悪役令嬢は魔王様の花嫁希望

Dizzy

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第四章 アダルトに突入です

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 可哀想なくらいガタガタと身体を震わせたクラリスちゃんが、私の上着の裾を握ってきた。
 クラリスちゃんを椅子に誘導して座らせ、私もその隣に座って、彼女の震える手に自分の手を重ねる。

「大丈夫。貴女ならできる。何故なら貴女はこの世界のヒロインなのだから」

「ア、アリス様! わたしはヒロインではなくてヒロインのお姉さん役です!」

「……そうでした。間違えました。大丈夫、全てはヒロインの継母役のジャンヌに任せて。貴女の台詞セリフはたった二つ。言ってみて」

「『そうよ、そうよ』『この靴きついわ。入らない』」

「そう。見事に棒読みだけど大丈夫。全てジャンヌに任せて、横で頷いていればいいの。今、緊張しないおまじないをしてあげるから。掌を上にして」

 涙目で私を見つめてコクコクと頷くクラリスちゃんが可愛い。
 私はクラリスちゃんの掌に【人】の文字を三回書いてあげた。
 クラリスちゃんはキョトンとして、掌に落としていた視線を私の顔に戻した。

「これは……?」

「呪術で用いる古代文字よ。どう? 落ち着いた?」

「はい……。さっきよりはなんだか大丈夫な気がしてきました…………うぅ……緊張で吐きそう……」

 全然効いてないですわ!

 八年間、国王を元に戻す為にマトの元に通い詰めて解毒剤を作る傍ら、マトから呪術を習っていたのだけど……。
 リドの側にいる限りは、魔法よりも有用だと思っていたけど、私才能ないのかな。

「去年みたいに急な代役は立てられないから、できれば舞台に立って欲しいのだけど……」

 今日は、シャーリン領の首都から港街ラグまでの道路が開通されて二年目のお祭りだ。
 昨年は一周年記念の祭典を初めて行い、その目玉として子どもとその保護者一名を招待しての“演劇”を開催した。
 あくまでボランティアの一環として行われたのだが、演劇は大盛況で幕を閉じた。
 場所は、私とクラリスちゃんとヴィヴィが出会った思い出の、あの奴隷売買が行われていた洋館を改築して出来上がった演劇場。そして出演は私たち……つまりは演劇ど素人集団だったのだけれど。
 昨年の演目は【ピーターパン】で、脚本演出は私。主演も言い出しっぺの私、このアリス・ローズ・シャーリンが務めさせていただきました。
 素人の寄せ集めにも関わらず、この演劇で隠れた才能を発揮した者が二名いたのだ。
 一人はリド。さすが踊り子の母を持つだけあり、舞台度胸、舞台映え、共に凄まじかった。演技力もプロ顔負け。
 “フック船長”にリドを抜擢したのだけど、これが大当たり! 子どもから、そのお母様方までハートを鷲掴み。フック船長に扮したリドの絵姿ブロマイドまで出回る始末。余りにも人気になり過ぎて暫く街を出歩くことができなかったくらい。
 配役は『眼帯してるから“フック船長”はリドでいっかー』くらいの軽い気持ちで決めたとは、とても言えない。

 もちろん主役の“ピーターパン”も負けず劣らず人気で、“フック船長”と同じくらい絵姿が出回りましたけど!
 ムダ筋ガイにロープで宙吊りにされて頑張った甲斐があります。
 
 そして【迷鳥】のヒロインであるクラリスちゃんには、期待を込めてヒロイン役の“ウェンディ”に抜擢させていただいたのだが、これがまさかのミスキャスト。
 初めてのリハーサルで、クラリスちゃんが極度のあがり症であることが判明したのだ。
 あと数日で本番というところでだ。
 かなり焦った私の前に彗星の如く現れ出たのは、なんと! シャーリン家侍女頭のオリビアだった。そう、彼女が二人目の天才!
 オリビアは昔から演劇が好きだったそうで、私たちが屋敷で練習していたのを見ていただけで“ウェンディ”を理解して演じることができたのだ。
 ちょっと皆より年上で、ちょっとふくよかな“ウェンディ”だったのには目をつぶろう。そうして昨年はオリビアの活躍によって窮地を脱したのだった。

 そんなオリビアも、今年の演目【シンデレラ】ではすでに“フェアリーゴッドマザー”というはまり役にキャスティングされている。
 昨年を考慮して、クラリスちゃんには裏方の仕事をやってもらおうと思ったが『端役でも良いので(去年のリベンジ)やらせて下さい!』という本人たっての希望で、台詞が二つしかない“シンデレラの義姉”役にキャスティングされた。リハーサルも何とか乗り切ってこられたのだが……。
 
 本番直前だから……仕方ない……。

「わかりました。大丈夫よ、私が代役で出ます」

「えっ!? アリス様が!?」

「ええ。脚本を書かせていただきましたし、台詞セリフは完璧ですわ。任せて」

「で、でも衣装が……。……アリス様がわたしの衣装を着るのは難しいかと……」

「? 衣装? でも私たち背丈もあまり変わらないし…………ッ!? あ!!」

 そ、そうでしたわ!
 私とクラリスちゃんは背丈もほとんど一緒だけど、決定的にサイズの違う場所がッ!

「ドレスはわたしのサイズで作ってあるので、アリス様の胸は入らないかもです……わたしの胸、まな板なので」

「だ、大丈夫ですわ! ブルースに変装する時の様にサラシを巻けば!」

 そう! サラシを巻いて胸を潰して…………みても……ダメかも……。

 私はクラリスちゃんのツルンとした胸元を眺めて、絶望を感じた。
 
 どうして18禁乙女ゲームのヒロインの胸が、こんなに真っ平らなのだろうか? 制作サイドがちっぱいが好きだったのだろうか? だから悪役を巨乳にしたのかしら? 巨乳は悪!?
 スチルではそれなりに(おっぱいが)あった気がしたけど、記憶違いかな? 確かジークフリートルートで胸を揉みしだかれる描写があったような……。あ、でも、ジークフリートが執拗に胸を責めて『俺が大きくしてやる』みたいなこと言ってたな。そういえば。

「あ、あの……アリス様? 大丈夫ですか?」

「ハッ! だ、大丈夫! ごめんなさい。ボーっとしてしまいましたわ」

 キャー! 私ったら本人の目の前で何思い出してるのかしら! ごめんなさいクラリスちゃん!

 とんでもないスチルを思い出してしまい、顔に熱が集まるのを意識しながら、私は椅子に座るクラリスちゃんの前に跪いて、その手を握った。

「とにかく、無理に出演ることないわ。ジャンヌ一人で充分な存在感だから、あのシーンはジャンヌだけに任せましょう。クラリスちゃんは私と一緒に裏方を手伝ってくれる?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 クラリスちゃんの目を見ながら微笑むと、彼女はホッとしたように安堵の表情を浮かべた。
 良かった。やっと顔色が元に戻ったわ。さっきまでは真っ青で今にも倒れてしまいそうだったから。



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