ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第二章 聖女の秘密

談話室にて

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「今日から授業ですわね」
「いいえリディア様。今日は土曜日です」

 入学式の翌日、朝食を終えて自室に戻って来たリディアが登校の仕度をしようとしたところで、エレナにそう指摘された。
 ヴァンダリア王国でも一週間は七日であり、学園の授業は土曜と日曜はお休みだ。日曜日は学園内の礼拝堂で礼拝があるが、土曜日は完全に一日中自由行動だ。

「そうでしたわね。それで、攻略の都合上わたくし達が今日すべきことはありますの?」

 リディアが問うと、エレナは教えて良いかしばらく逡巡したようだったが、やがて口を開いた。

「ゲームのシナリオでは、本日は午後からフェルナンド様のフェンシングの試合をご覧になることになっています。が、まだそのフェンシングの試合についての話題がわたくし共のところまで聞こえてこないんですよね」

 エレナが言うには、ゲームのシナリオから、今日の午後はリディアはフェルナンドの試合を見ていたことがわかるものの、こっちの世界ではまだその試合についての情報が入ってこないという。場所は校舎の隣の屋内修練場だとわかっているが、試合があることを知らないはずなのにそこへ行くのも不自然なので、どうするべきか迷っているらしい。

「未来のことについてリディア様にはなるべく知らせない方針ではありましたが、このままだと試合の存在を知らないまま午後を迎えてしまいそうなのでお伝えしました。ひょっとしたら、試合についての話を聞くためにこちらから行動する必要があるのかもしれないと思いまして」

 要するに、試合の情報を得るためにこちらから積極的にいろいろな人と話してみて、フェンシングの情報を得ようと言うのだ。

「そうと決まれば、まずは寮の談話室へ行ってみましょう」

 談話室については、入寮日に寮長から説明を受けていた。寮生の共有スペースで、自由に使って構わないとのことだった。二百名くらいいる寮生たちの共用なのだから、常に誰かいる可能性が高い。その誰かに聞き込みをしようというのだ。

 そんなわけで談話室へと来てみると、やはり四人ほどの寮生が中で談笑しているようだ。すぐには中に入らず、少し距離をおいて様子を見る。

「ローゼさんの姿がありますわね」
「ええ。他の方々は、留学グループの皆さんのようです」

 たしかに、そこにいる顔ぶれはローゼを含め皆、いつも食堂で留学生の席に座っている面々だ。

「ローゼ様だけでも顔見知りがいるのは好都合です。話しかけましょう」

 エレナに促されて、リディアは談話室へと足を踏み入れる。知り合って間もない貴人麗人への挨拶はいつも緊張するが、精一杯自然な笑顔を作るよう努力しながら、ローゼの前に進み出てカーテシーする。

「ローゼさん。ごきげんよう」

 ローゼは、天使のような微笑みを返す。

「あらリディアさん。ごきげんよう。
 ご紹介しますわ。こちら、わたくしと同じ北方帝国からの留学生ですの」

 北方帝国は、ここヴァンダリアの北から西にかけての領域を治める国家だ。ヴァンダリア王国とは政体が異なり地方領主の自治権が強く、この国の伯爵以上の貴族の領地は伯爵領や侯爵領ではなく伯国や候国と呼ばれる。ローゼの父であるローゼンブルク公も、北方帝国の公爵の位にあるからローゼンブルク「公」なのだ。
 その場にいた少女たちは、全員その北方帝国の貴族令嬢たちだった。彼女らは順番にリディアに自己紹介をする。リディアの方でも自己紹介を返す。

「そういえば、わたくしの兄もこの学園に留学中なのですけれど、今年は以前お手合わせしたフェンシングの名手が入学して来られるというので、楽しみにしておりましたわ」

 しばらく彼女たちと雑談していると、留学生たちの一人、帝国宮廷の宮中伯の令嬢だという二年生が、不意にそんなことを口にした。

「フェンシングの名手、ですか。それはヴァンダリアの方ですの?」

 早くも聞きたい情報を得られそうな気配だったが、こちらからいきなりフェルナンドの名を出すのも不自然なので、素知らぬふりでリディアは話を促す。

「ええ、ニ、三年前でしたかしら。皇帝陛下が主催なされたフェンシングの御前試合で、ヴァンダリアから招かれた少年と兄がお手合わせしたのですけれど、お相手の方の剣技に感心したそうですわ。当時はお相手がまだお身体が小さかったせいで兄が勝ちましたけれど、学園に入る年齢になればそのハンデはなくなるだろうから、そうなったら是非もう一度お手合わせしたい、と常々申しておりましたわ」

 その言葉を受けて、また別の留学生、ヴァイセンシュタイン候国の令嬢だという少女が、「何という名前の方ですの?」と口を挟む。

「ええと、何とおっしゃったかしら。グアハルド候爵家のご子息で……」

 やはり彼のことだった。さらに情報を聞き出すために、リディアはその名を口にする。

「フェルナンド・グアハルド様ですね。父がグアハルド候爵と親しいので、何度かご挨拶したことがありますわ。フェンシングが得意だということも聞き及んでおります」

 フェルナンド、と声に出した瞬間、胸の鼓動が強く速くなるのを感じる。そんなリディアの心中を知るよしもなく、留学生たちは話を続ける。

「そうでした。フェルナンド様という名前でしたわ。それで、昨日学園で兄に会った時に言っていたのですけれど、今日の午後、そのフェルナンド様と兄が試合を行う約束をなさったのですって」

 あっさりと試合についての情報を手に入れられて、リディアは安堵した。

「試合をなさるのでしたら、是非とも見てみたいですわ」

思わず顔がにやけそうになるのをこらえながら、リディアはそう言った。
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