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第二章 プロジェクト

セカンドシステム症候群

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 書類ドキュメント作成が一段落して、僕は椅子にもたれかかって大きく伸びをした。席を立っていたヤン先輩がちょうど戻ってきて、僕を見つけておや、という顔をした。
「どうしたクロト。随分遅くまで残ってるじゃないか。ちんたら仕事してて定時内に終わらなかったか?」
「違いますよ。今回のプロジェクトはスケジュール的に厳しくなりそうなので、今のうちにできることはやっておこうかと思って」
 先輩とは違うんです。という喉まで出かかった言葉を飲み込み、僕は再びドキュメント作成の続きに入った。定時内にやるべき仕事は定時内に済ませたうえで、それ以外に今後の工程の助けとなりうる作業、例えば不慣れなギャスパー魔術で術式を組む練習だとか、現在分かっている仕様から設計書のかける部分を書いたりだとかのために残業している。もちろんラウラさんの許可は得ている。
「そうなのか。まあ、根を詰めすぎるなよ。町の門が閉まる前に帰るには、ここを何時に出りゃいいんだい?」
 町に出入りするには、正門で兵士によるチェックを受けなければならないのだが、夜間は正門が閉められてしまい、一切の出入りが禁じられてしまう。誰でもチェックさえ受ければ出入りできる時間帯は、ヴァッサーハイムの場合午前八時から午後八時までだ。
 しかしヴァッサーハイムの住民が町の中へ戻る場合に限っては、兵士に身分証を見せれば午後十時までは通行可能となっている。その場合、検疫が必要な品物を持ち込まないこと等の幾つかの条件がつくのだが、僕のような魔法技術者が身ひとつで帰る分にはなんの問題もない。
「九時半に退社すれば十分間に合います」
「そうか。集中しすぎて時間を忘れたりするなよ」
 そう言うとヤン先輩は、自分の仕事に取りかかった。僕は、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「ところで、今後このプロジェクトに遅れが生じたりして、僕が九時半よりももっと遅くまで作業しなきゃいけなくなったら、どこへ泊まったら良いんでしょう?」
 僕の質問にヤン先輩は、顎の無精ひげを撫でながら少し考え込んだ。
「うーん確かに。……ねえラウラさん、そういう時はどうしたらいいんすか」
 ラウラさんもまだ会社に残って、次回の打ち合わせに使う資料の作成をしていたのだが、ヤン先輩に話しかけられると、顔を上げてこっちを向いた。
「基本的に事務所内ですね。あらかじめ寝袋を持ってきておいてそれを使う人や、椅子を並べて寝る人もいます。ですが連日連日それではつらいので、近所の安宿に泊まったりもできます。一応素泊まりの料金は経費でおちることになっていますが、あまり頻繁だと経理部から文句を言われます」
「まじかー。経理部は俺たち開発チームの辛さを分かってくれてないんだよー」
 基本的に社内泊と聞いて、ヤン先輩は不平を漏らす。当のヤン先輩は徒歩十五分位のところに住んでいるので、社内泊の必要はないのだけれど。
「キリシマさんをそんな時間まで残業させないことが私の仕事です。そしてそれはピルスナーさんが全力で協力していただければ達成可能なことです」
 それだけ言ってラウラさんは、また資料の方へ視線を戻した。
「わかりましたよ。じゃ、俺も今日は九時半まで頑張っていくか」
 ヤン先輩はそう言ったものの、いまいち仕事に身が入らないらしく、隣の僕の机を覗き見たりしている。
「クロトは何をやってるんだい?」
 問われて僕は「これですか?」と意味ありげな笑みを浮かべた。
「ちょっと開発チーム内に提案したいことがありまして、そのための資料を作ってるんです。明日から山猫もチームに合流するでしょう? それまでに資料を完成させておきたいんです」
 そう言うと、ヤン先輩は愉快そうに笑った。
「なるほどね。開発に関して何か提案があるってわけだ。面白いじゃないか。期待しておくよ」

