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第一章 山猫

モチベーションの問題

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「ただいまー」
 一日の仕事を終え、僕は自宅に帰って来ていた。

 あの後、山猫に一通りプロジェクトの説明を終えてから、時間的にも昼過ぎだったこともあり、四人で昼食会をすることになった。ラウラさんと山猫は金銭面などの込み入った話があるということでもう少し山猫の家に留まり、僕とヤン先輩が先行して山猫お薦めの店へ行って待つことになった。
「どうだった? 山猫は」
 店の四人掛けの席に座って残る二人を待つ間、ヤン先輩が訊ねた。
「何というか……最初にヤン先輩が山猫の名前を出した時、ラウラさんが警戒していた理由がわかりました」
 腕は良いのかもしれないが、ああもマイペースな人では、管理する側のラウラさんは大変だろう。
「まあ山猫は、現場の開発者に対してはあまり害はないから安心しろ。真面目にやっている限り、山猫は開発者を守ろうとする。で、『開発者がこれだけやってるんだからそっちも自分のすべきことを最大限やってもらわなきゃ困る』って論理で、管理者や時には顧客クライアントにまで厳しい注文をつけるんで、偉いさんたちには自分勝手と見られがちだがね。彼女は自分勝手なんじゃない。開発チームの主張を代表してるんだ」
 ヤン先輩はそう弁護した上で、「まあ、さっき見たとおり人をからかうのが大好きな人だから、厄介には違いないんだがね」と付け加えた。
「自分のすべきことをちゃんとやった上で、他の関係者に『こちらが仕事を期日までに仕上げるためには、あなたがいつまでにこれをやってくれなくては困る』とちゃんと言える人、相手が上役だろうが何だろうがそれができる人ってのは、プロジェクト内に一人いてくれると全体としてはうまくまわるんだが、そういう人を管理するにはラウラさんは若すぎるし、自分でいろいろ背負いこみすぎる。俺たちが守ってやらないといかんな」
 寡黙な黒い猫人族ウェアキャットのウェイトレスが淹れてくれたお茶を一口飲んで、ヤン先輩は言った。
「どうして、そんな大変な人をこのプロジェクトに参加させようなんて考えたんですか?」
 事前にアポイントメントを取って会いに来たのに、出会い頭に仕事は受けないと言い出すマイペースさ、加えてラウラさんの手に余るほどの扱いにくさ。わざわざそんな人にお願いしなくても、他に優秀な技術者はいなかったのだろうか。
「最大の理由は、俺自身のモチベーションの問題だな」
 ヤン先輩はぼんやりと店の外を見やりながらつぶやいた。
「山猫と一緒に仕事することで、以前同じチームだった頃の真面目だった自分を思い出せる気がしたし、自分が本当に尊敬できる技術者が間近にいれば、やる気も湧いてくるだろうと思った。やる気さえ出せば俺はもっとやれるはずなんだ。本気の俺はこんなもんじゃないはずなんだ……」
 台詞の後半は僕にというよりも自分自身に言い聞かせるようだった。
 僕には彼の気持ちが分からない。本気を出せば彼が凄い速さで術式を組み上げるのは知っているし、真面目にやれば優秀な技術者だと思う。さっきの言葉からするとその真面目な彼こそ、彼の理想とする自分であり、そうなりたいと切実に願っているように思える。やる気になれば理想の自分を実現する能力があるのに、なぜ本気を出さないのだろうか。
 今のダラダラした自分を「俺はこんなもんじゃない」と否定したがりながら、理想の自分になりたいと切実に思っている。それは「やる気」ではないのだろうか。ヤン先輩がやる気になるには、何が足りないのだろうか。先輩自身も、その答えがわからないのだろう。彼の表情には、苦悩の色が浮かんでいた。
「……どうした?」
 僕が考え事をしていると、その様子に気づいた先輩が問いかけてきた。まさか今考えていたことを話す訳にはいかず、僕はとっさにどうでもいいことを訊いた。
「山猫って、何歳なんですか?」
 ヤン先輩は顎の無精ひげを弄りながら、しばし考えこんだ。
「うーん、前に歳を聞いたような気がするけど忘れたな……。でも俺より年上だったはずだから、アラフォ……」
 その時、店の入り口から大きな獣が突然、もの凄いスピードで乱入してきた。逆光のため黒いシルエットに見えるその獣は、四肢をバネのように大きく躍動させながら、瞬く間に僕らの足元まで突進してくると、やにわに二本足で立ち上がり、前肢の爪をヤン先輩の頸動脈にぴたりと突きつけた。
「それ以上あたしの年齢に言及したら殺すにゃ」
 獣の正体は、ラウラさんとの打ち合わせを終えた山猫だった。僕はその時はじめて、猫人族がエルフ以上の地獄耳を持つ種族であることを知った。

 その後、ラウラさんから条件面での折り合いもついて山猫が正式にチームに参加することになったと告げられ、四人で昼食を囲んでいる時も、帰りの乗合馬車に揺られている時も、会社に戻って終業まで仕事をこなしている時も、僕はヤン先輩の言葉が気になっていた。先輩はどうしたら、理想の彼になれるだろう。

 だから、こうして帰宅した時も、僕はそのことについて考えていて、家族への対応が少しおざなりになっていた。
「あらクロト。帰ったの? ねえ聞いてよ。アカネ、就職が決まったんですって」
 濡れた手をエプロンでふきふき台所からあらわれた母がそう僕に告げると、居間にいた妹のアカネがえっへん、とドヤ顔をしてみせる。
「就職……?」
 アカネは別に就職活動しているように見えなかったので、突然のことにどう言っていいかわからなかった。
「子供の頃からアカネがなついてる、はす向かいのお姉さんいるでしょ? あの子が働いてる会社で、今までもアルバイトとして時々お手伝いをしてたんだけど、正社員として働かないかって誘われたらしくて」
 アカネが何やらアルバイトをしているらしいことは知っていたが、どんな仕事かは知らない。正直なところそれほど興味もない。
「なんの会社でどんな仕事するか知りたい? 当ててみてよー」
 それほど興味ないのに、アカネは執拗に絡んでくる。
「かけっこが速いことしか取り柄のないアカネが就職できるんだから、郵便配達とかか?」
 面倒くさくて適当に答えると、アカネはむっとした顔になった。
「かけっこ以外にも取り柄あるし、そもそも郵便配達は別に走らないし」
「いや、速達とかさ」
「速達と通常郵便は走って届けるか歩いて届けるかの違いじゃないよ。通常郵便は、集配センターに集まった郵便物を一日分まとめて、毎日一回配達するのに対して、速達は一日三回配達するってだけ」
 だから同じ場所から同じ宛先に対して通常郵便と速達とを同時に投函しても、集配センターに着くタイミングによっては、必ずしも速達が速く着くとは限らないの。速達なんて料金の無駄よ。と、アカネは意外な博識さを披露した。
「くわしいな」
「えへへー、なんで詳しいかって言うとねー。仕事でね……」
「はいはい。要するに郵便関係の仕事なんだろ。今日は仕事でギゼまで行って疲れてるんだ。休ませてくれ」
 そんな風に妹との会話を打ち切ると、僕は不服顔をしたアカネを居間に残したまま自室に引っ込むと、夕食の支度ができるまで横になって休むことにした。
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