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はじまり
石田三成
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女神達が教えてくれた場所に行って石田三成にお目通しを願い出ると、建物の中へと案内された。
「殿は、この廊下のつきあたりの部屋にござる」
僕はかすかにきしむ廊下を進んでつきあたりの部屋の前に跪いて、室内へと声をかけた。
「石田治部少輔様にお仕えする事になりました、村主映夢と申します」
「上様より聞き及んでおる。入って良いぞ」
部屋の中から聞こえた声に従い、頭を下げつつ襖を開ける。
中には生真面目そうな裃姿の男が一人、文机に向かって書きものをしていた。部屋の隅に小姓らしき少年が二人、彫像のように静かに侍っている。正面の障子は開けられていて、そこから庭の楓の樹と、ししおどしのある小さな庭が見えた。
頭を上げてよいものかどうか思案していると、部屋の中からさらに言葉が聞こえた。
「月代を剃れぃ」
「は?」
思わず僕は聞き返した。月代というのは武士などが前髪から頭頂部あたりまでを剃る事だ。武士に仕えるのだからそりゃあ僕も月代を剃るべきなんだろうが、きちんと挨拶する間もなくいきなり第一声が「月代を剃れ」?
僕が戸惑っていると、彼は落ち着いた口調で言葉を続けた。
「月代を剃るのは兜をかぶって戦場を駆け回る際、頭が蒸れるのを防ぐためだ。我らより昔の武士達は戦の時だけ剃ったと言うし、戦に出ない文官ならば剃らなくとも不便はない」
その言葉で、ますます剃る理由がわからなくなる。僕は文官として石田三成配下に配属されたはずだ。月代を剃る理由がない。
「しかしだからと言って、文官が月代を剃らなかったら、武官からはどう見える?
あの文官は戦場に出ようという気持ちが全くない。武官が命を賭けて戦をしている間、安全な場所でぬくぬくと過ごすつもりだ、と見えるのではないか?」
「あ……」
「文官でも、いや、文官だからこそ、形で示さねばならぬのだ。我らもまた、命を賭ける覚悟があると」
ああ、この人は紛れもなく、『大一大万大吉』の石田三成だ。
大一大万大吉は、石田三成の旗印に書かれている文字で、一人が万人のため、万人が一人のために尽くせば、天下は大吉であるという意味だ。
彼は文官として、この織田軍の中でどの様な役割を持つべきなのか、そしてその役割を果たすためには、どの様に行動しなければならないのかを常に考えている。そして、他人にもそうあるように求めている。その様な姿勢が、例えば加藤清正のような人には嫌われる原因にもなっていたのかもしれない。清正はおそらく、秀吉の人柄に惚れ込んでいて、羽柴家が勢力を拡大して大所帯となってからも、織田家の一家臣に過ぎなかった頃と同じ様に「仲良く」「なあなあで」やっていきたかったのだろう。それが、『組織』のために全員が統制されねばならないと考える三成と衝突したのかもしれない。だが、僕はどちらかというと、石田三成タイプの人物との方が相性が良い。この人が上司で良かった。
「承知しました。剃りますが、私のいた時代にはその様な文化がなかったために自分ではうまく剃れません。誰かに剃っていただきたいのですが」
そう答えると、三成は小姓の一人に目配せした。小姓はうなずくと、こちらに歩み寄ってくる。
僕がその小姓に「お願いいたします」と言って頭を差し出すと、彼は懐から小刀を取り出し、「御免」と一言断ってから僕の髪を剃り始めた。納得して剃ってもらっているんだけど、実際に自分の髪がばさっと束になって落ちていくのを見るとショックが大きい。
剃り終わった小姓が側を離れて定位置に戻った後、僕は頭を触って状態を確認した。うん、やっぱりツルツルに剃られている。
「あのう、髷を結えるほど髪が長くないので、付け毛を所望したいのですが」
「今日中に用意しよう」
三成はそう言うと、視線を文机に落として書きものを再開した。
「あの、私は何をすれば良いでしょうか」
僕を放置して仕事を再開した三成に、いたたまれなくなった僕は訊ねた。
「今日は特になにもない。自分の部屋で休んで明日に備えるがよかろう」
小姓の一人が、僕を部屋まで案内してくれた。
明日からは、石田三成配下の文官としての仕事が始まるのだろうか。正直不安しかないが、やるしかない。
「殿は、この廊下のつきあたりの部屋にござる」
僕はかすかにきしむ廊下を進んでつきあたりの部屋の前に跪いて、室内へと声をかけた。
「石田治部少輔様にお仕えする事になりました、村主映夢と申します」
「上様より聞き及んでおる。入って良いぞ」
部屋の中から聞こえた声に従い、頭を下げつつ襖を開ける。
中には生真面目そうな裃姿の男が一人、文机に向かって書きものをしていた。部屋の隅に小姓らしき少年が二人、彫像のように静かに侍っている。正面の障子は開けられていて、そこから庭の楓の樹と、ししおどしのある小さな庭が見えた。
頭を上げてよいものかどうか思案していると、部屋の中からさらに言葉が聞こえた。
「月代を剃れぃ」
「は?」
思わず僕は聞き返した。月代というのは武士などが前髪から頭頂部あたりまでを剃る事だ。武士に仕えるのだからそりゃあ僕も月代を剃るべきなんだろうが、きちんと挨拶する間もなくいきなり第一声が「月代を剃れ」?