 さて、そんなことがあった翌朝。
 僕が出社すると、山猫はもう出社していた。
「あ、クロト君、今日からよろしくにゃー」
「おはようございます。お早い出社ですね」
「で、山猫の初出社の日だとわかっているにも関わらず、ピルスナーさんは相変わらず遅刻ですかね」
 ラウラさんがため息をつく。
 結論から言うと、ヤン先輩は遅刻しなかった。八時五十九分に事務所の入り口のドアを乱暴に押し開けて入ってきて、時計が九時ちょうどを指す頃にまだ机の引き出しから作業途中の書類を引っ張り出したりするのを終えていないのを遅刻と呼ばないのならばだが。とにかくギリギリに彼は来た。彼も一応、山猫に対して礼を失しないよう、最低限度の気は遣ったということだろう。
「あの、全員揃ったところで、僕から開発に関して提案があるのですが」
 全員が揃ったところで、僕は昨日の夜まで作成していた提案資料を開発チームに配り、説明を始めた。
「先月まで僕が参加しておりましたプロジェクトでは、各機能間で共有する情報の窓口インタフェースをどうするかで困ることがよくありました。開発担当者が異なる機能間では特にです。当該システムでは関連の深い機能をまとめて『部門』という単位でグループ分けしていたので、各部門内で共有する情報を格納しておくための場所を定義しておけば良かったのです」
 前回のプロジェクトでは、各機能の詳細設計をする段階になってはじめて、別の機能から情報を引き渡してもらう必要性に気付くケースが何度もあった。実際に術式を組み始めてからようやく気付くケースさえあった。そのたびに引き渡す側の機能と引き渡される側の機能双方の担当者の合議で情報の引き渡し方法を決めるので、いろいろと不合理なことが起きるのだ。例えばとある情報を機能Aから機能Bへ引き渡す処理を実装した後で、その情報は実は別の機能CとDの間で共有する目的で、全機能から利用できる位置に格納されていたことが発覚する、なんてこともあった。
 それを防ぐために、各部門内で共有する情報、全部門を通して共有する情報を格納しておく場所をあらかじめ定義し、どこにどんな情報を置くかを文書に書き残すルールとしよう。というのが僕の提案だ。他機能から渡して欲しい情報があった場合、開発者はその情報がすでに共有エリアに定義されていないかを確認し、なければ新たに共有エリアにその情報を置いてもらえるよう、情報の取得元機能の開発者にお願いする。
「……と、いうわけなんですが、いかがでしょう」
 説明している間は得意げだった僕が、「いかがでしょう」をいささか自信なさげに言ったのは、聴衆があまりに無反応だったからだ。ややあって、ヤン先輩が山猫を方を見て問いかける。
「どう思います? クロトと同じプロジェクトで、同じ辛酸を舐めた俺としちゃ、利にかなってると思うんですが」
 山猫はにんまりと笑って、「見事だにゃ」とつぶやいた。
「見事なくらいに典型的な『セカンドシステム症候群』にゃ」
 山猫は笑みを浮かべたまま、ふさふさした手を舌で湿らせてひげをこすった。
「セカンドシステム症候群?」
 聞いたことがない言葉だが、『症候群』というのだから良い意味ではないのだろう。僕の提案の、どこがいけなかったのか。
「セカンドシステム症候群というのは、あるシステムを開発中に生じた『こんな機能をつければ良かった』などといったたくさんの反省点を、その次に開発するシステムに生かそうとして、機能を盛り込み過ぎてしまうことです」
 ラウラさんの説明に、山猫はうんうんとうなずく。
「クロト君が前回開発したシステムにおける『部門』というのは、おそらくそれぞれ使う人が違う機能ごとにグループ分けされていたはずにゃ。『仕入』部門に属する諸機能は仕入担当者しか使わないとかにゃ。それならまだ、クロト君の提案は導入してみる価値があるにゃ」
 でもにゃ、と山猫は続けた。
「今回のシステムは基本的に経理部が使うものにゃ。そうすると作っているうちに顧客から、『この機能からこの機能を呼び出せるようにして欲しい』などと要望が出る場合もあるにゃ。こちらが想定したグループ分けを飛び越えて、にゃ」
 山猫は一度、大きなあくびを挟んで再び言葉を続けた。
「設計中にそういう要望が出るならまだいいにゃ。でも場合によっては開発が進んで、動くものをお客さんに見せた時に言われることもあるし、完成して運用が始まった後で、次期開発で修正してくれなんて言われることもある。そんな時この仕組みは邪魔になるにゃ。グループ内だけで共有していた情報を全グループで共有できる場所に移したりせざるを得なくなり、それが頻繁に起こればほとんどの情報を全グループ共有エリアに置く羽目になるにゃ」
「でも、設計段階でちゃんと顧客の意見を聞いていれば、そこまでひどい事にはならないんじゃないですか?」
 ヤン先輩がフォローを入れてくれるが、それでも山猫は譲らない。
「この案を却下する理由がもう一つあるにゃ。アリステ魔術では確かに各機能間の情報のやり取りは、双方がちゃんと窓口を用意していないとできないけど、ギャスパー魔術は割とその辺ルーズなんだにゃ。他機能の情報を参照するのに、アリステ魔術ほど困らないにゃ」
 というわけで、僕の案は却下されてしまった。
「残念だけどその仕組みは、今度アリステ魔術でシステム作るときに使おうや。使用者の部門ごとに使う機能がはっきり分かれてるようなものに」
 ヤン先輩はそう言って、落ち込む僕を慰めてくれた。
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