ人は救えないと思う」
私に喋る時間もくれず1人喋ることを続ける。
「俺はただの意味のない文字列で人の心を動かしたい。でも俺は綺麗な物語を書きたい。ただ綺麗なだけの物語で、人に何か思わせたいんだ」
「見て見ないフリを読者にさせるってことですか」
言葉を言い終えてからハッとする。失礼な発言をしてしまった。
「ご、ごめんなさ」
「いや」
謝りの言葉を遮って先輩が言葉を続ける。
「多分優しい奴は傷つくことを恐れないし、もっと優しい奴はきっと誰かに嫌われる覚悟がある。綺麗なだけの物語なんて書かないと思う」
「じゃあ先輩は優しくないですね」
なぜか失礼なことを言っている自覚はありながらも言うことに躊躇がなくなっていた。
「…せめてオブラートに包んで言おうな」
「綺麗なだけな汚い人間はやめようと思って」
言葉に矛盾があることは知っているが、それしか表す言葉がなかった。
「なんだそれ。じゃあ俺も綺麗なだけの汚い物語はやめるか」
お互いに顔を見て笑ってしまった。違う意味を喋っているはずなのにお互いに当てはまってしまっている。
「そしたら明日は幸せかもしれませんね」
「会話が成り立ってないぞ」
「綺麗なだけの汚い何かが無くなったら幸せなんじゃないかなって思って」
とうとう自分が何を言っているのか分からなくなってきた。しかし心の底から溢れててきたような言葉だった。
意味のわからない発言をしてしまったことに対して、先輩に少しばかり心の中で謝罪した。
「幸せか。じゃあもっと綺麗になるかもな」
「ですね」
思わず笑ってしまう。
どれくらい話したか分からないが目の前には夕陽がある。
この夕陽も、また綺麗だ。
その夕陽に、照らされるこの空も。
そしたら明日は、幸せで綺麗なものになる。
そして今日は初めて、綺麗な記憶が刻まれた日だ。
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