ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第一章 幼年期

堅信礼

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 聖グラシア大聖堂内、中央大礼拝堂。
 二千人を収容できるその広い礼拝堂に、堅信礼を受ける貴族の子女たちとその親族、それに式を執り行う聖職者たちが集まっていた。
 堅信礼の主役であるリディアたち九歳の子女は礼拝堂の中央に何列も並べられた木の長椅子に座らされ、父兄たちはその周囲をコの字形に囲むようにして、壁際に並んでいる。
 周囲からはしたなく見られない程度に、控えめにチラとだけ後方に目をやり、目ざとくロドリゴ夫妻の姿を発見する。エレナやメイド長、それにマルガリータら親族の姿もその近くにあった。キョロキョロしているとマルガリータから大目玉をくうので、これ以上後ろは見ないことにする。
 代わりに、自分の右隣に座っている少年を横目で見る。
 炎のような波打つ赤毛の髪。ガーネットのような深い赤の虹彩。
 それらよりも何よりも彼を特徴づけるのは、他のどの子女たちより美麗な衣装だろう。決して派手すぎる印象は与えない。そもそも最上級の礼装というものは、キラキラ光りすぎるアクセサリとか、金糸銀糸などは控えるものであるし、ましてや今は女神の御前みまえ。彼の服もそれほど鮮やかな配色や過度に光を反射する飾りは使われていない。肩にエポーレットと呼ばれる組み紐状の飾りが垂れ下がった紺色の上着は、軍服のような質実剛健な印象すら与える。しかしボタンやカフスはどれも細工の細かい美しい品だし、服の刺繍もとても細かく、すべて一流の職人の手によるものだ。服のデザイン自体も、極端に華美ではないのに、削ぎ落とされた美しさを感じる。
 リディアにはそういった具体的な美点までは、実は分かっていないのだが、彼女にもこの少年の風体がなみいる令息令嬢たちと比べても抜きん出て高貴であることはひと目で分かった。
 それに、彼の座っている位置。最前列の右から二番目がリディアで、一番右がくだんの少年だ。子女たちの席は各々の家の家格順に右から左へ、前から後ろへと席次が決められているから、貴族の中でも最高クラスの格式を持つエチェバルリア家より右に座れる家柄は、自ずと限定される。
 王族だ。
 それでなくてもあまりジロジロ見るのは失礼なので、リディアは視線を正面に戻す。
 正面には女神像と祭壇が設置されており、司教たちが祭壇に水晶玉を置いたり、指輪職人らしき人が傍らの作業台に道具を並べたりとせわしなく準備をしていたが、その作業が止んでしばらくすると、祭壇の奥にある扉が開いた。
 扉から出てきたのは、リディアと大して歳の変わらないラッパを持った少女二人。続いて、祭服を着て白い髭を胸の下まで垂らした老人が一人。最後に、修道女の衣装に身を包んだ気品ある老女が一人。
 少女二人が扉の両脇でラッパを構え、白髭の男性が祭壇の傍らに立ち、老女が祭壇の前に立つと、礼拝堂は水を打ったように静かになった。

(あれが、聖女ファティマ様……)

 エレナから聞いていた通り、八十歳前後としては美しい女性だった。
 見つめていると吸い込まれそうな、ブラックオパールみたいな不思議な輝きを秘めた瞳。柔和そうな顔立ち。頬や目尻まなじりには深い皺が刻まれていたが、眉間や額の肌は皺ひとつなく、今までの人生で一度も憤怒や疑念といったネガティブな感情をあらわす表情をしたことがないのではないかとさえ思われた。マルガリータとは受ける印象は正反対だが、相対すると思わず居ずまいを正したくなる点は同じだ。
 ややあって、白髭の老人がおもむろに口を開く。

「これより、女神暦一四九五年秋期堅信礼の儀を執り行う」

 今日のよき日を言祝ことほぐように、二人の少女が高らかにラッパを吹き鳴らした。
 残響が完全に止むのを待ってから、聖女ファティマが口を開く。

「本日、女神様への信仰を告白しに集まった汝らは、みな等しく女神様のみどり児です。汝らの信仰を女神様に堅く結びつける儀式を行います」

 ファティマはそこで一旦言葉を切り、全ての子女たちを睥睨してから続けた。

「汝らの信仰と、それに対する女神様の愛には、それぞれ貴賎も優劣もありません。しかし、女神様の恵みがどのような形で現れるかは、個々人により千差万別です。女神様より魔力を授かる人もいるでしょう。そのような者は女神様のためにその力を使い、この世界をより良くするための義務を負った者です。強い魔力を授かった者ほど、より大きな義務を負うのです。堅信礼はその宿命の大きさを測る儀式でもあります」

 ファティマは、祭壇に置かれた水晶玉に手のひらをかざす。青く柔らかな燐光が、ファティマの手から水晶へと注がれて行くのが見える。

「では、名を呼ばれた者から順にこの水晶に手をかざし、己の運命を問いなさい」

 水晶玉に魔力を込め終わったファティマがそう言うと、白髭の老人が高らかに名を呼んだ。

「フアナ王女殿下の子息、エルネスト王子殿下!」

 リディアの右隣の少年が、起立して祭壇へと向かう。
 祭壇の前で聖女と女神像にそれぞれに一礼してから、水晶玉に手のひらをかざす。
 水晶玉が燐光を放ち、祭壇上に敷かれた卓布に魔法陣が浮かび上がる。
 卓布の上に何か輝く物が現出し、魔法陣がかき消える。
 ファティマが卓布の上に現出した物を手に取り、参列者に見えるよう掲げる。
 大人の親指ぐらい大きな、王子の瞳と同じ色のガーネットだ。
 参列者たちからかすかなどよめきが漏れる。その宝石の大きさに驚いているようだ。宝石の大きさは魔力量に比例するのだから、王子はかなり強力な魔力を持っていることになる。
 指輪職人がそれを指輪の台座に嵌め、うやうやしく王子に手渡す。王子は指輪を受け取ると、再び一礼して席に戻った。
 王子の着座を見届けてから、白髭の老人が次の名を呼ぶ。

「エチェバルリア公爵閣下の息女、リディア閣下!」
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