僕が戸惑っていると、彼は落ち着いた口調で言葉を続けた。
「月代を剃るのは兜をかぶって戦場を駆け回る際、頭が蒸れるのを防ぐためだ。我らより昔の武士達は戦の時だけ剃ったと言うし、戦に出ない文官ならば剃らなくとも不便はない」
その言葉で、ますます剃る理由がわからなくなる。僕は文官として石田三成配下に配属されたはずだ。月代を剃る理由がない。
「しかしだからと言って、文官が月代を剃らなかったら、武官からはどう見える?
あの文官は戦場に出ようという気持ちが全くない。武官が命を賭けて戦をしている間、安全な場所でぬくぬくと過ごすつもりだ、と見えるのではないか?」
「あ……」
「文官でも、いや、文官だからこそ、形で示さねばならぬのだ。我らもまた、命を賭ける覚悟があると」
ああ、この人は紛れもなく、『大一大万大吉』の石田三成だ。
大一大万大吉は、石田三成の旗印に書かれている文字で、一人が万人のため、万人が一人のために尽くせば、天下は大吉であるという意味だ。
彼は文官として、この織田軍の中でどの様な役割を持つべきなのか、そしてその役割を果たすためには、どの様に行動しなければならないのかを常に考えている。そして、他人にもそうあるように求めている。その様な姿勢が、例えば加藤清正のような人には嫌われる原因にもなっていたのかもしれない。清正はおそらく、秀吉の人柄に惚れ込んでいて、羽柴家が勢力を拡大して大所帯となってからも、織田家の一家臣に過ぎなかった頃と同じ様に「仲良く」「なあなあで」やっていきたかったのだろう。それが、『組織』のために全員が統制されねばならないと考える三成と衝突したのかもしれない。だが、僕はどちらかというと、石田三成タイプの人物との方が相性が良い。この人が上司で良かった。
「承知しました。剃りますが、私のいた時代にはその様な文化がなかったために自分ではうまく剃れません。誰かに剃っていただきたいのですが」
そう答えると、三成は小姓の一人に目配せした。小姓はうなずくと、こちらに歩み寄ってくる。
僕がその小姓に「お願いいたします」と言って頭を差し出すと、彼は懐から小刀を取り出し、「御免」と一言断ってから僕の髪を剃り始めた。納得して剃ってもらっているんだけど、実際に自分の髪がばさっと束になって落ちていくのを見るとショックが大きい。
剃り終わった小姓が側を離れて定位置に戻った後、僕は頭を触って状態を確認した。うん、やっぱりツルツルに剃られている。
「あのう、髷を結えるほど髪が長くないので、付け毛を所望したいのですが」
「今日中に用意しよう」
三成はそう言うと、視線を文机に落として書きものを再開した。
「あの、私は何をすれば良いでしょうか」
僕を放置して仕事を再開した三成に、いたたまれなくなった僕は訊ねた。
「今日は特になにもない。自分の部屋で休んで明日に備えるがよかろう」
小姓の一人が、僕を部屋まで案内してくれた。
明日からは、石田三成配下の文官としての仕事が始まるのだろうか。正直不安しかないが、やるしかない。
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